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第9話 発明の父はいずこへ

「お邪魔します…」


俺はチャージャーの姿を確認してそう言う。


「吸血鬼とかってたな」


その俺に対してチャージャーはそう応え、そして俺は答える。


「はい。先月転生したばかりの新入りです」

「どういう話を聞いてきたかは知らんけど、あっしはここで独り電気回路を組み立てるだけの人間、いや、モンスターや。バイトも募集してへん。納期やって守ってる。何の用や」


不愛想な口調、関西の訛りが感じられる。カルロスの言葉に訛りは無かったが、出身は違うんだろうか。


「えーと…その、さっき納期って言いました?」

ったけどどうしてん?」

「電気回路は誰かに売るために作ってるんですか?」

「ああそうや。マーケットのディーゼルってやつにな」

「ディーゼル?」

「知らんのか?マーケットの創始者にしてマーケットのボス。まあ、この世界は基本みんな不老不死やから、創始者がボスってのはわんでもええことやけど」


口調に棘を感じていた俺だったが、それはどうやら彼がやや早口に喋るからであって、決してこちらを邪険に扱ってるというわけではないみたいだ。それが証拠に俺の質問には答えてくれている。


「で、もう一回聞くぞ。何の用で来てん」

「ああ、そうでしたね。えっと、2階に住んでるカルロスさんってご存知ですか?」


ある程度警戒心を解けた気がしたので俺は本題を切り出す。


「知ってるよ?前世からの知り合いや」

「僕は彼からあなたの話を聞いたんですよ。電気回路のエキスパートだって」


ここで俺はゴマをすってみる。褒められて嬉しくない人なんてそうそう居るものじゃない。


「嘘つけ。あいつがそんなこと言うかい」


不発に終わってしまった。


「何かと思ったらお前、あいつの回しもんかいな」

「あ、や、えっと…」

「大方、あっしがあいつのことを友達と認めるよう言いくるめてこいって言われたんやろ?」


その通り、とまではいかないにしても大体合ってる。なぜばれてしまったんだろうか。


「はぁ…何をムキになってるねんあいつは…」

「あの、カルロスさんとは前世で友達だったんですよね。彼は、あなたが彼のことを友達と認めてくれないって言ってました」

「ああ、そうやで」


カルロスの言ってたことは本当だったのか。だとしたら話は早いようでややこしい。


「どうしてですか。転生しても人格も記憶も同じなんです。断る理由が…」

「一緒やないよ」


チャージャーは俺の言葉を遮ってそう言った。


「一緒じゃない。人格は生きてればいつの間にか変わるし、記憶なんて時間が経てば変わる」

「今のカルロスさんは昔のカルロスさんとは違うって言うんですか?」

「さあ?今のところは昔とほとんど変わらん、いや、もしかすると昔と同じゲン…カルロスのままなんかもしれんけど…」


チャージャーは手に持っていた道具を置いて俺の方へ向き直る。


「少なくともあっしは違う。あっしの方が先に死んでこの世界に来て、前世では気付けんかった自分の才能というか趣味というかに気付いたんや」

「電気回路のことですか?」


チャージャーは言葉を発さずただ一度頷いた。


「でもそれは新しい趣味であって、決してあなたの人格が変わったというわけでは…」

「ああ、いや。違う違う。あっしが言いたかったのはそういうことじゃなくて…」


考えを整理するようにチャージャーは一度言葉を切り、やがておもむろに話し出す。


「あっしはこの世界に来て新しいことに気付けた。でもあいつは過去に固執するというか、自分から変化を起こすのが苦手なやつやった」

「昔友達だったあなたに固執することも良くないことだって言うんですか?」

「…いや、あっしをまだ友達と言ってくれてるのは嬉しい。でもそれやとあいつの世界が変わらんのじゃないかと思ってな」


つまりチャージャーの言いたいことはこういうことか、自分はこの世界で新しいことに挑戦してうまくいったから、それをカルロスにもしてほしい。でもカルロスは自分から進んで変化を起こしたりしない奴だから敢えて自分という「過去」を遠ざけてそれを促そうとしただけで、決してカルロスが友達であることに不満はない。

電気回路作ってるくせに不器用かお前は。

もちろんそんなこと口に出したりはしないが。


「それなら心配ないですよ。カルロスさん前世では将棋を指せなかったんですよね?」

「ん?ああ…そう言えばそうやったかな」

「その彼に僕は今日将棋を教えてくれって言われたんですよ」

「ほう」

「彼は自分から変化を求めたってことじゃないですか」

「なんとまあ」

「だから彼は大丈夫ですよ。きっとあなたみたいな新しい趣味を見つけられるなら見つけられているはずです」

「そうか…」


一瞬顔を綻ばせたチャージャーだったが、数秒後、気まずそうな笑みを浮かべる。


「いや、実はもう一つあるんや。あいつを友達にできひん理由」

「聞きましょう」

「あっしはほんまに電気回路を作るのが好きで、睡眠以外は電気回路のことに費やしてるねん。いや、夢の中でさえ回路いじってるくらいや」


それは一種の依存症なのではないだろうか…


「それでやな、あいつと今友達になっても昔みたいに遊んだり飲みに行ったりできひんねや」

「それくらい時間作ってあげればいいじゃないですか」

「もちろん時間は作れる。でもなあ…俺が回路をちゃんと納品しないと向こうが困るし、遊ぶための金なんて1銭もないしなあ」

「え?金がない?何でですか?」


この人回路を納品してるんだよな。何で金が無いんだ?


