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第6話 オタクとニートを混同するなかれ

吸血鬼に転生してから今日で丁度1か月になる。

その間に俺は6階までの探検を終えていた。その間に俺に訪れた変化は手首に巻いている、リリーから貰った魔道具くらいのものだ。

いや、もう一つあった。それは習慣だ。


「よし。今日もやるか」


俺は自らの先輩であるベインとロードの寝床が存在する3階の一角、天井がこの階で一番高いところにいる。


「昨日は5回まで行けたから、今日は6回が目標だな」


天井が高いといってもダンジョンの通路の一部なので高さに対する道の幅は狭い。両側を崖に挟まれてる感じだ。


「と言いつつここ最近ずっと5回から進展がないんだよな…」


さっきから俺が5回とか6回とか言ってるのは俺が習得しようとしているある技能の連続成功回数だ。その技能というのは「壁蹴り」。


「いちっ!に!さ…!うわっ」


今は3回目で失敗してしまったが、最近は5,6割くらいの成功率で5回壁蹴りをできるようになった。


「いちっ!に!さん!…よんっ…!ごっ…くっ!駄目か」


吸血鬼の特性というか体質なんだろうが、俺は疲れない。つまりやろうと思えば永遠に壁蹴りの練習ができる。いや、もちろんそんなこと実行したりしない。気が滅入る。


「いちっ!に!………いち!に!さん!よんっ!ご!よしっ。ろ…くそ!」


そう、問題なのは肉体よりもむしろそっちの方。精神面だ。

俺の壁蹴りの練習の重要な点は、どれだけ集中して自分が次に足を付けるべき点を見極められるかと、効率のいい壁蹴りのやり方にどれだけ辿り着けるかだ。


「いちっ…おわ!危ないな…足場が崩れた」


そう、もうお気づきかもしれないがこの練習に筋トレ的要素は無い。というのも、俺はできないのだ。筋トレという行為が。


「いちっ!に!さん!よん!ご!ろ、あ、やべっ!……痛ってぇ…」


先ほども言ったが俺は疲れない。つまり、筋肉が成長する時に必要な過程である「疲労」が訪れない。だからいくら筋トレみたいなことをしても全く筋肉は成長しない。

もちろん怪我は治るのでご心配なく。もっとも、「吸血鬼の怪我の再生」と聞いてまず思い浮かべるような超人的な再生はしない。切り傷ならかさぶたになって2,3週間後に治り、内出血とかなら数日傷んで治るとか言った具合だ。骨折した時も人間だったころと同じ様な治り方をするんだと思う。


「大丈夫、血は出て…るけど大したことない。まだやれる」


どうやら俺は「吸血鬼」という種族のイメージからすれば驚くくらい「生きている」ようだ。出血するということは脈がある、つまり心臓が動いてるわけだし、怪我が治るということは代謝を行ってるということだ。

ただ、不思議なのは特に何も摂取していないという点だ。食事はおろか、水分補給すらしていない。魔力とかで賄えてるんだろうか?


「よしっ行くか。何とか6回は蹴りたいな」


吸血鬼に転生してから俺は自分の新しい体が以前の身体よりも数段優れた体であることに気付いた。

筋力を始め、瞬発力や動体視力も人間だった頃より強化されている。種族柄なのか目は暗いところでもよく見える。しかし俺の人格というか魂は人間だった頃のままなので今一つ力を持て余している。

そんな俺に先輩のロードはある日こんな助言をしてくれたのだ。


*****


「あのドラマはね~2期までは名作なんだよ。原作に忠実ではなかったんだけど、原作を無視したんじゃなくて新しい解釈をしてたわけなのね。だから原作ファンもそうでない人も大満足だったんだよね~」

「3期以降はそうじゃなかったんですか?」

「うん。これは個人的な感想なんだけど、3期から迷走が始まったね~」

「迷走?」


ある日俺とロードは前世で見ていたある海外ドラマの話をしていいた。俺とロードは生きていた時期が大体同じだったようでドラマ以外にもアニメやゲーム、映画の話なんかをよくする。


