第二節 魔法
草原の真ん中で身体が力尽き、倒れた。
「も、もう歩けない……」
「分かったわ。今日はここまでにするわよ」
村を出た後、空を登っていた太陽はいつしか沈みかけていた。
倒れていても仕方がないので、起き上がって口に水を流し込む。
「どれだけ歩けばつくんだよ……」
「まだかなりあるわよ」
「あとどれくらいかかる?」
「このペースなら、あと五日くらいかしら」
これだけ歩いたというのに、あと五日もかかるなんて信じられない。
「五日か……」
「ま、それまでは今日みたいな生活が続くわね」
「分かったよ……」
再び野原に寝転ぶと、そのまま寝てしまいそうになる。
いっそのこと、このまま寝てしまおうか……。
「ちょっと、たき火も起こさないで寝るつもり?」
――たき火?
「なんでそんなもん起こさなきゃならないんだよ」
「なんでって、あんた不用心すぎるわよ。私みたいな神界の者ならともかく、あんたは人間でしょ? 夜に襲われたらひとたまりもないじゃない」
リオに呆れた顔で言われた。
そういえば、夜の野原には危険な動物が出没するというのを、狩人さんが言ってたな。
完全に忘れていた。
「それもそうだな……。でもどうやって火を起こすんだ? そんな道具持ってないぞ?」
村に着くまでは弓矢しか持っていなかった。
今でさえ、火をつける道具なんて持っていない。
「なに? あんた、魔法も知らない訳? 信じらんない‼」
まほう?
道具を使う以外に火をつける方法があるのだろうか?
「そんなもの知らない。まほうなんて聞いたことないし、そもそも火は道具がないとつけられないだろ」
「……そういえば、あんたは何にも知らないんだったわね」
リオは少し呆れた顔をして、たき火の準備を始めた。
「何やってるんだ? 火を起こす道具は無いんだぞ?」
リオは当然といわんばかりの顔をしている。
「火を起こすのよ」
「いやいやいや、火を起こす道具がないんだって」
「魔法を使えばいいじゃない」
「魔法なんて使ったことないぞ」
「だから、魔法を教えてあげるわよ」
「お、おう」
そこから少女姿に戻ったリオの魔法講座が始まった。
魔法には基本的に五つの属性があり、地・水・炎・雷・風の五つに分けられる。
それらには、それぞれ強弱関係がある。
地属性は炎・風属性に弱く、水・雷属性に強い。
水属性は地・雷属性に弱く、炎・風属性に強い。
炎属性は水・風属性に弱く、地・雷属性に強い。
雷属性は地・炎属性に弱く、水・風属性に強い。
風属性は水・雷属性に弱く、地・炎属性に強い。
また、同じ属性はお互いに打ち消し合う。
ここまでの話を大人しく聞いていて、分かったことは一つだった。
「難しすぎるだろ……」
「そう言うと思ったわよ。んじゃ、右手をこの薪に向けて『フレイム』と言ってみなさい」
鞄から数本の薪を取り出して目の前に広げる。
とりあえず、リオに言われた通りに言ってみる。
「……フレイム‼」
そう言った瞬間、薪がほのかに赤くなったかと思うと、火が付いた。
す、すごい……。
「ちゃんと火がついたでしょ?」
すごすぎる……。
楽しすぎる……。
「すげえ‼ フレイム‼ フレイム‼」
たき火の炎は詠唱する毎に、強さを増していく。
「ちょっと‼ それ以上やったら大変なことになるわよ‼」
リオに声をかけられたが、既に周りを灼熱の炎が取り囲んでいた。
「た、助けてくれ……」
このままだと、死ぬ……。
「炎に手を向けて『ウォータ』と唱えなさい‼」
「ウォータ‼」
唱えると手の平から水が噴き出し、炎は消えた。
――た、助かった。
「あんた‼ 馬鹿じゃないの?」
怒られてしまった。
「ごめん……」
――つい出来心で。
心が申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「あとちょっとでごめんで済まなくなってたのよ?」
こういう時に、自分がバカなのを痛感するんだよな……。
