第一節 不穏な海
こちらが体制を整える前に、半魚人は一瞬で槍を突き出してきた。
その一瞬の間にも、わずかに身体を横にずらすことが出来た。
そのおかげで、槍先が鎧を軽く削る程度で済んだ。
鎧が無ければ今頃どうなっていたか……。
そんなことを考える前に後ろへと跳ぶ。
二撃、三撃と今までいた場所に放たれる。
「サンダー!!」
少しだけ出来た隙を逃さず、セリカが雷を放った。
半魚人は雷に打たれ、全身が黒く焦がしながらその場に倒れた。
「ふぅ、ちょっと焦っちゃったね」
金貨を回収しながら、セリカは安堵と焦りが入り混じったような表情を浮かべている。
「嬢ちゃん達の腕は確かなようだな。少しは安心して向かうことができそうだ」
そう言ったガイスも少しは笑みを浮かべるが、目は笑っていなかった。
しばらく沈黙が辺りを包み、まるで何かを隠すように時が流れる。
――何かがおかしい。
その心の声が身体を臨戦態勢へと誘った。
セリカも同じようで、海に向かって警戒している。
「本当に何もないのか?」
以前として、辺りの海には不穏な空気が流れている。
集まっている雲の中心地まで、もうあと少し。
着くまでに何もなければいいが――。
そう思った刹那、海面からいくつもの影が飛び出してきた。
「これはまずいかもな……」
一斉に海からやってきたのは、先ほどと同じような半魚人だった。
その数は十を軽く超えている。
「仲間に良くしてくれたようだな……」
そう言いながら、一体の半魚人が槍を構える。
いつの間にか自分達を囲んだ半魚人たちが、合わせて槍を構えた。
「きちんと落とし前、つけてくれるんだよな!!」
その声をきっかけに、半魚人たちが一斉に襲い掛かってきた。
肩を目掛けて突き出される槍を、体ごと回転させる事で避け、そのまま回転切りを放つ。
倒れた半魚人の後ろから、新手が剣を携えて襲い掛かってくる。
――槍だけじゃないのかよ。
血を吸うべく襲い掛かってくる刃を剣で受け止めて弾き返す。
「サンダー!!」
剣を弾かれ体勢を崩した半魚人に横から雷が打ち据えた。
驚くことに、雷を放った主はガイスだった。
しかも、魔物をメキメキと素手で倒している。
なぜガイスが魔物と互角に渡り合えているのか不思議に感じたが、今はそれどころではない。
襲い掛かってくる半魚人達を無我夢中でねじ伏せる。
時には剣で、時には魔法で。
最初に船に乗っていた半魚人達は、もう既に倒してしまっているはずだ。
それにも関わらず、相変わらず敵の数は減っていない。
むしろ、数体増えている。
これでは埒が明かない。
半魚人と肉薄しながらも、何とか辺りを伺う。
船首の方では相変らずガイスが素手で半魚人を薙ぎ倒している。
セリカはどうも船尾の方で戦っているようだ。
しかし、それにしてはやけに静かなような気がする。
襲い掛かってくる半魚人を切り伏せ、船尾の方に目を向ける。
セリカの周りには、白く発光している球がバチバチと音を立てながら浮遊している。
セリカに半魚人が近づくと、その雷球が相手の身体を焦がしていた。
肝心のセリカはというと、何やら考え込んでいる。
そして何かを思いついたのか、両手を空へと向けた。
「サンダー!!」
たった一言の詠唱。
セリカの両手から放たれた雷は、空に浮かぶ雲の中へと吸い込まれていった。
一瞬の間の後、天の裁きとも思えるほどの轟雷が船へと降り注いだ。
「グランド・プロテクト!!」
セリカの魔法で自分やガイスの身体、船体が黄土色の光で覆われる。
そして光の加護がなかった半魚人達は次々と焦げていき、海から飛び乗ろうとする者すらも打ち抜かれていった。
セリカが両手を下ろすと、轟々と降り注いでいた雷が止んだ。
セリカは両眼を閉じ、ふぅと息を吐きだした。
「いやぁ、嬢ちゃんの雷すごかったな!!」
ガイスが肩を回しながら、こちらへと近づいてくる。
その拳には半魚人の血がべっとりと付いている。
一体、何体の半魚人を殴り倒したのだろうか。
「ガイスさんも魔物と戦えるんですね。驚きましたよ」
息を整えたセリカも自分達に近づいてきた。
確かに自分もガイスが戦っていたのには驚いた。
「あぁ、漁に出るためにヒュム様から力を授かってるんだよ。まぁ、それも最近はみんな魔法を使って漁をするようになったもんで、実際に海に出てたのは俺と嫁だけだったけどよ」
なるほど。
確かにジークは女神の力が無くても、ヴァンパイアだから戦える。
それならヒュムも誰かに力を授けていてもおかしくはない。
今頃になってそんなことに気が付いた。
「戦えるのが三人になったというならクラーケンを倒すのも簡単かもしれないですね」
そう言って、セリカは渦巻く曇天を見上げた。
雲の中では雷がほとばしり、威嚇するかのように青白く光った。
「とにかく、奴の元へ急ぐとするか」
そう言って、ガイスは舵を取った。
ある程度船を進ませると、雨が降り出し風も吹くようになってきた。
次第にその雨は滝のように降り、風は敵を排除せんとばかりに吹き荒れだした。
船はついにクラーケンの待つ曇天の中心部へと突入した。
船が中心部に差し掛かっても、何かが襲い掛かってくるような気配はない。
しかし、先ほどの半魚人のこともあり、少しも気を抜いてはいられない。
辺りを警戒していると、突如声が聞こえてきた。
「おぬしらに問う。おぬしらは何者だ」
全周囲から声がしているため、どこにいるのか全く見当がつかない。
雨の降り注ぐ音、風が空気を切る音、雷が空を駆け抜ける音。
そんな音が聞こえる中、なかなかクラーケンが姿を現そうとしない。
すると、突如また声が聞こえてきた。
「答えないというなら、おぬしらは侵入者と同然だ。葬ってくれる」
声が聞こえ終わったかと思うと、突然船を衝撃が襲った。




