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前略 異世界より  作者: 柊 葵
第二章 新しい仲間とともに
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第十四節 出発準備

 ベッドに入った自分は、闇の中で目を覚ました。

 目の前にはあの小説の主人公が立っている。

 自分の身体は、元の身体に戻っていた。


 一瞬、目の前の少年が光ったかと思うと、光の球になっていた。

 光の球はゆっくりと自分に近づき、身体の中へ入っていった。


     *****


 ゆっくりと、屋敷の扉を開く。

 空は少しずつ明るくなっているが、日はまだ出ていない。

 外の空気は少し肌寒いが、それがまた心地いい。

 一つ大きく伸びをする。


 眠い。

 我慢できず、伸びをしている最中に大きく口が開いてしまった。

 あの夢を見てすぐ、自分は目を覚ました。

 ほんの一時間程度の夢だった。

 夢の内容について考えるのは後にして、二度寝した後にしよう試みたが無理だった。

 それは何故か。


「もう一度よ!! もう一度!!」


 この声のせいだ。

 この声が昨日の夜から、ずっとだ。

 リオが勝つことさえできれば、この声も止むのだろうが――。


「キィィ!! なんでここで負けるのよ!!」


 ――こんな調子だ。

 四時間もこんな調子では、寝られる訳がない。


 そんなリオに呆れつつも、裏手の空地へと向かう。

 さて、あの夢で自分の身体がどうなったか。


「ウォータ・フリーズ」


 氷で簡単な鏡を作って、自分の姿を見る。

 部屋の鏡を確認したときには、寝ぼけてみ間違えたのかと思ったが間違いない。

 元の姿に戻っている……。

 氷の鏡を空気に溶かし、今度は剣を構える。

 体が変わる前は少し重かった剣も、寸分狂わず構えることができた。

 試しにジークへと放った突きを再現してみる。


「ウィンド・プロテクト」


 風の具合も大丈夫そうだ。

 地面を思いっきり…蹴る!!


