第8話 牛心あれば山羊心あり
「やっぱりそうだ!久しぶりだなヴィルトゥーク!」
「ああ…はは、お久しぶりです…」
「おう?そっちの2人は友達か?」
俺が彼に会いたくなかったというのは決して俺から口にできることではない。なぜならその原因は全て俺にあるからだ。
数日前、俺はリリーと共に彼に追われ、そして眠らせてしまった。モンスターの仕事は勇者を倒すことなので立派な営業妨害だ。
「ええ、俺の先輩のベインさんとロードさんです」
「どうも」
「初めまして~」
一応彼との和解は成立している。俺が彼に追いかけられた理由も分かった。彼には[猪突猛進]という、一度やると決めたらそれを果たすまで絶対に心が折れないというスキル。
物理的に不可能な目標である場合と、自分の体力が切れた場合は自動的にスキルは無効化されるらしいのだが…
「買い物か?ヴィルトゥーク」
「あ、いえ。今日は先輩達にマーケットの歩き方を教えて貰ってて」
「歩き方?ここに来るのは初めてなのか」
彼のもう一つのスキル[体力増強]によってスキル失活の条件が一つ克服されてる。[体力増強]は自分の気力が保つ限り体力が尽きないというスキルだ。
そんな彼の前を通るというのは、坂道から転がって来る大岩の前に飛び出してしまったようなものだ。
「なんなら俺が案内してやろうか?そこの二人は先輩とか言ってたが、俺よりは新参だろ?」
「そうですね。僕らウィル君の1つ上と2つ上なんで」
「俺は顔が利くから割引とかしてくれる店もあるんだよ。3人ともこの機会に紹介してやろう」
ちなみに彼のもう一つの能力は[破砕]。自身の身体で最も硬い場所、カルロスの場合だと角、よりも柔らかい無生物を自身への反作用を0にして砕ける能力。場合によっては剣とか盾とかも砕けるそうだ。
正直言って妬ましいほどスキル同士の相性がいい。俺とは大違いだ。
「是非!是非お願いします!」
ベインは予想外の食いつきを見せる。
一方、そういう話に耳ざとく反応しそうなロードのリアクションは薄かった。普段ベインに奢ってもらってるせいで財布が潤ってるせいだろう。今気づいたことだがロードは手ぶらどころか何も身に付けてない。ここで自分のお金を使う気は無かったんだろう。
その後俺達はカルロスに率いられてあちこち店を回った。ラーメン屋やアイスクリーム屋といった飲食系の店がほとんどだったが、DVDやCDを視聴できる店にも行った。一応プレーヤーは家電を扱ってる店でも買えるそうだが、高いので店で観るのが主流とのことだ。ダンジョンにおける映画館と言ったところか。
「聞きたいんだが、お前ら3人のうちで誰か、将棋のやり方知ってる奴いないか?」
藪から棒にカルロスから質問が飛んできた。
「俺は指せますよ。強くはないですけど」
「僕は…ちょっと怪しいです。駒の動きがうろ覚えで…」
「ボクは駄目ですね~囲碁なら大丈夫ですけど」
「ロードさん囲碁指せるんですか」
俺の周りには将棋を指せて囲碁を指せない人間が多かったので俺は少し驚いたが、ロードはかぶりを振るように体を捻じる。
「ウィル君違うよ~。囲碁は『指す』じゃなくて『打つ』だよ~」
「あ、そうなんですか?」
「そう。僕は囲碁のことになるとうるさいよ~なんたって5段だからね~」
「5段!?」
囲碁の世界がどんなのかは知らないけど、将棋で5段は達人クラス。囲碁の5段だってそれくらいの実力はある気がする。
「騙されるなウィル君。こいつの言ってるのはゲームの話だから」
「何でそんな面白くないこと言うんすか~」
「大学1年の夏休み、録に外にも出ずにネットの囲碁ゲームでお前が掴んだ称号だったよな?」
「またボクを引きこもりみたいに言う~」
「おいお前ら。俺の質問忘れてないか?」
「ああ、そうでしたね。将棋なら俺が指せます」
勝負しろと言われるのだろうか?まあここまで案内してもらった感じだとカルロスはもう俺に何の後腐れも感じていないようだし、今はさほど抵抗のない申し出だ。
「そうだったか。そんなお前にお願いがあるんだが。俺に将棋を教えてくれ」
「俺が?」
「ああ、ルールだけで構わん。最低限のやり方さえ教えてくれればいい」
そういうことなら問題なく教えられるだろうということで俺は了承し、明日また会う約束をしてその日はお互いマーケットを後にした。
*****
翌日、俺の将棋のレクチャーは1時間とかからず完了した。将棋のルールなんて最初の駒の配置とそれぞれの駒の動き方、成ったあとの動き方を覚えればあとは二歩くらいしか覚えることは無いので当然といえば当然だ。
試しに一局指してみることにしたら、久しぶりに指したせいもあってか、結果的に俺が勝ちはしたが中々いい勝負になった。
「どうです?ルールは覚えられました?」
「ああ、二歩はうっかりやってしまいそうになる時もあるが、それ以外は大丈夫そうだ。ありがとな。ヴィルトゥーク」
「ウィルでいいですよ。みんなそう呼んでますし」
「そうか。じゃあウィル。折り入ってもう一つお願いがあるんだが」
「何です?」
ずいっと俺の方に寄るカルロス。角が刺さりそうな気がして俺は少し身を引く。
「俺は2階が主なテリトリーなんだが、チャージャーって知ってるか?」
