第一節 「にんげん」が住む村
「なぁ……」
「リオよ‼」
「南ってどっちだ?」
決して方向音痴な訳じゃない。
見慣れた森のはずなのに、今どこにいるのか分からない。
「道理で変な方角に向かってたのね。分からないなら先に言ってよね」
リオが飛んでいく方向は向かっていた方角の真逆だった。
これは本格的におかしいぞ。
方角すらまともに分からない。
そういえば、聞き逃していたことがあったな……。
「そういえば、さっき自分は神様だって言ってたよな」
「ええ、そうよ」
「なら、なんで俺の事知らないんだ? 神様って何でも知ってるんじゃないのか?」
この質問は既に何度もされていたようで、リオの顔が少し引きつる。
「あのねぇ、神様だからって何でも見てるわけじゃないの」
「そうなのか?」
――ずいぶんテキトーな神様だな。
「そうよ、当たり前じゃない。あんた達人間なんかずっと見てたりなんかしたら、いつ悪魔達に攻め込まれてもおかしくないわ」
「攻め込まれる?」
リオは少し面倒くさそうな表情をすると、口を開いた。
「話しだすと長くなるから、簡単に説明するわ。神界と悪魔界は昔から戦争をしてたのよ。でも、お互い消耗しきって戦争を続けるのが困難になったの。そして、ついこないだ戦争が終戦したのよ。だから私もこうやって人間界に下りてきてるってわけ。人間界なんて見てる暇なんてなかったのよ」
なるほど、さっぱり分からないぞ。
とりあえず分かるのは――。
「なんか、神様も面倒くさいんだな」
「あったりまえでしょ‼」
そんな話をしていると、次第に周りに生い茂っていた木々の数が少なくなり、森を抜けた。
目の前に広がっていたのは、きれいな青空と新緑の草が映える野原だった。
遠くには村らしきものも見える。
「やっと抜けたな……。森の外ってこんなに綺麗なんだな」
「なに? あんた森抜けたことなかったの?」
「小さい頃にあったと思うけど覚えてない」
「ふぅん……」
野原をよく見ると、猪のような生き物がポツンとたたずんでいる。
群れからはぐれたのだろうか?
「あぁあ、面倒くさいのがいるわね」
「ただの猪じゃないのか?」
「あんた、ほんと何も知らないのね。説明するのが面倒だから、戦えばわかるよね」
そう言うと、リオは猪のような生き物に近づきその体を蹴った。
――バカか、あいつは。
先ほどまでおとなしかった生き物は一気に猛り狂った。
確実に猪ではないな、アレ……。
「あれはスシンっていう魔物よ」
「まもの? なんだ、そりゃ」
動物じゃないのか?
「とりあえず、戦いなさい‼」
リオのその声がまるで掛け声だったかのように、スシンはこちらに向けて突進してくる。
動きは猪みたいだな……。
「猪狩りなら、慣れてるっての」
ボロボロの弓を取り出し、矢をひっかけ、ギリリと糸を引いた。
弓がミシミシと音を立てる。
迫るスシンの額に標準を合わせ、矢を放った。
矢はスシンの眉間にピシッと命中した。
しかし、スシンは変わらず突進を続けている。
このままだとぶつかる‼
「おいおいおいおい、マジかよ‼」
直感で右に跳んだ。
瞬間、自分がいた場所をスシンが走りすぎていく。
「なんだあれ‼ まるで効いてねぇじゃねぇか‼」
――普通、頭当てれば倒れるだろ‼
「そりゃ、そうよ。魔物は私達神界の者の力を借りないと、どんな攻撃も効かないわよ」
なんだよ、それ。
何もできないじゃないか。
「んじゃ、どうすればいいんだよ‼」
「仕方ないから、力を貸してあげるわよ」
リオがそう言うと、自分の身体が不思議な光に包まれた。
周りが少し眩しい。
自分を包む光は少し暖かく、どこか優しかった。
「もういいわよ」
リオがそう言うと、包んでいた光が消えた。
何かが変わったという感じはしない。
本当にこれで倒せるようになったのか?
