第13話 近年まれに見る涙のない再開
マーケット騒動の次の日、俺は早速職を探しに行きたかったんだが、その前に2階のカルロスとチャージャーの所へ向かうことにした。2人が行動を共にしてるとも限らないのだが、少なくともチャージャーの居場所は分かっているのでそちらに向かう。
するとまだチャージャーの隠れ家に辿り着いていないというのに2人の声が聞こえてきた。
「だから言ってるだろ。俺が全部払う」
「昨日のはあっしのためにやってくれたことやろ。せめて半分はあっしに出させろ」
「駄目だ。確かに原因はお前だが、だからと言ってお前に責任はない。俺に払わせろ」
「…分かった。そういうことならお前に払ってもらおう。その代わり、今度俺に何か奢らせろ」
「よし。それで手を打とう」
俺が心配するまでもなくあの2人の仲は修復されたようだ。俺は2人の邪魔をしないように黙って引き返すことにした。そして引き返す道中にどうやってお金を集めるか考える。
俺はまだこのダンジョンのことを地形以外によく分かってない。だからまずベインとロードに聞こう。それでも分からなければディーゼルに相談しよう。さらなる値引きか、仕事を紹介してもらうかしよう。
3階へ飛ぶためにゲートに向かおうとした俺の右脚に突如何かがしがみつく。
「それ」は恐らく生物なのだろううが、俺の脚に、一言も発することなくじっとしがみついている。
俺にはそれだけで十分だった。「それ」の重さ、脚から伝わってくる感触と温度。それら自身が正体を雄弁に語っていた。
「セリアだな?」
「えへへー。せいかい!」
視線を右脚に向けると同時に俺の耳にはセリアの声が、目にはセリアの笑顔が飛び込んで来る。
「ウィル。ひさしぶり」
「久しぶり。一か月ぶりくらいか?」
俺の脚から離れてすぐにセリアは両手を上げる。その両脇に俺は自らの両手を滑り込ませ、彼女を頭上に掲げてその場で3周ほど回る。
この「高い高い」は俺とセリアにとっていわば挨拶のようなもの。「おはよう」から「おやすみ」までのあらゆる挨拶に対応する万能な挨拶としてそろそろ注目されるのではないかと思ってる。
「セリア。今日は一人…なわけないよな。リリーもいるのか?」
「高い高い」をし終わった俺はいつかしたのと同じように、そしていつかよりも手際よく、セリアを肩車する。
「きてるよ。ほら」
俺の頭の右側の髪が引っ張られる。俺はそれに従って右に首をひねると、俺達から5メートル程離れたところに引いたような表情を浮かべてこちらを見ている赤眼白髪の少女がいた。彼女は俺と目が合うと今度は数歩、物理的に引いた。
「何で今俺から距離を取ったんだ?リリー」
「人の姉を抱き上げてくるくる回った挙句に肩車までしておいて引くなって言うのは無理があるでしょ」
「仕方ないだろ?見た目は幼女なんだ」
「何の弁解にもなってないわよ」
先ほど後ずさったのは冗談の類だったのか、リリーはこちらに歩み寄る。
「私が上げた魔道具、まだ持ってたのね」
「当たり前だろ。これかなり便利なんだから」
そうでなくても人から貰ったものをそう簡単に失くせるわけがない。
「ウィル。ちがう」
ポンポンと、セリアが俺の頭にその小さな手を振り下ろす。
「リリーはよろこんでるの。ウィルも、げんきだから」
「ちょっ、お姉ちゃん!」
「ずっとあえてなかったから、リリーもしんぱい、してた」
「余計なこと言わないで!」
リリーの言動から推理するに、彼女が睨んでいるのは俺が肩車しているセリアのはずなんだが、心なしか視線が低い、丁度俺を睨んでるように見えるんだが、気のせいだろうか。
「ウィル。お姉ちゃんに[テレパス]があるからって、お姉ちゃんの言ってることが全部本当だなんて思わないことね」
「そうするよ」
セリアは見た目こそ6歳の幼女だが、その実体はリリーの姉。26歳。彼女のスキルの一つ、[アンチエイジ]で若返ってるのだが、そのことを思い出して俺の頭にある疑問が浮上した。
「なあリリー。セリアってスキルで若返ってる時、精神はどうなってるんだ?」
「どうって?」
「いや、精神も外見に比例して幼くなってるのかなと思って」
「そんなわけないでしょ?もしそうだったらさっきみたいに[テレパス]を悪用したりしないわよ」
なるほど。確かにその通りだ。じゃあ今のセリアは中身はしっかり大人なわけか。
別にだからどうというわけじゃないんだが、あの純真無垢なセリアの仕草や言葉が全部演技となると、少し寂しいような、残念なような
「ウィル、おろして」
頭上のセリアが俺にそう告げたので俺はすぐにセリアを地面に下ろす。
俺の手がセリアから離れた瞬間、セリアの体が光に包まれ、26歳のセリアの姿に戻った。
「私のロリモードを演技だとかいう、聞き捨てならないことを言った子がいるみたいね」
セリアがスキルで俺の心を読んだだけで、厳密には言ってないから聞捨てることはそもそもできないんだけどな。
「演技じゃないのか?」
「違うわよ。ちゃんと精神にも作用してるわよ。私のスキルは」
「え?そうなの?お姉ちゃん」
リリーも知らなかったようだ。
「ええ、記憶と人格、あるいは魂?は今のこの私のままで、思考が若返るの」
「例えば?」
「ロリモードだと高い高いされても嬉しいだけだけど、今だと少しはばかられる」
なるほど、はばかられるのが「少し」なのは気になるが、まあ感覚としては納得できた。
「そんなことよりウィル。あなたお金に困ってるんじゃない?」
「セリア。勝手に人の心を読むな」
[テレパス]め。プライバシーもへったくれもないスキルだな。
「読んだわけじゃないわよ。むしろお金に困ってるのは私達の方だったんだけど、ウィルもなの?奇遇ね」
いやいや、どういうことだセリア。つまり適当に言ったら当たったってことか?
