第19話 手探りの迷路
「何て言ったら俺が本物だって信じてくれるんだ?」
「何って、それを考えるのも含めて証明でしょ?」
確かにそうかもしれないが、反論しても堂々巡りなだけだ。まず、仮に今の俺が偽物だとしていつ入れ替わったのか。
それはどう考えても俺が上に向かう階段を上ってリリーの視界から消えた時だろう。
つまり、偽物の俺が存在し始めたのはつい数秒前ということになる。だったら
「俺の名前はヴィルトゥークだ」
「…で?」
それが何だと言わんばかりの反応を呈するリリー。まあ予想通りと言えば予想通りだ。さて、解説をするとするか。
「俺が偽物だとして、それを生み出したのはこのノアズ・クレイドルの魔法か仕掛けだ」
「そうね」
「俺はこのダンジョンの中ではずっとウィルとしか呼ばれてないし本名も名乗ってない」
リリーは暫く黙って考えるような素振りを見せ、やがて納得したように頷いた。
「いいわ。本物ってことにしてあげる」
「よかった。…じゃあ、今からやることはダンジョン攻略だ。それもワンフロアだけ」
「ループさせてる仕掛けを解くのね?どんな仕掛けなの?」
「分からん」
もしかすると装置なんてない、ただの魔法なのかもしれない。その場合は解くことはおろか、このフロアから脱出してゴールに辿りつくことすら不可能だ。
「でも、ここは暴力禁止のノアズ・クレイドルだ。何の警告もなしに何もない地下に閉じ込めることなんてまずない」
「そうだけど、ただ閉じ込めるだけが暴力なの?」
「暴力…なんじゃないのか?」
数の暴力、言葉の暴力。腕力を使わない暴力は確かにこの世に存在する。だったら内側から開けられない檻に入れるのだって十分暴力だ。
そう抗議しよう。このフロアが脱出不可能だった場合は。
「とにかく進むぞ。俺の腕の魔道具は問題なく動いてる」
「そうね。私のも動いてるわ」
そう言ったリリーの腕にも俺と同じ魔道具が巻き付けられていた。
リリーの身に付けてるローブは袖の部分が長いため今まで気が付かなかったが、お揃いだったのか。
「じゃあ行くぞ。俺は左側の壁を見るからリリーは右側の壁を見ててくれ」
「壁?」
「そう。何か仕掛けか、アイテムみたいのがあったら教えてくれ。余裕があったら天井とか床にも注意してくれ」
「分かったわ」
リリーの返事を合図に、俺達は目の前に伸びる道を進み始めた。
しかし、10メートル程進んだところでリリーははたと足を止める。
「ねえウィル。分かれ道になった時はどうするの?手分けでもするの?」
リリーの心配もさもありなん。ここがダンジョンである以上、道と道は複雑に絡み合ってるのだから、間違いなく道は分岐する。しかし
「それに関しては大丈夫だ。俺は早くダンジョンに慣れるために1階から順に、全部の通路をこの魔道具に記録させ続けてた」
「よくやるわね」
「大変な作業だけど必要なことだからな」
初め、俺はただ闇雲に通路を進んでいた。しかしそんなある日、俺の先輩の一人、ロードからある裏ワザを教えてもらったのだ。
*****
「どう?ウィル君。ダンジョン攻略は進んでる~?」
「まあまあです。今ようやく2階を制覇して3階を始めたところですよ」
「そっか~でもダンジョン攻略初めてそろそろ2週間くらいになるんじゃない?」
「そうですね。今日で16日目です」
俺からの返事を聞いたロードは一度口を閉ざし、やや間を置いて再び口を開く。
「ウィル君。2階を攻略するのに何日かかった?」
「えっと…13日です。全部の通路を魔道具に記録させたので」
「13日か…え~と、参考までに言うとね。ボク達が攻略した時は2日で終わったんだ」
「え…?」
「いや、もちろんボクは先輩と一緒だったから今のウィル君と単純に比較はできないんだけどね」
ブンブンと腕に当たる部分を振る動きに連動してロードの前進がプルプルと波打つ。
「ただ、もしかしたら今やってる方法はウィル君に会ってなんじゃないかなって思って。右手法って知ってる?」
「右手…フレミングのシリーズですか?」
フレミングは左手の法則だった。右手は右ねじの法則を思い出すのに使った覚えがある。それのことだろうか。
「違う」
違った。
「右手法って言うのは迷路の解法の一つだよ~」
「解法?」
迷路をまるで数学か何かみたいに言うんだな。ロードさんは。
「そう。迷路を作るアルゴリズムってのがあって、同じように解くアルゴリズムがあるんだよ」
「アルゴリズムって、確かコンピューターを動かすシステム的なやつですよね」
「そうそう。まあ、右手法はアルゴリズムってほど大層なものじゃないけどね。やり方は簡単。迷路の壁を右手で伝っていく。これだけ」
「それだけで本当に解けるんですか?」
「うん。試しにやってみる~?」
そう言ってロードは自身の身体を流動させ、ミニチュアの迷路を作り出した。俺はそのようにして出された迷路に合計5回、言われた通りのやり方で挑んだんだが、ことごとく解けた。
「すごいですね。本当に解ける。…でも、最短経路じゃないんですね」
「うん。でもそれでいいんじゃない?ウィル君にとっては」
「というと?」
「ゴールを無視してスタートに戻ってくれば、ダンジョンの外周が掴めるでしょ?」
「確かに…」
この方法を使えば、1回だけでは無理でも、何度か繰り返せばダンジョンの内部まで網羅できる。
「ありがとうございますロードさん!」
「いえいえ~。先輩として当然の助言だよ~」
*****
私生活はあれだが、ロードの知識には目を見張るものがある。今こそ彼女が与えてくれた知識を活かす時だ。
