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第14話 一攫千金の夢

「おい。リリー。戻ってこい」


俺はリリーの目の前で手を振って彼女を正気に戻す。


「ハッ…私としたことが、大丈夫。もう正気よ」


そう言うリリーだが、不安だ。こいつ確か最初に出会った時も俺、すなわち吸血鬼の死体が高く売れることを理由に襲い掛かってきたんだから。


「まあ早い話、私達はそこへ行きたいのよ。でも入口の61階に辿り着くためには相当の実力を付けないといけない。私一人ならまだしも、今は妹がいるから」


妹とはリリーのことだが、リリーは魔術師で対するセリアは主に回復や浄化を得意とする後方支援タイプの僧侶だ。スキルも物理的な攻撃に特化したわけじゃない。相手に直接攻撃のできるリリーがいる今の方が1人で行くよりも行きやすいと俺は思うのだが。


「そんなことないわよ。攻撃は最大の防御でも、暴力が最高の攻撃とは限らないわ。はらわたよりも頭の中を見られる方がダメージが大きいモンスターがほとんどだし」

「それは確かに的を射た話だな。さすがはハイエナ幼女」

「ねえお姉ちゃん。ウィルと話すならウィルが口に出したことにだけ反応してくれない?私が付いていけないから」


確かにその通りだ。とはいえ、俺が反省したところでその辺りはセリア次第なのでどうしようもない。

俺に出来ることと言えば無心でいることくらいだ。


「大丈夫よ。そろそろロリモードになるわ。ロリモードの私はまだいい子だから」


「まだ」ということは、今の自分の性格に難があることは自覚しているということか。


「あ、そうそう。ウィル。一応この先の作戦を説明しておくわね」

「作戦って、61階に行く作戦か?本気で言ってるのか?」

「まずロリモードになった私をウィルが肩車する」

「おい。今のは口に出して言ったんだぞ。反応していい台詞だぞ」

「次に」


俺のツッコミもどこ吹く風、セリアは続ける。


「ウィルはリリーをお姫様抱っこしてあげる」

「は?」

「何言ってるのおねねちゃん!」


俺も驚いたがリリーも同じかそれ以上だったらしく、動揺が言葉に現れる。


「大丈夫よ。私は私でしっかりウィルの頭にしがみつくから、ウィルは心置きなく両手を使っていいわ」

「そんな心配してないわよ!何で私がウィルにそんな抱かれ方されないといけないのよ!」

「お姫様が嫌ならコアラ様にする?」

「尚更嫌よ」


お姫様が嫌なら対面で抱き合えと。俺の倫理観でものを言わせてもらうと、そんなことをするなら喜んでお姫様を選ぶ。


「セリア。そもそも何で俺がリリーを抱かないといけないんだ?お前を肩車するのはまだしも、リリーまで俺が運ぶ必要があるのか」

「あるわよ。だって61階まではゲートを通るつもりだから」


背筋に氷を這わされたのかと思うくらい反射的に俺はビクッとしてしまった。俺達モンスターだけが使える唯一の移動手段だったはずのゲートをセリアが知っていただなんて。

別にセリアは俺の敵というわけではないが、人間に知られるはずはないと思ってたことを知られていることに少なからず動揺してしまった。


「そんなに動揺しなくていいじゃない。ちなみに言っておくけど私はもっとすごいことだって知ってるんだからね」

「さいですか。…で、お前のことだからゲートはモンスターしか通れないって言うのも知ってるよな?俺がお前達と密着したからと言ってごまかせるか?」

「それに関しては移動しながら説明するわ」


セリアはスキルを発動し、俺が肩車するのに適切な大きさに変身する。

その状態で両手を上げ、俺にこう命じる。


「ウィル。かたぐるま!」


幼女の頼みとあっては断れない。俺はセリアの両脇の下に手を滑り込ませて肩車をする。


「とりあえず、ゲートを目指せばいいんだな?」

「うん。しゅっぱーつ!」

「おう。出発」

「ちょっと待ちなさいよ」


突如リリーが俺の目の前に飛び出して俺の行方を遮る。


「何だよ」

