第五節 勝負師登場
「すげぇ!! これで二十連勝だぜ!!」
バカみたいな大声の声援が聞こえる。
ここは港町ネイデルの西端にあるカジノ。
その中央にあるカウンターで、俺は二十回目のポーカー勝負に勝った。
「くっそ、なんでだ」
相手をしたディーラーは悔しそうに唇を噛んでいる。
――そりゃ、これだけ勝たれたらそうなるよな。
目の前に差し出された賞金を麻袋へと滑らせる。
まぁ、種も仕掛けもあるにはあるんだけどな……。
まるで祭のように大騒ぎする観衆達に背を向けて、俺はカジノを後にした。
「ふぅ、これで当面の生活には困りそうにないな」
右手に持っている麻袋には、ざっと金貨百枚ほどが入っている。
元金は銅貨たった一枚。
少しやりすぎたかな……。
心の片隅でそんなことを思いつつ、中心街へと足を運んだ。
*****
街中をとぼとぼと歩くと見えてくる、一際大きな建物。
この街を守る女神、エラを祀っている神殿だ。
俺は今、あそこに住まわせてもらっている。
というのも、俺は監視しなければいけない者だからだそうだ。
詳しい理由はよく分からないが、何不自由ない暮らしを与えてもらっている以上、わざわざこの街から出ていくこともないだろう。
その暮らしにいきついてから、早くも二週間近くになる。
エラとは少しは仲も良くなり、最近では魔物討伐の手伝いができるようになった。
少しずつだが、毎日の宿と食事の借りを返す努力ができるようにはなってきた。
気づけば、神殿までもうすぐそこになっていた。
神殿の入り口で、小さな少女がこちらに向けて手を振っている。
あの可愛らしい少女に借りを返しきるまでは、俺はこの街に居座ることに決めている。
「ダイ~!!」
少女がこちらへ向かって駆けて…こけた。
手を振りながらこけたせいで、顔から思い切りダイブしている。
しばらく倒れたままだったかと思うと、むくっと起き上がり再びこっちに駆けてきた。
目の前に立つ少女。
眼には涙が溢れんばかりに溜まり、頬には軽い擦り傷が出来上がっている。
「お、おかえり、ダイ……」
「ただいま、エラ」
服の袖で涙をぬぐうエラを、軽く撫でてやる。
黒色のつややかな髪の感触が手に伝わる。
こんなのが本当に女神なのか……。
少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる女神の頭をポンポンと叩き、神殿へと向かう。
「ちょっと持ってください!!」
エラが後ろをちょこちょこと走って追いかけてくる。
仕方がないので、少し遅めに歩いてやる。
横に追いつくと、エラは再び笑みを浮かべた。
*****
神殿の中へと入り、俺のために用意された部屋へと戻る。
部屋の中には簡素なベッドと箪笥や机などが配置され、まるで宿屋の一室のようになっている。
鏡まで用意されていているおかげで、毎日この赤髪つり目の顔を見なければいけない。
最初は違和感しかなかったが、完全に慣れてしまったな……。
金貨の入った麻袋を机の上に置き、身体をベッドへと投げ出す。
まだまだ昼間だが、こうやって寝転んでいると眠ってしまいそうだ。
「ちょっと、ダイ!! これどこから持ってきたんですか!!」
声のする方を向くと、金貨の入った麻袋をエラが開けてしまっていた。
しまった、説明するのが面倒臭そうだ。
「カジノで稼いできたんだよ」
「嘘です!! 絶対悪いことしてきたんです!! 怪しいです!!」
エラが麻袋を握りしめながらプンスカ怒っている。
どういえばエラに伝わるのだろうか……。
「はぁ…えっとな、あのカジノにポーカーテーブルがあるのを知ってるか?」
「うん」
「それで稼いだ」
「……やっぱり嘘です!!」
本当のことを言ったにも関わらず、エラは変わらず頬を膨らませている。
仕方がない。
エラに分かりやすく説明してやるか……。
*
簡単に説明すると、こうだ。
毎朝カジノに通っているうちに、俺はあるディーラーに目をつけた。
そいつは几帳面にも、トランプをきちんと元の順番通りに並べなおして箱にしまっていたんだ。
無論、勝負前にはきちんとシャッフルしていた。
しかし、中身の分かるトランプを目の前でシャッフルされても、狙撃手の中でも特に目が良かった俺には意味を成さない。
そう、俺には相手の手札と次に来るカードがすべて見えていた訳だ。
*
「毎朝毎朝カジノに行くと思ったら、これのためだったんですね!!」
エラがこちらを見ながら、まるで長年の悩みだった何かが解消されたかのような笑みを浮かべた。
この笑顔を見ていると、故郷にはもう二度と帰られないのかもしれないという恐怖も薄らいでいく。
故郷か……。
俺はある港町に生まれた。
ただの平民に生まれた俺は平凡な一生を過ごすものだと思っていた。
そんな俺に生きる気力を与えてくれたのは、その町一番の富豪と呼ばれた男の息子だった。
俺にとってはたった一人の友人だった。
あいつは俺を山や森、海へと様々なところへ連れまわした。
そういうあいつの後ろ姿に俺は救われていた。
そんなある日、あいつら一家は突然姿を消した。
町中が騒然とし、総出で捜索したものの見つかることは無かった。
しかし、俺は諦めることが出来なかった。
あいつが俺に何も言わずに、どこかへ行くとは思えなかった。
まだ幼かった俺は町で懸命に技術を磨き、狙撃手としての力を身につけた。
そして齢が十八になった日に、俺はあいつを探すために街を出た。
しかし、そんなに簡単に見つかるはずもなく、多くの村や町を転々とした。
そしてネイデルに来る前日、俺は故郷から遠く離れた村に滞在していた。
当時、旅をしていた俺にとってその村は久しぶりの安息の場所となった。
そして、次の街へと移動するための費用を集めるべく、街の外で狩りをしていた。
すると突然、目前の虚空から巨大な角を携えた白馬が出現した。
あまりにも突然すぎて、身動きすら取れなかった。
白馬は少しの間こちらを睨むと、また虚空へ消えてしまった。
あまりの出来事に目を擦った俺は、さらに不可思議な出来事に襲われた。
目の前の景色が変わったのだ。
野原で狩りをしていたはずが、立っているのは見知らぬ街の中。
不可思議なことが連続で起き、混乱する俺を一人の少女が助けてくれた。
それがエラだ。
「ボーっとして大丈夫ですか?」
エラが俺の目の前で手を振ってくる。
思想にふける頭を揺り起こす。
「大丈夫だ」
最後に一つだけ思うのは、もしかしたらあいつもこちら側に来ているのかもしれないということだ。
行方不明の親友。
ジーク=レブル。




