第壱百五拾八話 出発前夜
アズベルトさんからの連絡を待つ間の時間を俺達は有効活用した。
最優先で取り組んだのはシグレの輝力コントロール訓練だ。
朝食後はお昼までその時間に費やした。
この先の戦闘では勿論のこと、大陸からリーンバイルまでの飛行を安定させるには必須の訓練だ。
以前のレニーやマシューほどでは無いが、やはり無駄に輝力を消費してしまっているため、細く長く繊細なコントロールをする訓練を集中的にやってもらった。
今日までレニー達を見ていて気づいた事だが、輝力は訓練すればするほど総量が増えていく。
輝力を増やしつつ、コントロールも上手になればリーンバイルまでの飛行も可能となることだろう。
この訓練の間、スミレは洞窟前に建造しているギルドの駐在所や洞窟内の整備を覗きに行っている。
俺と共有しているデータベースの知識があるため、建造や修復に関して適切なアドバイスをしてくれるとジン達から重宝されていた。
スミレカメラから送られてきた映像ではえっちらおっちら遺物を運ぶゴーレムの姿が見られた。
かつてルストニアの人々が使っていた頃にもああやって資材の運搬を手伝っていたのだろうと思うと、何かこみ上げる物がある。
昼食を摂り、じっくり休んだ後は飛行訓練に移る。
羽の制御自体はシグレの役割であるため、割合的には一番負担がかかるわけだが、他のパイロット達も黙って乗っていればいいわけでは無い。
レニーはレニーで本体の姿勢を制御し、飛行を安定させシグレの負担を減らす役割がある。
手足の出力を担当するミシェルやマシューは適度に輝力を流すサポートをしなくてはならない。
4人の力を一つにまとめなければ最高効率で飛ぶことは叶わない。
また、合体において重要なのはパイロット達の相性だ。
息を合わせる事が必要になってくるため、メンタル面も馬鹿に出来ない要素なのだが、幸いな事に乙女軍団は仲良しである。
これで下手に男パイロットが一人居るようなハーレム状態だったならば、綻びが生まれたかも知れないが、仲間には人間の男は存在しないし、俺の性別もまたアレだしな。
カイザーは声や口調から男としてみてもいいのかもしれんが、ロボだから無害なものだ。
と、飛行訓練中マシューから質問が上がった。
「あのよ、カイザーって浮くのか?」
「どうした?墜落の心配か?」
「いやさ、シグレから聞いたんだけどリーンバイルまでは結構距離があるんだとよ。
シグレはガア助で飛んだらしいけど、それでも三回海で休憩を取ったらしいんだ」
「なるほどな。だが今の会話に質問の答えが少しだけ隠れているな。
ガア助はヤタガラス、つまり俺と同様の仕様だ。ガア助が浮くと言うことは?」
「なるほど、カイザーも浮くのか!浮いたまま休憩出来たりするのか?」
その質問には直ぐに答えない。
が、備品チェックをするとそれはきちんと俺の内部に格納されていることが判明した。
武器と違って射出されていないようだな、よしよし。
「海に行ってからのお楽しみ、と言う事になるが、可能だな。
当然コクピット内で休むことになるから、出発前に食べやすいものを仕入れておけよ」
「そっか、カイザーさんの中でスープとかこぼしたら……酷い事になるもんね」
「しばらく匂いが籠もりそうですわね……」
「……本当に気をつけてくれよな。多少の汚れは直ぐ綺麗に出来るが、スープはその、困る……」
車内でカップラーメンを食べ、盛大にスープをこぼした男の末路を俺は知っている。
しばらくの間、ラーメンの匂いで車内が満たされ酷い有様だった。
その後導入した芳香剤が大失敗で、ラーメンの匂いにそれが加わり大惨事に。
俺のコクピットは汚れも破損と同様に「修復」され綺麗になるのだが、それでも修復されるまでの間スープの香りに悩まされることになるはずだ。
さて、こんな具合で日々を過しながら連絡を待っていたが、いよいよアズベルトさんからの通信が届いた。
「待たせて済まなかったね、カイザー殿。さっき漸く返事が届いたんだよ」
「いえいえ、訓練をする余裕ができましたし、それには及びませんよ」
「そう言って貰えると助かるよ。でね、レインズ殿が君達に直接会うとの事だ。
大統領としてでは無く、ギルマスとして話を聞きたいって事だけど良いよね?」
「ああ、それは勿論構わない。では、レニーと打ち合わせをして……」
「いやいや、レインズ殿は君から話を聞きたいそうなんだ。
流石に大統領相手に君の事を伏せるのは得策では無いと思ってね。
勝手ながら君達の事もちょっと報告させて貰ったよ」
「あー、それなら話は早いですね。俺もそろそろ自分のことを隠すのを辞めようかと思って色々仕込みをして居た所なんですよ」
