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前略 異世界より  作者: 柊 葵
第一章  清廉なる乙女
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第一節 「にんげん」が住む村

「なぁ……」

「リオよ‼」

「南ってどっちだ?」


 決して方向音痴な訳じゃない。

 見慣れた森のはずなのに、今どこにいるのか分からない。


「道理で変な方角に向かってたのね。分からないなら先に言ってよね」


 リオが飛んでいく方向は向かっていた方角の真逆だった。

 これは本格的におかしいぞ。

 方角すらまともに分からない。


 そういえば、聞き逃していたことがあったな……。


「そういえば、さっき自分は神様だって言ってたよな」

「ええ、そうよ」

「なら、なんで俺の事知らないんだ? 神様って何でも知ってるんじゃないのか?」


 この質問は既に何度もされていたようで、リオの顔が少し引きつる。


「あのねぇ、神様だからって何でも見てるわけじゃないの」

「そうなのか?」


 ――ずいぶんテキトーな神様だな。


「そうよ、当たり前じゃない。あんた達人間なんかずっと見てたりなんかしたら、いつ悪魔達に攻め込まれてもおかしくないわ」

「攻め込まれる?」


 リオは少し面倒くさそうな表情をすると、口を開いた。


「話しだすと長くなるから、簡単に説明するわ。神界と悪魔界は昔から戦争をしてたのよ。でも、お互い消耗しきって戦争を続けるのが困難になったの。そして、ついこないだ戦争が終戦したのよ。だから私もこうやって人間界に下りてきてるってわけ。人間界なんて見てる暇なんてなかったのよ」


 なるほど、さっぱり分からないぞ。

 とりあえず分かるのは――。


「なんか、神様も面倒くさいんだな」

「あったりまえでしょ‼」


 そんな話をしていると、次第に周りに生い茂っていた木々の数が少なくなり、森を抜けた。

 目の前に広がっていたのは、きれいな青空と新緑の草が映える野原だった。

 遠くには村らしきものも見える。


「やっと抜けたな……。森の外ってこんなに綺麗なんだな」

「なに? あんた森抜けたことなかったの?」

「小さい頃にあったと思うけど覚えてない」

「ふぅん……」


 野原をよく見ると、猪のような生き物がポツンとたたずんでいる。

 群れからはぐれたのだろうか?


「あぁあ、面倒くさいのがいるわね」

「ただの猪じゃないのか?」

「あんた、ほんと何も知らないのね。説明するのが面倒だから、戦えばわかるよね」


 そう言うと、リオは猪のような生き物に近づきその体を蹴った。

 ――バカか、あいつは。


 先ほどまでおとなしかった生き物は一気に猛り狂った。

 確実に猪ではないな、アレ……。


「あれはスシンっていう魔物よ」

「まもの? なんだ、そりゃ」


 動物じゃないのか?


「とりあえず、戦いなさい‼」


 リオのその声がまるで掛け声だったかのように、スシンはこちらに向けて突進してくる。

 動きは猪みたいだな……。


「猪狩りなら、慣れてるっての」


 ボロボロの弓を取り出し、矢をひっかけ、ギリリと糸を引いた。

 弓がミシミシと音を立てる。

 迫るスシンの額に標準を合わせ、矢を放った。

 矢はスシンの眉間にピシッと命中した。


 しかし、スシンは変わらず突進を続けている。


 このままだとぶつかる‼


「おいおいおいおい、マジかよ‼」


 直感で右に跳んだ。

 瞬間、自分がいた場所をスシンが走りすぎていく。


「なんだあれ‼ まるで効いてねぇじゃねぇか‼」


 ――普通、頭当てれば倒れるだろ‼


「そりゃ、そうよ。魔物は私達神界の者の力を借りないと、どんな攻撃も効かないわよ」


 なんだよ、それ。

 何もできないじゃないか。


「んじゃ、どうすればいいんだよ‼」

「仕方ないから、力を貸してあげるわよ」


 リオがそう言うと、自分の身体が不思議な光に包まれた。


 周りが少し眩しい。

 自分を包む光は少し暖かく、どこか優しかった。


「もういいわよ」


 リオがそう言うと、包んでいた光が消えた。

 何かが変わったという感じはしない。


 本当にこれで倒せるようになったのか?


