2 彼女が授業中に取った不可解な行動
「……抜け駆けは許しませんぞうあっかりいいいいいいん!」
「ふぁ、ふぁああ!?何、何、どうしたの?」
「ふふふふ人に答えを聞く前に己の胸に手を当ててよく考えてみるがよいーっ!」
3限目の休み時間。2年A組の教室。
昼休みを控えた4限目を前にした、一番中途半端な時間。
学年一番人気の美少女、花多葉あかりの席に、彼女の友人志田智美が絡んでいる。
言うとおりに胸に手を当てる花多葉さんの様子を見て、志田智美は体をのけ反らせる。
「相変わらずたわわに実っておりますなあ……」
「え、は、ど、どこ見てるのお、智美!」
「そりゃ見ちゃうよそのロケットおっぱいっ!!ところで自分が糾弾される理由については分かったかな??」
「ん……?ええっと、…………胸?」
「イヤミか!?イヤミか!?それは密かに貧乳をコンプレックスに感じしかもなぜか一部男子生徒の間でその貧乳部分が熱烈に人気ってところでも微妙に悩むワタシへの優越感アピールか!?……そーじゃなくて!」
志田智美は自分の胸をさすりながらまくし立てる。確かに彼女のボディラインは平坦だ。だがそれが良い、と一部男子生徒の間では人気だ。
……というのは、まあクラスを俯瞰して見ていれば自ずとわかる事実である。
「その右手に持つおにぎりはなんだーーーー!」
「ぎくっ!」
指摘を受けてひゃんっ!って感じに身をすぼめる花多葉さんがかわいい。
見れば志田智美の言うとおり、花多葉さんの右手には、破れかけのビニールからひょいとつやのある海苔が飛び出している。
「それを“早弁”と呼ぶ以外なんて呼ぼうか!」
「は、は、早弁じゃないよ!これはおやつ。ごはんはおやつ!」
「某有名軽音部の有名楽曲みたいに言うなー!“早弁”の次は“詭弁”を弄すか!おのれー、成敗してくれる!」
言うと志田智美は両の手の平をバチンッッ!!と、花多葉さんの目の前で勢いよく合わせた。
何だ?猫騙しか?それとも手パン錬成か?
「…………一口、分けてください!」
「いいよ♪」
花多葉さんはにっこり笑って、おにぎりを志田にぽい、と分けた。
「あーーーーりがとーーーーーう!あかりんっ!ふあああああ!これでお昼休み前の地獄の4限目を乗り切れるううううううう!」
志田はぐーきゅるるる、とお腹を鳴らしながら食事にありつけた感動で涙を流しおにぎりを頬張る。
忙しい奴だ。
「よしよし。智美はいい子!」
小さい子をあやすように、志田智美の頭をなでなでする花多葉さん。かわいい。
「ほんとうにありがとう……ほんとうにありがとう!あかり~~ん!」
「ひゃ、ひゃん!?」
志田が感謝の言葉を繰り返す。……そして拝み手で花多葉さんの胸を揉んだ。
「神様仏様あかりん様~~!」
――――その数瞬の間、クラス中の男子の視線が凝集された。
「んもうっ、智美ったら!」
「えへへへ~~ん!ごめん!」
キーンコーンカーンコーン♪
クラス中が眼福を拝み倒したところで、始業開始のベルが鳴った。
みんな慌てて席に着き、次の数学の授業の準備をする。
志田もさすがに前を向き、引き出しの中をガサゴソとやる。
「鳴ったね!あ~~松井先生の数学っと!はっ!宿題してねーー!」
「あ、うん、そだね……」
――――対照的に、急に花多葉さんのテンションが落ち込むのを、僕は見逃さなかった。
どうしたのだろう。
数学の授業が始まるのが憂鬱なのか、それとも花多葉さんも宿題をやってきていないのか。
後者はないだろう。花多葉さんは天然だが、宿題をやってこないような人ではないというのは、周辺情報やこの1ヵ月同じ教室で暮らしてみてわかることである。前者も違う気がする。そもそも花多葉さんに好き嫌いなんてあるのだろうか。というくらい、彼女は人が良い。さっきも好物だったであろうコンビニおにぎりを躊躇なく志田智美に分けたのだから。
数学、松井先生の授業が始まる。
「はいそれじゃあ教科書52ページ開いて~」
松井先生が教卓に着くなり淡々と授業を進めようとしたところ……。
「せ、先生!」
ビュッ!っと、教室の後ろから2番目廊下側から3番目という席から真っすぐに手が上がった。
「――――ん、どうした、花多葉」
「きゅ、急に気分が悪くなって!」
そう言って花多葉さんは両手を下腹部に当てる。それじゃ気分悪いというよりお腹痛いだ、と僕は心の中で冷静にツッコミつつ、彼女の体調を心配する。
「保健室に言ってもよろしいでしょうか!」
「あ、ああ、構わないが……」
