第四節 船上のディナー
一通り準備を終えて、椅子に座る。
ガイスも調理を終えたようで、机の上に料理が並んだ。
まるで海の底にいるような満天の星空。
海をかき分けて船が前へ前へと進む音。
波に乗ってやってくる潮の香り。
目の前にドンと置かれた海鮮丼。
感じる全てが既に美味しい。
溢れそうになる涎を押さえつつ、食べるためにスプーンを探す。
――しまった、スプーンを用意してなかった。
「はい、スプーン。無かったから取ってきておいたよ」
セリカがこちらにスプーンを差し出してきた。
さすが用意周到というか、なんというか……。
セリカからスプーンを受け取り、海鮮丼へと潜らせる。
海鮮丼には以前に食べた時と同様に、魚の切り身や卵などが白飯の上に乗っている。
今回はゆっくり味わって食べてみよう。
スプーンに白飯と切り身を乗せて、まず一口。
魚の脂が舌を包むと同時に、切り身にかかったタレの香りが口の中に広がった。
以前食べた時はあまり味わっていなかったせいか、タレの存在に気が付かなかった。
――なんてもったいない事をしていたんだろう。
次は卵だけを乗せて一口。
卵はぷにぷにと柔らかく、舌の上でころころと転がすと少し気持ちがいい。
転がし飽きてきたので、軽く噛んでみる。
ある程度力を込めたところでぷちっと卵が破裂し、中から甘旨い汁が溢れ出した。
さらにタレと混ざり合って、これまた美味しい。
あまりの海鮮丼の美味しさに、もはや悩みなどどこかに吹き飛んでいた。
海鮮丼の美味しさに魅せられつつ、ふと横を見るとセリカが幸せそうに海鮮丼を食べていた。
真剣な顔になったかと思うと、スプーンいっぱいに海鮮丼をすくい上げた。
それを口に入れて、また幸せそうな顔を浮かべた。
みるみるうちにセリカの海鮮丼は減っていき、あっという間に完食してしまった。
「おかわり!!」
「あいよ!!」
――どれだけ食べるんだ。
再びガイスから山盛りの海鮮丼を受け取ったセリカは、これまた幸せそうな顔で頬張り出した。
一体、あの華奢な身体のどこにあれだけの量が入るのだろうか……。
不思議だ。
「……そういえば、嬢ちゃん達の名前をちゃんと聞いてなかったな。たしか、ハルとセリカちゃんだったか?」
すっかり忘れていた。
確かに店に行った時もこちらからは名乗っていなかった。
「ほうふぇふ」
「セリカ、一旦飲み込んでから喋ろうね……」
水の入ったコップを差し出すと、セリカは口の中に入っている海鮮丼を水でゴクゴクと流し込みもう一度口を開いた。
「ふぅ……。さっきガイスさんが呼んだ通り、私がセリカでこっちがハルです」
「おう、分かった。あとな、ガイスさんじゃなくてガイスで十分だ。これからしばらく一緒にいる訳だし、そういうのは無しにしようや」
そう言って、ガイスは自分の海鮮丼を頬張りだした。
ん? これからしばらく?
「ガイスさ…ガイス。これからしばらく一緒にいるって言ったけど、ネイデルまで送ってくれるだけじゃないのか?」
――まぁ、それだけのためだけなら店を畳んだりしないよな。
ガイスは頭に疑問符を浮かべる自分達にスプーンを向けて、一言。
「これから一緒に旅をさせてもらうぜ」
そう言って、ガイスは再び海鮮丼を頬張りだした。
確かにクラーケンのもとに送り届ける程度なら、店をたたむ必要はない。
ということは、ガイスは最初からそのつもりだったのか……。
正直、ガイスのあまりの決断の速さに驚きを隠せない。
そんなにすぐに店をたためるものなのか。
少し考えてみるものの答えが出るはずもなく、諦めて自分も海鮮丼を頬張ることにした。
――やっぱり美味しい。
ガイスがいれば今迄みたいな味気ない食事をとらなくてもいいかと思うと、考えていたことはどうでもよくなってしまった。
「よろしくね、ガイス」
そう言いながら、セリカは二杯目の海鮮丼を完食し満足そうな顔を浮かべた。
セリカもこれからの旅の食事が色づくことに気づいたのだろう。
本当に満足そうだ。
「ガイスが一緒なら、これからの旅が楽になるね」
――主に食事面で。
もちろん、戦える人数が増えるという意味でもうれしい。
「おう、それならよかった。俺としてもあの町で退屈してるより、こうやって旅に出たいとは思ってたんだ。まぁ、まさか嬢ちゃんがこんなに大食らいだとは思ってなかったけどな」
ガイスは少し苦笑いを浮かべながらも、どこか満足そうに次の海鮮丼をセリカへと渡す。
気づくと自分のどんぶりも空になっていた。
それに気づいたのか、ガイスが頭を掻きながら口を開いた。
「今、セリカちゃんに渡したのが最後なんだ。すまねぇな」
セリカにはもう少し少食になってもらわないとな……。




