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3 おむすびころりん、スットン……ドッカァァァァァァァァァン!!



 ガララ、と教室の扉が開く。


 花多葉さんが帰ってきた。


 4限目、松井先生の数学の授業。



 彼女が出て行ってから、10分後。


 彼女は戻ってきた。



「……松井先生、今戻りました!」


「おお!早かったな、体調はもういいのか?」


「はい、保健室にいって深呼吸したら治りました!」



 ……おいおい、なんだそれは……!?


 不自然な弁明にちょっと僕の頭はますます混乱する。



「それは良かった。無理せずにな」


「はい、ありがとうございました」



「あかりん、大丈夫だった?」


「智美!うん!大丈夫だった!」


「本当?ああああーーーーん!」


 志田智美が花多葉さんに抱き着く。


「もう!この会えない10分間がどれだけ淋しかったことか!」


「智美ー!」



 ひしと抱き合う二人。


 僕はクラスの全員置いてきぼりなこの寸劇にツッコむ間もなく志田智美と抱き合った際にほどよく潰れた胸を凝視してしまった。



 しばらくしてハッと我に返った花多葉さんは、恥ずかしそうに、みんなに申し訳なさそうに席に着いた。




 




  放課後。

 


 黒板を消し、チョークを新品に替える。


 日直の僕は、みんながいなくなった教室で一人作業をしていた。



 本当はもっとテキパキ行動し、教室に人がまだまばらにいるくらいの時間で帰っても良いのだが、僕はなんだかこの人のいない時間に、作業しながら思考を整理したりするのが好きだ。


 さっそく僕は、今日の花多葉あかりさんの不可解な行動について思考を整理する。


 彼女は本当に体調不良だったのか?何か、別の狙いがあるような気がするのだ。


 ――――詮無きことを深読みしようとするのは、特殊作戦群むかしの頃からのクセか。



 そして僕の思索は、渦中の人物の登場で中断させられる。



 ガラララッ!と教室の扉が開くと、艶のある綺麗な黒髪を振り乱して、女の子が走って入ってきた。



 花多葉さんだった。



「はあ、はあ、はあ、…………いけない、忘れ物しちゃったあ」



 相変わらず声かわいいな……なんて聞き惚れている場合じゃなかった。


 

 同じクラスになって初めて。



 僕と花多葉さんの目が合った。



 


 ちなみに花多葉さん、あんまり男子と話す姿を目撃しないし、意中の相手がいるとか交際相手がいるとかいう話も聞かない。後者は噂ではなく調べたら裏が取れたので、確かな話だ。



 男女問わず人気な花多葉さんは、志田智美初めとする彼女を囲う女子も多い。それらが、本人たちも無意識のうちに鉄壁のガードを築いていて、なかなか男子は近づきにくくなっているのだ。



 それが今。


 暮れなずむ夕日が差して、茜色に染まる教室で、二人きり。



 僕と彼女は、目が合った。



士昏しぐれくん、おつかれさま!」



 自分の名前を、久しぶりに誰かに呼ばれた気がする。


 本当はクラスのプリント配りなどのひどく事務的な会話の中で呼ばれたことはあったが、こんなに印象に残ったのは初めてだ。


 


 士昏しぐれ 零一れいいち



 それが、僕の名だ。



「今までずっと仕事してたの?大変だったよね!」



 花多葉さんはそう言って労ってくれた。

 それだけかと思ったが、スタスタと教室の後ろに歩いて行って、日直の仕事である掲示物の張替えを始めた。

 そう、手伝ってくれたのだ。



「あ、ああ……」


 こうして心の中ではべらべら喋る僕だが、久しぶりのクラスメイトとの会話、しかもこれが意中の女子との会話ということもあって、最初は口をパクパク情けなく動かすしかない。


「ありがとう……」


 ようやく彼女のそばまで歩み寄って、そんな当たり前の感謝の言葉が言えた。


「ううん!いいの、いいの!」



 彼女は嬉々として掲示物の張替えを行う。


 花多葉さん、結構世話焼きなのかもしれない。



「……士昏くんが日直の次の日の教室、すごくきれいで気持ちいいんだ。いつも、ありがとね!」



 隣で、彼女が小さくそう言ってくれた。



 僕は一瞬で、天にも昇れるかのような気持ちになれた。

 慌てて意識を引っ張り戻す。



 何か会話をつなげねば。朴念仁な僕は、必死で話のネタを作った。

 今思えば完全な照れ隠しだ。彼女にバレていないだろうか。



「そ、その、花多葉さん、今日は部活じゃないの?」


「今日はコーチが風邪でお休みだから、珍しくお休み!」


「そ、そっか、……じゃあ、今日は家でゆっくり休めるね。体調、気を付けて」


 今日の出来事を思い出し気の利いた一言を言ったつもりだが、少しだけ、されど急に、彼女の表情が一瞬硬直した。


「う、うん!お気遣いありがとね!今日はゆっくり寝る!」


 すぐにはにかんで花多葉さんは、


「それじゃあまた、明日ね!士昏くん!」



 教室を出ていった。


 ――――最後の表情は、写真に収めたいほどの笑顔だった。




 一人残った教室。しばらくして初会話の高揚が治まり、花多葉さんとのやりとりを振り返る。


 男って、内省的な人間は女子と絡んだ後意外とこういう反省をするもんだ。



 出だしは悪くなかった。だけど、だけど、う~~ん、う~~ん、やっぱり体調うんぬんは余計だったか?あそこで彼女の表情一瞬固まったし……。



 いやいや、落ち着け、僕は彼女の、今日の行動の秘密が知りたくて今まであれこれ思索していたんじゃないのか。ならさっきの彼女の反応は、その秘密を解くカギとしてとらえることも可能……。

