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前略 異世界より  作者: 柊 葵
第二章 新しい仲間とともに
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第十五節 いざ大海原へ

 港は屋敷の裏手、街の東側に存在する。

 最近まで、港には何隻もの船が常時停泊していたそうだ。

 クラーケンが現れてからというもの、街に貿易船は来なくなり、こちらからの連絡船も出せなくなってしまったらしい。

 港に向かいながら、ヒュムが話してくれた。


「この街の活気もいつまで続くか……」

「クラーケンなんて、僕一人ではとても相手にできないからね」


 ヒュムとジークはまっすぐに海を見据えている。

 辺りは満天の青空にも関わらず、二人が見つめている先だけはまるで雲が意志を持っているかのように密集している。


「もしかしてあの曇って……」

「あそこにクラーケンがいるんだよ」


 ジークにそう答えられ、セリカは苦笑いを浮かべていた。

 確かに雲が集まってしまうほどの強さを持っていると思うと手に汗握る。

 しかし、怯えていても仕方がない。

 クラーケンを倒すことができるのは自分達だけしかいない。

 自分を奮い立たせながら、港へと向かった。



     *****



 港に泊まる一隻の船。

 その船首には一人の少女が座っている。

 少女は船を撫で、どこか寂し気な表情を浮かべている。


「リオ」


 少女はこちらを振り向くと、むすっと不機嫌そうな顔を浮かべた。

 その表情も今では見慣れたものとなってしまった。

 見慣れるほど、リオと一緒に過ごしてきたのだ。

 時間で言えば、たった二週間ほどだったかもしれない。

 それでも自分の中ではとても大切な時間だった。

 それも今日で終わりなのだと思うと、胸が辛くなる。


 最初はついてくるのも嫌だったはずなのにな……。



     *****



「遅かったじゃない」


 頬を膨らませたリオがプリプリと怒る。

 どうしてここで怒られなければいけないのか甚だ理解できないが、いつもなら胸にこみあげてくるイライラは不思議と感じなかった。

 それよりも、むしろ――。


「何笑ってるのよ」


 少し愛おしくも感じる。


「返事しなさいよ!!」

「ごめんごめん」


 リオに怒られるのも、何故だか不満じゃない。

 しかし、そんなリオともこの街で別れなければならない。

 笑顔を浮かべる自分の顔に、熱いものがこみ上げてくる。


「ちょっとあんた、なんで泣いてるのよ!! 私がいなくなるって聞いて気がおかしくなったの!!」


 ついには涙が出ていたらしい。


 リオと別れたくはない。

 しかし、元の世界に戻るためには先に進まなくてはいけない。

 心の中がまとまらなくなる。


「あぁ、もう!! 何でそんなに暗い顔をすんのよ!! あんたは先に進むしかないってことはわかってるんでしょ?」


 ――分かってる。

 それでも……。

 リオに励まされても、納得はできなかった。


「あんたのそういうところがまだまだ子供なのよ!! 私の力はちゃんと渡してあるんだから、それできっちり先に進みなさいよ」

「それならお前は俺を監視するのが役目じゃなかったのかよ!! どうしてこんなところでやめるんだよ!!」


 確かにリオは最初、自分にこう言った。

『少なくとも私にとって、あんたは監視対象なのよ』

 あの言葉は嘘だったのか。


「あんたが私たちの敵で無いことは、これだけ一緒にいればわかるわよ」

「それなら、なんで黙ってたんだよ!! これだけの間過ごしてきたのに一回もこんな話聞いてなかった!!」


 ついさっき言われるまで、何も知らなかった。

 本当に何も……。


「言おうとしたことは何回もあったわよ!! セイリルを出た時点で言おうと思ってたわよ。それなのに、スカシブではセリカと合流しちゃって、仕方がないからセラムへの道中で問題を起こさないように見張ってたのよ。その後も山頂で言おうかと思ったけど、あんたはサイクロプスにやられちゃったじゃない!! セラムに着いてからも、ヴァンパイアが襲ってきたり、あんたの姿が変わったりしてどこに言うタイミングがあるのよ!!」


