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前略 異世界より  作者: 柊 葵
第一章  清廉なる乙女
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第三節 神聖騎士

 セイリルの街はとても広く、多くの人が住んでいた。


「でっかいな……」

「そうね、あの村とは大違いね」


 リオは皮肉気にそう言った。

 あの村がそこまで嫌だったのか……。


 草原を五日間かけて歩き、ようやくセイリルにたどり着いた。

 街には村とは比べ物にならない程、多くの人が行き交い賑わっている。

 そして見たことの無い食べ物、道具、武器、防具などが所々に見える。


 これは、この街にずっといても飽きなさそうだ。


「さて、まずはどこに行こうか」


 珍しいものばかりで何を買おうか迷う。


「こっちよ」


 一声かけられたかと思うと、リオは一人で行こうとしていた。


「え? あ、ちょっと待てって‼」


 リオが勝手にどこか行くと、何をするか分からないからな。


 リオを追いかけるように、セイリルの街を進む。

 そして、リオはひときわ大きな建物の中に入っていった。


「なんじゃこりゃ……」


 建物の入り口の扉は俺の背の二倍以上の大きさだ。


 大きすぎる……。

 こんな大きさの人間がいるのだろうか。


 少し驚いたが、リオを追いかけるため中へと入った。


 建物の中は赤、青、緑など様々な色に輝いていて、とても綺麗だ。


「ほぇ~」


 呆気にとられ、口から感嘆の吐息を漏らしてしまった。

 なかなかに恥ずかしい。


 建物に見とれていると、リオがそそくさと飛んできた。


「全然来ないと思ったら、何を変な顔しているのよ。早くいくわよ」


 リオに連れられ、奥へと進む。

 そこにいたのは、髪の長い少女だった。


 ――可愛いな。


「ウテル、さっき話したハルよ」


 ウテルと紹介されたその少女は、こちらに可愛らしくお辞儀をした。


 リオよりも、全然かわいらしい。


「ごきげんよう、ハル様。リオお姉様がお世話になっております」


 ――お世話してます。


「世話になんかなってないわよ‼」


 今度、わざと矢で射抜いてみようか……。


 リオはそう言ったが、ウテルはリオの性格を熟知しているようだ。

 兄弟だから当たり前なのかもしれない。


「リオお姉様は思い込みが激しくわがままな方ですから、ご迷惑を多くかけていると思いますが、これでも良いところもいっぱいあるのですよ」


 そう言いながら、ウテルがこちらに微笑む。


 本当に迷惑かけられてます。

 良いところなんて、思いつかないくらいに……。


「もう…それは置いといて、ちょっと聞きたいんだけどさ……。最近、神界の方で何か動きあったとか聞いてる?」


 リオがルーの話ではなく、神界の話を始めたことに少し驚く。

 一体、何の話がしたいのだろうか。


 ウテルは少しの間黙ったが、再び話しだした。


「いや、何も聞いていませんよ」


 自分も神界の話なんて初めて聞いた。

 いや、前に神界と悪魔界と話をされた気がする。


「やっぱりそうよね……」

「わざわざそれを聞きにリオお姉様はここまでいらっしゃったのですか?」

「ちょっとこいつが訳ありでね」


 そんな厄介者みたいに言わないで欲しい。


「というと?」


 リオはウテルに今までのいきさつをすべて話した。

 火事騒ぎまで全部。


 根に持ってるな、こいつ……。


「なるほど……。確かにハル様の出現には神界の者が関わっているのは、間違いなさそうですね」

「やっぱりそうよね……。これからどうしようかしら」


 どういう事かよく分からなかったが、リオ達に任せておけばいいのだろう。


 そんな話をしていたら、白銀の鎧をまとった男が近づいてきた。

 すごい、なんというか、ごつい奴が来たな……。


「ただいま戻りました。ウテル様」

