第百七話 大魔法使い
「それは今から2000年ほど昔、まだ機兵というものが存在する前の話です」
アズベルトは代々書き写し保存しているという本を読み上げ始めた。
「ルンシールに国を移した先祖たちは、周辺国との小競り合いを繰り返しながらも長きに渡り国家を存続させ、3000年に渡る長き歳月をかけ聖典の持ち主である機神、つまりカイザー殿の捜索を繰り返していました」
「俺が目を覚ましたのは神の山だったんですが、其れだけ長い歳月をかけてあそこに辿り着かなかったんですか?
そもそもあなた方のご先祖様達が住処を移したの場所こそその山の麓だったと思うのですが」
「なんと?あの山に?ううむ、前を見て天を見ずとはこの事ですな。
しかし、彼の地はその昔禁忌地とされ、立ち入ることは王族とて叶わなかったのです」
王族すら入れない……?そんなもの権力でどうとでもなるのではないか、そう疑問に思ったが、直ぐに驚くべき理由で否定される。
「行こうにも行けなかったのです。彼の地は大災厄後地脈が乱れ、地は絶えず揺れ動き、山は隆起を繰り返し、森は動いて水は天に登る。
不思議なことに旧ルストニア王都周辺でのみその現象が発生し、長きに渡り大火龍の呪いを受けし禁忌地として近寄ることは叶わなかったのです」
(局所的に地殻変動が起きた……?まったく知ってる常識が通用しないな。
火山噴火によって何らかの地殻変動が起きたのだと思うけど、発生規模が色々と妙だ。
範囲が狭い割には大規模で、周辺地域には殆ど影響を及ぼしていないようだし)
「その間、俺はどうも寝ていたようなので知りませんでしたが……、枕元では凄まじい事が起きていたんですな……」
「ぷっ 何のんきなこと言ってんだよ!レニーの寝相かなんかじゃないんだから……」
「ちょ!今言うことじゃないでしょマシュー!そりゃ蹴ったのは悪かったけど……」
「はっはっは、では話を続けますね。現ルナーサとルートリィを隔てる巨山、そこは現在『大魔法使いの山』と呼ばれています。
そこには多大な叡智に溢れた大魔法使いが住むといつしか噂になり、藁にもすがる思いで当家も足を運んだのです」
「おお、知ってますよ。帰り寄ってみようかって話していたんです」
「現在では半分御伽噺とされ、カイザー殿達もそう捉えたと思いますが、先祖達はそこで大魔法使いと出会ったのです」
「ほう……!」
「険しい山を登り、大魔法使いが住むと言われる大きな洞窟を見つけ中に入るやいなや声が響きました。
『ここを大魔法使いの住処と知ってなお入るか、人間達よ』と。
それは男とも女とも取れる不思議な威厳のある声で、先祖は其れにひれ伏し事情を説明しました。
かつて機神から聖典を奪ってしまったこと、永きに渡り返却の機会を伺っていたこと、未だ其れは叶わず、代々その機神の姿を探していること、そして、その場所を大魔法使いに占って欲しい事を」
「今日の今日まで俺と会えなかったということは、それは叶わなかった……?」
「はい、しかし当家にとって、いえ、この世界にとってその日は大きな転機を迎えることになりました」
◆◇◆
「機神……?聖典……?それはどのような物を言う?手を貸すとは約束しないが、話だけは聞いてやろう」
洞窟のどこから聞こえてくるのか、不思議な声はアズベルト達を取り囲むように響いてくる。
数名の兵と学者を従え洞窟に立っているのは当時ルストニア王家を治めていた王、アズベルト・ルン・ルストニア。
奇しくも当代当主、ミシェルの父親と同名の若き王であった。
アズベルトはひれ伏し、代々胸に秘めてきた恩と悔いと共に知る全てを大魔法使いに話す。
「機神とは……、かつて我が国と民をお救いになった巨大な神の化身です。
そして聖典は機神とは知らず当家のものがその御身体から持ち出した一冊の本。
書いてある文字は見知らぬもので、解読により文字こそはなんとか読めるようになり、彼の方が『機神』ということまではわかりました。
しかし、神の書物は神のもの、我らはこれを返却すべく長い年月をかけ各地を回ってその御姿を探しているのです」
『巨大な神の化身、機神……ね……。ふうん、アズベルトくんとかいったっけ?』
『今から姿を見せるけど、驚かないでくれたら嬉しい』
突如、ミシリという音がしたかと思うと洞窟の奥から地響きが近づいてくる。
剣を構え王を守ろうとする兵をアズベルトは制止し、これから起ころうとする事に身を委ねる事にした。
やがて、松明に照らされ姿を表したのは巨大な何か。
紅き巨大な其れは自らを「ウロボロス」と名乗ったが、自分が何者であるか、どこから来たのかは覚えていないと語った。
アズベルトはウロボロスこそが伝承の機神ではないか、そう思って問いかけた。
『いや、僕達はおそらくその機神とは由来が違う別物だろう』
『特徴は確かに私達に似ていそう。でも私達は他に同様の存在を知らないもの』
男女それぞれが別々に話し始めた。
紅き大魔法使いには二人の人格が備わっていたのだ。
『でも、僕達は自分たちのことが知りたい』
『その機神と出会えれば、何かわかるかもしれないわね』
そしてウロボロスはアズベルトと共に山を降りることとなる。
◆◇◆
『こうして僕たちは当時の王、アズベルトくんと出会ってね、洞窟も飽きたし手を貸すことにしたんだ』
『面白い話よね、昔のアズベルトくんから託された願いが、今のアズベルトくんで叶うんだから』
「じゃ、じゃあさ……、大魔法使いって物理的にデカい魔法使いってことかよ……」
誰しもが思っても居たが口に出さないでいたことをサラりとマシューが言ってしまう。
「プッ……、ぜ、絶対違う……」
レニーが耐えきれず悶絶している。こんな場でよくもまあ……。
まあ、それがこの子達の良いところでも有るんだけれども。
『その後、私達はルンシール……、つまりはここね。ここで暮らすこととなった』
『その時見せられた聖典、其れは僕達にとっては普通に読める物だったんだ』
『今なら確信を持って言えるけど、カイザー、これは貴方のマニュアルよね』
『そして僕たちは、そのマニュアルを技術者達に解説し、機兵が誕生することとなった』
「成る程、俺が寝ている間に随分世界が変わったと思っていたが、マニュアルの漏洩だけではなく、君達の行動が大きく関わっていたというわけか」
『そうね、今で言う旧世代型の機兵は完全にカイザーをモデルとして作られていたの』
『魔石で動く現在の機兵とは似て非なるもの。完全なオリジナル製法は僕らが封印したからね』
そしてウロボロス達は知る限りの技術を当時の技術者達に教え、ルストニアの国力は大きく向上した。
しかし、それは周辺国にとっては脅威となり、やがて大陸を巻き込む大戦のきっかけとなったわけだ。
『さて、ここから先は大戦後のお話よ』
『僕達のせいで起こしてしまった大戦、その後の話さ』
よくもまあマニュアルを解読したもんだと思っていたが、ウロボロスが関わっていたのなら頷ける。
ここまで言われりゃ流石の俺も確信するよ、やはりウロボロスは俺の仲間だ。
何故、デバイスと思われるものに身を移しているのか、本体はどうなったのか。
其れは今から語られることとなるだろう。
前話で「ウロボロス」を「オルトロス」と誤記していましたのを修正しました。
……語感が似ているんだよなあ……。