 いや、待て、そもそも彼女の行動の秘密などどうだっていいではないか。それよりも花多葉さんと偶然とはいえ会話ができて、それが今後の関係を発展させるきっかけだったかもしれないのだ。だからこそ最初の会話で、彼女になるべく気持ちよくなってもらうべき、不快な思いをさせぬべきだったのに、少し地雷を踏んだだろうか……?



 女の子の表情一つで一喜一憂千思万考してしまうのが、男の性である。



 と、僕はふと、花多葉さんの席に何か黒いものが乗っかているのに気づく。


 コンビニで買ってきたようなおにぎりだった。ツナマヨ。僕も好きだ。


 消費期限を確認する。今日だ。



 そこで、僕は瞬時に今から彼女に追いつけるか計算した。


 彼女の50m走のタイム(我ながら何でこんなデータ持ってるのか怖いのだが)から推測される徒歩での時速と僕自身の時速を比較して、十分追いつくことは可能だと頭の中の計算機がはじき出した。


 本当に瞬時に無意識にやったことで、だから一瞬、行動に踏み出すことに躊躇した。


 それでも僕は、彼女と、もう少し話がしたい。止める理性の言うことも聞かずに、僕は、おにぎりの包みをもって教室を出た。





校舎1階、玄関口。

そこに彼女はいなかった。

ならばと、僕は校舎を出て、とある道のりを辿る。

校門を出て、坂を登り、道を曲がる。

花多葉さんの帰宅路だ。



 ……僕は当然の如く彼女の家までの道を知っていた。


 マジで、マジで気持ち悪いことこの上ないが、人間興味のある情報は次々と飛び込んでくるものだ。知りえてしまった情報は仕方がない……そしてそれを活かさねば無駄になる。



 大丈夫、大丈夫、僕は消費期限が迫るおにぎりを彼女に届けるだけだ……。

 それ以上ヤマしい気持ちは何もない。だから臆することはない。

 僕も帰り道こっちなんだ、とごまかして、彼女にひょいとおにぎりの包みを渡せば良い……。



 そんなエクスキューズを必死で頭の中で構築し、僕は花多葉さんの後を追う。


 本当にタダのストーカーじゃないか、これ……って感情はやっぱり拭えないけど。




 壁に張り付き、角に潜み。彼女との距離を如何なる道に入っても等間隔で保てるように調整する。



 特殊作戦群ぐんじん時代の勘が冴え、どんなに人気のない道でも一切彼女に気づかれない。尾行は順調に進んでいた。


 

 それにしても、特殊作戦群あのころのスキルが今になって役立つとは。それとともに蘇る忌まわしい感情を黙殺して、僕はどのタイミングで彼女におにぎりを渡すか測っていた。


 というのもこのままでは本当に彼女の家の前までついて行ってしまうことになる。そうなれば如何な言い訳をしようとも完全にストーカーだ。

 いくら花多葉さんがありえないくらい優しい女の子とはいえ、僕は彼女からストーカー認定を受けるのは間違いなく、その後の僕の学校生活の平穏は完璧に崩れ去るだろう。もちろん彼女からはしこたま嫌われて……。



 僕の頭の中にある彼女の家と学校までのルートマップによると、もう残り300mを切っていた。

 帰り道がたまたま一緒ですという言い訳が通用するのと、問答無用でストーカー認定を受ける境界線ボーダーラインは、もうここにしか引かれていない。



 僕は意を決して彼女の前に姿を現そうと決意した、その瞬間。



 グググググゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッッッバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッッッッ!!



 爆発か?!と思しき音が鳴り、動き出そうとしていた体が硬直する。


 そして特殊作戦群むかしからの習性で、僕は状況確認のため潜めていた身を躍らせて、通りに出る。


 想像していたような爆発はどこにも起こっていない様子だ。



 そして。


 花多葉さんと目が合った。


 

 しまった……!

 急に彼女の帰宅路にこの身を晒してしまった。

 なんだ、何といえばいいんだ。



 いや、落ち着け。

 決意ならさっき決めてる。大丈夫だ。頭の中の台詞を話せば良い。

 そう思って口を開いた瞬間……。






「聞いたわね」



 先に声をかけてきたのは彼女の方だった。


 言葉よりも。



 声のトーン、そして僕を見る眼。



 すべてに得体のしれない“凄み”があった。



 そこに、普段の教室にいる、誰もが知っている、

 花多葉あかりはいなかった。



 ここからが、本当の衝撃の始まりだった。



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