第百話 露店
乙女軍団が代わる代わる俺のもとに食料を運んではまた慌ただしく去っていく。
それはまるで雛鳥に餌を運ぶ親鳥のようだった。
「なんだか変な属性に目覚めそうだよ……」
『その時は私が介錯してあげますよ、カイザー』
なんだか恐ろしいことをサラリと言ってのけるスミレである。
オルトロスは何をしてるのかと声をかけて見れば、二人で暇つぶしに対ヒッグ・ギッガ戦のイメージトレーニングをしているらしい。
なるほど、AIならではの暇つぶしだな。
人でも似たようなことは脳内で出来なくはないが、AIの場合はバーチャル空間を自ら作り出し、その内部に分身を送り込んでよりリアリティがあるシミュレーションが出来る。
その戦績を聞いてみれば、芳しくないようで。
『私達だけだと歯が立つ立たないのレベルにすら行かないね～。
逃げるのに精一杯で攻撃のチャンスを得られないよ～』
『カイザーを入れてようやくこちらも手を出せるけどー
単体だと決定打に欠けるし、合体しちゃうと良い的になっちゃうしー』
『『やっぱあいつ強いね……』』
二人にしては珍しく落ち込んだ声で結果報告をしてくれた。
アレを倒せたのは皆の協力があってこそだからな。
奴を倒すには強烈苛烈な攻撃をかわし続ける回避性能、チャンスを確実に物にする火力。
その両方が必要だ。
現在の俺達では正攻法で勝つことは不可能だろう。
と、ようやく乙女軍団の財布が空になったのか最後の買い物を手に揃って帰ってきた。
彼女達がそれぞれ持っていったのは銀貨二十枚ずつ、日本円にして2万円である。
例えば日本の屋台で見かける倍以上の大きさである肉の串焼きが1本10銅貨、100円だ。
10本買ったとして1銀貨、1000円。
2本も食べればお腹いっぱいになれる量である、そんな物価で計6万円分の買い物だ、屋台の人たちが笑顔でこちらに手を振るわけだよ。
まあ、これだけあれば暫く食の問題に悩むことはないだろうな。
帰り道、レニーが突然俺を止め、広場から離れた所にポツンとある露店に駆け込んでいった。
あんだけ買食いしてまだ食うのかと呆れていたが、どうも食べ物のお店ではないようだ。
「マシュー！マシューも来て！ミシェルも！面白いよ！」
オルトロスは道端で身体を屈ませ手を下げるとそこに乗っていたミシェルがひらりと飛び降りる。
マシューも其れを追うようにコクピットから飛び降り屋台へ駆け寄った。
「おう、凄いなこれは！今にも動き出しそうだ」
「まあ、可愛らしい！」
何かぬいぐるみかなにか売ってるのかと見てみれば、機兵や魔獣のミニチュアだった。
……可愛らしい？
ミシェルの感想は置いといて、成る程これはよく出来ている。色んな意味でおなじみのウルフェンシリーズに、カエルのような顔をしたもの、ストレイゴートの素材を使ったものも居るな。
中でもレニーの目を引いて離さないのが防衛軍機だ。
どことなく俺と似たそれは西洋甲冑のようなフォルムで悔しいがとてもかっこいい。
「お兄さん、これいくら？」
「ブレストウルフやストレイゴートなんかの魔獣は20銀貨、ウルフェンやフログレンが30銀貨、軍機は1金貨だ」
「むー……金貨1枚……むう……」
どうやらレニーが欲しいのは防衛軍機、しかし金貨1枚とは他のに比べて圧倒的に高いな。
他のもなかなかのお値段だが、スキャンしてみると木彫りなどではなくきちんと魔獣の素材を使って作られている。
細部にまで渡って丁寧に作られた其れはフル稼働。
それでいて金属パーツを使って作られているとなれば、これだけ高いのは頷ける。
ぶ、武器セットなんかまで売ってないよね？
「ごはんも色々買っちゃったし……むー」
欲しいけど高い、ゆらゆらと気持ちが揺れ動きレニーはすっかり動かなくなってしまう。
最初はレニーと並んでキャッキャとフィギュアを見ていたマシューたちだったが、早々に飽きてさっさと宿に帰りたそうにしている。
このままだとただただ時間が過ぎていく。下手をすれば閉店時間までこうしているかもしれない。
さて、どうしたものかと思っていると、この手の事態では珍しくスミレがレニーの背中を押した。
『レニー、店の人にこう言ってみてください『軍機を2機買うので1金貨と銀貨50枚にまからないか？と』
見ればあまり売れていないようですし、2つ買うと言えばおまけしてくれそうですよ。
私もあれは興味がありますし、私の分として2機買ってください。頼みましたよ』
スミレの分、としても同じの2機かあ。
どうせレニーの部屋に飾るんだろうから見せてもらえばいいのに、って思ったけど、
俺も気に入ったフィギュアやプラモはブンドド用と保存用、またはカスタム用として2個以上買ってたな……。
