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第12話 褒賞と報償

カルロスが動き出した。俺はそれを音で感じ取った。

変な音がしたとか、足音が近づいてきたとかそういうのではない。ただ、今までディーゼルを起こそうと躍起になっていたカルロスが出していた音が聞こえなくなったのだ。

俺は初めチャージャーの声で鼓膜がおかしくなったのかと思った。しかしそれでも人間、厳密にはもう人間ではないんだが、気になるとふとそっちへ目を向けてしまうものだ。

それが功を奏した。俺はいち早くカルロスの接近に気付き、2人を、チャージャーとアルフに叫んだ。


「2人とも危ない!逃げろ!」


2人を追い立てるように立ち上がり俺は走り出した。

正直しまったと思った。黙って走り始めていれば俺はもっと安全な位置にいたはずなのに。

いや、山羊の足を持つチャージャーは俺より速いし、アルフも種族柄飛べる。どの道俺は最後尾になっていたということか。


「仕方ないよな。ついでに俺がやるか…」


俺は覚悟を決めてポケットに入れていた音響爆弾を握りしめる。


「2人とも!爆弾は俺が起爆するから逃げろ!」

「ええんか!?」

「はい!その代わり2人はなるべく遠くに逃げて気絶しないようにしてください!」

「ではお言葉に甘えて…行きましょう!」


俺は右に舵を斬り、2人は左に。カルロスは一番近かった俺についてくる。


「さて、期せずして練習の成果を見せる時が来たな」


俺は周囲を見渡して丁度よさそうな壁を見つける。


「それに天井も低いな」


思う存分蹴れそうだ。

俺はまず前方の壁に膝を折りながら着地するように足を着く。そして隣の壁を蹴り、カルロスの突進の線から逸れる。そこからさらに天井を蹴りに行く。


グワァ!