「何も変わった感じがしないんだけど」

「さっきと同じようにやってみなさい」

「……わかった」


 話している間に、体勢を整えたスシンが再び突進を開始する。

 もう一度、スシンの額に標準を合わせ矢を放つ。

 再びスシンの眉間にピシッと当たった。

 スシンは悲鳴を上げ、額から何かどす黒いものを吹き出しながら倒れた。

 息絶えたスシンは何故か金貨へと変化していった。


 金貨になったら食えないじゃないか……。


「やるじゃない‼ そこまで弓の扱いが上手いとは思わなかったわ」

「猪ならいっぱい相手したからな」


 そりゃ、ほぼ毎日猪狩りしてたからな。


「この調子ならほかの魔物と戦うことになっても大丈夫そうね」


 他の魔物?


「……はぁ? あんなのがまだ他にもいるのか」

「そうよ。スシンの他にも、もっと気持ちの悪いものもいるわよ。無論、私と一緒にいてもらう以上、戦ってもらうわよ」


 倒さなくても逃げればいいし、わざわざあんな危ない目に合わなくてもいいだろう。


 第一、面倒くさい。


「なんでそうなる。別に戦わなくてもいいだろ」

「さっきも言ったように、普通の人間は魔物と戦うことはできないのよ。だから戦えるものが戦わないといけないの」


 あっさりと否定された。


「別に俺がやらなくてもいいだろ」


 他の誰かがやるなら、やる必要はないからな。


「あのね、現状で戦えるのは両手で数える程の人間しかいないのよ。今あんたが戦うだけで、他の人間が助かるの。だから戦いなさい」


 どうやら自分がやるしかないみたいだ。

 面倒くさいが、仕方がない。

 とりあえず、村に着くまではやってやろう。


 その前に、一つ聞かないと……。


「あんたら神様は戦わないのかよ」

「戦えないのよ‼ 終戦した時に、私達も悪魔達も戦う力を失ったのよ。だから趣味の悪い悪魔達は、既に生み出された魔物を人間界に送りつけてるのよ」


 今度は理解できた。

 つまり、嫌がらせで送りつけているわけだ。


「俺達からしたら、はた迷惑な話だな」

「本当よ、頭のいい悪魔は決してそんなことはしないんだけどね」

「そうか……」


 話しながら歩いていると、村まであと少しになっていた。


「あと少しで着くわね」

「疲れた……」

「なら、村の宿屋ででも休みなさい。さっきのスシンを倒した時に、金貨を拾ったでしょ。あれを使いなさい」


 そう言って、リオはハルの腰についている道具袋を指で刺した。

 そういえば、スシンは金貨になってたな。


「なあ、どうしてスシンは金貨になったんだ?」

「ああ、悪魔達はもともとああいう風に金貨を変化させて、魔物を作り出してるのよ」

「なるほどね」


 村のすぐ前までやってきた。

 村の門と柵は木を組み立てただけの簡素的なもので、仕切りの意味でしか使っていないようだった。


「早くいくわよ」


 リオの声につられ、自分も村に入った。


「疲れた。早く宿屋行こう……」

「そうね。結構歩いたし、今日は休むわよ」


 今日はとりあえず寝て、これからの事はその後に考えよう。



     ***



 ――ない。

 いくら探しても、宿屋なんてものはない。


「宿屋なんてもの無いぞ」

「おかしいわね。前に見た時にはあったはずなんだけど」


 まさか……。


「前って……いつ?」


 リオは少し考えた後、答えた。


「大体、五百年位前かしら」


 そのまさかだった。


「そりゃ、無くなってるな」


 リオは気まずい顔をしながら答えた。


「……それもそうね」

「んじゃ、どうするんだよ」


 このまま野垂れ死ぬか……。

 それは嫌だ。


「どうしようかしら……」


 困り果てているとその様子を見かねたのか、村人らしき女性がこちらに近づいてきた。


