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第1話 吸血鬼ライフ始めました

俺の名は畑中幸太郎。

もっとも、この名前が今も有効なのかは分からない。


「お気の毒ですが、あなたはお亡くなりになりました」

「はあ、さいですか」


俺の目の前には一人の天使。彼女は淡々とした口調で俺に死を宣告した。

言われて気付くが、そう言えば俺は瓦礫の下敷きになったんだった。今度こそ駄目かと思って本当に今度こそ駄目だったみたいだ。


「ですがご安心ください。あなたは善良な人間だったので転生が決定しました」

「え!?まじで!?」


そんなこと夢にも思っていなかった俺はつい口調が乱れる。


「いやー嬉しいなあ。あれですか?今流行りの異世界転生とかさせてもらえるんですか?」

「はい。死因が『少女をかばったことにより瓦礫の下敷きになったこと』でしたので、かなり待遇良く転生先を決定することができます。おめでとうございます」


口では祝いの言葉を述べる天使だが、その表情はピクリとも動かない。あくまでも事務的な対応と言った感じだ。


「こちらがカタログになります」


そう言って天使が俺に手渡したのは「転生先 29年度版」と表紙に記載されたA4の冊子。


「選べない転生先は赤字で表示されていますので、赤字のもの以外からお選びください」

「あ、はい」


俺は早速冊子を開いてペラペラとページをめくる。


「最後のページに行くほど良い転生先になりますので、畑中様ほど善行を積んだ方なら最後のページから見た方がよろしいかと」

「あ、はい。どうも」


事務的ではあるが親切でもあるみたいだ。この天使は。

最後のページまで飛ばしてみると、確かに最後から三つだけが赤字で表示されていた。

ちなみにそれは「ダークエルフ」「ドラゴン」「ドラゴニュート」だった。


「えーと、俺が選べる一番いいのは…『吸血鬼』か」


吸血鬼といえばゲームや映画とかではかなりいい扱いを受けている魔物だ。

吸血鬼からさかのぼっていくつか転生先を見ていく俺だが、どれも吸血鬼に劣りそうなものばかり。しかし俺はそこでふとあることに気付く。


「あの、これって魔物しかないんですか?俺は次の人生でも普通の人間とかがいいんですけど」

「無理です」


俺の願望は一秒にも満たない短時間で打ち砕かれた。


「俺程度の善行じゃ人間は無理なんですか?」

「いえ、いくら善行を積んでも人間は無理です。少し前は人間に転生させたりしていたんですが、その結果英雄が溢れかえってしまい、今深刻な魔物不足に陥っているんです」

「はあ…」


つまり俺は転生するのが遅すぎたということか?もう少し早ければ人間に転生できていたかもしれないと?

いや、たらればの話に意味はない。大事なのは今俺の目の前で起こっていることだ。これは俺が前の人生で得た数少ない教訓の一つだったりする。


「じゃあもうこの吸血鬼でいいです。かなりいい転生先なんですよね?これ」

「はい。最近生まれ変わった方の中ではだんとつと思われます」


それなら良しとするか。いい転生先だというのなら多分いい来世になるはずだ。


「じゃあ吸血鬼に決めます」

「かしこまりました。では、手続きに先立って来世についていくつか説明をさせていただきます」

「はい。お願いします」


*****


「初めまして。ヴィルトゥークと申します。吸血鬼です。これからよろしくお願いします」


無事手続きを終えた俺は新しい名前と共に吸血鬼として転生し、今は職場にいる。

職場とはダンジョンのことだ。


「はいよろしく。みんな仲良くしてやれ。はぁ…えーと、ダンジョン内のルールとかはまだ聞いてないよな?」


気だるげに、そう俺に問いかけるのはこのダンジョンのマスター。種族はリッチ。肌が青白い以外は人間とほとんど変わりない。

このダンジョンで一番の古株らしい。喋り方がだるそうなのはアンデット系の魔物だからなのだろうか?


「はい。この世界の仕組みと俺らの存在意義しかまだ聞いてないです」


この世界の仕組み。

世界を作った神とそれに仕える天使によって支配、管理されている。

地上に人間、地下に魔物が生息する。人間は魔物を滅ぼすべくダンジョンに挑み、魔物は生き残るためにダンジョンに籠もるという、人間本位の世界。

そして俺ら魔物の存在意義。

それは、挑み来る人間を返り討ちにし、彼らの発展を促すこと。それだけ。


「じゃあ教育係は…ベイン。頼んだ」

「またですか!?」


マスターに指名されたのは全身真っ黒で翼と角をはやした悪魔のような姿をした魔物。ガーゴイルだった。


「何だお前は。マスターの言うことが聞けないのか?」


マスターは気だるそうにベインにそう言い放つ。覇気が微塵も感じられない物言いだった。


「いやだって、この前までは僕が一番後輩でしたけど、今はこいつがいるじゃないですか」


そう言ってベインが親指で差すのは…水たまり?