「チャー…ジャー?いえ、知らないですねその人は」
「そうか。種族はサテュロスっていう…えーと」
「サテュロスなら分かります。ギリシャ神話のモンスターですよね」
上半身は人間、下半身は山羊のモンスターだ。酒が好きだったり音楽が好きだったりする。
「そいつは前世で俺の友達だった奴なんだ」
「そうなんですか」
前世で友達だった人と、同じ世界、同じダンジョンに転生できるだなんてすごい偶然だ。いや、他人事じゃないな。俺にもその可能性はあるんだから。
「俺はそいつと友達になりたいんだ」
「え?前世で友達だったんでしょ?」
「こっちではまだなんだよ」
「まだって…まだ話し掛けてないんですか?」
「いやいや、話し掛けた。同じ階に住んでたしすぐに話し掛けた。でもまだ友達じゃないんだ」
どうも要領を得ない。前世で友達だった人と再会したら改めて友達になる必要なんてないだろ。元々友達なんだから。
「相手はカルロスさんのこと覚えてないんですか?」
「いや、覚えてる…と思う。ただこの世界では俺たちに共通の趣味がないから嫌がられてるんだろ」
「それで将棋を覚えようとしたんですか」
「ああ、あいつ学生の頃将棋部に入ってたんだよ」
健気な話だが、昔の友達にそこまで固執する必要があるんだろうか。趣味が合わないとかの理由で絶交しようとするやつをそれでも友達と呼び続ける必要があるんだろうか。
「そのチャージャーさん、2階に住んでるって言ってましたけど、もしかしてカルロスさんが主に2階で活動してる理由って…」
「ああ、ゴンがいるからだ」
ゴン?と思ったが恐らくチャージャーの前世での名前か何かだろう。
しかしこれでカルロスという、追いつかれると即死の凶悪モンスターが2階という超序盤に現れる理由が分かった。
「なるほど、で、さっき言ってたお願いって何ですか?」
「多分俺が行っても取り付く島がないだろうから、まずお前がゴンの元へ行って場を温めて欲しいんだ」
「場を…」
「あいつは今2階の隅、勇者があまり来ないところで回路を作ってる」
「回路、電気回路のことですか?あったかい方のカイロじゃなくて」
「ああ、電気の方だ。それをグレムリン達に売ってるんだと」
グレムリン、機械いじりが好きな妖精だ。俺の記憶が正しければ甘いものも好きだったはず。
「俺は何回かあいつに会いに行ったが、いつもさっき言った2階の隅で作業してただからそこに行けばすぐに会えるはずだその場所までは俺が案内しよう」
「あ、いえ。地図持ってるんで教えてくれれば大丈夫ですよ」
言って俺は手首の魔道具を起動して2階のマップを表示した。しかしチャージャーの作業場は2階を隈なく探索したつもりでいた俺の魔道具にも記録されていない場所だった。相当穴場らしいが入り口があることさえ分かっていれば見つけるのはた易いらしい。俺は途中までの道を教えて貰って独りゲートをくぐって2階に向かった。
*****
俺が単騎で2階に赴いたのには理由がある。考えを整理するためだ。
カルロスがいい人だというのは何となく肌で感じていたが、昔の友達が再開を拒むというのはそのイメージにそぐわない話だ。もしかするとカルロスは俺が思う程善人じゃないのではなかろうか。
いずれの側に問題があるのか分からないが、会いたくない人と無理矢理に会わせるというのは良心が咎める。まずはカルロスの目のないところで話を聞きたい。カルロスには暫くしてから来るように言ったのでそれなりに話す時間はあるはずだ。
「はぁ…何でこんな面倒臭いことに巻き込まれたんだ俺は…」
マスターみたいなことを呟きながら俺は教えられた通りに2階の通路を進む。話す時間を確保したい俺は走って向かう。この通路を走っているとカルロスとの出会いを、そして必然的にリリーやセリアとの出会いを思い出す。
「いい経験だったけど、いい思い出ではないな…」
暫く走ると行き止まりが現れる。が、カルロスによるとこれこそが入り口。
「なるほど。入口だと思って観察すると確かに入口だな」
道を遮っていた岩の向こうに空間があるのが分かる。
俺はすぐさま岩をよじ登ろうとしたが直前で思い留まり数歩下がる。
「壁蹴りの練習の成果を試す時だな」
俺は助走をつけて右に飛び、壁を蹴ってさらに左の壁を足で捉える。4回の壁蹴りで岩を飛び越え、俺は行き止まりの向こう側へ着地する。その直後
「誰や!」
声が聞こえた。狭い洞窟内で反響したその音は四方八方から俺に。
「何者や!」
俺は声の主にある程度当てが立っているので臆することなく答える。
「勇者じゃありません!吸血鬼のヴィルトゥークです!」
「そうか…何の用や!」
「ええと…」
まずい。言い訳を考えてなかった。「道に迷ったんです」なんて絶対通用しない。かといって本当のことを言っても絶対返される。
「チャージャーさんの噂をマーケットで聞いたんです!」
嘘じゃない。
「チャージャーさんが作った電気回路に興味があって」
嘘ではない。
「チャージャーさんにお話を聞きたいと思って」
嘘じゃ…ない。
「まあ入れや。お互い顔も合わせんと話すのは変やろ」
「あ、そうですね…じゃあお邪魔します」
よくやった俺。門前払いはされずに済んだ。