松井先生は言いながら、教室を見回す。
「誰か保健室までついていってやれ」
「あ、それじゃ、あたしついていきます!」
先生の呼びかけに真っ先に声を上げたのは、花多葉さんの前の席に座る志田智美だ。
――――その瞬間、花多葉さんの表情にまた微妙に影が差すのを僕は見逃さなかった。
……ていうかどんだけ花多葉さんチラ見してるんだ僕、さすがにキモイな……。
気を取り直して。
今の花多葉さんの表情には疑問が残る。
親友の志田智美が保健室までついて行くと言っているのだ。
体調が悪い時に、これほど心強いことはなかろう。
それなのに、なぜ表情がほんの少し、注意してみないと気付かない程度だが(注意して見てる僕もキモいが)落ち込んだのは何故だろう。
「そうか、任せたぞ志田」
「はい!あかりんを絶対に死なせはしませんから!」
たかが具合悪くなって保健室に行くぐらいで大げさである……と理性でツッコミながら心から志田に激しく同意してしまう。志田智美、花多葉さんのこと、君に任せた。
「ま、待って!智美、先生、お願い、聞いてください!」
花多葉さんが叫ぶように言う。
休み時間になればこれ以上に大きい声で下品な世間話に興じる生徒は男女問わずいるので特段大きな声ではないが、それでも彼女にしてはかなり珍しいくらいの大声だった。
彼女がこんなにも大胆な行動に出るとは驚きだ。まさにギャップ萌え。
当然、すでにクラス中の注目は彼女に集まっていた。
「わたし、この高校に入ってから、つらい時も悲しい時もいつも智美がそばにいてくれて……。その度にすごく、いつもいつも感謝していて。同時に思ったんです。いつまでも智美に頼っていられない、わたし自身の足で立てるくらい、強くなろうって」
「あかりん……」
きっとこの二人には、二人にしかわからない記憶の中の世界があるのだろう。
……しかしたかが具合が悪くて保健室に行くだけで、こんなエピソードを挟む必要はあるのだろうか?
そして花多葉さん、具合悪いにしては結構食い気味に熱弁するなあ……。まあ、かわいいけど。
「だからわたし、一人で行きます。一人で、立ち向かってきます!」
花多葉さんは、ピシャリと言い放った。
……なぜだか教室中のあちこちですすり泣く声や、小さく「頑張れ!」と呟く声が聞こえる。
なぜか松井先生まで目頭を押さえている。
「そうか……。そうだったのか。分かった。行ってこい花多葉」
「先生……」
そして志田智美も。
「あかりん……いつの間に、立派に成長したねえ」
「智美……。うん。智美、わたしやっと一人で頑張れそう……」
「ぐすっ、ワタシ嬉しいよ。ぐすっ。悲しいけどさ」
「智美……喜んでよ」
花多葉さんも涙目だ。
「本当に、大きくなったねあかりん……」
志田が手を伸ばす。
もにゅっ。
……志田の両手には、花多葉さんのたわわに実ったおっぱいが握られていた。
乳肉がはみ出ているのが生々しくその質感を伝えている。
「ひゃ、ひゃあああああ!?」
花多葉さん赤面。
クラス中(男子)が興奮。
「ひゃあああああああああああん!」
「あかりん行ってら~~!」
花多葉さんは逃げるように教室を出ていった。
それをいたずらっ子のようにはにかんだ志田智美が手を振って彼女を送る。
教室中の誰もが笑顔だ。
「はい、それじゃあ教科書続き行くぞ!」
松井先生まで笑顔で、そのまま授業を続行する。
……いやちょっと待て、ちょっと待て!
なんかおかしい。
花多葉さん胸揉まれて恥ずかしくなったから逃げました、的な感じでうやむやになったけど、彼女体調悪いんじゃないのか!?なのになんであんなに走れる!?
どことなくこの流れは不自然だ。
授業の流れを中断してでも保健室に行きたいと思うほど、体調が悪いんなら親友に付き添ってもらって行くのが普通だし、問題ないはずだ。
それをなんだかよく分からない理屈をつけて、あげくこの勢いの良い走りだ。
本当に体調が悪いのだろうか?
こう言ってると、「お前本当に花多葉さんのこと好きなのか?」とツッコミが入っても仕方ないかもしれない。誰にかはわからないが。
僕はこの教室を俯瞰し、冷静に見る癖がついてしまっているから、たとえ好きな女の子についても些細な違和感は見逃さなくなってしまった。つらいところだ。
でもやっぱり、花多葉さんのことはすごく好きだ。そこは変わらない。
……今だって走りながら揺れる彼女の胸をずっとガン見してしまったし。
2話続けて僕がただ気持ち悪いってだけの区切りで続きは次回!!
……心配するな、自覚はある。