第十三節 トランプ再び
しばらくして、セリカが先に戻ってきた。
どうもリオとヒュムは二人で話しているらしい。
「それにしても…もう二度とあんなことしないでよね」
――はい、ごめんなさい。
心の中で反省していると、ジークがソファーの後ろで何やらコソコソとしていた。
何やってるんだろ……。
セリカも同じことを思ったようで、二人でジークの後ろに回り込んだ。
ソファーの背もたれの部分は隠し収納になっているらしく、ジークはそこからワインを取り出していた。
そんなにワインを飲んで酔わないのだろうか……。
まぁ、ジークなら酔っていても変わらないような気がする。
「ソファーの後ろってこんな風になってたんですね……」
「おっと、後ろから覗くなんて二人とも趣味が悪いよ」
後ろから覗かれているのに気づいたジークは、急いで赤ワインを一本取り出した。
何かあそこに隠したいものでもあるのだろうか。
「さてと、リオ達が戻ってくるまで、もう一度トランプで遊ぼうか」
話がすり替えられたような気がするが、確かにこのままでは暇すぎる。
しかし、ババ抜きはセリカが負けるのがオチだろう。
「ババ抜きは嫌ですよ」
本人もこう言ってるしね……。
「それじゃあ、僕が考えたゲームをやってみないかい? その名も、軍隊トランプ」
軍隊トランプのルールはこうだ。
まず持ち札として、エースからキングの十三枚のカードを持つ。
二枚以上のカードを組み合わせた部隊を、その十三枚で四つ作る。
その軍隊で三つ巴戦をするというものだ。
戦闘は部隊の合計数値が高い方の勝ちとなる。
……何となく分かったような、分からないような気がする。
「とりあえずやってみれば分かるよ」
そして訳の分からないまま、軍隊トランプが始まった。
とりあえず戦闘に勝つには、数字の合計が相手より高くなければいけない。
つまり、それぞれの部隊をできるだけ強くしないと……。
一から十三までの合計は九十一。
これを四つの部隊に分ける。
三つの部隊が23、一つだけ22。
よって、一番右の軍隊はエース・2・3・4・5・7の六枚で構成され、合計が22。
二番目の軍隊は6・8・9の三枚で構成され、合計が23。
三番目の軍隊はジャック・クイーンの二枚で構成され、合計が23。
一番左の軍隊は10・キングの二枚で構成され、合計が23。
これが最高の布陣だろう。
さて、他の二人は――。
ジークの軍隊は右から二枚、四枚、四枚、三枚。
セリカの軍隊は右から四枚、三枚、三枚、三枚。
数字はカードが裏返っているので分からない。
枚数から何かわからないか考えるが、何も思いつかない。
はてさて、どうしたものか……。
「さて、全ての部隊が揃ったようだね。それじゃあ、順番は…僕、ハル君、セリカちゃんの順番でやろうか」
そう言って、ジークはたった二枚の部隊で、こちらの部隊を攻撃してきた。
よりにもよって、枚数の一番多い部隊に……。
それなのに、ジークは笑みを浮かべている。
ジークには何か考えがあるのだろうか。
お互い同時にカードをめくる。
相手のカードはエースと2で合計が3。
22対3。
こちらの圧倒的勝利だが、ジークは満足そうな笑みを浮かべている。
「次はハル君の番だよ」
自分の番。
先ほど攻撃してきたジークを攻撃するべきか、はたまたセリカを攻撃するべきか。
いや、待てよ。
ジークは先程の戦闘ではエースと2、つまり最弱のカードしか失っていない。
つまり、残っているカードはそれなりに強いということになる。
それならば、ここはセリカを狙うべきだろう。
それでは、どの部隊に攻撃する?