カルロスは止まれずに壁に激突する。俺は空中で体をうまいこと捻り、床に着地。


「よし。もう一回だ」


カルロスは壁に激突したくらいではへこたれるわけもなく、振り返ると同時に走り始める。

俺は反対側の壁を目指して再び走り始め、先ほどと同じ様に壁を蹴り、その反対側の壁を蹴り、天井に足を付けたところでカルロスの背を真下に見た。


「行け!」


俺はポケットから音響爆弾を取り出して起爆ボタン、すなわち再生ボタンを押して真下に落とす。

爆弾はボタンを押した直後から例の怪音を放ち始めた。俺は反射的に耳を両手で覆い、天井から降り立つ。

三度みたび走り出す。今度はカルロスからではなく爆弾から逃げるために。

起爆した瞬間から俺の脳は右へ左へ頭蓋骨の中で揺れ続ける。チャージャーは15秒間鳴り続けると言っていた。


「あと何秒だ…?」


10秒経ったか?いや、それならカルロスは倒れているはず。まだだ。意外と長いんだな。15秒って。

意識が朦朧としだした。一応爆弾から逃げてるからカルロスよりも先に気絶するはずは無いのに、一向にカルロスが倒れる気配がない。

しかし突如、背後で巨体が倒れる音がした。振り返るまでもない。カルロスだ。つまり今で10秒か。あと5秒。


「どうにか、耐えられそうだな…」


4秒、3秒

瞼が重くなる。眠気ではない何かしらに引っ張られているみたいだ。

2秒

ちょっと平衡感覚が薄れてきた。でもあと少し、何とか耐え

1秒

いや、やっぱり無理だ。


暗転


*****


そして目覚める。


「気が付きましたか。待っててください。今社長をお呼びします」


目覚めた場所は病室のような場所だった。右に視線を向けると窓がある。そこから見える外の景色から察するに、ここはマーケット本社の一室だろう。

続いて俺は上半身を起こして左を見る。そこにはもう一つベッドがあり、カルロスが横たわっていた。目は固く閉じられ、起きるような気配はない。


「あれ?頭、痛くない」


チャージャー曰く、彼の声を聴いて失神すれば頭痛に襲われるとのことだったが、今の俺は普通に寝て起きた時のようにすっきりしてる。


「もしかして[安眠]のお陰か?」


思い当たる節はそのくらいしかないので俺はそう結論付けることにした。


「やあ、目覚めたようだね。伯爵殿」


俺の左手、カルロスのさらに奥、病室の入口にあのハリウッドかぶれ、ディーゼルが立っていた。

伯爵殿とか訳の分からない呼び方で俺を呼んだのは多分、「魔人ドラキュラ」に出て来るドラキュラ伯爵にちなんでるだけだろう。


「俺はどれくらい寝てたんだ?」

「ほう?珍しい質問だな。普通はまずここがどこか聞くものだ」

「マーケット本社の一室だろ」

「ビンゴだ。じゃあ質問に答えようか。君がどのくらい眠っていたか…約2時間だ」

「え?それだけ?」


ちょっとしたお昼寝じゃないか。やっぱり[安眠]スキルが発動したんだな。


「チャージャーさんから話は聞いたか?」

「雇用条件の話かい?それならもう交渉は済んだよ。給与は適切な額に修正させてもらった」


それなら良しとするか。色々こじれたがこれでカルロスの特攻は無駄にならずに済んだんだ。


「彼、カルロスと言ったか、彼の処分に関しては頭を抱えてるところだよ。ここはダンジョンの管轄外だから課せられる罰と言えば罰金くらいのものだからね」


そう言ってディーゼルは俺のベッドの傍らまで歩み寄り、部屋に備え付けられてた冷蔵庫の扉を開ける。


「ブランデーでいいかい?」

「ここ病室だよな?」

「冗談だよ。ブランデーの瓶に入ってるがこれはお茶だ」


ディーゼルは紙コップを2つ取り出してそれぞれにお茶を注ぐ。一口含んでみるがやはりお茶だった。


「さて、今回の件の後処理をアルフと話し合っていたんだが、君には謝礼として5000シェル支払うことになった」

「謝礼?」

「聞けば、君は自らの危険を顧みずにこのミノタウロス、カルロスを倒したそうじゃないか」

「いや、それは流れというかただの結果で…」

「結果に支払われるものを対価というのだよアンダーソン君?」

「誰だアンダーソンって」


電脳世界でバトルするハリウッド映画の主人公の名前だった気がする。物凄いのけぞって銃弾を避けてた人だ。


「まあでも貰えるというのであれば貰うよ」


主婦のように「いえいえそんな」「いえいえそう言わずに」の応酬をするのは面倒だったので俺は素直に貰うことにした。


「それと、この部屋には気の済むまでいてくれて構わない。冷蔵庫の中の飲み物もご自由に」

「ありがとう。一つ聞いていいか?」

「『一つ聞いていいか?』だって?…いいね。その引き留め方。今度使わせてもらうよ」


いいのか駄目なのかどっちなんだ。まあさっきの俺の言葉は質問の可否を問う意味合いよりも呼び止める意味合いの方が強かったので答えられなくても問題は無い。


「さっき言ってたカルロスさんの罰金っていくらになりそうなんだ?」

「そんなこと君が知ってどうなるんだい?」

「いや、今回の件は彼が友達のことを思ってやったことだから」

「それは理解してるつもりだ。それを考慮してもやはり彼はやり過ぎただろ」


全くもってその通りだ。だから俺がこれからしようとしてる交渉は値切りではなく、俺にいくらか払わせてくれないかという交渉だ。高尚とさえ言える交渉だ。


「諸々の事情を考慮してエントランスの修理費だけ。10万シェルだ」

「じゅ、は?」


10万?確かこの世界でひと月に支給されるシェルは100シェルだったよな。つまり、給料千か月分。年数にして…1000分の12、250分の3、83.33333…年。


「割り切れないな…」


俺は無意識に現実から意識を逸らそうとする。今大事なのは250分の3が整数にならないことじゃない。給料80年分以上という大金を支払う義務がカルロスに発生しているということだ。

