帰り道
最後の客が店を出た。コーヒーカップを片付ける。
カップの底にはザラメが溶け残っていた。
《帰り道》
「・・・背丈は無駄にあるから、案山子代わりにはなるか。」
言い終えると、店長はぽんっと俺の背中をたたく。
「ゆいちゃんを無事に駅まで送ってやるんだぞ!
もし、何かあって明日からゆいちゃん来なくなったら、
この店潰れるからね!」
ちょっと本気の顔だった。駅までたった徒歩5分だ。
ただ、あの道で出会った事を思うと、帰り道は同じかもしれない。
賑やかな商店街を駅まで二人で歩く。
ネオンの明かりの中で黙って歩く彼女は、
バイト中うるさく笑う彼女とは別人のように大人びて見えた。
夜の冷たい空気が彼女の髪を揺らす。
すれ違った何人かが振り返り、二度見する。
店長は冗談めいて送れと言ったが、
確かに俺でも居ないよりはマシかもしれないと思えてくる。
「谷さんって、家近いんですか?」
不意に彼女が話しかけてくる。
「隣駅だけど・・。」
少し素っ気なく答えた。俺は彼女を覚えているが、
彼女は俺の事を覚えていないのだ。
「近いよ。十朱さんは?」
店長の顔がよぎった。会話を続ける努力をする。
彼女が少し笑ったような気がした。
「猫好きなんですか?」
「何?」立ち止まって、聞き返す。
彼女の差し込むような目線とぶつかる。
彼女がつぶやく。
「・・・小さい、黒い猫。」