「おかえりなさい。カイツ」


 カイツと呼ばれたその男は、俺を一見するとウテルに尋ねた。


「ウテル様、このガキは?」


 ――ガキとは失礼な。


 そう思ったが、十六歳は確かにまだ子供だと納得した。


「ハル様です。リオお姉様をここまでご案内いただきました」


 本当にここまで来るのは大変だった。


 ウテルの言葉が信用ならないようで、カイツがもう一度口を開いた。


「リオ様を? このガキがですか?」


 完全にバカにしてるな、こいつ。

 すごいイライラする。


「カイツ、その態度はハル様に失礼です。取り消しなさい」


 もっともだ。

 取り消すと思いきや、カイツはさらにウテルに食い下がる。


「ですが、実際にガキじゃないですか‼」

「取り消しなさい」


 ウテルのすごい迫力に、一瞬周りが凍り付く。

 ウテルの迫力に、不服そうなカイツも従った。


「今までのご無礼をお許しください。ハル様」


 言葉ではそう言っているが、カイツの目は完全にこちらを敵視していた。

 どうしてここまで嫌われるのか考えてみるが、見当がつかない。


「あ、いえ……」


 なんて言葉を返そうか悩み、うまく言葉を返せなかった。

 曖昧な返答にカイツは格下と見定めたのか、質問をしてきた。


「ハル様達はなぜこちらに?」

「こいつの情報を聞きに来たのよ」


 なぜリオが答える。


 自分ではなく、リオがそう答えるとカイツは不思議そうに首を傾げた。


「はて、どういうことですか? 理解があまりできないのですが……」


 そう言いながらこちらの全身をジロジロと見つめてくる。

 こいつ、バカにしてるな。


「あんたは理解しなくていいわよ」


 リオはリオで、カイツをバカにしていた。

 どうも態度からして、リオはカイツが嫌いのようだ。


「わ、分かりました」

「カイツ、ハル様とリオお姉様と私の三人で大事なお話をしております。少し席をはずしてもらえませんか?」

「分かりました」


 ウテルがそう言うと、こちらを一度キッと睨んで外へと出ていった。

 あそこまで睨まれるようなことをした覚えはない。

 一方的な態度にこちらも不愉快になった。


 カイツが出ていくのを見計らって、ウテルが話し出した。


「ハル様、カイツのご無礼どうかお許しください」


 ――許すつもりはない。

 ウテルが頭を下げるのを見かねたのか、リオが口を出した。


「確かにこいつはまだまだ子供だから、そんなに頭下げなくていいわよ。ま、私はあのカイツってやつが嫌いだけどね」


 ――リオのことも許すつもりはない。


「リオお姉様、カイツの態度が気に入らないのはわかりますが、ハル様まで悪く言うのはいかがなものでしょうか」


 ごもっともだ。

 リオも少しは気を使うということを理解してほしい。

 例えば、こういう感じにフォローしてだな……。


「いえ、確かに僕はまだまだ子供ですから」


 言い終わると、リオは得意げな顔をした。


 やっぱりバカだ、こいつ……。


「リオお姉様、そこで得意げな顔をすると、かえって無様ですよ? もう…リオお姉様は何も変わっていらっしゃいませんね」


 昔からバカだったのか……。


「あんたこそ何も変わってないじゃない」


 お互いそう言い合うと、顔を合わせて笑い出した。


 なんかいいな、こういうの……。


 一通り終えると、ウテルが口を開いた。


「考えられる可能性としては、神界の者がなんらかの裏切りを行っている、もしくは、上位の神だけがこのことに関わっているくらいでしょうか」

「そうね、前者は考えられないから十中八九、後者ね」


 つまり、どういうことだ?


 ウテルとリオは答えを出したようだが、さらに唸っている。


「さて、これからどうするか、ですね。私達よりも上位の神となるとお母様くらいしか会えそうなお方はいらっしゃいませんもんね」

「お母様に会うとなると……九人全員の力が必要ね……」


 九人全員?


「お母様との約束ですもんね……」


 どういうことだ?