「商人達の間で噂になってるのは知っていたけどワザとだったんだねえ。
まあ、隠して行動するのは色々と面倒だろうしね。
それに……レインズ殿から改めて言われると思うけど、2級に昇級するわけだ。
となれば変な輩から目をつけられることも無くなると思いますよ」
「それは本当に助かります」
その後、アズベルトさんに洞窟内の整備状況やゴーレムの報告をすると非常に喜んでいた。
今は忙しいから無理だが、暇になったらゴーレムを見に来たいとの事で、その際は俺達が迎えに行く約束をした。
レインズ氏はなるべく早く来て欲しいと言っているそうなので、明日には出立しようと思う。
アズベルトさんの話だと悪い人では無さそうだが、やっぱ偉い人と会うのは緊張するよな……。
夕食中、パイロットや団員達に明日出立することを告げるとそのまま壮行会の流れになってしまった。
唯一飲める年齢であるミシェルが代表として標的にされていたが、明日を考え程々にしてやってくれとお願いする。
盛り上がる宴を少し離れた場所から眺めているとジンが手を上げながらやってきた。
にこやかな顔でやってきたジンはコップの酒をくいっと呷る。
「カイザーよ、こうやって送り出すのは2度目だが、くれぐれもマシューのことを頼むぜ」
酒でやや目がとろりとしたジンが俺の前に腰掛ける。
「ああ、任せてくれ。俺にとっても大切な仲間……家族みたいなものだからな」
「家族か……。マシューはよ、本当の孫じゃねえんだよな」
酒に浮かぶ氷をカラリと鳴らし、ジンが言葉を続ける。
「あいつはよ、禁忌地で拾ったのよ。もう12年くらい前か……」
ジンは遠い目をしながらマシューの生い立ちについて語った。
「その日は仲間とパインウィード東部の森を抜けた所にある谷で仕事をしてたのよ。
禁忌地はそう呼ばれているだけで別に入っちゃいけねえわけでは無いからな。
何処の国にも属さず、人の手が入ってねえから荒れ放題で危険な場所さ。
だから禁忌地なんて大げさな名前をつけて下手な真似させねえようにしてるんだがよ」
いつの間にかやってきていたスミレが器用にビンを持ってジンのグラスに注ぐ。
「お、スミレありがとな。
でよ、谷間を降りたところで仲間が妙な声を聞いたんだ。
魔獣かと警戒したね。所が違う、人の子の声だ。
慌てて駆けつけて見ればエンラ……猿の魔獣が赤子を担いで歩いてるじゃねえか。
どうしたもんかと思ったが、エンラは賢いからな、幸いだったよ。
こちらが4機で構えて見せたら赤子をおいて逃げていったのさ」
「その赤子がマシューなのか?」
「ああ、そうだな。特徴から同族の猫族かと思ったんだが、尻尾が違うんだよな。
あまり見かけねえ犬族の娘だったんだ。近くを探したが、親らしき姿は無くてよ。
しょうがねえからそのままパインウィードに連れて行って暫く世話をしたのさ」
「……今もギルドに居るって事は結局親は……」
「ああ、見つからなかった。もしかすると禁忌地に隠れ住む旧ボルツ国民の末裔だったのかも知れねえが、俺達ですらあの地を探索するのは難しいからな。
申し訳ねえが、そのまま育ててたってわけよ」
「その話を俺にしたってことは……」
「ああ、お前らの装備なら……空も飛べるんだ、そのうち探しに行けるんじゃあねえかなってね。
役に立つかはわからねえが、マシューのやつ、首飾りつけてんだろ?あれは赤子の頃握りしめてた奴でな、それに「マシュー」って書いてあるのよ」
「名前はそこからつけたのか」
「ああ、それが名前なのかも知れねえし、違うのかも知れねえ。
ただよ、血は繋がってねえとは言えマシューは大事な家族なんだ。
ほんとよ、カイザー……マシューのこと頼むぜ……」
「ああ、何かあったら連絡するよ……そうだ、スミレあれを」
通信デバイスをスミレからジンに渡して貰う。
「これは通信機……、遠く離れた俺達と連絡を取れる道具だ。
リーンバイルまで行ったらわからんが、この大陸内なら連絡が取れると思うよ」
「へえ、おもしれえの作るのな!スミレよ、これもう一個くれねえか?」
「……リバースエンジニアリングする気ですね……まあ、特別に許可しましょう」
「り、りば?わかんねえがくれるならいいや。うん、同じ物を作れねえかなってな」
「……この洞窟は将来的に私達も使うかも知れません。上手く物にして下さいね」
「まかせてくれ!こんなおもしれえもの……いや、大事な仕事だ、やってやるさ!」
小さなグラスでジンと乾杯するスミレをやや羨ましく思いつつも、俺も心の中で酒を呷り、リーンバイルのこと、帝国のこと、マシューのことに決意を固めた。