レニーは恐らくブンドドするタイプだ。
研究用に壊さずとっておきたい、それならば2機買うのは成る程頷ける。
「えっと、これ2機買うのでおまけしてもらえませんか？1金貨と銀貨50枚くらいに……」
その提案を聞き、うーーーんと唸っていた店主だったが、ふと俺の顔を見ると何かひらめいたような顔をして逆に提案をしてきた。
「同じの2機買うってこた、保存用と遊び用ってことだろう？あんたからは同士の匂いがする。
よし、さらに値引いて1金貨で2機売ってやるよ！どうせ今日はこれでしまいだしな」
「え？あ、ありがとうございます！」
「ただしだ、その赤字特価で売るのは俺の頼みを聞いてくれたら、だ」
「頼み……ですか？」
金貨1枚で2機はかなり安い、安いが安すぎてその頼みとやらが恐ろしい。
まさか美少女揃いの乙女軍団に何かエッチなお願いとかじゃああるまいな。
「あんたが乗ってる機兵、軍機に見えるがぜんぜん違うよな。
俺の職人魂が疼くんだ、あの機兵をスケッチさせてくれないか？
俺の手であの機兵を作ってみたいんだ」
まさかの俺だった！？
説明によると、どうやら彼はこれらのフィギュアを自分で作り売っているようだ。
軍機に良く似た見慣れないデザインの俺に気づいたらムラムラと製作欲が湧いてきたと。
『良い提案だと思います。もしかすれば次来た時にカイザーの模型を買えるかもしれませんし、ここは乗っておきましょう』
スミレが言うなら仕方ない。
レニーにオッケーを出し、店主に其れが伝わると、彼はさっさと店を畳んでしまって場所を変えようと手招きをする。
仕方がないのでマシュー達には先に宿へ向かうよう告げ、俺達は模型屋とその荷物を手に乗せて彼が案内する場所に向かった。
着いた先は祭りのときなどに使われる広場で、今は夕食時に近いためか人気が無い。
彼、ザックの家はここから直ぐの所にあるらしく、気に入った機兵をみかけてはここに案内してスケッチをさせてもらっているらしい。
「送ってもらって悪かったね。直ぐ済むから早速始めようか」
ザックは真面目な顔でスラスラと紙に俺の姿を起こしていく。
前から、横から、丁寧に、しかし速く筆を動かし俺の姿を書き写す。
（そう言えば俺ってあんな感じだったなあ。なんだか記憶よりサッパリしてる気がするけど、覚えてるのが3身合体した姿だから、とかそんな感じなんだろうな）
15分ほどでザックの作業が終わったようで、満足そうにレニーに見せていたがそこでスミレの凝り性と俺の欲が一致して彼を驚かせることになる。
「レニー、せっかくだから馬や馬車も見せてやろうぜ。彼は機兵好きの同士だ、出し惜しみはしたくない」
「そうですね、乗りかかった船とか言うやつです！」
レニーに少し離れるように言われたザックはもう書き終わったのに何だという顔をしていたが、コクピットに乗り込んだレニーを見ておとなしく其れに従った。
「カイザアアアアアアモォオオオオオドチェエエエエエエンジッ！」
叫んで宣言する必要は無いのだが、悪くはないので口は出さない。
急に叫んだレニーに少しびっくりしていたザックだったがユニコーン形態になった俺を見て……
腰を抜かすかと思ったら駆け寄ってきた……。成る程、同じ穴の狢だ……。
「おいおい、凄いなレニー！君の機兵は凄いよ！
む！こうしちゃいられない！暗くなる前に書き写さないと！」
この後さらに馬車形態まで披露し、ついでにレニーハウスも披露したらザックは興奮で死んでしまうのではないかと思うほど喜び、それを全て書き写した。
どうせ俺をフィギュア化するのであればなるべく全て再現してもらいたいからな。
今度来る時はオルトロスや恐らく仲間であろうウロボロスも連れて最強合体を披露してやらねば。
ふふ、きっと興奮して3日は寝られなくなるだろう。
別れる際に模型が出来上がったら其れはまず最初にレニーにくれるという約束をしてくれた。
そればかりか、購入した軍機2機の他におまけとしてブレスとウルフやストレイゴート等の魔獣もつけてくれるという高待遇だ。
ブンドドする相手もほしいよなって思っていたから嬉しいおまけである。
……俺はさわれないけれども……。
「こんなにおまけをいっぱい……！今日はありがとうございました！」
「いやいや、俺の方こそこんな凄い機兵をスケッチできて嬉しいよ！
ルナーサに行くんだったよな、帰りは是非また寄ってくれな」
そんなこんなで時間がかかりすぎてしまい、彼と分かれて宿に戻ると夕食ギリギリの時間。
律儀に我々を待っていた二人にこっぴどく叱られてしまうのだった。
なんだかんだ百話まで来てしまいました。
これも読んでくださっている皆様のおかげです、ありがとうございます。
