第百六十一話 朝の緊急クエスト
翌朝、一番に目を覚ましたのはシグレだった。
おうちから現れ、俺の元まで来るとペコリと一礼。
「おはようございます、カイザー殿!寝ずの番お疲れ様でした」
「おはようシグレ。ありがとうね」
片手を上げ、それに答えるとシグレはにっこり笑ってお家に戻っていった。
そして直ぐに布団を担いで戻ってきて、手招きで呼び出したガア助の羽にそれを広げている。
「出立するまで布団を干してよろしいでしょうか」
いやもう既に干しているじゃないか。
……そういえばレニーやマシューが布団を干している姿を見たことがない。
ミシェルはせっせとシーツを取り替えているので大分マシだろうが、布団を干してるのはやはり見ないな。
レニーとマシューは雑なだけだと思うが、ミシェルは恐らくいつもメイドさんに任せているのだろう。
そのため、布団を定期的に乾燥させるという発想に至らないのではないかと思う。
この世界にダニや南京虫的な吸血生物が居るのかは不明だが、そうじゃなくても布団は干すべきだと思う。
この大陸には乾燥地帯もあるが、日本同様ジメッとした地域もきちんとあるからな。
じっとりとした布団より、ふわりとした布団で寝たほうがコンディション的にも良いはずだ。
「うむ、許可しよう。本日は2時間後に出立しようと思う。そこでシグレ特別任務だ」
「は、特別任務ですか!なんなりとおっしゃって下さい!」
「緊急任務発令!ヤタガラスパイロットシグレ!これよりレニー・ヴァイオレット及びマシュー両名の布団を拘束し、干すように。なおパイロット達の反撃があった場合、応戦を認める」
「……なかなかの任務ですな!では、言って参ります!」
ただ単に布団を干すよう頼めばよかったのだろうけど、こうしてそれらしく煽ったほうがやる気が出ることだろう。
現に無駄に高速でマシューのおうちに飛び込んでいったからな。
間もなく、開戦を告げるようにマシューの雄叫びが聞こえてくる。
「うおおおお?誰だ?何しやがる!あたいの布団……わあ、やめろ!まだ眠い!眠い!」
容赦なく剥ぎ取ったのか、ドスンと言う音がしたかと思うと、間もなく布団を抱えたシグレが飛び出してきた。
「まずは一つ!」
ヤタガラスに布団をかけると満足げな顔でこちらを見て頷いた。
「たくよお……なんなんだよお……」
「おはようマシュー。布団を干しているのさ。布団はな、干さないで居るとじっとりしてくるだろう?
すると……目には見えない吸血虫が住み着いて鬼のように増えるんだ」
「……え……なにそれ……あたいの布団がそうだっていうのか?」
「今はまだいないかも知れんがね。何処かの土地で拾う可能性もある。
奴らの弱点は乾燥と熱だ。ああやって干して日に当てることで予防することが出来るし、何より熱を吸ってフカフカになった布団は最高だぞ」
「なんだと……それはいいな……」
「次はレニー殿の布団を回収します。マシュー殿、お力添えをお願いできますかな?」
「ああ……いいぜ……レニーは恐らく手強い……協力しようじゃないか」
元気よく二人がレニーのおうちに突貫していった。
間もなくレニーの雄叫びが……聞こえないな……?
