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しあわせ かくれんぼ

作者: 小沢とも

花音の家は5人家族だ。

小学2年生の花音に、小学6年生の姉の美月、幼稚園年長の弟の龍太郎、そして父と母。

どこにでもある平凡な家庭だが、花音には不満だらけの家だった。

「だってさぁ。お姉ちゃんは意地悪ジャイアンだし、弟はすんごいワガママだし。お母さんはいつも怒ってるし、お父さんはテレビばっかで人の話、全然聞いてくれないし」

学校の築山のてっぺんに、近所に住む友達の春樹と並んで座り、花音はブチブチとグチをこぼす。

「いいよねぇ、春くんちは。兄弟いないし、パパは優しいし、ママはオシャレで美人だし。花音、春くんの家に住めば良かったよ」

「そうかなぁ。かのちゃんちだって、賑やかで楽しそうでいいと思うけど」

おっとりした性格の春樹が、のんびりした口調で返すと、「あーっ、もう!」と叫んで、花音が立ち上がる。

「花音ちの、ろくでなしーっ!」

校舎に向かって叫んだ。


※ ※ ※


「今日、学校で花音が築山で変なこと叫んでたって」

夕飯時、ジロリと花音の方を睨みながら、早速、姉の美月が母に告げ口をする。6年生は6時間授業で、花音が築山にいた放課後はまだ授業中だったはずだ。だからこそ、思う存分、思いの丈を叫んだのだが。どこから美月の耳に入ったのだろう。

「ケイちゃんに言われた」

まずい、と首をすくめながらも、情報源に思考を巡らせた花音だったが、あっさり美月の口から犯人が割れた。花音の同級生で、美月のことを慕ってる圭介だ。

「ウチの悪口言ってたんだって?バカヤロウ、とか」

「違うよ。ろくでなし、だよ」

告げ口を続ける美月にムッとして、思わず言い返してしまったが、事実を認めたも同然だった。怒るかな、と両親を交互に見たが、父は野球の中継に釘付けで耳に入っている様子はない。母はと言えば、あはは!と豪快に笑った。

「すごいね、花音。ろくでなしなんて言葉、知ってんの?」

怒られなかったことにはホッとしたけど、自分の不満が全く伝わらないことに、スッキリしないモヤモヤが花音の中に残る。母は花音に甘いと美月は言うが、それは真剣味が足りないからじゃないか、と、花音はいつも感じるのだ。

「どうせ意味も分からないで使ってんでしょ」

「ロクじゃないなら何がいいの?リュウなら8がいいなぁ」

美月のトゲトゲした言葉に、龍太郎のトンチンカンな茶々。花音はこっそりため息をつく。そのため息を、母が見逃さなかった。

「どうした?なんか、いつもの勢いがないねぇ」

言いながら、花音の前に残っている夕飯を見て「食欲もないじゃない。具合でも悪いか?」と続け、腕を伸ばして花音のひたいに手を当てる。いつもはポカポカ温かい母の手が、なぜかヒンヤリ冷たく感じられた。

「あ、やっぱり。あんた、熱あるんじゃないの」

ちょっと怒ったような、やれやれと言ったような複雑な表情の母。

「悪口なんか言うからバチが当たったんじゃないの」

ツンとした姉の言葉だったが、チラリと花音を見た目に、いつものような意地悪さはなかった。

「バチって何?8と違うの?」

龍太郎が、相変わらずトンチンカンなことを言っている。


※ ※ ※


その夜、花音の熱は39度まで上がった。

天井を見上げる目が熱で潤んで、視界がふわふわ揺れる。

「かのちゃん、死んじゃうの?」

花音が寝かされた和室の向こう、リビングから龍太郎の声が聞こえてくる。2階の子供部屋で寝るように母は言ったが、具合が悪い時に心細いだろうから、と、父がリビングの隣にある和室の客間に花音の布団を敷いてくれたのだ。隣には父の分の布団も敷かれている。今夜は父が一緒に寝てくれるらしい。

「死なないよ。でも、風邪が移るから部屋には入っちゃダメ」

母の声を聴きながら目を閉じる。

しばらくすると、スーッと違う空気の流れを感じて、花音は薄く目を開けた。襖が開いて、お盆を持った母が入ってくるのが、逆光の中に浮かんで見える。

「すりおろしリンゴ、食べる?」

枕元にお盆を置いて、母が言う。いつもよりずっと、優しい声だ。花音たちが体調を崩すと、母はちょっとだけ怒って、その後はとても優しい。体を起こす花音を手伝ってから、リンゴより先に「はい、お見舞い」と何か紙のようなものを手渡した。

「なに、これ?」

聞きながら紙を開くと、クレヨンで書かれた大きな文字が目に入った。

『かの、がんばれ』

龍太郎の字だ。クレヨンの下にうっすら鉛筆で書かれた文字は、美月の字だった。美月が書いた下書きを、龍太郎がクレヨンでなぞったのだろう。

クレヨンの下には、折り紙が貼られていた。星やハート、花や犬、ペンギンなど、色とりどりの折り紙で折られた様々な形。いつもは花音が「折って」と言っても「あとでね」と言ってちっとも折ってくれない美月が、花音のために折ってくれたのだ。不器用な母なら、折り紙と言えば鶴ぐらいしかレパートリーがないのだから。

「花音が元気ないと、家の中が静か過ぎるよ。具のないサンドイッチみたいで味気ない」

母が言いながら、リンゴをスプーンですくって花音の口に運んでくれる。冷たく甘いリンゴの味が、フワーッと口の中に広がった。

「早く元気になってね。元気な花音が大好き」

「………花音も」

意地悪な美月もワガママな龍太郎も、おこりんぼうの母も無関心そうな父も。

本当はみんな、みんな、花音に優しい。それが分かっているから、花音も大きな声で堂々と悪口が言えるのだ。

元気になったら、学校の築山で叫び直そう、と花音は思う。

ウチの家族が大好きだと。

…そのためにも早く風邪を治さないと。

そう思って、花音は母からリンゴのお皿を受け取り、スプーンですくって口へと入れた。


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