「何も変わった感じがしないんだけど」
「さっきと同じようにやってみなさい」
「……わかった」
話している間に、体勢を整えたスシンが再び突進を開始する。
もう一度、スシンの額に標準を合わせ矢を放つ。
再びスシンの眉間にピシッと当たった。
スシンは悲鳴を上げ、額から何かどす黒いものを吹き出しながら倒れた。
息絶えたスシンは何故か金貨へと変化していった。
金貨になったら食えないじゃないか……。
「やるじゃない‼ そこまで弓の扱いが上手いとは思わなかったわ」
「猪ならいっぱい相手したからな」
そりゃ、ほぼ毎日猪狩りしてたからな。
「この調子ならほかの魔物と戦うことになっても大丈夫そうね」
他の魔物?
「……はぁ? あんなのがまだ他にもいるのか」
「そうよ。スシンの他にも、もっと気持ちの悪いものもいるわよ。無論、私と一緒にいてもらう以上、戦ってもらうわよ」
倒さなくても逃げればいいし、わざわざあんな危ない目に合わなくてもいいだろう。
第一、面倒くさい。
「なんでそうなる。別に戦わなくてもいいだろ」
「さっきも言ったように、普通の人間は魔物と戦うことはできないのよ。だから戦えるものが戦わないといけないの」
あっさりと否定された。
「別に俺がやらなくてもいいだろ」
他の誰かがやるなら、やる必要はないからな。
「あのね、現状で戦えるのは両手で数える程の人間しかいないのよ。今あんたが戦うだけで、他の人間が助かるの。だから戦いなさい」
どうやら自分がやるしかないみたいだ。
面倒くさいが、仕方がない。
とりあえず、村に着くまではやってやろう。
その前に、一つ聞かないと……。
「あんたら神様は戦わないのかよ」
「戦えないのよ‼ 終戦した時に、私達も悪魔達も戦う力を失ったのよ。だから趣味の悪い悪魔達は、既に生み出された魔物を人間界に送りつけてるのよ」
今度は理解できた。
つまり、嫌がらせで送りつけているわけだ。
「俺達からしたら、はた迷惑な話だな」
「本当よ、頭のいい悪魔は決してそんなことはしないんだけどね」
「そうか……」
話しながら歩いていると、村まであと少しになっていた。
「あと少しで着くわね」
「疲れた……」
「なら、村の宿屋ででも休みなさい。さっきのスシンを倒した時に、金貨を拾ったでしょ。あれを使いなさい」
そう言って、リオはハルの腰についている道具袋を指で刺した。
そういえば、スシンは金貨になってたな。
「なあ、どうしてスシンは金貨になったんだ?」
「ああ、悪魔達はもともとああいう風に金貨を変化させて、魔物を作り出してるのよ」
「なるほどね」
村のすぐ前までやってきた。
村の門と柵は木を組み立てただけの簡素的なもので、仕切りの意味でしか使っていないようだった。
「早くいくわよ」
リオの声につられ、自分も村に入った。
「疲れた。早く宿屋行こう……」
「そうね。結構歩いたし、今日は休むわよ」
今日はとりあえず寝て、これからの事はその後に考えよう。
***
――ない。
いくら探しても、宿屋なんてものはない。
「宿屋なんてもの無いぞ」
「おかしいわね。前に見た時にはあったはずなんだけど」
まさか……。
「前って……いつ?」
リオは少し考えた後、答えた。
「大体、五百年位前かしら」
そのまさかだった。
「そりゃ、無くなってるな」
リオは気まずい顔をしながら答えた。
「……それもそうね」
「んじゃ、どうするんだよ」
このまま野垂れ死ぬか……。
それは嫌だ。
「どうしようかしら……」
困り果てているとその様子を見かねたのか、村人らしき女性がこちらに近づいてきた。
「あんた、村中を歩いてどうしたのよ?」