「ん?はて。誰のことを言ってるんだ?」

「はて。じゃないですよ!面倒臭いからわざと見えないふりしてるでしょ!ロードです。スライムのロード。忘れたんですか!?」

「あーもう知らん。いいからお前がやれ」


面倒臭さが許容量を超えたのか、マスターは無理矢理ベインに新人教育の仕事を押し付け、転送魔法でいずこかへとさって行った。

マスターがいなくなったことで集会も自動的に終了し、その場にいた魔物達はみな散り散りに各自の持ち場へと去っていく。ベインを残して。


「あの…」


俺は恐る恐るベインに話し掛ける。悪い人ではなさそうだが、新人教育には乗り気ではないみたいだし、気が立っているかもしれないので一応細心の注意をしつつ。


「ああ、ごめんごめん。ヴィルトゥーク君だったよね。ちょっと待っててね」


俺の心配は杞憂だったようだ。ベインは特に怒った様子もなくスタスタと、さっきの水たまりの所まで歩いていく。


「起きろロードこらぁぁぁぁぁ!!!」


そして水たまりを全力で殴る。振り下ろされた拳は砂埃を上げながら地面にひびを入れる。

前言撤回。めっちゃ怒ってる。まあ、俺に八つ当たりしないだけましか。


「わぁ!何事っすか!敵襲っすか!?一大事っすか!?」


四散した水たまりが喋った。それらはゆっくりと移動を開始し、ある一転に集結する。


「敵襲じゃないけど一大事だ。お前を差し置いて僕が新人の教育係になっちまったぞ」


徐々に形を成し始める物体に向かってベインは言い放つ。恐らくこれがロードとか言う俺の先輩にあたる魔物なんだろう。


「え?まじっすか。でも新人の教育って一番後輩がやるんすよね~?つまりボクが」

「お前が液状化したまま寝てたからマスターが気付かなかったんだ」

「ははっ。ご愁傷様っす」

「誰のせいだと思ってんだよ…」


俺とベインの目の前に一体の魔物が現れる。いや、彼はさっきからずっといた。しかしいまこうして形を持って初めて彼を魔物と認識することができた。


「やあ、新入りくん。ボクはロード。見ての通りスライムさ」


俺の目の前に現れたのは水色のスライム。顔のような部分と手のような部分は見受けられるが、体は不定形で、動くたびに表面が波打っている。


「あ、どうも。吸血鬼のヴィルトゥークです」

「へえ吸血鬼なんだ!レアだね~羨ましい」


ロードは「吸血鬼」という言葉を聞いた途端目の色を変えて俺に急接近してきた。


「いいな~。で、スキルは何なの?」


スキルとはこの世界の住人が持てる特殊能力のことで、例外なく3つ持てる。


「ボクのスキルはね~[液状化][分裂][合体]だよ」


俺からの返答を待たずしてロードは自分のスキルを公開する。

スキルには二種類あって、発動したいときに発動できるものと、常時発動しているものがある。


「僕のスキルは[硬化][鉱化][鋼化]だ 」

「え?すいませんもう一回お願いします」


さりげなくベインもスキル教えてくれたのだが、俺の耳には全て同じに聞こえてしまったため聞き返してしまう。


「も~先輩、ボクの時もその説明の仕方してましたよね。面倒臭い先輩だって思われるのでやめた方がいいっすよ」

「それはロード。つまりお前が僕のことを『面倒臭い先輩』と思ってるってことか?」

「あ、やべっ」

「天誅!」


ベインは拳を突き出すが、間一髪で[液状化]を発動したロードに躱される。

しかし俺の視線は液状化したロードではなくベインの拳に引かれる。その拳は手首のあたりから石に変わっていた。


「まあ、早い話、今の僕の拳が硬く化けると書く[硬化]。そしてこれが…」


ベインが言葉を切って数秒後、石だった部分が宝石に変わる。


「これが鉱物に化ける[鉱化]。もろいから戦闘には向かないけど、売ると金になる」

「へえ…」


俺はベインが自分の体を削って売っているところを想像して微妙な反応をしてしまう。

しかしそんな俺にお構いなしにベインの腕がまた変化を見せる。今度は金属、とりわけ鉄のような外見に変化する。


「で、これが鋼に化ける[鋼化]。こっちは完全に戦闘向きのスキルだね。防御にも攻撃にも使える」

「はは。羨ましいです。俺のスキルなんて…」


俺は一瞬ためらう。この人達に言っていいものなのだろうか?俺のスキルを。ほぼ何の役にも立ちそうにない俺のスキルを。


「どうかした?あ、別に言いたくないとかなら無理しなくていいから」

「そうだよ~。マスターだって自分のスキル他人に教えないし」

「へーそうなんですか。あ、でも俺の場合だと隠すほどのものでもないんで…」


スキルは、この世界に転生する際にランダムに与えられる。転生した種族によってそれぞれのスキルの出る確率が変動するらしい。


「俺のスキルは、[安眠][子守][日光耐性]です」

「……」

「……」


二人が言葉を無くしてる。まあ無理もない。吸血鬼は優良物件、当然スキルもかなり強いものが当たりやすくなってる。例えば、[変身]とか[不死]とか[怪力]とか。

にも拘らず俺が引き当てたのは戦闘に役立たないどころか、生きていく上で必要にすらならなさそうなスキル。


「えっと…。マジ?」


ロードが遠慮がちに口を開く。


「マジです」

「いやいや、でも睡眠って大事だよ。それに日光耐性って吸血鬼の弱点一つ克服してるじゃないか」


ベインが懸命に僕をフォローしてくれる。ありがたいけどその分辛い。言わなきゃよかったかもしれない。


「そうですよね…睡眠って…大事ですよね…。はぁ」


良い死に方をして良い転生先を選べた俺だが、何だろう。吸血鬼に転生したのにいいことなんて一つも起こる予感がしない。

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