第百三話 羽化
身長約15cm、紫色のロングヘアに紫色の瞳。
そして背中でパタパタと動いているのは四枚の透明な翅。
普段であれば『あれは○○と思われます、カイザー』と、スミレが教えてくれる筈だが、今回に限ってはその声は上がらない。
何故なら、目の前に居てにこやかに微笑む小さな生き物は自らを「スミレですよ?」と名乗っているからだ。
「ちょっと待って……理解が追いつかない……」
思わず機体を動かし頭を抱える俺を見てスミレだというそれはクスクスと楽しそうに笑っている。
「すいません、カイザー。内緒にしていたから驚きましたよね?
でも、この声を聞いて尚疑うんですか?カイザー」
悪戯っぽく話すその声は確かに聞き慣れたスミレの声。
しかし、スミレがこうして身体を持つ話なんて原作には無いはずだ。
例によって記憶の欠損が原因で忘れているのかも知れないが、スミレが可憐な姿になるのであればフィギュアの一つや二つ売られていたはずだし、俺も買った記憶があるはずだ。
うーん、記憶が無いのか、また何か起きたのか……。
一人頭を抱えてうんうん言う俺にしょうがないなあ、とスミレだというそれは説明をはじめた。
「きっかけはレニーなんです」
「え?あたしですか?」
スミレ?は突如名を上げられて間の抜けた声を上げるレニーの肩に着地すると、レニーの髪を撫でながら頷き続きを話す。
「そう、レニーなの。貴方が私のことを『お姉ちゃん』と呼んだ時、私の感情プログラムに不思議な揺らぎが発生したの。
その日から……、レニーと嬉しそうに話すカイザーを見て羨ましいと言う気持ちが起きたり、
マシューがパーティーに参加して、余計にその気持ちは大きくなっていったのです」
「つまり何か、スミレ?君は言わば俺の身体に同居している状態で、自ら動かせる身体が無いことを寂しく思っていたというのかい?」
「別にカイザーと一緒なのが嫌というわけではありませんよ?ただ、レニー達と一緒に街を歩けたら、森を探索できたらどれだけ楽しいか、そう思ったら……止まりませんでした」
なるほど……。
例えるならばスミレはお屋敷の窓から外を見る子供の様な気分だったのかも知れない。
庭に現れては話しかけてくれる"窓越しの友達”。しかし、彼女達と話を聞くことは出来ても一緒に身体を動かし遊ぶことは敵わず、また、自分が行けない素敵な場所に行った話を聞かされるたび、どことなく疎外感というか、寂しさというか……、その類いの感情が沸き起こる……。
それでスミレは身体を欲したのか。
理由は何となくだがわかった。分からないのはどうやったのかだ。
「それで……、その身体はどうしたんだい?まさか俺が知らないデバイスでもあったのかな?」
「いえ、自作です!」
「なん……だと……?」
クルクルと回り、得意げに全身を見せながら嬉しそうにその苦労を語る。
「身体を用意して動けるようになろう、そう考えてから私はコツコツと素材を集めていました。
魔獣を狩るたび、不要なパーツを取っておいたり、パーツショップでおねだりしたり……覚えてませんか?」
「そう言えば、キランビの翅を売らないようおねだりしていたね。
珍しいこともあるもんだと思っていたが、背中の翅……そうかなるほど」
「そうですね、これはキランビの翅を加工したモノです。軽くて上部で綺麗で……私にぴったりだと思いませんか?」
パタパタと動かすその翅は、陽の光を受けて七色に輝く。
まるで本当に妖精を見ているかのようでちょっと見惚れてしまう。
俺がボーッと見てると其れに満足したのか、スミレは苦労話しの続きを話し始めた。
「決定的だったのはあの少年、ザックが作って売っているフィギュア…模型でした。
内部フレームから丁寧に再現され、指の1本1本までに渡る真のフル稼働を実現したそれは私の身体を作るベースに相応しい逸品。
本当は、いつかできたら良いなと言う夢のような計画でしたが、あの模型のおかげで計画は現実化しました」
「なるほど、それで珍しくレニーの肩を押して魔改造用にもう1体おまけさせたわけだな」
「魔改造と言われるのは……まあ、そうですね。
カイザー、私が極小さな物であれば形成してアウトプット出来るのは覚えてますか?」
「え?そんな3Dプリンタみたいな真似出来たの?」
「やはり……忘れてましたか。図面を出力しているのはよく見てましたよね?50cm四方の物であれば素材さえ用意すれば同様に出力できるのですよ」
なんてこった……それを覚えていたらインカムだってスミレに作って貰えたかもしれないじゃないか。
スミレが覚えているということは、ただ単に俺の失念。
何処かに存在するであろうそのデータへのパスにアクセスしていなかったということだ。
「しかし、その作業は大きくリソースを割きます。なので作業は夜に実行することにしたのですが、製造と索敵にリソースを使うと会話に遅延が生じてしまって……」
「なるほど、それでここの所そっけないというか、どこか噛み合わなかったんだな」
「カイザーにはその、寂しい思いをさせてごめんなさい」
「いや、元気なら良いんだよ。故障を疑ったり、嫌われたんじゃないかと思ったけど元気ならそれでいい。
それに……、その姿のスミレも凄く可愛いし、今までより出来ることも増えるだろう?良いことじゃないか、良くやったな、スミレ!」
「カイザー!」
感情が昂ぶったスミレが俺の顔に突進してしがみつく。
なるほど、スミレに身体があるとこういう行動を取るのか……。
両極端なサイズ差とは言え、なんだかとっても照れるな……。
レニーなんか顔に手を当てて真っ赤になってる。やめろ!俺がもっと照れる!
「しかし、そっちにAIが移ったとなるとちょっと寂しいし、破損のリスクも出てくるな……」
『心配は無用ですよ、カイザー』
突然、普段通り頭のなかでスミレの声が聞こえてびっくりした。
「あれ?スミレ?」
『あの義体には私のプログラムをコピーしたものがインストールされているだけです。
あくまでも本体はカイザーの中にあり、私はここからあれを動かしているに過ぎません』
「もちろん、こちらからも本体のシステムにアクセスできるため、こうやって外にいる間も索敵などはそつなくこなせますよ、カイザー」
あっちやこっちにスミレの声がいったりきたりして混乱してきた……。
どういう感覚なのかわからんが、超リアルなVRを使って義体を動かしているような感覚なんだろうか?
しかし、俺やレニーだけびっくりするのは許されないな。
「なあ、スミレ。こんだけ騒いでるのにまだ夢の中にいる二人の所に行って、
夢のような光景をみせてやれ。きっと楽しい反応をしてくれるぞ」
「なるほど、それは名案ですね、カイザー。では早速お披露目してきましょう」
どことなくウキウキとした様子でマシューのおうちにひらりと妖精が飛び込んでいく。
間もなく、おうちから賑やかな声が響き、慌てて飛び出す二人を追うように嬉しそうな顔のスミレが空を舞っている。
そんなスミレを見ているとここ数日の悩みはウソのように消し飛んでいく。
これからますます楽しい旅になりそうだな。