「宿屋があると思ってきたんだけど、見つからないのよ。この村にどこか休めるところってないかしら?」
明らかに自分に対して話しかけているのに、なぜかリオが答えた。
リオがそう言うと、女性は驚いた。
「あんた、妖精とは珍しいもん連れてるのね。全然気づかなかったわ」
「妖精じゃなくて神様‼」
そう言うと、リオはプイっと怒った。
「神様? そんなのいる訳ないじゃない。生意気な妖精ね」
「生意気とは何よ‼」
「話にならないわ。せっかく助けてあげようと思ったのに」
怒っていたリオも驚いたようで、女性の方を見やる。
「本当に?」
「でも、その態度なら嫌よ」
「悪かったわね、謝るわよ」
口でそう言っても、リオは顔を合わせようとしなかった。
「それならよろしい。んで、どうしたの?」
「今日泊まる宿がなくて困ってるんですよ……」
「それならうちに来なさいよ。一晩くらいなら泊めてあげるわよ」
「えっ、本当ですか? ありがとうございます‼」
女性の言葉にリオも少しは嬉しかったようで、少し大人しくなった。
「そういえばあんた達、名前聞いてなかったわね。私の名前はゼネ、これでもこの村の村長よ。あんた達は?」
「私の名前はリオ。んで、こいつの名前が……」
リオの言の葉はそこで途切れ、ジト目でこちらを睨んでくる。
そりゃそうだよな、名乗ってないし。
「ハルです。よろしくお願いします。ゼネ」
感謝の意を込め、ゼネに向け頭を下げる。
「おや、礼儀の正しい子だね、気に入ったよ。今日のご飯は腕によりをかけるかね」
晩ご飯までもらえることは嬉しいが、ルーのようにとてつもない料理じゃなければいいなと切に願った。
「ありがとうございます」
「それじゃ、家まで案内するわね」
ゼネに連れられ、青色の屋根が特徴的な家についた。
他の家より、一回り大きい。
ゼネに招き入れられ、家の中へと入った。
「汚い部屋ですまないね」
「全然そんなことないですよ」
まぁ、汚いとは思うけども。
部屋にはところどころに本が積まれ、その上には埃がたまっていた。
「本当に汚いわね」
やっぱり、リオはバカなのかもしれない。
「やっぱり、今日泊めるのやめておこうかね」
――それは困る。
「すみません‼ おいリオ、なんてことを言うんだよ。泊まれなくなったら、俺らは路頭に迷うんだぞ」
こんなことで路頭に迷うなんて冗談じゃない。
「知らないわよ、そんなの。私は休む必要はないし、あんたのための休息なのよ。第一、汚いのはほんとでしょ?」
バカな上に自分勝手だった。
とりあえず、被害を少なくしないと……。
「もうリオは黙ってて」
「はぁ、本当に強情な妖精だねぇ。少しはハル君を見習ったらどうだい?」
「誰がこんなやつ見習うのよ」
リオが魔物だったら迷わず射抜いてやるのに……。
「しかし、あんた達どこから来たんだい? 村をうろうろしていたあたり考えると、ここら辺に住んでいるわけではないんだろ?」
「一応、森の中にある小屋で暮らしてたんですけど……」
リオには否定されるが、記憶に残っている分にはそうだ。
「森に小屋、ね?」
ゼネが訝しげにこちらを見つめる。
少しでもルーの情報を集めないと……。
「何も知らないですか? 母が何回もこの村を訪ねてると思うんですけど」
「あんたの母親の名前は?」
母さんの名前……。
よく考えると、ルーって言うのは本当の名前だったのだろうか。
「あ、すいません‼ 母の名前はルーです」
「ルー? そんな名前聞いたことないわね。どんな姿をしているの?」
リオに笑われたが、そんなこと気にしていられない。
「知らないですか? 髪は長くて、色は……」
髪色?
