8 非日常からの刺客①
<<蟻>>は触覚型の銃口をはっきりとこちらに向け、躊躇なく発砲する。
チェインガンの弾が雨あられと道路を穿ち、コンクリートの飛沫を上げまくる中、僕は必死にその害意が僕たちの乗るバンに届かぬよう、ハンドルを切る。
間違いない。
通常型より藍色のカラーリング。
俊敏な運動性。
攻蟲機連の機体だ。
その組織――――攻蟲機連は、世界で多発するテロリズムの脅威が日本に波及せぬよう、米国主体の多国籍軍と共に行動し、外地にてテロを根元から絶つべく実力行使に及ぶ、自衛隊の内部に存在する非公式特殊作戦群。
――――僕が過去に所属していた部隊であり、そして見切りをつけて除隊した組織でもある。
完全にこの国の憲法の外にあるため、その存在は絶対に外部に漏れてはならないはず。
それが何故、町はずれの川沿いの道とはいえ、人目に付く場所で襲撃をかけてきたのか。
そしてその襲撃の対象は、彼らが護り通すべき日本の民間人だ。
ズドドドドドドドドドド…………!
道路を破壊しまくる機銃の音が、僕らの乗る車のすぐ近くまで近づいてくる。
「ひええええええええええ!殺されるでござるううううううう!」
「口閉じてろ!舌噛むぞ!」
僕がハンドルを切りながら岩本卓雄に叫ぶと、真後ろにいた花多葉さんが運転席まで身を乗り出して尋ねた。
「あの連中、一体何!?なんで日本に軍用の<<蟻>>がいるの?なんで襲ってくるの!?士昏くん何か知ってるの!?」
「一つだけ答える。あの連中の狙いは俺だ……!」
「え……」
「ところで、この近くに<<蟻>>……『スレイアント』が置いてありそうな場所はないか!?」
急にこんなこと言いだしたから、花多葉さんが目を白黒させている。
まあ、僕の過去を知らない人間からしたら、何でいきなりこんなこと言うのかわからないから当然の反応だろう。
我ながら愚問だと思った。
この平和な現代日本で、スレイアントがそうそう簡単に見つかるはずがない。
しかもこの近くには自衛隊の駐屯地などないのだから。
それでもあの後ろから這いよる殺人蟻を撃退するには、こちらも同じ機体を以て戦うしかないのだ。
サザンカコーポレーションの経営を担う彼女なら、きっとそういう事情にも明るいかもしれない。これは賭けだ。
「……あるよ」
「本当か」
「ウチの関連子会社が、工事現場で使う民生用スレイアントの試験運用しててね。この辺だったわよね、真鈴」
『はい。300m先です』
「300m、近い……」
急ハンドル。
「きゃああっ!」
「すまん、どこだって!」
「真鈴、この辺!?」
『そこです!すぐ左手の倉庫!』
「だって!士昏くん、左よ!」
花多葉さんが姿勢を崩しつつも、オペレーターの音掛さんの言う通りに指をさしてくる。
「みんな掴まれッ!」
僕はさらに急ハンドルを切り、
道を大きく外れ、河原の土手を突っ切った。
二度三度車が跳ねたがお構いなしに、僕が駆る車はスレイアントが保管されているという倉庫へ向かって一直線に突き進む。
当然だが都合よく倉庫の扉が開いてたりするわけがない。固く閉じた鉄のシャッターに向かって、僕は、
車を真正面から突っ込ませた。
すると、そこにはあった。
蟻の頭に、直立した二本の足。
尾には蜜袋を模したスレイアント独自の構造、テイルブースター。
民生用のためか茶色のカラーリングが施されている点以外は、軍用と遜色ない、紛れもなく過去慣れ親しんだ機動兵器だ。
僕は強引に車を止め、運転席から出た。
他のBBFの隊員たちも車から降りてきた。
非常時で仕方がないとはいえ、僕の荒すぎる運転でみんなに怪我をさせていないか心配だったが、なんとか、大丈夫のようだ。この様子を見るに、花多葉さんの日常生活をサポートするために、彼らもそれ相応の訓練を積んでいると見える。
『ええっと、士昏さん。あなたがどうしてもこれに乗るっていうから忠告ですが、一応民生品なので、そのスレイアントには武装がありません。大丈夫ですか?』
BBFオペレーターの音掛真鈴さんの声。
彼女は僕のことを一介の男子高校生としか思っていないのだから、僕が機動兵器を動かすことに関して半信半疑なのだろう。
「ああ、大丈夫だ」
『っていうか本当にこれ動かすんですか?』
「肯定……ゲフンゲフン、そうだ」
うっかり某有名軍曹のような台詞を口走ってしまいそうになり、わざとらしくせき込む。
イカンイカン。非常時に直面しても冷静にならなければ。
「士昏くん、」
「花多葉さん、僕はこれに乗って戦う。君らじゃ手に負えない連中だ。BBFのみんなを連れて早く、ここから遠くへ!」
「……分かったわ」
さすがは一企業の社長。
僕の素性を今この緊急時にとやかく問わず、自分より経験があるとする僕の判断に素直に従ってくれる。
「……士昏くん」