リオはこちらの様子を見て、落ちつきを取り戻したようだ。
「これからは先のこと考えてから、行動しなさいよね」
「分かった」
これから心がけるようにしよう。
――いや、本当に。
自分がおとなしくなってしまったのを見て、リオは魔法の解説を続けた。
魔法は詠唱者の素質によって使える限度が違う。
魔法には詠唱段階というものがある。
詠唱時の単語の数で段階は決まる。
例えば、『フレイム』なら第一段階、『ウォータ・フォール』なら第二段階である。
一般的な人間は、第一段階まで使用可能。
また、詠唱者の素質と意志の力によって、魔法の限界は引き伸ばされることがある。
「さて、分かったかしら?」
なんとなく分かったような気がする。
「とりあえず分かったけど……。何のために段階があるんだ? 別に一言だけでいいじゃん」
「段階を増やすことによって、細かく指示できるのよ」
「どういうことだ?」
「さっきだったら、『フレイム』を詠唱したでしょ?」
「あぁ、うん」
あの炎のかっこいいやつか。
「『フレイム』はどういう形の炎なのかってところからイメージしないとダメなの。その分、例えば『フレイム・ボール』って詠唱すれば球状の炎が簡単にできるのよ」
不便そうに言っているが、今まで道具を使っていた自分には便利すぎるくらいだ。
「別にそれで充分じゃないのか?」
「うーん、それもそうね。必要になったらまた言うわ」
ここで、リオの魔法講座はひとまず終了した。
火は一回消してしまったので、再びたき火を起こした。
暖かい……。
「なぁ」
「何よ」
「結局、セイリルに行ったらどうするの?」
「そうね、村でもあんたの情報は得られなかったわけだし、セイリルに行くしかないと思うわよ。セイリルなら私の妹もいるし、何か情報が得られるかもね」
ん?
妹?
「妹なんているのか?」
「九人姉妹よ、私は上から三番目。セイリルにいるのは四女のウテルよ」
神様なのに兄弟なんているのか。
しかも九人って多すぎだろ。
「ふーん。よくわかんないけど、妹がいるのはわかった」
「本当にどこまで話を聞いてるのやら」
温かい炎にあたりながら難しい話を聞かされて疲れたせいか、眠くなってきた。
地面に寝転ぶと、そのまま眠り込んでしまった。
***
翌朝、目を覚ますとリオが先に起きていた。
リオはこちらが起きたことに気づいていないようだ。
「こういうのは、人間界のいいところなのよね」
風に吹かれながら、リオは空を見上げていた。
「本当に、なんでこんなやつが突然現れたんだろ。突然現れたあたり考えると神界の者が関係してそうだけど……。とりあえずウテルに話を聞いてみるか……」
リオが独り言を話しだしたので、二度寝することにした。
「もう‼ いつまで寝てんのよ‼ 早く起きなさい‼」
リオの大声に、仕方なく起きる。
太陽は天高く上りつつあった。
「なんだよ、朝からうるさいな」
「うるさいな、じゃないわよ‼ 起きるの遅すぎ‼ 少しは時間考えなさいよね‼」
眠い……。
「はいはい、起きますよ……ぐぅ」
「だから、寝るなぁ‼」
リオが身体をポカポカと叩いてくる。
まだ眠いが起きるしかないか……。
「わかった。起きる、起きるって」
体を起こし、大きく伸びをする。
身体がギチギチで痛い。
「はぁ、また歩くのか」
「仕方ないでしょ? 歩くしか方法がないんだから」
「まぁ、そうだけどさ」
そして長い一日がまた始まった。
川で水を汲み、出会った動物を狩って食料とし、そして歩いた。
そんな生活が四日目となった頃、状況が一変した。
その日は相変らず、野原を歩いていた。
しかし、その日の野原には変なものがいた。
青くてプヨプヨしている。
「なんだあれ」
「あれはスライムっていう魔物よ。魔物の中でも最下級に属してるものだけれど……」
「けれど?」
リオは苦虫を噛み潰したような顔をした。
これは少し笑える。
「まずいわね。あんた、このままだとやられるわよ」
やられる?
あのスライムに?