「そう。最初はジャンルでいうとSFだったでしょ?」

「ええ、そうでしたね」

「それが3期辺りからスピリチュアルと言うか、1期2期でラスボスが宇宙人だったのに3期でいきなり黒幕が神になったでしょ~」

「ああ、なりましたね!未知のテクノロジーを使う宇宙人に機転を利かせて戦ってきたのが、3期でいきなり儀式とか選ばれし者とか登場しましたよね」

「そうそう。まあ原作はそういう話だったんだけどね」

「え?そうなんですか?」

「うん。だよね~先輩?」


ロードは上を向いて天井にぶら下がってるガーゴイルのベインに声を掛ける。寝ているのかと思ったらどうやら起きていいたようで返事が返って来る。


「ああ、そうだよ。原作のオチはあれだ。宇宙鳥かご説」

「宇宙鳥かご~?何すかそれ?」

「ロード。お前原作読んだんじゃなかったのか?知ってるだろ?」

「いや~知ってますけど、さっきから先輩が蚊帳の外だったな~と思って」

「気遣いはありがたいけど僕はドラマ見てないんだ。会話に付いていけない?」

「いやいや、そこは知ったかぶりで乗り切って下さいよ」

「無茶言うな」


言いつつベインは天井から降りて来る。


「あの、ベインさん。さっき言ってた宇宙鳥かご説なんですけど、どういう説なんですか?」

「あれ?ウィル君知らないの?ベートーベンが提唱した有名な説だよ」

「知ったかぶるならもう少し説得力のある知ったかぶりをしろ。音楽家が宇宙の本質を学会に提唱するわけないだろ」


ベインのツッコミはもっともだが、ツッコんでくれなかったら俺は騙されてたところだった。


「宇宙鳥かご説って言うのはあれだよ。この宇宙は実は俺達よりも大きい存在、神とかの鳥かごの中にあって、宇宙の外にはもう一つ大きな世界が存在してるっていうやつ」

「ああ、それならボクも知ってますよ。よくそういうオチの映画ありますよね」


確かに俺も似たような話は聞いたことがあった。しかしぼんやり思い出す程度でロードのように心当たりのある作品は無い。ロードの知識の広さにはよく驚かされることがある。


「ロードさん。ロードさんって色々詳しいですよね?前世ではどんなことしてたんですか?」

「前世?学生だよ~大学生」

「大学生…ですか」


俺より若いじゃないか。つまり、俺より早く生涯を閉じたということになる。

その時俺は初めて気付いた。この世界にいる者はみな前世とその記憶があるが、みんながみんな幸せな死に方をできたとは限らないということを。思えば俺だってそうだった。満足のいく死に方ではあったが、幸せな死に方ではなかった。否、死ぬのに幸せな方法なんてないのかもしれないが。


「そうそう。大学受験が終わって、その反動でか人生で一番勉強してなかったな~あの頃は」

「その頃にお前はオタクの道に堕ちたんだっけか?」

「ちょっと先輩。堕ちたなんて人聞きの悪いこと言わないで下さいよ~。ボクはかじった程度のファンからオタクへと昇華したんすよ~」


怒りを表現しようとしているのか、ロードは体の表面を波打たせる。


「まあ、ちゃんと授業には出てバイトもしてたらしいからそこまでオタクじゃなかったんじゃないか?」

「何言ってるんすか先輩。先輩もしかしてオタクとニートを混同してませんか~?」

「言われてみれば確かに僕の中でオタクのイメージにはニートのイメージが伴ってるな。違うのか?」

「違う!全然違う!」


今度は本当に怒ったのか、ロードの背中のスライムが爆発したかのように弾ける。彼の持つ[分裂]スキルのお陰か飛び散ったロードの体の一部は個別に生き物のように蠢いてロードの元へと戻る。

自身の体の一部達が帰還するのを待たずにロードは熱弁をふるう。


「ニートはNot in Education, Employment or Trainingの略、NEETのことっすよ。つまりニートかどうかは教育を受けているか、就職あるいはそれに向けての訓練をしているかが問題であってオタクとニートに本質的な関連はないです~」