 さっぱり意味が分からない。


 二人が話し込むのを見て、少し戸惑う。


「あ、ハル様、ほったらかしにしてすみません。私達の出した結論を簡単に説明すると、貴方は神界の者の力によって現れた可能性が高いです。それも、私達よりももっと上位の神の力です」


 話を聞いて、一言。


「さっぱりわからない」

「だから、あんたの家とか、あんたのこととか全部ひっくるめて、私達より上位の神に聞かないと分かんないのよ」


 リオは呆れたようにため息をつき、ウテルも苦笑いを浮かべていた。


 普通なら理解できるのか?


「とりあえず。やらなきゃいけないのは、私達姉妹全員にあって全員から鍵開けの力を授けてもらうこと、そしてこの世界のどこかにあるっていう星降りの塔に行くってことよ」


 ちょっと待て、今ものすごい面倒くさいこと言わなかったか?


「つまりお前の兄弟、あと七人会って、何とかの塔ってとこ行かなきゃいけないってこと?」

「そういうことになるわね」


 ここまで歩いただけでも面倒なのに、さらに面倒が重なるらしい。


「なんでこうなるんだよ……」


 気を使ってか、ウテルが慌てて声をかけてきた。


「だ、大丈夫ですよ。それが済めばハル様も元の生活に戻れるかもしれませんし」


 戻れるのなら、今すぐにでも戻りたい。


「そうよ。そんなにうじうじ悩んでたら、いつまでたっても前に進めないわよ」


 なんでこんなに偉そうなんだ。

 言い返そうと思うが、確かにここで立ち止まっても何も変わらない。

 それどころか、ルーにも会えない。

 面倒くさいが、やるしかない


「そうだよな、やるしかないもんな」


 覚悟を決めた。

 とことんやってみるのも、たまには良いかもしれない。


「仕方がない、んじゃいっぱい歩くか‼」

「それはちょっと違うような気がしますが、その意気です‼ ハル様‼」

「とりあえず、まずは私達の鍵開けの力を授けるわね。それじゃ、その前に……」


 リオの姿が少女の姿に変化した。

 願わくば、ずっとそっちの姿でいてほしい。


「行くわよ」


 リオとウテルが目を閉じると二人の胸から淡い光が飛び出し、ハルの身体へ入っていった。


 やっぱり何も感じない。


 力を授け終わったのか、リオは元の妖精の姿に戻った。


 ――残念だ。


「よし、んじゃ行くわよ」

「どこに?」

「そうね……ここから一番近いのはメルのところかしら」

「そうですね。ですが、もう今日はあと少しで日が暮れますし、街で休まれた方が良いかと思います」


 ここでは休ませてもらえないらしい。

 いや、休ませてもらえるとしてもカイツがいるなら嫌だが。


「そうね、そうするわ」

「では街の宿屋までご案内させていただきますね。カイツ‼」


 ウテルが呼ぶと、カイツはすぐさま走って駆け付けてきた。


 従順なんだな、こいつ。


「ハル様とリオお姉様を宿屋までご案内して」

「かしこまりました」


 リオは二人のやり取りを見てやれやれと言わんばかりの表情を浮かべた。


「ほんとにあんた達のその妙な上下関係は、寒気がするわ」


 確かに気持ちが悪い。


「こちらです」


 カイツはリオの言葉には耳を傾けず、宿に向かって歩き出した。


 向こうもリオのこと嫌っているのか。

 それにしても、相変らずバカにしてるな。


「なんだかなぁ……」


 カイツといると気が張って仕方がない。


「じゃあね、ウテル」

「最近、魔物の数が増えこの街に魔物が侵入する事が多くなっていますので、どうかお気をつけて」


 マジか、ここにも魔物出るのか。


「ええ、気をつけるわ」


 カイツに連れられ、俺達は建物を出た。


「妹と仲いいんだな」

「そりゃ姉妹だからね」

「ふーん」


 そんな話をしていると、カイツが口をはさんできた。


「失礼ですが、リオ様とそちらの方はどういったご関係で? お互いかしこまってないあたり見ると仲がいいみたいですが……」


 カイツは俺のことをわざとそちらの方と呼び、聞いてきた。


 自分の説明もせずに聞くとは、なんて失礼な。

 しかも、別にあんたには関係ないだろ。


「こいつは私の監視対象よ。訳があって一緒に行動してるの」

「そうですか……」


 カイツは納得していないようだ。


 つくづく面倒くさいな、こいつ。


「因みに、カイツさんはウテルさんとどういう関係なんですか?」


 またもやカイツがこちらを睨んできた。


「魔物を討伐するため、ウテル様に力を授かっているのです」


 様の部分を強調しながら、まるで威嚇するかのように言い放った。


「こちらが宿になります。では、私はこれで」


 カイツはそそくさとウテルのもとへと帰っていった。

 あの態度だと、ウテルのこと好きなのかもしれないな。


 宿屋に入るとすごく威勢のいい女性の声が響いた。


「いらっしゃい‼ 一名様だね‼ 夜まで休んでくかい? それとも、朝までの泊まりかい?」


 声が大きいおばさんだな。

 おばさんは満面の笑みでこっちを見てくる。


「泊まりで、用意して」


 リオがそう答えると、おばさんの目が少し細くなった。

 その後、少し悩んでから口を開いた。


「一名様と妖精が一人、泊まりだね。料金は二百ソトラになるよ」


 リオに驚かないんだな。

 驚くどころか、ちゃっかりリオを妖精として計算に入れていた。


 リオはもう妖精といわれることに反抗するのはやめたようだ。


 さて、二百そとら……?

 そとら?