それはそれで恐ろしいな。
「そりゃそうよ。伊達に『ハイエナ幼女』って呼ばれてないわ」
なんて通り名だ。俺はこいつらと一緒にいて大丈夫なんだろうか。
「ちょっと2人とも。私そっちのけで話進めないでよ」
「ああ、悪い。…それよりリリー、お前髪型変えたのか」
「そうだけど、今頃気付いたの?」
いや、リリーが髪をくくってることは気付いていた。いわゆるサイドポニーというやつだ。セリアとのやり取りで言い出すタイミングを見失っていた。
「リリーの髪型はコロコロ変わるのよ」
「お姉ちゃんはスキルのせいで全然変わらないわよね」
なるほど、[アンチエイジ]の効果で同じ年齢に留まり続けるということは年を取らないということ、つまり肉体の成長が止まるというわけだから髪も伸びないのか。
「なあセリア。今はスキルを『解除』してるのか?」
「そうよ。これが本来の私の姿」
そう言ってセリアはその場でクルリと一回転する。
まず気付くのは髪の長さ。物凄く長い。リリーと同じ白い髪が、腰の辺りまで伸びている。ロリモードでは彼女の前髪は顔にかからない程度の適切な長さだったが、今のセリアは時折片目が隠れてしまったりする。
そして次に意識が向くのは服だ。ロリモードの時とデザインは同じだが、サイズは明らかに違う。
「その服はどうなってるんだ?スキルで大きくなってるのか?」
「違うわよ。この服はロリモードの時に来てるのとは全く別の服よ。スキルを解除した『今』の私が来てる服と、若返った先々で着てる服は違うのよ」
「へえ…」
つまり[アンチエイジ]は「今」から何年若返るかを指定して発動するスキルではなく、スキルに記憶されてる何歳に若返る、あるいは変身するかを指定するスキルということか。
「そう。大体そんなところよ」
俺の心を読んでセリアは頷く。そしてその背後には死んだ魚を見るような目で俺を見つめるリリー。
「あ、ごめんリリー…」
「何?何を謝ってるの?ウィルはお姉ちゃんに用があるんでしょ?私じゃなくて頭に思い浮かべるだけで会話がサクサク進むお姉ちゃんがいいんでしょ?いいわよ。ごめんね?今年で19になる私なんてウィルにとってはおばあちゃんよね。興味なんてないわよね」
「いや、その、前々からセリアのスキルが気になってて…つい」
「ウィルがリリーなかした」
いつの間にかロリモードに戻っていたセリアが俺の足元で俺を指差す。
「誰のせいだと思ってるんだ」とツッコミを入れようとしたがこの姿のセリアが相手になると自然と俺の勢いも削がれる。
「泣いてないわよ」
リリーが俺を鋭い視線で貫きながら短くそう答えた。それが嘘でないことはその視線の出どころを見れば明らかではあった。
「あ、そうだ」
突如セリアが何かを思い出したような声を出すと再び彼女の全身が光に包まれ、「今」の姿に戻る。
「本題をうっかり忘れるところだったわ」
「本題?」
ちなみに今の「本題?」を発したのは俺ではない。リリーだ。
「いつも一緒の姉妹の間でさえ打ち合わせのされていない本題か」
「そう。私がさっき思いついた本題よ」
「とにかく聞かせてくれ」
「さっきウィルは自分がお金に困ってることを漏らしたわよね」
「ああ、お前の巧みな誘導尋問のせいでな」
俺の方がお金のことしか頭になかったというのも原因としてはあるんだが、それでもセリアに悪意はあっただろう。
「そこで一つ提案なんだけど、ノアズ・クレイドルって知ってる?」
「ノアズアークじゃなくてか?」
確かクレイドルは英語で…揺り籠、だったはずだ。
「ノアの揺り籠」は知らないな。聖書の引用か何かか?
「ノアズ・クレイドル。このダンジョンの61階から70階に存在する楽園のことよ」
「楽園?それは人間にとってってことか?」
「人間にとってもモンスターにとってもよ。中ではおいしい料理や飲み物が無限に振舞われ、美男美女がおもてなし。最深部には金銀財宝が山のようにあるのよ」
「罠としか思えないんだけど…」
「俺もそう思う」
昔話に出てくるような桃源郷だ。それにダンジョンの61~70階ということはダンジョンの後半。軽い気持ちで出向くと痛い目を見る階だ。
「それが嘘じゃないのよ。話によるとその階はダンジョンとは独立した組織が統治してる場所で、来る者拒まず去る物追わずの精神でもてなしてくれるそうよ。実際に生きて帰った人もいるわ」
「さいですか。ちなみに何人?」
「これまでに4人」
4人?少な!
いや、ノア・ズクレイドルに到達するまでにほとんどが脱落するということか?
「ちなみにノアズクレイドルに無事に辿り着いたのは5,60人はいるわよ」
「ほとんど帰ってきてないじゃねえか!」
怖いわ!完全に罠だろ。帰ってきた4人も命からがら帰ってきたとかそういう人達だろ。
「違うわよ。帰ってきた4人は口を揃えてあそこはいいところだったって言ってるし、持って帰ってきた財宝で大金持ちになったのよ」
「いや、さすがに怪しいって。なあリリーお前もそう思うだろ?」
俺がリリーにそう問いかけた時、
「大金持ち…」
リリーは視線を空中に浮かべながらそう呟いた。