「サンダー・ウェポン・スピア!!」


 雷の槍が轟々と鳴る。

 両足を地面に突っ張り、何とか勢いを殺す。

 とりあえずは大丈夫そうだ。


「ちょっと!! なんで勝てないのよ!!」


 ジークも勝たせてあげればいいのに……。

 さて、眠気冷ましにお風呂にでも入ろうかな。

 荒れた地面を魔法で綺麗に整地し、自分は屋敷の中へと戻った。



     *****



 やっぱりお風呂は気持ちがいい。

 それも寝起きに入るお風呂は格別だ。


「ふぅ……」


 昨日と違って一人なので、気を遣わず大きく息を吐きだせる。

 この感覚がたまらない。


 さて、お風呂に入ったはいいが、この後リオ達になんて説明しよう。

 元の身体に戻った訳だが、前と同じように動けるなんて都合のいい話を信じてもらえるだろうか。

 考えつつ、頭まで全て湯の中に沈める。

 ――まぁ、なんとかなるか。

 ゆっくり湯の中から頭を出す。


 寝起きのせいか、しばらくボーっとしていた。

 少しずつ体の芯が熱くなってきたのを感じ、のぼせる前にお風呂から出た。

 服を着ていると、不意に扉が開いたので少し驚いた。

 扉の方を見ると、セリカが入ってきていた。

 そしてその後ろには火の玉が……。


「ちょ、ちょっと待って!! 今出たところだから今すぐ出てくって!!」


 急いで着替えを済ませる。

 セリカはというと、自分の横で相変らず火の玉を浮かべている。

 その顔には疲労の色が見えた。

 そりゃあ、あれからずっとやっていればそうなるよな。

 着替えを済ませ急いで浴場を後にした。


 さて、これからどうしようか。


「もう一回よ!!」


 軍隊トランプをやめさせよう。

 一体いつまでやっているつもりなんだか……。

 階段を上り、居間の扉をゆっくり開く。

 部屋の中では、三人全員カードを持ったまま眠っていた。

 肝心のリオはというと――。


「まだよ!! もう一回!!」


 なんだ、寝言だったのか。

 しかし、ヒュムとジークはリオが声を発する度に唸り声を上げている。

 確かにこれは夢に出てきそうだ。


 さて、全員寝てしまっているなら仲裁も何もない。

 仕方がないので、もう一度寝るために自分は寝室へと向かった。



     *****



「――さい!!」


 またうるさい声が聞こえる。

 寝言もほどほどにしてほしい。


「起きなさい!!」


 突然、心地よい温さを与えてくれていた布団がもぎ取られた。

 決して寒いわけではないが、やっぱり布団がなくなると不快に感じる。

 そんな布団を奪った犯人が身体を揺らしてくる。


「もう少し寝かせてくれよ……」

「そういう訳にはいかないのよ!!」


 ドスッという鈍い音が、頭のすぐ横から聞こえてきた。

 薄目を開けてゆっくりと頭を横に向けると、銀色の何かがこちらに光を反射させていた。

 ぼやけていた視界が少しずつ明快になっていく。


 そこにはナイフが突き刺さっていた。


「……!!」


 命の危機を感じた身体は、反射的に跳び退っていた。

 後ろへ跳んだ自分の身体は、ベッドの端を越えて堅い床へ。

 しまったと思う頃には、鈍い衝撃が全身を襲った。


「何してんのよ……」

「お前がナイフなんて突き立てるからだろ!!」


 こいつはなんて起こし方をするんだ……。

 こんな堅い床の上で寝ることなどできる筈もないので、とりあえず身体を起こす。


「あんたが変な事をするからでしょ。よく考えたら、あんたは魔物じゃないんだから最初からこうすればよかったわ」


 なんと理不尽な暴力か。

 魔物はともかく、リオの襲撃に備えなければいけないとなると、これからの生活が窮屈になるな。


「それよりも、どうしてあんたは元の姿に戻ってるのよ」


 それは自分も聞きたい。

 とりあえず元の姿に戻ってしまったのは夢じゃなかったのか。

 両手を見ると、前の少しごつごつした手に戻っている。


「とにかく、寝ぼけてないで早く準備しなさい」


 寝不足なのは、リオのせいなんだが……。

 そう思いながらも身体にナイフが刺さるのは嫌なので、箪笥から鎧と剣を取り出して装備する。

 あんなに重かった鎧が若干の重さは感じるが、そこまでではなくなっていた。

 ジーク達への言い訳を考えながら、居間へと向かった。



     *****



 居間に入ると、既にリオと自分を除く全員が集まっていた。

 三人ともこちらを見ながら固まってしまったが、すぐにジークが口を開いた。


「あちゃー、元の姿に戻ったか…でも、大丈夫そうだね」

「そうですね、クラーケンとの戦いも問題なさそうですね」

「ちょっと待って!! ハル様が元の姿に戻ってしまったら、どうやってクラーケンと戦うの!!」


 ヒュムの反応は至極真っ当だが、セリカとジークの反応は意外だった。

 どうして大丈夫だと思うのだろうか。

 セリカは何となくとか言いそうだが……


「二人共、どうして大丈夫だと言えるの? 元のハルはあんなに弱かったのよ?」


 ちょうどいいタイミングでリオが聞いてくれたのはいいが、そこまで卑下しなくてもいいと思う。

 はてさて、二人の答えは……。


「何となく」

「鎧を着ていても、ぎこちなさが無いから」


 セリカの答えはさておいて、ジークの意見には納得できる。

 確かに初めてこの鎧を着た時は動きがぎこちなくなっていた。

 しかし、今は難なく動くことができる。

 身体が鎧の重さに慣れているような感じがする。


「なるほどね。 セリカの意見はともかくとして、ジークの言っている事に関しては納得だわ」

「確かに言われてみれば、元の姿に戻っても気迫みたいなものは残っているような気がしますね」


 リオ達も納得してくれたようでよかった。

 正直、ここまで簡単に話が付くとは思わなかった。


「さて、次はこれからの話ね」

「ちゃんと話さなくてはいけませんよ? リオお姉様」

「分かってるわよ」


 何のことだろうか。

 セリカの方を見ると少し俯いている。

 多分、昨日ヒュム達と三人でいた時にでも聞いたのだろう。


「……私があんた達と一緒に行けるのはここまでよ」


 ――言っている意味が分からない。

 ついていけるのはここまで?

 最後までついてきてくれるんじゃないのか。

 頭が混乱してきた。


「ちょっと待てよ。最後までついてくるんじゃないのか?」

「私達、女神は本来守るべき土地があるの。私はあんたと出会った森の周辺がそうなの」

「それならなんで今まではついてきたんだよ」


 お前がついてこなかったら、誰が道を示してくれるんだよ。


「私の土地には守るべきものがいなかったから、ここまで来られたのよ。それでも、すぐに戻れる範囲にいないと、何かがあった時に対処できなくなる。だから本当は山を越えた時点でかなり厳しかったの」


 ちょっと待ってくれ。

 そんな話は初めて聞いたぞ?

 今までそんなことは一回も――。


「ハル。私もメルと同じように別れたんだよ。私だってメルがついてきてくれるんだったら、どれだけ気が楽だったか」


 セリカの目から雫が零れ出した。

 確かにそうだ。

 あの時、メルは街に残った。

 セイリルの街を守るために。

 その時から分かっていたことじゃないか。

 リオだって、守るべき場所があるはずだということに。


「ハル。変なところで頭の回るあんたなら分かってるでしょ。どうしようもないことなのよ」


 どうしようもないこと。

 どうにもできないこと。

 なんて理不尽な……。


「わかったならさっさと出航する用意をするわよ!! 日が出ている間にクラーケンと戦わないと危険なのはあんた達よ!!」


 そう言って、リオは部屋を出ていってしまった。

 光る雫を流しながら。

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