もしかしたら、強そうな四枚の部隊が案外弱かったりするかもしれない。
他に選ぶ手段がないので、四枚の部隊に勝負を仕掛けてみる。
結果。
23対29。
負けた。
「次は私の番だね」
そう言って、セリカは右から二番目の部隊でこちらのキングがいる部隊に攻撃してきた。
何故、自分ばかり狙われるのだろう。
結果。
23対28。
また負けた。
自分の部隊は残り一つ。
そのうち二つは負けてしまった。
つまり、もう一位になるのは不可能だ。
――残念だ。
「やるね、セリカちゃん。ここはひとつ、僕も遊んでみようかな」
ジークが三枚の部隊で、セリカの二番目の部隊を叩く。
笑みを浮かべるジークに比べ、セリカは何やら考え込んでいる。
何がどうなっているのか……。
二人がお互いのカードを表返す。
セリカの部隊の合計は6。
ジークの部隊の合計は29。
「あちゃー、外れ引いちゃったか……」
「ハルの方を攻撃すれば、楽に済んだような気がします」
セリカが一度、ふむと唸りもう一度口を開いた。
「もしも自分の部隊二つだけが残ってしまった場合はどうなるんですか?」
「あぁ、残った部隊は引き分けになるよ。だから、ハル君が次にどちらを攻撃するかで全てが決まるわけだよ」
なんと、そんな役目を自分のこの部隊が持っているとは……。
さてどちらに攻撃しようか……。
他の三つの部隊がめくれている以上、セリカのあの部隊の合計は28。
どうせ負けるなら、セリカを勝たせてあげたいと思うのはおかしいのだろうか。
残った部隊で、セリカの部隊に攻撃する。
結果。
23対28。
予想通り負けた。
「あちゃー、セリカちゃんに負けちゃった。やっぱりあそこで遊ぶべきじゃなかったなぁ」
「それは、ジークさんがあんな圧倒的有利な状況にいたのが悪いですよ」
圧倒的有利?
ジークはそんなに優勢だったのか?
「セリカ、ジークさんが有利だったってどういう事?」
「それは、最初にジークさんがハルに攻撃して負けた時からだよ」
「え? どうしてそれだけで圧倒的有利だって言えるの?」
「それはハルが考えたほうが良いよ」
どうも軍隊トランプは奥が深いようだ。
一通り終わって、何となく考え方が分かってきた。
しかし、眠気が少しずつ頭の中を占領していく。
もう眠りたいと思いながらカードを回収していると、勢いよく扉が開いた。
「おまたせ!! ちゃんと大人しくしてた?」
リオという名の悪魔が部屋に入ってきた。
その後ろにはヒュムもついてきているようだ。
リオはこちらに駆けてきたかと思うと、自分とセリカの間に座った。
「それで、何してたの?」
「軍隊トランプで遊んでたんだよ。リオにも前に教えてあげたでしょ?」
「……あぁ、あれね」
リオの目が完全に泳いでいる。
さては、覚えてないな?
「それじゃあ、リオも一緒にやるかい?」
リオの額から汗が噴き出している。
あれは絶対に覚えてないな。
「い、いいわよ? それなら、セリカとハルが相手ね?」
「いや、僕とヒュムを合わせた三人でやろう」
「なんでよ!!」
「ハル君とセリカちゃんは明日のためにも早く寝なきゃだめでしょ?」
「すごい不快ですけど、私もジーク同じ意見です」
これはありがたい。
ここは甘えてさっさと休もう。
決して勝負に負けたリオから逃げたいとかそう理由ではない。
「じゃあ、お言葉に甘えて俺はもう寝ますね」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
リオの言葉を無視して部屋の扉を目指す。
セリカはついてきてくれているだろうか?
後ろを振り返ってみると、セリカはまだソファーに座っていた。
「私はもう少し軍隊トランプをやりたいから、先に寝てていいよ」
自分の視線に気づいていたのか、セリカはそう言い返してきた。
手に持った十三枚のカードを見つめながら。
本当にどうやって視線に気づいたのか。
それよりも、まず……。
「わかった。それじゃあ、おやすみ」
そう言って、居間を出て寝室へと向かった。
本当に今日は色々なことがあった。
ジークに負けて、勉強をして、海鮮丼を食べて、ヴァンパイアと戦って、身体が変化して、ジークに勝って……。
考えると、とても忙しい一日だった。
もう今日はゆっくり休もう。