 いつの間にか、怒っているリオの目から涙があふれ出していた。

 リオがいくら拭っても涙は止まらない。


「もう、なんでよ!! 昨日あんたが寝た後セリカに言った時には、こんな風にはならなかったのに……」


 今朝、セリカが突然風呂に入ってきたのはそういうことだったのか。

 あの時は怒っていたんじゃなくて、涙を隠していたのか……。


「とにかく!! あんたは先に進みなさい。せいぜい無事でいられるように祈っててあげるわよ」

「ありがとう、リオ」

「さて、そろそろお話は終わりでいいかい?」


 リオとじぶんの会話にジークが申し訳なさそうに割って入ってきた。


「これ以上出航が遅れたら、クラーケンのもとに着くころには日が暮れてしまうよ」


 ジークの忠告に、リオは急いで涙を拭いた。

 拭いた後もリオの目は赤く腫れ、今にも溢れそうになっている。


「そうね。さっさとクラーケンを倒して先に進みなさい」

「あ、待ってください、お姉様」


 そう言ってリオはすぐに船を降りていき、ヒュムもその後を追っていった。


「まったく、本当にリオは不器用なんだから……。ハル君、クラーケンとの戦いは想像以上のものになると思うけど、君達ならやってくれると信じてるよ」


 最後にジークは、牙を気にせずニッと笑った。

 そして、ジークも船を降りていった。


 三人が船を降り、出航の合図として銅鑼が鳴った。


「それじゃあ、元気でね~」


 ジークがこちらに手を振る中、その後ろでリオがヒュムに支えられている。

 そんなリオがヒュムに背中を押されたかと思うと、海を走り出した船に向かってきた。


「ハルのバカー!!」


 ――最後に言うことがそれかよ。

 でも、それがリオらしくて、少し笑うことが出来た。


「お前もなー!!」


 思いっきり手を振ってやった。

 思い残すことが無いよう、思いきり。


 そして、自分達はクラーケンの待つ荒海へと向かった。



     *****



 港を出て一時間。

 遠ざかるセラムの街をセリカと共にぼんやりと眺めている。

 既にセラムの街は随分と小さくなっていた。


「おいおい、二人共そんな調子で大丈夫なのか?」


 今、船の上で舵を取っているのは自分やセリカではない。


「いやぁ、ジークの兄貴に頼まれた時にも驚いたが、まさかクラーケンを倒すのが嬢ちゃん達とはな…」


 そう言いながら、ガイスは舵輪を握りながら進行方向を見据えている。

 その真剣な面持ちは、どこか使命感のようなものを感じる。


「ジークの兄貴を倒すような奴って聞いてたから、てっきりゴリゴリのマッチョが来るもんだと思ってたよ」


 ガイスが豪快に笑う。


「しかも、昨日の今日で事が進むもんで店をたたむのも一苦労だったしよ」

「えっ? お店たたんじゃったんですか!!」


 驚いたセリカが勢いよくガイスの方へと振り向く。

 正直、自分も驚きを隠せない。


「あのクラーケンを倒してくれるってんなら、店の一つや二つなんも惜しくはないさ」

「でも、海鮮丼はすごく美味しかったですよ?」


 あの海鮮丼は確かに美味しかった。

 ……思い出したらまた食べたくなってきた。


「あんなもん、向かいの食堂でいくらでも食べれるさ。そんなことより、俺から嫁を奪いやがったあの野郎を叩きのめす方が先決ってもんよ」


 そう言って、ガイスは行く先を思い切り睨みつけた。

 ガイスの見つめる先から、少しずつ雲がかかってきている。

 この雲もクラーケンの影響なのかもしれない。


「あと三十分程で着くが、用意はいいか?」


 ガイスに答えようと口を開いた。

 瞬間、海面から何かが飛び出し、船に乗り込んできた。


 体つきは人間の形をしているが、魚のような顔をしている。

 肌も鱗に覆われ、人間のそれとはかけ離れている。


「クラーケン様に近づこうとはいい度胸じゃねぇか」


 そう言って、クラーケンの手先は手に持った槍をこちらへと向け襲い掛かってきた。

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