「これまでと同じように戦えばいいんじゃないのか?」
「あいつには弓矢や剣は効かないのよ」
弓矢や剣は効かない?
落ち着いて自分の持っている武器を確認する。
弓とナイフ、それに食料が少々。
つまり、何も手を打てないってことか。
「マジか……」
「仕方ないわ、あんた、今度はちゃんと魔法を使える?」
リオは心配そうな顔でこちらを見る。
いや、本当にあの時は申し訳なかったです。
「魔法って魔物にも効くのか?」
「属性の法則をきちんと守れば、ね」
「分かった‼ よぉし、フレイム‼」
スライムの身体は炎に包まれる。
しかし、炎はスライムの身体に触れると消えてしまった。
魔法なら効くんじゃないのか?
「あれ?」
「あぁ、もう‼ だから言ったじゃない‼ スライムは水属性の魔物なの。だから炎属性のフレイムは効かないわよ」
つまり、効かなかったってことか……。
「んじゃどうすんだよ」
「とりあえず、雷属性なら効くから『サンダー』と唱えなさい」
――そういうのは最初から言ってほしい。
「よし、サンダー‼」
スライムに手の平を向けて唱えると、電撃が飛び出しスライムに当たった。
しかし、スライムはびくともしていない。
――ん?
「き、効かないじゃん‼」
「あ、力貸すの忘れてた」
「早くしろよ‼」
こちらが話している間にスライムはじりじりと詰め寄り、のしかかってきた。
ずしりという音と共に、見た目から予想できない重圧が身体にめり込む。
――重い‼
「うあああぁぁあぁぁあ‼」
このままだと死んでしまう。
視界の端からちかちかと光の球が踊りだした。
やばい、やばいぞ……。
スライムは少しすると、満足したかのように身体の上から跳び退いた。
助かった……。
「くっそ……」
何とか痛む身体を起き上がらせる。
「んじゃ、いくわよ‼」
身体が光に包まれる。
そして目を開けると、まだ光の中だった。
「あ、あれ? 終わってなかった?」
目を開けるの早かったか?
そう思っていると、光のどこからかリオの声が聞こえた。
「いいのよ、そのまま話を聞いて。この光の中なら安全だから」
「お、おう」
少し状況が呑み込めないが、リオの指示に従う。
「今までみたいにあんたに力を貸してたんじゃ、さっきよりももっとひどいことが起きるかもしれない。だから、ずっと私の力を使えるようにしてあげる。後で返してもらうけど」
つまり、いちいちこの眩しいのを見なくてよくなるということか。
それならありがたい。
「これで大丈夫よ」
リオが言い終わると、身体から光が消えた。
よし、これでいけるよな。
「よし、サンダー‼」
唱えると、手のひらからスライムへ向け電撃がほとばしる。
スライムの身体に電撃が当たると、今度はスライムの身体に風穴があいた。
これはこれでかっこいいな……。
スライムの身体に開いた穴はどんどん広がり、スライムの身体は金貨と化した。
「身体、ガタガタだよ……」
思いっきり潰されたからな……。
「大丈夫?」
「大丈夫なわけないだろ。全身が痛いよ」
リオは申し訳なさそうな表情を浮かべている。
いや、そんなに簡単に許す気はない。
「私が悪かったわよ。動かないで、あんたの傷が治せるか診るから」
診たらわかるのか。
リオは身体を一通り診ると、安どの表情を浮かべた。
「あんた、本当に何者よ……。体の丈夫さといい、魔法適性といい、普通じゃないわよ」
「どういうことだ」
「また後で教えるわよ。まず、胸に手を当てて『ウィンド・ヒール』って唱えなさい」
――また魔法か。
「ウィンド・ヒール」
唱えると、身体の周りに緑色の霧が現れた。
若干気持ち悪いが、痛みがなくなっていくのがわかる。
少しすると、体はほとんど痛まなくなっていた。
「おぉ、全然痛くなくなった」
「風属性の魔法の中には、治癒魔法が含まれるのを覚えておいて」
回復は『ウィンド・ヒール』だな。
「分かった」
「んじゃ、行くわよ」
「おう」
そして、再びセイリルに向けて歩き出した。