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前略 異世界より  作者: 柊 葵
第三章 すれ違う狙撃手
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第三節 はじめての船旅

 穏やかな海と、白い雲が泳ぐ空。

 彼方で空と海が一つになっている。

 今までに見たことの無い景色に、思わず見とれてしまう。


 クラーケンと戦っている時には見る余裕がなかったが、こうして見ると綺麗という言葉では表現しきれない程だ。


「本当に綺麗だよね……」


 隣で佇むセリカも同じように海の向こうを眺めている。

 ガイスはというと、船の舵を握っているため傍にはいない。


「ねぇ、ハル」

「何?」


 セリカの突然の問いかけに少し戸惑う。

 そんな自分を、セリカはくすっと笑った。


「私達、ちゃんと元の世界に帰れるのかな……」


 海の彼方を見つめるセリカの顔は憂鬱そうだった。


 確かにこの旅が終わったからといって、元の世界に帰れるという保証はない。

 帰れるかどうかを確認するために、こうやって旅をしているのだから。


 そんなことをはっきりと言えるはずもなく、少し言葉を濁らせる。


「……先に進んでみれば分かるよ」

「そうだね……」


 セリカの顔に張り付いた陰りは、取れそうにもなかった。

 今の自分達にはそうする事しかできない。

 かといって、確かにこのまま先に進んで意味が無かった時の事を考えると憂鬱になる。

 自分もセリカも黙り込んでしまい、気まずい雰囲気に包まれる。


 そんな雰囲気を壊してくれたのは、船の近くへとやってきた数匹のイルカだった。


「キューキュー」


 船のすぐ横を泳ぐ彼らはとても愛らしく、憂鬱だった気持ちを溶かしてくれた。


 イルカ達は慣れているかのように、船と一定の距離を保っている。


「そいつらは俺が漁に出るたびについてくんだよ。俺は進路が安定するまでここにいるから、相手してやってくれ」


 ガイスはそう言って、いまだに操舵輪を握っている。

 イルカの相手をするにも、どうやってすればいいのやら……。

 悩んでいると、セリカがおもむろに詠唱を始めた。


「ウォータ」


 上機嫌な声で唱えた魔法は海水を宙に浮かび上がらせ、三つほどの輪を作り上げた。

 それを見たイルカ達は海面から思い切り飛び上がり、楽しそうに輪をくぐりだした。

 そんなイルカ達の様子に、セリカは笑みを浮かべている。

 セリカも少しは上機嫌になってくれたようだ。


「キューキュー」


 イルカ達は船に向けて鳴くと、海へと潜っていった。

 帰っていったのかと思ったが、少ししてからまた海面に姿を現した。

 浮上してきたイルカ達は、何故か船に向けて水しぶきを起こしてきた。


「うぇっぷ……」


 顔面から海水をかぶってしまったせいで、全身がびしょ濡れになってしまった。

 横にいたセリカは…魔法でガードしていた。

 そりゃそうだよね……。


「見て!! ハル!!」


 そんなセリカが声をかけてきた。

 ――どうせ俺はびしょ濡れですよ。

 セリカの方を見ると、甲板の方を指さしている。

 そのまま指さす先に目を向けると、自分が濡れていることなどどうでもよくなった。


 そこにはクラーケンを倒した時に出たと思われる金貨、ざっと三百枚近くが散らばっていた。


「キュキュー」


 別れの挨拶なだったのか、イルカはひと鳴きすると行ってしまった。


 どうも進路が安定したようで、ガイスがこちらへと移動してきていた。

 そして、自分達と同様に身体が石のように固まった。


 なにせ、三百枚もの金貨。

 どう扱えばいいのか分かったものではない。


「と、とりあえず集めるか」


 そう言って、ガイスは散らばった金貨を集め始めた。

 ガイスだけに任せる訳にいかず、自分達も金貨を集める。

 泥棒をしているかのような異様な感覚が身体を襲ってきた。


 金貨を一か所に集めたはいいが、改めてその量に圧倒される。

 腰につけた袋になんかとても入りそうにない。


「とりあえず船の倉庫にしまっておきましょう」


 セリカの提案で意見が一致し、船の倉庫にしまうことになった。


 操縦場所の下にある扉をくぐり、階段を降りる。

 階段を降りた先には軽く睡眠のとれる簡易寝室があり、その奥に倉庫がある。

 倉庫は思ったより広く、食事の時に使う折り畳み式の机や椅子、調理用具や掃除用具などが置いてあった。

 その道具だけでも半分の場所ほどしか占有していなかった。


 道具を軽く左側へと寄せて、金貨をしまうようにスペースを空ける。

 全員、二往復してやっと金貨全てを運び終えた。


 甲板に戻ると、既に日は沈んで辺りは薄暗くなっていた。


「ふぅ、晩飯がてら一息つくか!!」

「あ、私、お店で食べた海鮮丼をもう一度食べたいです!!」


 ガイスが引く程の勢いでセリカががっついた。

 セリカの目はまるで新しい遊び道具をもらった子供のように輝かせている。

 ――食い意地張りすぎだろ。


「それじゃ、用意するからお前らは食う準備をして待ってろ」


 そう言って、金貨を運ぶ時についでに運んできた調理道具を広げた。

 無論、そこに食材は無い。

 食材は倉庫とは別に、船尾に専用の貯蔵庫が存在する。

 貯蔵庫から夕食に食べるために魚を持ってきた。


「ほら、ぼさっとしてないで準備しろよ」


 ガイスに叱られ、自分達も夕食の準備に取り掛かった。


「ふぅ……」


 倉庫から食事用の机と椅子を運びだし、口から疲労の片鱗を吐き出す。

 魔法で身体を治してもらってはいるものの、やはり戦闘の後は疲れる。

 とりあえず机と椅子を組み立て、椅子に座って休憩を取る。

 一通り作業も終わったので、明かり代わりに宙を漂わせていた火球を消した。


 ――綺麗だな。

 夜の海には星々が泳ぐ空が写り込み、まるで海の中へと引き込まれたかのように感じる。


「ちょっと、ハル!! 少しは手伝ってよ」


 呆けていたら、セリカに怒られてしまった。

 セリカはガイスがさばき終わった魚を、せっせと机へと運んでいる。

 机の上には盛りだくさんの魚料理が広がっていた。


「お、おう!!」


 とりあえず人数分のナイフとフォークを用意した。

 あとはコップと飲み物が入った大ビンを用意して……。


「ハル?」

「ん?」

「なんで四人分用意してるの?」


 気づくとナイフとフォークを四人分置いていた。

 無意識のうちにリオの分を用意してしまっていた。

 もう用意する必要ないんだもんな……。


「ごめんごめん」


 急いでナイフとフォークを一対だけ取り除く。

 セリカが少し心配そうな顔でこちらを見つめてくる。

 そんな顔されると、余計に気分が沈んでしまうよ……。

 気分を落ち着かせるためにも、一旦必要なかった食器類を倉庫に戻しに向かう。

 倉庫の中は少しひんやりとして落ち着く。


 リオがいなくなって、これからは全て自分が考えて行動しなければならない。

 少し気分が落ち込む。

 今の自分に何ができるのか分からなくなる。

 今の自分がやるべきこと……。

 それは先へ進んで自分の身に何が起こったのか、本当のことを知ること。


 小さく覚悟を決めて、もう一度甲板へと向かった。

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