 俺の手元には金貨しかない。

 ソトラとはいったい何だろうか。

 この金貨のことを言っているのだとしたら、これは何ソトラなのだろうか。


 とりあえず俺は、リオに小さな声で尋ねた。


「これ、金貨どれだけ渡せばいいんだ?」


 リオは呆れながら答えてくれた。


「一枚で百ソトラよ。だから二枚払ってちょうだい」


 なるほど、一枚で百ソトラなんだな。


 手持ちには金貨が十枚。

 そして今、残り八枚となった。


「ありがとね‼ んじゃこっちだよ‼」


 おばさんは俺達を部屋へ案内しながら話し出した。


「今日は泊まってくれてありがとう。私はこの宿の店主ミラ」

「僕はハルといいます。こっちがリオです。今日はよろしくお願いします。ミラさん」


 一通り説明を終えると、ミラさんは身震いをしていた。

 何か気に触れてしまったのだろうか。


「ごめんね、私そういう堅苦しいの苦手なんだ。もっと楽にしてくれていいよ」


 ――なるほど。


「いいんですか?」

「いいよ、敬語使われると虫唾が走るんだ」


 いきなり敬語をやめろ、というのもなかなかに難しい。


「分かりました……じゃないや、分かった。よろしく、ミラ」


 少し、様子を伺う。


「名前はミラさんでいいよ」


 怒られてしまった。


 そんな話をしているうちに泊まる部屋についたみたいだ。


「この部屋、自由に使っていいからね。晩ご飯はまた持ってくるから。あと、タンスに入ってる服も持って行ってもらって大丈夫だから。んじゃ、ごゆっくり」


 そう言うと、ミラさんは部屋を出ていった。


 部屋にはふかふかのベッドとちょっとしたタンスが置いてあった。

 タンスの中には、麻布を織られてできた服が一式そろっていた。

 これは居心地がいい。


「結構いいじゃない」

「この服もらっていいなら着替えようかな、もうこの服ボロボロだし」


 スライムとの戦闘や野原で寝ていたこともあって、服は穴だらけになっていた。

 結構気にいていた服だったが、ボロボロになっては仕方がない。


「いいんじゃない?」

「んじゃ、着替えるからリオ向こう向いてて」


 着替えは覗かれたくないからな。

 そんな俺に対して、リオはニヤッと笑みを浮かべた。


「え? なんで?」


 こいつ、からかってやがる。


「いいから向こう向いてて‼」


 わざとすっとぼけたリオを軽く叱った。

 リオが非常識すぎるのは、なんだか慣れてしまった。


「分かったわよ……」


 そしてリオは窓の方を向いた。


 少しして、着替え終わったのでリオに声をかける。


「着替え終わったから、もういいよ」


 そう声をかけたがリオは振り向こうとしない。


「まずいわね……」

「何が?」


 窓から外をのぞくと、街では多くの人がにぎわい、様々な表情を浮かべていた。

 入口の方に目をやると何かが街へ近づいていた。

 目を見張るとそれはゴブリンだった。

 それも、以前戦ったゴブリンと比べ二倍くらい大きい巨体で、ゴブリンの手には剣が握られていた。


「なんじゃありゃ……」