「ノアズ・クレイドルに行けるなら私は行きたいわ。でも、ウィルにその…おひ…ま抱っこされないと行けないっていうなら…少し考え直したいんだけど」

「考え直したいって…セリアはもう完全に行く気だぞ」


セリアが頷いたのか。頭と首に振動を感じた。


「それに、俺だってもう完全に行くテンションになってるんだ。お前が来ないって言うなら置いていくぞ」


一連のやりとりで忘れかけていたが、俺は金に困っているんだった。生きて帰れば一攫千金と聞く。人間は4人しか戻ってこれていないらしいが俺はモンスター。むこうも同じモンスターに危害を加えやしないだろう。


「分かったわよ。私も行くからそんなに早く歩かないで」


リリーの要望に応えて俺はリリーのペースに合わせて歩き、無事に2階のゲートまで辿り着いた。今回も俺に肩車されているセリアがいい魔除けになったようだった。


「着いたけど、セリア。本当にお前達を抱えてゲートに飛び込んで大丈夫なんだな?」

「うん。だいじょうぶ」


セリアは俺の頭上で力強く答える。


「よし。じゃあ行くか。リリー。来い」

「ほ、本当にしなくちゃ駄目なの…?」

「ああ、今思い出したんだが、俺がこのダンジョンの一員になる前、先輩のモンスターに抱えられてこのゲートを通ったことがあったんだ」


つまり、セリアの提案した方法はなかなか理にかなった方法である可能性が高いということだ。

ダンジョン側にとってはこの上ないセキュリティホールなんだが、マスターは気付いてるんだろうか。気付いてなかったら大変だな。

いや、気付いてる場合の方が状況としてはまずいか。


「そういうわけだから俺を信じろ」

「それはいいけど…その代わり他の人に見られないようにすぐに下ろしなさいよ」

「分かった分かった。…よいしょっと」


俺はセリアの足に添えていた手を放してリリーを抱き上げる。


「ちょっと、『よいしょ』とか言わないで。私が重い荷物みたいじゃない」

「…ごめん」


人一人を持ち上げてるわけだから、決して軽いわけではないんだが、それは言わない方がよさそうだ。

俺はこのダンジョンに来たばかりのことを思い出しながらゲートをくぐる。

その直前だった。


「ん?…あ!」


思い出した。俺はあの時、ベインにおんぶされていたんだった。

セリアを肩車したままだとリリーをおんぶするのは厳しいが、それならセリアを抱っこすればいい。けど…ま、いいか。


*****


「…無事に飛べたな」

「そうみたいね。早く下ろして、できればさっき何を思い出してあんな声を出したのかも教えてくれる?」

「なんのことでございましょうか?」


俺はしらを切っておく。今更言っても悪いことしか起こりそうにない。

セリア。お前の妹のためにもここは俺の心を読まないでおいてくれ。

そう思ったのも束の間、俺の目に飛び込んできた光景はそんな懸念を吹き飛ばす。


「ここが入り口…でかい門だな」

「それに、あちこちでチカチカ光ってる。魔法かしら」


リリーは魔法と見立てた光だが、俺はそれが何なのかすぐに分かった。見慣れたものだったからだ。それはLED。クリスマスのようにデコレーションされた重厚な門が目の前にそびえたっていた。


「セリア。入り口はあの門で合ってるのか?」

「ううん。ちがう、そのよこ」

「横?」


俺は門の周辺に視線を走らせるが、入り口になりそうなものは見えてこない。


「ウィル、とにかくすすんで」

「お、おう」


俺は歩いて門が目前に来るまで進む。


「みぎ、みぎ」

「右」

「右」


俺とリリーは共に門の右側へと歩を進める。


「そこで、とまって」


言われた場所で2人は足を止める。門本体から50センチほど外れた場所だった。


「セリア。門を通り過ぎたけど、これでいいのか?」

「うん。そのまま、すすんで」


俺はまさかとは思ったが、マーケットに入る時も何もない壁だと思っていた場所が入り口だった。ここも同じ仕掛けなのかもしれない。

念のために左手を前に突っ張りつつ前進する。俺はこの手が壁をすり抜けるとばかり思っていた。だから自分の手が壁にぶつかり、その質感を俺に伝えた時は少なからず驚いたものだ。