「いや、もちろんマスターからの給料と回路納品の給料は出るよ。でも回路を作るための部品は買い取りやから、プラスマイナス丁度0になってまうねん」

「はい?」


おかしいだろ。おかしいよな。何で回路を納品した報酬が回路の部品の値段プラス1000シェルとイコールなんだよ。マーケットのボスに納品してるとか言ってたけど、それってブラック企業とか言うやつなんじゃないか?


「あの、それっておかしいですよね。騙されてるんじゃ…」

「そうやな。多分そうなんやろな」

「分かってるなら抗議して下さい。騙されてることに気付いても黙ったままでいるのは嘘をついてるのと同じですよ」


こんなことを言ってる俺だが、前世での俺の行いを考えると偉そうな口はきけない。騙されてると分かっても自分からは中々指摘できないものだ。しかし今の俺のような、促してくれる者がいれば言葉にできた怒りもあったはず。だからこそ俺は似合わない説教臭いことを言ったりしてみた。


「そら前世で同じことされてたら殴り込むよ。でもこの世界では働いて食っていく必要がないからな。寝るところに住むところがあればそれで事足りる」

「それは確かにそうかもしれないですけど…」


俺はその続きを言葉にできなかった。本人がいいといっているし、その言説にも筋は通っている。


「それでもちゃんとマーケットに抗議してください。その問題さえなければカルロスさんとあなたは問題なく友達になれるんですよね」

「まあ、そうやな…」


そこでチャージャーは少し黙る。


「何を躊躇ってるんですか?」

「マーケットとどう交渉したものかと思ってな…あいつら何と言うか、交渉できるような会社やないねん。ひどく事務的というか何というかで」


巨大企業によくあることだ。俺も少し頭を悩ませる。


「話は聞かせてもらった!」


マーケットとの交渉材料を考えていたところで乱入者が現れた。


「何やゲンかいな。また来たんか」


ゲンとはその乱入者の、つまりカルロスの前世での名前か何かなのだろう。


「お前に迷惑を掛けられないから、次で最後にするつもりだ」

「まだ来んのかい」

「今からマーケットへ行って話し合ってくる」

「話し合って来るって…マーケットのボスとですか!?」

「他に誰がいるってんだよ!待ってろよゴン!」


そう言ってカルロスはろくに話も聞かずに出て行ってしまった。話は聞かせてもらったとか言ってたが、一体どこから聞いてたんだろうか。


「チャージャーさん?まずくないですか?」

「そうやな。あいつなら何しでかすか分からんな。今のあいつならなおさら」


それはつまり[猪突猛進]を持っている今のカルロスならということだ。一度やると決めたらそれを完遂するまで止まらない。止める手立てとしては彼の意識の元を断つ、つまり眠らせるか気絶させるか、あるいは殺してしまうかしかない。


「一応聞きますけど、マーケットのボス…ディーゼルでしたっけ?彼は本人はそう言った交渉を快く聞き入れてくれるようなやつなんですか?」

「あっしの話ならまだしも、面識のないあいつの話を聞くとは思えへん」

「とにかく俺は言って彼をなだめてきます」

「待て。スキルを発動したあいつを止められる自信でもあるんか?」

「それは…」


ない。あるわけがない。あの時カルロスを眠らせることができたのはリリーの魔法があっての結果だ。今の俺がカルロスに挑んでも勝てる見込みは全くない。


「ちなみにあっしにはある」

「え?本当ですか?」

「ああ、あっしのスキルは…いや、のんびり話してる場合か。追うぞ」


そう言ってチャージャーは作業台の電気スタンドの電源を切り、机の上に並べられていた手の平に収まるくらいの金属片を両手に1つずつ持った。


「ほら。音響爆弾や。1個持っとけ」

「音響爆弾?チャージャーさんが作ったんですか?」

「まあな。いや、ゆうてもただのボイスレコーダーや。納品する部品くすねて作ってみたやつや」

「さいですか…」


チャージャーはもしかしたら俺が思うよりもずっとしたたかだったのかもしれない。


「聞くと失神する声が入ってるから、耳に近づけすぎたり、長時間鳴らし続けたりはするなよ?」


チャージャーは隠れ家から出てゲートに続く道を走りながら俺に物騒なことを言う。


「いや、あんたの声凶器ですか」

「知らんのか?あっしらサテュロスの神と言うか親玉というかにパンって言うやつがおるねん」

「はあ」

「そのパンが大声を上げると敵はみんな縮み上がって逃げ惑ったらしい。パニックの語源はそのパンや」

「へー」


つまり、サテュロスの声には精神に働きかける効果があるということか。

俺達は無事にゲートに辿り着き、9階まで行ってマーケットの入口に飛び込んだ。


「まだあまり騒ぎにはなってないみたいですね」

「そうみたいやな。取りあえず、ディーゼルがおると思われるとこに行こか」

「ええ。…あの、チャージャーさん。このボイスレコーダーに殺人音声が入ってるそうですが」

「いや、死にゃあせんよ」

「俺がこのボイスレコーダー使うってことは俺が一番近くで、一番長く音を聞くわけですよね。俺が先に失神するんじゃないですか?」

「…せやな」


いや。「せやな」じゃないだろ

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