数歩先足を踏み出して、花多葉さんが思い出したかのように振り向く。
倉庫にあったスレイアントに乗り込もうとしていた僕は、一瞬足を止めた。
「絶対、絶対、生きて帰ってきてね。てりやきキャベツベーコンエッグバーガー、士昏くんの分まで買っといて待ってるから!」
嬉しすぎる余韻が、耳元にずっと残っていた。
僕からも約束したい。必ず生きて戻って、食後のデザートにマカロンでも買ってきてあげるよ。
その時は、あかり。君の喜ぶ顔を、見れるといいな。
……こういうのを何とかフラグって呼ぶような気がしたが、思い出せない。何か重要なことのような気がしたが、ド忘れしてしまった。
花多葉さんたちが無事安全圏まで避難したのを確認すると、スレイアントのコクピットに入った僕は、機体の立ち上げプロセスを完了させる。操縦稈を前に倒し、あとは前後ろ交互に動かして、直立する二足歩行の機動兵器を動かした。
スレイアントには用途に合わせて二つの形態がある。
一つは四足歩行形態。
これは地べたを這う蟻のごとき機動で、例えば軍の大規模攻勢などのシーンでその威力を発揮している。
戦車よりも早く小回りが効くことから、現在戦闘においては他の兵器群よりも圧倒的に優位に立つことができている。
二つ目は二足歩行形態。
現在、戦争は国家vs国家から国家vs非正規武力組織へと完全にその対象を推移させている。それ故、小規模で散発するテロリズムに対し、より繊細な動きができなおかつ圧倒的な武力を誇る兵器の登場が待たれた。それ故に、既存のスレイアントに人型形態をとらせたのが始まりだ。
この技術的な変化は対テロ戦争初期において圧倒的な成果を上げたが、皮肉にも現地でテロリストたちが先進国のスレイアントを鹵獲、または政府からの横流しなどを受けて、テロリストたち自らもスレイアントを運用するようになると、スレイアント同士の戦闘も頻発した。
僕の機体も、そして倉庫のシャッターに穴をあけて突っ込んできた敵の機体も、今は二足歩行形態をとっていた。
連中が自衛隊の非公式部隊、攻蟲機連であるのは間違いない。
であれば、目的はただ一つ、元隊員であり連中の様々な極秘作戦に携わった僕の抹殺。
僕は背後にある敵の意図を見据えながら、目の前のスレイアントに集中する。
多分敵の操縦兵はよっぽどの下手くそか新兵だろう。
さっきの話だが、あれだけ機銃を撃ちまくっておいて車一台仕留めきれないなんて攻蟲機連のベテランならありえない話だ。
そして僕がいた頃には、こんな仕事の甘い操縦兵はいなかった。
であるなら新兵か。
敵機が突っ込んでくる。
尾についているブースターが青く光っている。あれならば出力の70%を開放しているだろう。
(青いな後輩……!)
僕も尾についている、テイルブースターを吹かす。
余談だが、スレイアントの重要な特徴の一つに、このテイルブースターがある。
蟻の尾に当たる部分に付属したブースターだが、これのおかげで二足歩行形態の際、人型の枠にとらわれない様々な機動が可能になるのだ。
(特別に俺が実地訓練を施してやる。今日という日を人生に刻むんだな。生きていたらの話だけどな……!)
我ながらなかなかの厨ニ台詞を心の中で吐きながら、
僕は突っ込んでくる敵の機体に対し、吹かせたブースターを右下に動かし、回避行動をとった。
勢いで向かってきた敵は全力で肩透かしをくらう。
敵機の背後に回り込んだ僕はそこから敵を羽交い絞めにして、ブースターを出力全開にして倉庫の反対側のシャッターへ。
敵機を盾にして、シャッターをぶち破った。
ドゴオオオオン
という音。
間髪入れずに僕の期待は敵機に馬乗りになって、殴りつけた。
『警告です!2時の方向に新たな敵影!』
オペレーターの音掛さんの声。
彼女のおかげで、僕は運よく次に来た敵の12.7mmアサルトライフルの凶弾を免れた。
ズドドドドドド……。
さっきまで僕の機体があった空間に、銃弾が雨あられと降り注がれる。
『ふう……。間一髪でしたね。その機体、索敵レーダーとかついてないから、私がアシストします!』
音掛さんの声が、ヘッドギア越しに聞こえる。
それ自体はありがたいが、僕はここで己の圧倒的不利に否が応でも気付かされた。
対スレイアント戦において、致命的ともいえる要素。
それは、その操縦兵の技量いかんにかかわらず、スレイアント同士の戦闘は数的不利を覆せないということだ。
もっと簡単に言おう。スレイアント同士の戦闘は、2対1では勝ち目がない。
これは戦争の最前線に身を置いたものであるなら、誰もが体感している常識だ。
それに加え僕の機体は、通常武装も電子並走もほぼ積まれていない、民生用の丸腰機体なのだ。
対して敵は二機。攻蟲機連は戦術の定理をしっかりと踏まえて、僕を完全抹殺しに来た。
僕はふと、さっきド忘れしていたフラグの名前を思い出す。
死亡フラグ、だ。