思い出せない。
髪の色どころか、どんな顔だったかも思い出せない。
頭を掻きむしってみるが、何も思い出せない。
訳が分からない。
自分は一体、どうしてしまったんだ。
そんな自分を見かねて、ゼネが口を開いた。
「なるほど、訳ありっていうことだね」
「まぁ、そういうことになりますね」
自分でもよくわからないくらいに、訳ありだ。
「良くわからないけど、困っているのはわかったよ」
「申し訳ないです……」
「とりあえず、晩ご飯の支度のためにちょっと出かけるよ」
「あ、はい‼」
今来たばかりの家を後にし、すぐ隣の道具屋へと入った。
店に入ると、がっしりとした体格の優しげな男性が居た。
「いらっしゃい、ゼネ。そちらさんは?」
「紹介するわね、道具屋のテルさんよ。こっちはハルで、この妖精はリオよ。実はね、この子達をうちに泊めることになったの。なんだか困ってるみたいでね」
「ほぉ、大変そうだねぇ。んじゃ、今日はおまけしておくね」
ゼネが銀貨を数枚渡すと、テルが木箱の上に数本のキノコを乗せて渡してきた。
「ありがとう。いつも悪いね」
どうやら、ゼネと店主のテルは知り合いみたいだ。
「いえいえ、こちらこそいつもごひいきにしてくれてありがとうね」
「それじゃ、帰って支度しないといけないから、今日はこれで帰るわね」
「また来てくださいね」
***
買い物をすべて終え、道具屋を出た。
「何を買ったんですか?」
「森の中で取れるキノコと、森の小川で獲れる川魚よ」
「おぉ、美味しそうですね」
自分は何も不満はなかったが、どうもリオは不満があるようだ。
「肉は無いの?」
「そんな高価なもの、めったに用意できないわよ」
「リオ、そんなわがままを言うなよ」
「本当になんであんたみたいな妖精が、こんないい子にくっついちゃったのかしら。よく知らないけど、あんまり迷惑かけちゃだめよ」
まったくその通りだ。
「だから妖精じゃなくて女神よ」
「はいはい」
ゼネは家に戻ると、せっせと晩ご飯の準備を始めた。
せっかくなので、準備を手伝うことにした。
「二人はゆっくり座ってていいわよ。全部私がやるから」
「いえいえ、なんか手伝います」
「そうかい? んじゃ、そこのキノコを一口大に切っておいてくれ」
「分かりました」
ゼネの手伝いを始めると、リオは山のように積まれた本の上にちょこんと座り、居眠りを始めた。
――のん気だな。
「リオ、寝ちゃったのか」
「本当になんでこんな妖精と一緒にいるの?」
こっちが聞きたい。
「話すとややこしくなるんですが、さっき聞いたように母親を探してるんです。あんなのでも、助けられることもあるんですけどね」
スシンと戦った時、リオがいないと危なかった。
まぁ、リオがスシンを蹴ったのがきっかけなんだが……。
「ふーん。まぁ、仲良くやってるのであれば良かったよ」
「仲良いのかはよくわかんないですけどね。でも悪い奴じゃないのは確かです」
その後も、二人で晩御飯を作る中、リオはスース―と寝息を立てていた。
「さてと、こんなもんかね」
ゼネはそう言うと、三人分の食事を盛りつけ運び始めた。
リオはまだのん気に寝ている。
「ほら、リオ。いい加減起きないとご飯抜きよ」
リオが怒られている。
いい気味だ。
「ん? ああ、できたのね」
「いつまで寝てるつもりだよ」
「いつまでも寝てるつもりよ」
「まったく、もう……」
「ほら、晩ご飯だよ」
机の上に、料理が並べられる。
川魚の塩焼や、キノコと川魚の汁物、キノコのソテーなどどれも食欲をそそる。
……キノコ料理は昨日食べたような気がするが、気にしないことにした。
「おいしそうね」
「そうでしょ? 腕によりをかけたからね」
「本当にありがとうございます。ゼネ」
「いやいや、こちらこそ手伝ってくれてありがとね」
「泊まらせていただく側ですから当然ですよ」
「んじゃ、食べようかね」
塩焼きされた川魚は、程よく脂が乗っていて噛むたびにうまみが出てくる。
汁物は、川魚のうまみとキノコのエキスがにじみ出ている。
中に入っている団子は、川魚とキノコをすりつぶして作られている。
これもまたプリプリしていておいしい。
キノコのソテーはキノコの芳醇な香りとホワイトソースの優しい甘みが絶妙に混ざっている。
母さんの料理よりも何十倍も美味しいな。
「すごいおいしいです」
「そう言われると照れるわね」