「なんだこいつ!起きねえ!おら!レニー!朝だ!布団を離せ!」
「レニー殿!観念して下さい!布団を!こちらに!」
「……マシュー……いくらなんでも…ストレイゴートの角は食べられないよ……」
「「~~~~!」」
そして雄叫びが聞こえてくる。
ただし、それはマシューとシグレのである。
その雄叫びと共に二人の姿がおうちから現れる。
二人が担いでいるのは布団!しかしそれから生えているのはレニーだ。
「「どっせい!!」」
ヤタガラスの羽に置かれてもなお目を覚まさないレニー。
ここまで来ると逆に感心してしまうな。
しかし、早朝とはいえこの季節の日差しは強い。
元々温まっていたヤタガラスの羽から伝わる熱と、日差しにジリジリと焼かれて間もなくレニーが目を覚ました。
「うわあああああ!!マシュー!あたしだよ!シカじゃない!レニーだよおお!!」
青ざめた顔で起き上がり、肩で息をするレニーに呆れ顔のマシューが声を掛ける。
「……いくらなんでもレニーは食わねえから……なんて夢見てやがるんだよ……」
「え?あれ?ここは?ええ?」
「おはよう、レニー。今日は布団を干しながら朝食を摂ることにしたんだ」
「ああ、それであたし毎ここに……ひどいよ!」
「起きないお前がわるいんだろうが!よし、レニー次はミシェルんとこだ!お前も来い!」
「レニー殿も加われば心強いですな!一緒に任務を達成しましょう!」
「何だかわからないけど!がんばる!」
「「「おー!!!」」」
団結したブレイブシャインは強い。
例え相手がミシェルだろうと、遅れは取らないことだろう。
「なにが『おー!」ですの……」
「うわ!ミシェル?」
「ああ!布団持ってるよ!」
「ミシェル殿は感心ですなあ」
「まったく、朝からあんなに騒いでいたら目が覚めますわよ。
お布団を干すということでしたので、持ってきましたが何か不都合でも?」
呆れ顔でマシューを睨むと、そのままヤタガラスに布団を干し始めた。
「たまにお布団がフワフワと気持ちが良い時がありましたが、メイドがこうして干していてくれていましたのねー」
自分の布団を干すと、興味深そうに並べられている布団を見つめている。
「防虫防疫効果の他、肌触りも良くなるからな。旅の途中、天気が良い日はこうやって干すことにしよう」
青空の下、時折風になびく布団を眺めつつ乙女軍団は朝の軽いトレーニングを済ませる。
トレーニングが終わると、何やら小さな小屋のような物をバックパックから取り出すとじゃんけんを始めた。
何事かと見守っていると、やがて勝者であるミシェルが小さくガッツポーズを作り小屋に入っていった。
数分後現れたミシェルがしっとりとしていたことからあれはシャワー室と推測されるが……、一体いつの間にあんな物を……。
「あれは紅の洞窟で作った物ですね」
「知っているのかスミレ」
「普段からパイロット達から、特にミシェルから熱望されていましたから。
洞窟には技術を持つ者が揃っていましたし、資材も豊富にありましたので比較的簡単にできましたよ」
聞けばパーツ洗浄用の魔導具を改良し、小型化した物らしい。
湯沸かしとポンプ機能を備えたそれは正にシャワーと言えるもので、水は予め専用に用意しておいた樽にしっかりと蓄えられているという。
ボックス内に置かれた樽から直接補給されるとのことで、なんともちゃっかりとした仕組みだな。
ま、女の子達だからな。レニーもクエスト中は特に風呂を求めるような事は言わないが、リックの家に帰った際には大喜びでお湯を浴びていたし、悪くない設備だと思う。
ただ、こう言う人気が無いところで無ければ中々使うことは出来ないだろうな。
さっぱりとした乙女軍団はさっさと軽い朝食を摂り、用意も終わって出発時間となった。
飛行中に今日の予定を伝える。
「今日はイーヘイから馬車の脚で半日程度の所まで進むぞ。目的地に着いたら周辺を探り、人気が無いポイントで着陸する。
街道から離れた場所に降りると言うことを忘れるなよ」
空の旅は今日でひとまずお休みだ。
明日はロボ形態となりイーヘイまで移動する事になるからな。
イーヘイに入ったらギルドに報告を入れ、恐らく翌日にはギルマス……大統領と顔を合わせることとなるだろう。
そこから先はバタバタと忙しくなりそうだ。
であれば、第一回目のアレをやるのは今夜しかないな。
予定では翌日の野営会だったはずなのですが、布団を干して終わってしまった……
なるべくテンポ良く進めたいとは思っていますが、ままならないものですね。




