第2話 入籍そして出会い
さて、気を取り直してダンジョン生活1日目。
俺は先輩二人に連れられてダンジョンの最奥、地下100階のダンジョンコアへ行った。
「ん?お前らまた来たのか?」
ダンジョンの各階には魔物専用のゲートが存在し、ダンジョンに籍を入れた者はダンジョン内を自由に行き来できる。
ちなみに、俺はまだダンジョンの入籍手続きをしていなかったのでベインにおんぶされてゲートをくぐった。
「また来たのか?じゃないですよ。ヴィルトゥーク君、まだダンジョンに入籍してないそうじゃないですか」
「ん?あー…そうだったか?」
マスターは玉座らしきものに座り、目を半分閉じて気だるそうに声を絞り出す。
対するはベイン。背中に負ぶった俺を下ろし、マスターに不満を漏らすが、マスターの心には大して響いてないのは、マスターの表情を見れば明らかだった。
「まあまあ先輩。確かに入籍の儀を執り行うのはマスターの仕事っすけど、マスターだってきっと忙しいんすよ」
俺の先輩にしてベインの後輩のロードがベインをなだめにかかる。
「そうだぞ。俺はこのダンジョンコアを守らないといけないからな」
そう言うマスターの背後には紫色の炎を纏った巨大な水晶がある。あのダンジョンコアからダンジョン全体に魔力が流し込まれている。まさにダンジョンの心臓。
「俺は忙しいんだ。いつ来るとも分からない勇者を四六時中待って、常に気を張ってる。このダンジョンの魔物達が全滅したらその時こそ俺の出番。しかしそんなことまず起こらねえから基本的に俺は暇なんだよ」
喋っているうちに面倒臭くなってしまったのか、マスターの主張は喋り始めと喋り終わりで矛盾してる。
「そんなこと言ってると今にダンジョン滅ぼされますよ。いいから早くヴィルトゥーク君の入籍の儀を執り行ってあげてください」
「まあ、しょうがねーな。…にしてもお前の名前、長いな。はぁ…この際もうウィルでいいだろ」
「え?…ああ、はい。大丈夫です」
マスターがのそりと玉座から立ち上がる。そのついでに俺のあだ名が決定した。
「じゃ、入籍の儀を執り行うのでウィル。モンスターカード出せ」
言われて俺はポケットからモンスターカードと呼ばれる一枚のカードを取り出す。
モンスターカードとはある意味魔物の本体とも言っていい物だ。このモンスターカードには俺の情報が詰まっていると同時に、このカードを破壊されると俺達魔物は消滅する。
「よろしくお願いします」
俺はそのモンスターカードをマスターに手渡す。
この世界に来る前の天使の説明によると、こうして魔物はダンジョンマスターに忠誠を誓い、ダンジョンマスターは預かった命を戦力として迎え入れる。
「ん」
マスターはその俺のモンスターカードを片手で受け取りそのまま
ポイッ
とダンジョンコアへ投げつけた。
「わーーーー!!!」
命そのものとも言えるモンスターカードを無造作に投げられた俺は慌ててモンスターカードへと手を伸ばす。
しかし時すでに遅し、俺のモンスターカードはダンジョンコアが纏う紫の炎に吸い込まれ、跡形もなく消滅した。
「うわーーーー!!!」
今更無駄とは分かっていても俺はダンジョンコアに身を投げる勢いで駆けだす。
「ウィル君落ち着いて」
「大丈夫だよ~ウィル君」
しかしそんな俺を先輩のベインとロードは引き留める。引き留めるというか、押さえ込むと言った方が正しいのかもしれないが。
こうなった原因であるマスターは悪びれもせず無言で玉座へと戻る。
「大丈夫。入籍の儀はああやって行われるんだよ」
「現にほら~。ウィル君の体、何ともないでしょ?」
「え?…あ、ほんとだ」
落ち着きを取り戻した俺は、ここにきてようやく自身のうちに渦巻く怒りに気付く。
「ちょっとマスター!!何だったんですか!?さっきのあれは!死んだかと思いましたよ!」
「現に死んでないだろ。文句言うな」
「言いますよ!普通言うでしょ!こっちは初心者なんですよ!入籍の儀なんて知るかー!!!」
一度爆発した俺の怒りはなかなか止まらない。
マスターは初めの方は玉座に収まり、頬杖をついて俺の話を聞いていたが、俺の怒り方が面倒臭かったのかおもむろに立ち上がり、俺の顔に手をかざして
「汝に束の間の眠りを与えん」
と唱えた。俺の意識はそこで途切れる。
*****
「はっ!」
目が覚めると一面水色だった。
空だろうか?思えば俺はこの世界の空をまだ見たことが無かったんだった。もしかしたらこの世界の空には雲がないのかもしれない。まるで、ブルーハワイの瓶を下から覗いたかのような光景だ。
「お、起きた~?」
まあ、そんなわけないよな。
俺が空だと思っていたもの、それは俺を覗き込んでいたロードだった。
「あの、俺は何を…」
「眠らされてたんだよ。マスターの魔法で」
俺の頭上からベインの声が答える。
「それにしてもよく寝てたね~。何しても起きなかったよ」
「まあ、持ってますからね。[安眠]スキル。…って、『何しても』って何したんですか!?」