 気づくと、自分の口が開いたままになっていた。


「行くわよ」


 いく?

 いや、無理だ。


「嫌だよ、あんなの間違いなく勝てないだろ」

「勝てる、勝てないじゃなくてやるのよ」


 確かにこんなところで弱音を吐いていては先に進めない。

 先に進むしかないんだ。


「もちろん、私達だけでは絶対無理だからウテルの所に行くわよ」

「分かった……」


 そして俺達はウテルのもとに行き、事情を説明した。


「なるほど、この前倒し損ねたゴブリンが上位のゴブリンを呼んできたんでしょうか……」

「倒し損ねたの?」

「あの時はカイツが傷を負いながら戦ったからだと思うのですが……」

「いや、あと少しで……」


 カイツが何か言っていたが、ウテルはその言葉を遮った。


「こんな無駄話をしてる時間は無かったですね、行きましょうか」


 そして俺達は街の入口へと向かった。

 ゴブリンを見てまず口を開いたのはカイツだった。


「え……」


 そしてカイツは、腰が砕けたようでその場に座り込んだ。


 カイツって、案外情けないんだな。


「あんなの無理だ……。スシンとか普通のゴブリンならともかく、なんだあいつ」


 カイツが弱音を吐くと、リオが口を開いた。


「こんなヘタレほっといて、行くわよ」


 リオもひどいな……。

 そう思いつつ、ヘタレというのには同意見だった


 しかし、今回は一人で戦っても間違いなく倒せない。

 カイツの力が必要だが、立ち直るのを待つ時間もない。


「正直俺も不安でいっぱいだけどね……。俺はやるしかないからさ」


 カイツに声をかけ、街の入口へと向かう。


 既に自分の中で何かが吹っ切れていた。

 リオと出会う前なら魔物と戦うなんて、絶対に無理だった。

 そんな感慨に浸りつつ前を見据えると、ゴブリンはもうすぐそこまで迫っていた。


 入口へ向かいながら、リオと作戦を練る。


「あのゴブリンの様子じゃ、今までみたいに闇雲に戦っても勝ち目はないわ」

「なら、どうする?」


 まさか、魔法を使うのか?


 リオは少し苦い表情を浮かべた。


「あのへっぽこ騎士がいれば話は別だったけど、あんなんだしね。とりあえずあいつの弱点は頭よ。頭に何発も打ち込んでやればいいのよ」


 へっぽこ騎士とは笑えるな。


 とりあえず、頭が弱点だということを覚える。


「了解」

「まずは町に被害が出ないようにもう少し外に出るわよ」


 そして俺達はゴブリンに向かって歩みを進めた。


     ***


 一方そのころ、へっぽこ騎士ことカイツはウテルに叱られていた。


「カイツ‼ 立ちなさい‼ ハル様は勇敢に立ち向かっていらっしゃいますよ‼」


 ウテルのその言葉もカイツの心には届かない。


「俺には、無理です……」


 カイツの言葉に、ウテルはまたもや叱りつけた。


「いい加減にしなさい‼ 貴方は今まで何をしてきたんですか‼ 確かに今まで戦ってきた魔物より強いかもしれません。しかし、やることは全く同じです‼ この街の人々が、魔物に怯えることなく暮らすために全力で戦う。違いますか⁉」


