第11話 天穿ち脳揺さぶる声
俺はカルロスに懸命に呼びかけていたチャージャーを呼び戻し、作戦会議に加わらせた。音響爆弾を使う以上俺よりも製作者の彼がいた方がいいに決まってる。
「なるほどな。[保管]か。えらい便利な能力やし、その能力があればウィルの言う通りうまくいくやろな」
チャージャーは俺の作戦に賛同してくれた。
「では、その音響爆弾とやらの性能について、詳しく教えていただけますか?できればどういう経緯でそれを完成させたのかも含めて」
「何やアルフ。それは嫌味か?」
「いえ?ただ、所々にあなたが作ったと思しき部品が見て取れたものですから。完成品は一つ残らず我々に納品するはずの部品がね」
「そらそうやろ。あっしがお前らに納品する分をくすねてんから」
アルフの遠回しな尋問にチャージャーは悪びれることなく答える。
「なっ…何を開き直って」
アルフは面食らったような反応を呈する。
「開き直るも何もこれぐらいでトントンなんやないか?あっしはそっちの提示した無茶苦茶な条件で働いたってんねんから」
「仮に無茶苦茶だとしても、それを呑んだのはそちらです」
「そうやなあ。確かにお前らのその言い訳は正当やけど、でもそんな言い訳を平気でする会社の肩を持ちたいと思う立派なビジネスマンはこのダンジョンに何人おるんかなあ?」
…どっちもどっちだ。無茶苦茶と分かっていながら当人が承諾したから問題なしと考えてるマーケットにも問題があるし、その後ろめたさに付け込んで部品をくすねたことを正当化するチャージャーもチャージャーだ。
「…その件に関しては後で社長と話し合っていただければよろしい。そちらの方、ウィル氏といいましたか?あなたの話によると社長は目覚めない限り安全なんですね?」
アルフの言葉を俺はカルロスのスキルの説明を交えながら肯定する。アルフは納得し、話は音響爆弾へと切り替わる。
「この爆弾には俺の声が入ってる。聞いてから気絶するまでには大体10秒くらいかかるけど、この爆弾はきっかり15秒鳴り続ける」
「距離はどうです?気絶までの時間に影響を与えないのですか?」
「うるさいな。今から説明しようとしてたところや」
チャージャーは横槍を入れられたことに、アルフはチャージャーの物言いに、それぞれ気分を害したように顔をしかめる。互いに嫌悪感の表現が露骨だ。
「距離は勿論近ければ近いほど効果がある。あっしがさっき言った10秒って言うのもあくまで目安で、厳密に測定したわけじゃない。けど、10秒くらいで気絶させたかったら手が届く範囲で起爆せなあかんわ」
「あの…チャージャーさん。今言ってる10秒って言うのは何を基にした数字ですか?人間を相手にした場合ですか?」
「いや。あっしや」
「は?」
「え?」
俺とアルフは同時に頭上に?マークを浮かべる。
「ど、どういうことです?あなたは自分の声を10秒聞いたら気絶するんですか?」
俺よりも少し早く立ち直ったアルフがチャージャーに詰め寄る。
「ああ、そういうことや」
「おかしいでしょ。じゃああなたが叫んだ時一番ダメージを受けるのはあなた自身ですか?」
「いやいやちゃうよ。自分の口で叫んだ時は何ともない。録音した奴を聞くとあかんねや」
何でだ。
とその説明にツッコミを入れそうになった俺だったが、しかし録音したりマイクを通したりした自分の声が普段と違うことを思い出し、ツッコミが喉を抜けるすんでの所で留まる。
アルフも同様だったのか、釈然としない表情をしていたが、それがみるみる引いていく。
「となると、あなたがあの牛まで近づいて至近距離で起爆するという作戦は駄目ということですか…」
「そういうこっちゃけど、あいつのことを牛呼ばわりすんのは止めてくれんか?あいつにはカルロスっという名前があるんや」
「そうでしたか。それは失礼」
アルフ口先だけの謝罪を述べる。俺は2人がさらに険悪にならないように急いで口を開く。
「2人のスキルについて教えて貰っていいですか?」
「そうですね。連携の必要がある以上、共有しておいて悪いことは無いですね。私のスキルは[保管][電磁波][虫歯耐性]です」
「[保管]か。グレムリンにしては珍しいな」
チャージャーは[保管]に食いついたが、そこじゃないだろ。俺が反応してしまったのは虫歯耐性だ。何か、俺のスキルに通じる残念さのようなものを感じる。
「ええ、グレムリンの基本スキル[静電気除去]がない代わりにね」
「そうか、グレムリンにそのスキルが無いのは危ないんじゃないのか?」
「そうでもありません。見ての通り私は基本手袋をしてますし、今の役職では機械いじりなんてほとんどすることはないですよ」
「ああ、社長の秘書やもんな」
チャージャーは2,3度頷く。俺は1人が取り残されてるかんじがする。
「あっしのスキルは[発電][帯電][放電]や」
「ほう。電気系に全振りですか」
「あっしが選んだわけやないけどな。そのお陰で今の仕事がはかどることもあるし、そもそもサテュロスに基本スキルはない」
先ほども出てきた「基本スキル」という言葉に俺の耳は反応し、続いて口が動く。
「基本スキルって何ですか?」
「おや、ご存じないのですか?」
「先輩から聞かんかったか?」
「ええ、全く」
俺は記憶を何度か掘り返したがやはり記憶にそんな言葉はない。
「そうかいな。まあ、先輩から教えて貰うことなんて結構ザルやからなあ。あっしんときもそうやったわ」
「基本スキルと言うのは種族ごとに決められた確定スキルのようなものです。グレムリンの場合だと[静電気除去][電磁波][虫歯耐性]です」