「こんなおいしい料理、作っていただきありがとうございます」
出来るなら、これからも毎日食べたい。
「もう、そんなに褒めても何もでないわよ」
「本当においしいですよ」
ふと、リオが料理に手を付けていないことに気づいた。
「リオ、食べないのか?」
「私も食べる。でも、その小さいお皿じゃなくて、ちゃんと一人前を用意して」
リオがそう言うと、光がリオの身体を包んだ。
自分を包んだ光と同じような、どこか優しい光だ。
光が消えると、リオは自分よりも少し小さいくらいの女の子の姿になっていた。
「私は神様なんだからね‼」
リオは姿を変えられるのか。
思ったよりすごいやつなのかもしれない。
ゼネも驚いたようだったが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。
「あれまぁ、本当にただの妖精じゃなかったのね。ちょっと待ってなさい」
そう言うと、ゼネはリオ用に改めて料理を運んできた。
リオの前に料理が出されると、リオは皿ごと食べる勢いで食べ始めた。
そして、空になった皿を持って元気よく叫んだ。
「おかわり‼」
本当に神様なんだろうか。
そうしてご飯を食べていると、テルが青ざめた顔で家に飛び込んできた。
「ぜ、ゼネさん‼」
「どうしたんだい、そんなに慌てて」
「魔物が村に近づいてきてるんだ‼ ゼネさん達も地下道に逃げて‼」
「ふぅん、魔物ねぇ……」
リオはニヤッと笑みを浮かべた。
――嫌な予感がする。
「ハル、どうにかするわよ」
「はいはい、言うと思ったよ」
リオと冷静に話していると、ゼネは般若のような顔をした。
「何を馬鹿なことを言ってるの‼ 相手は魔物よ‼ 私達ではどうにかできる訳ないじゃない‼ 逃げるわよ‼」
とりあえず、家を出た。
家を出ると、村の入り口辺りに人型の何かがいた。
しかしそれは、子供くらいの背丈で緑色のブヨブヨの肌を持ち、とても人間には程遠かった。
それはこちらをまっすぐに見つめている。
――これは見つかったな。
「万事休す、ね……」
ゼネがつぶやいている横で、リオと話し始めた。
「ハル、分かってるわよね?」
「あぁ」
やらないとまたガミガミと言われるんだろうな。
「あんた達、何するつもり⁉」
ゼネは、立ち向かおうとする自分達に声を荒げた。
「ゼネさん、下がっていてください」
「あれはゴブリン。あのこん棒に気をつけて。あんたの武器は遠距離戦向きだから、間合いを考えて」
「んな事、言われなくてもわかってる」
近づかれたら終わりだからな。
話しているとゼネが口を開いた。
「2人とも、人間は魔物に手を出せないのは知ってるだろう‼」
ゼネが止めようとしてくるが、聞く気はない。
魔物を倒せば、少しはゼネへの恩返しになるかもしれない。
「なんだ? 人間がやり合う気か? 面白れぇ、やれるもんならやってみろよ」
ゴブリンが独り言をつぶやいている。
「相手は1体、間合いが離れてる今がチャンスか」
「んじゃ、行くわよ」
リオがそう言うと、自分の身体に光が宿る。
「食い殺してやるよ、このくそ野郎が‼」
ゴブリンがそう言いながら、バカみたいにまっすぐに突進してくる。
弓に矢をつがえて……放つ‼
矢が放たれた瞬間、しなりが戻る反動で弓がバキッと折れてしまった。
「ぬぅっ⁉」
矢はゴブリンの左足に命中しゴブリンは体勢を崩し、目の前まで転がってきた。
「ウゥ……なんで俺の足に、矢が刺さってるんだ?」
次の矢を手に持ち、矢の先をゴブリンの頭に向けた。
思ったよりも簡単かもな……。
「残念だったな」
「やめろぉぉぉぉおおおおお」
それがゴブリンの断末魔の叫びだった。
手に持った矢をゴブリンの頭に刺す。
グシャリという感覚が感じながら、ゴブリンの息の根を止めた。
そして、ゴブリンの身体は金貨と化した。
「な、なんで……」
ゼネは驚愕の表情を浮かべている。
リオがいなかったら、自分も戦えないしな。
「どうしてあんた達魔物と戦えるの?」
「だから、言ったでしょ。私は神様だって」
リオがそう答えても、ゼネはすぐに信じられないようだった。
「そんな、そんな馬鹿な……」
「本当よ」
「そう、なのね……」
その後、ゼネに寝床を用意してもらった。
終始、ゼネに変な視線を送られたが、気にせずそのまま倒れるように眠った。
***
翌日、起きた頃には魔物退治の件は村中に知れ渡っていた。