 ウテルの言葉にカイツはハッとした。

 行動の意味。

 街を守るという事。

 人を守るという事。

 第一に自分の仕える方を嘆かせないという事。


「このままじゃ、町のみんなが危険にさらされる。だめだ、それだけはだめだ」

「なら、戦うしかないのです‼」

「戦うしかない……」


 カイツの脳裏にハルの言葉がよぎる。


『俺はやるしかないからさ』

「あいつも一緒なんだな……」


 カイツはふっと息を吐き、立ち上がった。


「ウテル様、俺も戦います」

「それでこそ、この街の騎士です」


 ウテルは少し涙目になりながらも、妖精の姿になりカイツの懐へと潜った。

 フッと息を吐き、カイツはゴブリンに向けて走り出した。


     ***


「なんだよ、あの化け物」


 ゴブリンの頭を何度狙っても、当たり前のようにかわす。

 一発でも当たればと思ったが、まさか全てかわすとは思ってもみなかった。


「フゴッ、そんなもんいくらでも軽く避けてやるわ」

「どうしたらいいんだ……」


 俺が悩んでいると、ゴブリンの後ろからカイツの怒号が聞こえてきた。


「ウォオ‼ この化け物がぁ‼」

「新手か‼」


 カイツがゴブリンに切りかかると、ゴブリンも自らの剣で受け止めた。

 今なら頭が無防備だ。


「きたっ‼」


 間髪入れずに頭へ向けて矢を放つ。


 当たった‼


「クソッ……」


 悔しがるゴブリンの頭にはしっかりと矢が刺さっている

 しかし、ゴブリンは動きを鈍らせただけでまだ倒れる気配は無い。


 ゴブリンとの鍔迫り合いから離れたカイツが詰め寄ってきた。


「援護感謝する。いったん手足を狙ってやつの気を俺の剣からそらしてくれ」


 カイツはそう言うと、元の間合いに戻っていった。


 動く手足を狙うという無理難題を言い残していったカイツの気を疑う。


「無茶言わないでくれよ……」


 仕方がないのでカイツの指示に従い、頭ではなく手足を狙う。

 狙うとは言ったが、当たる保証はない。


「気をそらすなら付け根部分を狙いなさい。そこの方が避けにくい」


 リオがポケットからひょこっと顔を出しながらそう言った。


 見ないと思ったら、お前はそんなところにいたのか。


「ありがとう、リオ」


 リオの助言に従い、手足の付け根部分に向けて矢を放ってみる。


 おぉ、ゴブリンがイライラしている。

 面白半分で数発放っていると、ゴブリンが猛り狂った。


「やり合ってんのに、いちいちイラつくんだよ‼」


 そして、ゴブリンは俺の方に突進してきた。


 近づかれたら、まずい。


 近づく同時にゴブリンは剣を投げてきた。

 目で追うのがやっとのスピードで飛んでくるそれは、俺の脇腹をかすめる。


 一気に脇腹が熱くなる。

 このままだと、やばい……。


 その時、ゴブリンの後ろから、カイツの叫び声が聞こえた。


「これでどうだぁぁ‼」


 後ろで大きく跳躍したカイツがゴブリンへ向け、剣を振り下ろす。

 カイツの剣がゴブリンの肩から入り、反対側の脇腹へと抜け、ゴブリンは真っ二つになった。


「あがががぁぁぁぁぁぁ……」


 ゴブリンの叫び声がやむと、ゴブリンは金貨と化していた。


「おわった……」


 呟きながら俺は地面に寝転がった。

 実際、もう立っているのでさえ厳しい。

 詠唱するための声も出ない。


 こ、これはやばいかも……。


 そう思った時、カイツが近づいてきた。


「大丈夫か?」

「うぅ……」

「動くな。ウィンド・ヒール」


 カイツの詠唱と共に傷が塞がっていく。

 た、助かった……。


 治癒してくれているカイツの目を見ると、軽蔑の念は無くなっているようだった。


 少しは見直してくれたのだろうか?