俺は一つ深呼吸をして肺を空気で満たし、脱線した思考を元に戻す。


「本当にそんなにかかるのか?」

「ああ、まずはポップコーン拾い、散乱した瓦礫を撤去するのに人を雇う必要がある。そして次に模様替えだ。召喚するのには1000シェルかかる」


俺はカルロスが荒らした1階エントランスの惨状を思い出す。

そして何となく10万シェルを納得してしまった。


「もうちょっと負けてくれたりしないのか?」

「馬鹿言わないでくれ。人生はカプチーノじゃないんだ」


甘くないという意味だろうか。


「実際にエントランスを復旧するのには20万ちょっと掛かるんだ。10万でもかなり負けた方だ」

「そう、なのか?…分かった。じゃあいくらか俺に払わせて欲しいんだが、金が払われさえすればそれでいいんだから、いいよな?」

「おいおい。よしてくれ。人を金にたかるゾンビみたいに言うのは」

「駄目なのか?」

「いや、ノープロブレムだ」


ディーゼルがマーケットのボスなんだから彼と話さないとことが進まないのは分かってる。しかし出来ればこいつにはしばらく黙っててもらいたいものだ。

アルフを出せ。あの話の分かる秘書を。


「えーと、俺は月100シェル貰えて、確か勇者を倒したりしたらボーナスが出るんだったよな…」


3か月頑張るとしよう。給料300シェル、そしてその間に勇者に月2人のペースで出会おうとすれば出会えるだろう。その全員を倒したとして…


「勇者を倒した時のボーナスっていくらか知ってるか?」

「悪いね。その答えはノーだ」

「さいですか」


いや「さいですか」じゃないだろ!何で俺より明らかに古株のディーゼルが知らないんだ。


「もうダンジョンから独立して長くなるからな」

「ダンジョンから独立?」

「そう。知らなかったのか?ここマーケットはダンジョンの管轄外。いくら利益を上げてもその利益は全て我々のもの」

「へー」


そう言えばなんかさっきそんなことを言ってたな。


「その代わり内部で問題が起きたら自分達で対処しないといけない」

「へー…」


今まさに裏目が出たわけだ。しかしダンジョンから独立か。そういう発想はなかったけどそういうのもありなんだな。まあ、あの面倒臭がり屋のマスターだから、独立すると言ったら管轄が減ると喜びの舞を披露しかねない。


「まあ、1000シェルで一つ欲しい物が貰えるらしいから…」

「1000シェル君が肩代わりしてくれるのかい?」

「いや、逆だ。俺が肩代わりするのは9万9000シェル」


俺はカルロスが欲しい物、旧友を取り戻すために奔走した。だからその対価として1000シェル支払ってもらうということでいいだろう。


「いいのか?9万9000なんて大金を…」

「俺はカルロスさんとチャージャーさんに再び友達になってもらいたいんだ。なのにカルロスさんに10万とか言う借金があったら友達になるになれないだろ?」

「ははっ。君はニューヨークでも珍しい善人だね」


善人、本当にそうだろうか。俺がこんな大金を肩代わりしたと、もしもカルロスかチャージャーが知ってしまったら、きっと彼らは激しく後悔して自分を責めたりするだろう。

俺がやってることはつまりそういうことだ。下手をすればみんなが傷つく爆弾作り。


「別にそんなことないだろ。それに、確か謝礼も出るんだよな」

「ああ、そうだった。謝礼としては5000シェルを予定してたんだが、君の心意気に感動した。9000シェルにしよう。これで君が支払う額は9万になる」


1万シェル割り引かれた。

凄くありがたいことなのは理解できるんだが、残りの9万という金額を前にして俺は思わず「もう一声」と言ってしまいそうだ。

しかしここで欲張っても得することは無いと思い留まり、


「ありがとう」


と言っておくに留めた。

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