「あんた達、眼覚めたようだね」
「はい、ありがとうございました」
ゼネは、まだこちらの様子を伺っているみたいだ。
「で、これからどうするんだい?」
「えっと……」
「何も考えてないわよ」
返答に困っているとリオが答えてしまった。
「この村の東にあるセイリルっていう街に向かいなさい。そこならあんた達と一緒で魔物を倒せる人がいるはずよ。そっちの方が話が通じるんじゃないのかい?」
同じように魔物が倒せるってことは、同じような境遇の人がいるのかもしれない。
「ありがとうございます‼」
有益な情報を得ることができたのは本当にありがたかった。
ゼネはなぜか後ろを向き、こちらに強い口調でこう続けた。
「用が済んだなら、この村からとっとと出ていってくれ」
「え?」
魔物を倒し、村を救ったはずなのに、なぜか冷たくあしらわれる。
「あんた達が来たことで、子供達が魔物は倒せるって思ってしまった。これから子供達は魔物と戦おうとしてしまうかもしれない。あんた達はそれほどのことをしたんだ」
ゼネの今までにない真剣な表情に固唾を飲み込む。
考えてみれば確かにそうだ。
自分も小さい頃、たまに家に来てた狩人を見て、狩りのやり方を覚えた。
自分は納得したが、リオは不満そうだ。
「はぁ? 私達が倒さなきゃ危険だったじゃない‼ それなのに、なんで私達がまるで悪者みたいになる訳‼ 意味わかんない‼」
「いいからこの村から出てっておくれ‼ 私達はあんたらみたいに戦いが好きなわけじゃない‼ 逃げてでも、生き延びさえできればそれでいいんだ‼ なのに、あんたらはその邪魔をした‼ 子供達に戦うことを教えた‼ 昨晩泊めてもらっただけありがたいと思え‼」
ゼネはもう話を聞くつもりは無いようだ。
仕方ない。
これからのことは、セイリルについてから考えよう。
「分かりました。僕らは去ります。ご迷惑をかけてすみませんでした。リオ、行くよ」
そうして、家を出た。
「ちょ、ちょっと‼」
続いてリオも家を出てきた。
「さて、ゼネが言ってたセイリルっていう街に行くか」
「まったくなんだっていうのよ、この村は。私達が魔物退治したら、喜ぶどころか『この村出ていけ』なんて言うし」
リオはまだカリカリ怒っている。
「まぁまぁ、それじゃ行こうか」
早く次の街に行かないと。
「ちょっと待って」
なぜかリオに止められた。
「何?」
いつの間にか、リオは平静を取り戻していた。
「セイリルは結構ここから離れてるわ。歩いて向かうなら、何日もかかるわよ」
「マジか……」
そんなに離れてるのか。
正直、歩くのには慣れていない。
何日も歩き続けるなんてやったことがない。
少しこの先が不安になった。
「気は向かないけど、この村で準備だけはしていくわよ」
「分かった」
準備のために、道具屋へと向かう。
「いらっしゃいって、お前さん達か」
「どうも」
――なんだか気まずいな。
「あぁ、別に俺は買い物してってくれるなら、なんも言わないから安心しろ」
テルは事の全てを知っているようだ。
「村の連中の言う事も分かるから、君達には申し訳ないけどそういう結論に至ったんだ。ゼネさんも最初は君達に恩返しをしたいって言ってたんだよ。ただ、村の連中は頭の固い奴らばかりでね……」
「ありがとうございます。そのお気持ちだけでうれしいです」
本当は気持ち以外も欲しい。
弓も折れて、戦う武器がない。
「そのかわりといっちゃなんだが、ゼネから渡すように言われてるものがあるんだ」
テルがそう言うと、店の裏部屋から新品の弓と幾本の矢、手のひらより少し大きいくらいのナイフ、そして幾分かの食料を持ってきてくれた。
まさか心の声が現実になるとは……。
特に弓はありがたい。
「これを使ってくれ。ゼネと私からの気持ちだ」
「ありがとうございます。この恩、忘れません」
「まぁ、ありがとね」
珍しく、リオも感謝しているようだ。
「ほんとに、ゼネの言う通り律儀でいい子だね……」
「いえいえ、とんでもないです」
「つらい思いさせてすまんな……」
「いいですよ、これくらい。仕方ないですから」
そりゃ、あんな風にゴブリンを倒す様子を子供が見たら、真似したくなるもんな。
「んじゃ、僕達はこれで」
「ありがとな」
店主のその言葉を背に店を出た。
「さて、行こうか」
「そうね」
そして、セイリルに向けて出発した。