「こいつみたいに例外も存在するけどな」
言ってチャージャーは親指の先をアルフに向ける。
「なるほど…え?じゃあチャージャーさんはどうやって失神する声を出してるんですか?スキルは全部電気系って…」
「声はスキルじゃなくて、生態みたいなもんや。生まれつきできる。グレムリンが空飛べるのと同じことや」
「そういうことです」
なるほど、種族によってはそんなスキルもあるのか。また一つ賢くなった。
「で、ウィルのスキルは?」
「俺は[日光耐性][安眠][子守]です」
この世界に転生してひと月、自分のスキルを公表することを早くも恥ずかしいと思わなくなってきた俺は何の躊躇もなくそう答える。
「え?ウィル、お前吸血鬼やったよな?」
見慣れた、いや、見飽きたとさえ言えるリアクションだ。さあ、俺のことは気にせず存分に俺に気を遣ってくれるといい。気を遣われるのが逆につらいという状況はもう克服した。
「ええ、俺は吸血鬼ですよ」
「吸血鬼にも基本スキルというものがありまして、それはご存知ですか?」
「…知らなかったです」
あったのか。吸血鬼に基本スキルって。
「確か[不死][影踏]の2つやったよな」
「はい。そしてもう一つのスキルで吸血鬼の個性が出来上がるのですが…ウィル氏のスキルにはそもそも[不死]も[影踏]もないだなんて」
「まあ悪いことやないよ!個性が立ってるってことやん」
「そうっすね、はは…」
運が悪いにもほどがあるだろ。どんな確率変動が起これば[不死]と[影踏]という超絶有能スキルが訳の分からん惰眠スキルに置き換わるんだ。
この事実を知った時、もう痛まなかったはずの俺の胸がチクリと痛んだのはきっと気のせいじゃない。
「さ、とにかく作戦を考えましょう。社長が目覚めるまでがリミットなんですよね?」
「せや。いくら社長さんがぐっすり寝てる言うてもあんだけ揺すられたらそのうち起きよるで」
チャージャーの言葉につられて皆がカルロスとディーゼルの方へ視線を向ける。そこでは地面を蹴ったり叩いたり、ディーゼルの頬をはたいてディーゼルを起こそうとするカルロスの姿があった。
多分ディーゼルの身が安全なのは気絶してる間だけだろう。目覚めたら何されるか分からない。痛みで言うことを聞かせて金を払わせるなんてことを、しないとは断言できない。いや、多分する。
「作戦なら。もう一つ考えてますよ」
「本当ですか」
「やるやん。で、どんな作戦なん?」
「それはですね…まず、音響爆弾を起爆します。その状態でアルフの[保管]スキルを発動し、亜空間へ転送。そしてそれをカルロスさんの頭上辺りに出します。もちろん俺達が15秒間音を聞き続けても気絶しないくらいの距離に避難した後でね」
我ながら完璧な作戦だ。カルロスは今ディーゼルに夢中なんだからそのカルロスの頭上を狙うなんて簡単だし、ディーゼルは既に気絶してるし、1階にいた社員もみんな非難し終わってる。巻き添えのことも考えなくていい。
「ええ作戦やないか。それでいこ」
「いえ、駄目です」
チャージャーは俺の作戦を褒めて乗ってくれたが、アルフは何故か不賛成を唱えた。
「何か問題でもあるのか?」
「ええ、言いましたよね。私が[保管]できるのは静止してるものだと」
「ああ、爆弾を床に置けばいいだろ?」
「音の正体は何かご存知ですか?」
音の正体?馬鹿にしてるのかこのグレムリンは。自慢じゃないが俺は前世では理系だった。その俺が知らないわけがない。音の正体は空気の振動…
「あ、振動!」
「そうです。動いてるので起爆した爆弾は[保管]できません」
そんなこと言ったらさっきの鉄板だって中で鉄の粒子が微弱な振動をしてるんだぞと、反論したかったがそんなことアルフに行っても無駄だ。スキルは与えられるものであってアルフ本人が設定したわけじゃないんだから。無理なものは無理だ。
「えーと…じゃあ起爆する前に転送して、それから遠隔で起動すれば。チャージャーさん。リモコンとかってありますか?」
「ない。完全手動や」
「さいですか…」
ということは起爆前の爆弾をカルロスの頭上に送って、そこから誰かがスイッチを押しに行くしかないのか。
いや、それだとわざわざ[保管]を使わずに手で持って行くのと変わらんだろ。落ち着け、俺。
「そういえばアルフ、[電磁波]持ってたよな。あれで起動したりとかは?」
スパイ映画ではよくある技術だ。
「無理です。グレムリンの[電磁波]は機械に悪戯、つまり機械を壊すためのものですから」
「くそ…こうなったら誰か一人が失神覚悟で行くしか…」
考えてみれば自分以外に味方は2人もいる。失神しても救助してもらえる。失神するのは怖いが、ここはじゃんけんか何かで代表を決めるしかない。
「いや、それはお勧めできひんで」
俺がじゃんけんの音頭を取る前にチャージャーが口を開いた。
「自分が1回気絶したから分かるねんけど、眠るように失神なんてできひんで」
「具体的にはどうなるんですか?」
「目覚めてから丸一日くらい頭痛が続く」
それは、嫌だな。
しかしカルロスは友を思っての行動なのに、いたたまれない気持ちになる。
「そんなにすごいものですかね」
「何やお前、試しに一瞬聞いてみるか?」
「ええ、どうか」
何やらモンスター2体の間で物騒なやり取りが行われている。
止めようとしたが時既に遅し、俺とアルフは仲良くチャージャーの声を聴き、脊髄を逆撫でされるような不快感を一瞬だけではあったが感じることとなった。
そしてどうやら、その声はカルロスにも届いたようだ。