「安心していいよウィル君。僕がちゃんと見張ってたから」
まあ、ベインがそう言うなら信じるとしようか。
「え、と。ここは何階ですか?」
「3階。僕の寝床がある階だよ」
そう言ってベインは翼を羽ばたかせ、天井に掛けられた石の棒を両足で握り、蝙蝠のようにぶら下がる。
「もしかして寝床ってそれですか?」
「そうだよ」
「さいですか…」
まあ種族柄というものもあろうから深く追及はしない。
「じゃあウィル君。今からこのダンジョンの基本的なルールを教えるよ~。先輩が」
「何で僕だ!」
「どっちでもいいのでよろしくお願いします」
*****
先輩二人からご教授を賜り、最低限のダンジョン内常識を身に着けた俺は二人に礼を告げ、一人ダンジョンへと旅立った。
「いつまでもお世話になるわけにはいかないしな。困ったときだけ頼るようにしないと、依存してしまう」
ちなみにこれも俺が前世で得た教訓の一つだ。
「まずは1階に行くか」
俺は松明の灯りによってのみ照らされるダンジョンの通路を通ってゲートまでたどり着く。
一人で通るのは初めてなので若干緊張しながらも。ゲートをくぐる。
*****
ゲートを抜けるとそこは草原であった。
「って川端康成か俺は」
自分で自分にツッコミを入れ、突如一変した光景に息を呑む。
ここはダンジョン1階。つまり一番地上に近いとはいえ、地下であるはずだ。にも関わらず俺の目の前には地上と変わらない光景が広がっている。
「地下…だよな。ここ」
俺は自分が抱いた疑問の答えを、自分で見付けることとなる。
頭上からは太陽の光が差す、しかし見上げてみれば太陽はなく、天井から突き出した無数の水晶体がさながら満天の星のように輝き、この階全体を照らしていた。
「さっそく[日光耐性]が役に立ったな…」
俺がただの吸血鬼なら今頃灰になってた。
「風が気持ちいい…」
いいことなんて一つも起こらないと思ってた。でもここはいい癒やしの場になりそうだ。
「さて、じゃあ探検するか」
先輩達によると、新入りが何をおいてもまず最初にするべきことは「ダンジョン内での土地勘を身につけること」だそうだ。
俺は先輩の助言に従ってまず1階から攻略していくことにした。ほとんどの人間は1階を素通りしていくからとのことだ。
「ちょっとそこの魔物!止まりなさい!」
探検を始めるべく歩き出した俺を、呼び止める者がいる。声の調子から察するに若い女のようだ。
「何だよ…早速人間か?」
振り返るとそこにいたのは俺の予感通り、人間の女だった。
年の頃は10代後半と言ったところの、まだあどけなさの残る白髪に赤眼の少女だった。髪は背の中程くらいの長さで、くくらずにそのままにしている。
魔術師なのか、丈の長いローブと呼ばれる服を着て、手には自分の背丈と同じくらいの長い杖を持っている。
そしてその傍らにはさらに幼い、6歳程の幼女がいた。髪と目の色は魔術師の方と同じだ。こちらの髪は短く、肩に付かない程度の短髪。前髪は直線に揃えられている。
幼女は僧侶のつもりなのか、修道女の服を着ている。もっとも、服に着られているという印象を受けるほど幼かったが。
「出たわね魔物!ここで私に出会ったこと後悔しなさい!」
魔術師はローブと髪を翻し、手に持った杖を俺の方へ突き出す。
俺からすれば「出た」のはこの女の方なんだが。
「まあまあ、落ち着いてくれ。俺に戦意は無い。昨日の転生したばかりの吸血鬼だ。どうか見逃してくれ」
俺は両手を挙げて戦意がないことを相手に示す。この世界でもこのジェスチャーが通じるか不安だが。
「え?吸血鬼?何で吸血鬼が1階に?」
女魔術師はどうでも良いところに食いついてきた。
何故と言われても[日光耐性]がるんだから仕方ない。
「にっこう、たいせい」
幼女が図星を突いてきた。
舌足らずな口調で俺のスキルを暴露する。
「日光耐性!?何よそれ。吸血鬼のくせに生意気よ!」
「いや、そんなこと言われても…」
女魔術師からの理不尽な怒りに俺は困惑する。
「でも、吸血鬼はかなりレア。ドロップする素材は高値で売れるわ。つまり」
「おかね!」
幼女が物騒なことを叫び、女魔術師の視線が物騒なものに変わる。
「よし、逃げるか」
俺は踵を返して二人に背を向け、全速力で走る。
スキルが一切戦闘向きでない俺にはこうするしかない。
「あ、待ちなさい!」
「まてー!」
女魔術師の足がどれほど速いのか分からないが、向こうには幼女がいる。大して速くはないはずだ。
「炎の精よ。炎を統べし者よ。我が求めに応え、我が敵を焼き払え!」
そんな声が聞こえたと思った次の瞬間、
ゴウッ
っという音を上げながら、巨大な火の玉が俺をかすめた。
「外した!」
「へたくそ!」
後ろで二人がなにやら言い合ってる隙に俺はさっき自分が通ってきたゲートまで転がるようにして辿り着き、無事脱出に成功した。
ほんと、初日からいいことなんて一つもない。