「あれ?すり抜けない…」

「何言ってるのウィル。手が壁をすり抜けるわけないでしょ」


後ろからリリーのもっともな指摘が飛んでくる。

俺は試しに壁を押してみた。するとその部分から高さ2メートル、幅1メートルくらいの壁が後退し、横にスライドし、そして通路が開いた。

通路は初め暗闇と静寂に満たされていたが、一瞬間の内にLEDの光と電子的なファンファーレの音に満たされる。まるで俺達を歓迎するかのように。


「いや、実際されてるんだろうな。歓迎」

「随分と派手な演出ね。魔法かしら」

「まほうじゃない。える、いー、でぃー」

「セリア。LEDのこと知ってるのか?」

「さっき、ウィルが、あたまのなかでいってた」

「さいですか」


とにもかくにも俺は進む。華やかだが狭い通路を進み、やがて俺達は空間に到達する。それはドームのような、頭上で天井がカーブを描いている場所だった。

床も、壁とひと続きの天井も真っ白だった。そんな白で埋め尽くされた俺達の視界の中にただ一つ、白とは違う色彩が存在した。


「ようこそいらっしゃいました。わたくしはこのノアズ・クレイドルが支配人、夢魔のフロイディネにございます」


それは背中から生やした翼を優雅に羽ばたかせながらゆっくりと落下する、一見天使にも見える存在。彼女は自身を夢魔とした。つまり天使ではなく悪魔だということだ。

確かに彼女の翼は天使が持つような羽毛に覆われたものではなく、悪魔のそれと同じような黒いゴムか革で覆われたような翼だった。

その翼の自由度を確保するためだろうか、彼女の衣服の露出度は下着ほどではないにしても高く、少々目のやり場に困る。


「あなた方がここまで辿り着けたことをまず祝福、賞賛いたします」


そう言ってお辞儀をするフロイディネ。桃色の髪が彼女の横顔に花を添える。


「ここまで来るためにさぞ苦労なさったことでしょう。ですがもう大丈夫。ここは正真正銘の楽園でございます。ここに暴力は存在しません。あなた方を日々苦しめていた恐怖も苦痛も存在しません」


にこやかに告げる彼女の声は心地よい子守歌のように俺の耳から頭へと流れ込む。彼女の紡ぐ言葉を疑うことすら忘れて一つ残らず信じてしまいそうになる。


「ここには総勢738の夢魔が生息しております。わたくし達は一人残らずあなた方を愛し、慈しみ、甘やかすことに尽力いたします。さあ、武器も、常識も、無駄なものは一切捨て去ってただただ楽しむことに心血をお注ぎください。それがこの国に存在する唯一の法でございます」


フロイディネの声が俺の脳を震わせる。未だかつて見たこともないような楽園がこの先に広がっていることを俺は早くも予感していた。

しかしその時、俺の頭、つむじの辺りがポンポンと叩かれる。

そしてその時初めて俺はセリアを肩車していたことを忘れていたことに気付いた。


「あ、ごめん。セリア。つい…」

「下ろして」


声はロリモードだったが、口調は「今」のセリアだった。怒らせてしまったのかと心配しながら俺はセリアを傍らに下ろす。

セリアは未だに俺達を見降ろしているフロイディネを見据え、スキルを解除して「今」の姿に戻る。


「久しぶりね。フロイディネ」


そして戻るや否やそう口にする。セリアの姿を目にしたフロイディネは大きく目を見開き、


「うげっ、セリア!?」


と、眉間にしわを寄せながら先ほどとは打って変わった汚い言葉を吐きだす。

しかし俺の目にはまだその眉間のしわが芸術的に映っていた。

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