「…ロードさん。何でそんなにニートに詳しいんですか?」

「戦うにはまず敵を知ることだからね~」

「ニートはお前の敵なのか?」

「敵を知ることは己を知ることすからね~」

「やっぱお前ニートじゃねえか」

「だから違う!」


ロードは再び体を爆発させる。爆散したスライムの量は先ほどよりも多かった気がする。


「あの、ロードさん」


再びロードの体を目指して蠢くスライム片を見て俺は思わず口を開いてしまう。


「ん~?どしたの?」

「その…今ロードさんの周りにいる小さいスライム達って、ロードさんが操ってるんですか?」

「うん。そうだよ~これは[分裂]スキルの効果。僕みたいな体が不定形なモンスター限定のスキルなんだけど、切り離した体の一部を自在に操れるスキルなんだ」

「難しくないんですか?」

「難しいよ~。僕がこの世界に来てからはずっとスキルをコントロールする練習ばっかりしてたんだからね」


意外だった。ロードが、怠惰とまでは言わないが、向上心があるようには決して見えないあのロードが、練習に打ち込むだなんて。


「ベインさんもこっちに来てすぐはそうだったんですか?」

「うん。ぼくはスキルに加えて飛んだり、天井からぶら下がったりする練習もしたよ。だからウィル君も…」


そこでベインは一度言い淀む。俺のスキルが使えないことを思い出したのだろう。


「ウィル君も、吸血鬼の体ってきっと人間だった頃と比べ物にならないくらい強いはずだから、多分なるべく体を動かして力の加減を覚えた方がいいと思うよ」

「そうなんですかね?まあやるに越したことは無いですよね」


こうして俺は壁蹴りを始めることになったのだが、ここから少し面白い話が続くのでしばしお付き合い願いたい。


「ウィル君。早く強くなってあの娘のハートを射止めないとね~」

「あの娘ってどの娘ですか」

「2階のカルロスを倒しちゃった時に一緒にいたって娘だよ~」

「いや、あいつは偶然出くわしただけで…」

「でもその腕に付けてる魔道具はその娘から貰ったものなんだよね~」


言い逃れするべきなんだが俺は言い逃れが出来なくなってしまった。


「まあ別に恋愛自体は問題ないと思うよ。マスターはそういうの禁止してないし」


そうなのか。どう考えてもマスターが恋愛を禁止してないのは面倒臭いからなんだろうけど、さすがに敵である勇者というのはまずかろう。


「恋愛するならするでちゃんと相手を選んでね~。ボクみたいに」

「はい。そうしま…え?『ボクみたいに』?…ロードさん彼女いたんですか!?」

「え?彼女…?」

「いや、ウィル君。こいつは…」

「あーそうそう!そうだよ。彼女だよ!ボクには彼女がいるよ!びっくりした~!?」


いや、びっくりしたなんてものじゃない。驚天動地とはこのことだ。お相手はどんな方なんだろう。


「その彼女さんは何階にいるんですか?」

「何階って、目の前にいるじゃないか~」


そう言ってロードは体の一部を触手のように伸ばしてベインを指す。


「そんなわけがあるか。僕はロードの彼女じゃない」

「はは。ですよね」

「『こいつが』僕の彼女だ」


お返しとばかりに今度はベインがロードを指差す。驚くよりも先におれは戸惑って言葉を失った。

冗談か?いや、しかしベインがこういった面白くもなんともない冗談を言うとは思えない。


「おいロード。お前が性別詐称したせいで後輩が混乱してるじゃないか」

「またしても人聞きが悪いすね~別にボクは自分が男なんて言った覚えは無いすよ」

「一人称がボクなのと、お前が基本的に人間の形してないのが十分詐欺行為なんだよ。この際ウィル君にちゃんと人間の形見せてやれ」

「え~つまんないけど…まあ、ここらが潮時すかね~」


観念したように無い肩をすくめ、ロードは俺に向き直る。その体は流動し、人の形を成していく。それは女性らしい体つきの、線の細いシルエットだった。


「改めまして。ボクは君の先輩ロード。前世での性別は女。つまり」


つまり彼、改め彼女の人格は、はじめから女だったということだ。


*****

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