 治癒を終えると、カイツは口を開いた。


「ハル、今までの無礼を許してくれ」


 横たわる自分にカイツが頭を下げてきた。

 とりあえず身体を起こして、頭を上げさせる。


 どうもカイツは自分を認めてくれたようだ。


 それにしても、カイツにハルと呼ばれると気持ちが悪い。

 少し嫌味を言ってやるか。


「いえいえ、まだ子供ですから」

「いや、それでもハルは俺よりも強い心を持っている。その時点で私はお前を見下すべきではなかったんだ」


 まさか、真面目に返されるとは思ってなかった。


「やっと気づきましたか……」


 ウテルがカイツの鎧の中からひょこっと顔を出した。

 ウテルも妖精の姿になれるんだな。


「カイツ、貴方は人を外見で判断しすぎだということが身に沁みたでしょう」


 これで身に沁みなければ、こいつは人間ではないと思う。


「はい、以後気をつけます」

「それでいいのです。貴方も街のみんなのために戦う、優しい人なのですから」


 日が沈み、夕日がこちらを望む。

 ウテルとカイツは二人で夕日を眺めている。


 もしかして、この二人ってそういう関係なのか?

 いや、まさかな。


「私達は宿に戻るわね。金貨の半分はここに置いとくから」

「分かりました」


 金貨を拾って、街の方へと歩く。

 今日も大変な一日だったな……。

 新しい服、もう破けちゃったよ。


     ***


 宿に戻ると、ミラさんがすごい勢いで駆けつけてきた。


「あんた達‼ 大丈夫だったの⁉」

「えぇ、何とか」


 その言葉を聞いて安堵したのか、ミラさんは感嘆の声を上げた。


「カイツ様以外に本当に魔物と戦える人がいるんだね……」

「えへへ……」


 まぁ、リオがいなければ俺も戦えないままだったんだが。

 それはカイツも同じか……。


「んじゃ、今日は飛び切りのごちそうにしてあげるから、待ってな」

「はい‼ おねが……楽しみに待ってる‼」


 あぶないあぶない、ミラさんは敬語がダメだったのを忘れていた。


「本当に……。すごいよ、あんた」


 そう言って、ミラさんは店の奥へと入っていった。


 そんなにすごいのか?


 部屋に戻ってベッドに倒れこんだ。

 俺はそのまま寝てしまった。


 少しした後、ミラさんに大声で起こされ夕食に向かう。


 その日の夜は店主のミラさん、ウテル、カイツ、リオ、自分の五人で盛大なパーティーをした。


 久しぶりにお腹いっぱいになるまで食べた。


 そして、夕食の間でわかったことだが、どうもカイツ達とミラは元から相当仲が良いようだ。

 親しげに話していて驚いた。


     ***


 翌朝、眩しい朝日で目を覚ました。


「う、うーん」


 やはり、リオは先に目を覚ましていた。


「あら、今日は早いわね」

「いつ起きたっていいだろ」


 なぜ早く起きたのに、小言を言われなければいけないのか。


「まぁ、そうだけどさ。そういえば、ウテルがあんたが起きたら来てって言ってたから行くわよ」


 まだ起きたばっかりなんですが……。

 リオに逆らうと面倒臭くさそうなので、素直に従う。


「あぁ、うん」


 朝の街は閑散とし、鳥のさえずりが聞こえ、とても気持ちが良い。

 呼び出しに応じ、ウテルのもとに向かった。


「きたわよ、ウテル」

「おはようございます、リオお姉様」

「それで、話って何?」

「いえ、もう一度リオお姉様の顔を見たかっただけです。だめですか?」


 なら俺、必要なかったような……。

 もう少し寝させて欲しかったと思うが、それはそれでリオが怒りそうだ。


「まったく、変わらないわね……」

「それじゃ、私達はメルのもとに行くわ」

「ウテルさん、ありがとうございました」


 様付けでウテルを呼ばなかったことに、後ろにいるカイツの眉がピクッと動いた。


「またいつか、どこかで会おう」

「お気をつけて……」


 そう言って二人は自分たちを送り出してくれた。


 俺達はその後、道具屋や武器屋、防具屋などで準備を整え、リオの妹である女神メルのいる街、スカシブに向けて出発した。

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