「そんなわけで、分岐が出てきたらどんな場合でも右から攻める」
「なるほど、いつだって最短経路で進んでた私達には思いつきさえしなかった話ね」
嫌味だろうか?それとも虚勢だろうか?セリアと一緒に潜ってたことを考えると前者である可能性が高い。
それから俺達の間で会話は途絶え、黙々と通路を確認して回った。分岐点に行きあたっては、右へ、行き止まりと分かれば戻って隣の通路、戻って隣、行き止まり、戻って隣、分岐、右へ、行き止まり、戻って隣、行き止まり、戻って…
黙々と、沈黙がうるさく思えるほど黙々と歩いていた俺が、いい加減何か話してみようかと思ったその時、静寂は俺でもリリーでもない第三者によって破られた。
「ん?何だお前達は?カップルか?勇者か?」
俺には見覚えのある種族だった。同時に俺は借金のことを思い出す。
「グレムリン…」
フロイディネによるとノアズ・クレイドルは人間を含めどんな種族でも受け入れられるらしい。だからグレムリンがいること自体不思議ではない。不思議なのはこの何もない階にいることと、このダンジョンにおいて単独でいることだ。
「お前はどっちだ?客か、それともここの従業員か」
「……」
グレムリンは何かを言いかけたがそれをやめ、数秒して再び口を開く。
「両方だ」
「それじゃ答えになってないわよ」
俺よりも早くリリーがツッコミを入れ、続いて言葉を放つ。
「いえ、やっぱりいいわ。そんなことよりも、ここにいるってことはこのフロアからの出方を知ってるってことよね?それとも、あんたも私達みたいに迷ってるの?」
「出方?ちょと待て。お前は何を言ってるんだ?出たいなら好きに出ていけばいいだろ」
リリーが話してくれたおかげで俺には考える余裕ができた。
まず、このグレムリンにとって階を移動することは難しくないどころか簡単なことである。ということ。
つまり、彼は使用可能な、先ほどのループ階段とは違う階段を知っている。あるいは彼が階段を使用する時にループの仕掛けは作動しないということだ。
「好きにって…それができないから困ってるんでしょ!」
「リリー落ち着け。とにかく彼の話を聞こう」
「いや、話すことなんて何も無いんだが…」
目の前のグレムリンは困ったような顔をして見せる。
しかし俺は構わずに彼に話し掛ける。
「俺達は下の階に行きたいんだ。でも階段で降りようとしたら階段がループしてこの階に戻って来るんだ」
「階段がループ?冗談だろ?」
「本当だ。多分魔法か何かが発動してるんだと思うんだが、心当たり無いか?」
「そう言われてもな…まあとにかく階段に向かおう。俺も下の階に用があるからな。ついでだ」
「助かるよ」
俺とリリーはこのグレムリンを含め、3人で来た道を戻り、例の階段を目指す。
「ねえウィル。信用して大丈夫なの?」
リリーは前を歩くグレムリンに聞こえないくらいの囁き声で俺にそんなことを聞いてくる。
「大丈夫だろ。嘘ついてる感じじゃなかったし、それにここは暴力禁止だし」
「暴力禁止はさっきも聞いたわよ。でも、私達に嘘ついて時間稼ぎするかもしれないって可能性はあるでしょ?」
「その可能性は、低いんじゃないかと思う」
根拠はないが、あのグレムリンが最初に言ってた「客でもあり従業員でもある」という意味の言葉。あれの真意は分からないが、完全なフロイディネの手先というわけでもなさそうだ。
「とにかくついて行くぞ。何かヒントになるものが見つかるかもしれない」
それに、ゲームなんかだと、困ったときに不自然なタイミングの良さで出会う人物はキーパーソンであることが多い。
この世界はゲームじゃないが、しかしダンジョン。RPGに通じるものは無きにしも非ずだろう。
「さて、着いたが。お前達の言ってる階段って言うのはこの階段で間違いないな?」
「ああ、この階段だ」
「おかしいな。俺はいつもこの階段を使ってるが、ループしたことなんてないぞ」
訝し気にそうこぼしながらグレムリンは階段の周りを行ったり来たりする。
「魔法が掛かってるわけでもないし、うちでは階段をループさせる装置も作ってない…」
「何で分かるの?」
「うちって?」
俺とリリーは同時に質問した。リリーは前半の内容に、俺は後半の内容について。
「えっと、『うち』って言うのはこのダンジョンに存在する組織の一つであるマーケットのことだ。で、何で魔法が無いと分かるかについては、俺のスキルに[電磁波]っていうのがあって、それのお陰で魔力を感知できるんだ」
「へー。そんなスキルもあるのね」
「マーケットってあのマーケットか?ダンジョン9階の」
回答に満足したリリーとは裏腹に、俺はさらに質問を重ねる。
「ああ、そうだ」
短く答えをよこし、グレムリンは下へ続く階段に足を掛ける。
「とにかく俺は下に行く。ループするというのがお前達の『気のせい』ってこともあり得るからな」
「そう思うなら行けよ。俺はここで待ってるぞ」
「私は一緒に行くわ。実際にループを見たわけじゃないし」
「さいですか」
俺は一人残される。まあ階段はそんなに長くない。待ちぼうけを食らわされることは無いだろう。
俺は2人が下りて来るであろう階段、上りの階段を注視して待つこと一分足らず。何の前触れもなく忽然とリリーが現れる。まるでワープしてきたかのように。俺もああいう風に現れたんだろうか。
「な?だから言った…だろ。あれ?リリー、あの…」
「あのグレムリンどこに行ったの!?」
そう。俺は今それを聞こうと思ってたんだ。