「あんた、村中を歩いてどうしたのよ?」

「宿屋があると思ってきたんだけど、見つからないのよ。この村にどこか休めるところってないかしら?」


 明らかに自分に対して話しかけているのに、なぜかリオが答えた。


 リオがそう言うと、女性は驚いた。


「あんた、妖精とは珍しいもん連れてるのね。全然気づかなかったわ」

「妖精じゃなくて神様‼」


 そう言うと、リオはプイっと怒った。


「神様? そんなのいる訳ないじゃない。生意気な妖精ね」

「生意気とは何よ‼」

「話にならないわ。せっかく助けてあげようと思ったのに」


 怒っていたリオも驚いたようで、女性の方を見やる。


「本当に?」

「でも、その態度なら嫌よ」

「悪かったわね、謝るわよ」


 口でそう言っても、リオは顔を合わせようとしなかった。


「それならよろしい。んで、どうしたの?」

「今日泊まる宿がなくて困ってるんですよ……」

「それならうちに来なさいよ。一晩くらいなら泊めてあげるわよ」

「えっ、本当ですか? ありがとうございます‼」


 女性の言葉にリオも少しは嬉しかったようで、少し大人しくなった。


「そういえばあんた達、名前聞いてなかったわね。私の名前はゼネ、これでもこの村の村長よ。あんた達は?」

「私の名前はリオ。んで、こいつの名前が……」


 リオの言の葉はそこで途切れ、ジト目でこちらを睨んでくる。


 そりゃそうだよな、名乗ってないし。


「ハルです。よろしくお願いします。ゼネ」


 感謝の意を込め、ゼネに向け頭を下げる。


「おや、礼儀の正しい子だね、気に入ったよ。今日のご飯は腕によりをかけるかね」


 晩ご飯までもらえることは嬉しいが、ルーのようにとてつもない料理じゃなければいいなと切に願った。


「ありがとうございます」

「それじゃ、家まで案内するわね」


 ゼネに連れられ、青色の屋根が特徴的な家についた。

 他の家より、一回り大きい。

 ゼネに招き入れられ、家の中へと入った。


「汚い部屋ですまないね」

「全然そんなことないですよ」


 まぁ、汚いとは思うけども。

 部屋にはところどころに本が積まれ、その上には埃がたまっていた。


「本当に汚いわね」


 やっぱり、リオはバカなのかもしれない。


「やっぱり、今日泊めるのやめておこうかね」


 ――それは困る。


「すみません‼ おいリオ、なんてことを言うんだよ。泊まれなくなったら、俺らは路頭に迷うんだぞ」


 こんなことで路頭に迷うなんて冗談じゃない。


「知らないわよ、そんなの。私は休む必要はないし、あんたのための休息なのよ。第一、汚いのはほんとでしょ?」


 バカな上に自分勝手だった。


 とりあえず、被害を少なくしないと……。


「もうリオは黙ってて」

「はぁ、本当に強情な妖精だねぇ。少しはハル君を見習ったらどうだい?」

「誰がこんなやつ見習うのよ」


 リオが魔物だったら迷わず射抜いてやるのに……。


「しかし、あんた達どこから来たんだい? 村をうろうろしていたあたり考えると、ここら辺に住んでいるわけではないんだろ?」

「一応、森の中にある小屋で暮らしてたんですけど……」


 リオには否定されるが、記憶に残っている分にはそうだ。

 


「森に小屋、ね?」


 ゼネが訝しげにこちらを見つめる。

 少しでもルーの情報を集めないと……。


「何も知らないですか? 母が何回もこの村を訪ねてると思うんですけど」

「あんたの母親の名前は?」


 母さんの名前……。

 よく考えると、ルーって言うのは本当の名前だったのだろうか。


「あ、すいません‼ 母の名前はルーです」

「ルー? そんな名前聞いたことないわね。どんな姿をしているの?」


 リオに笑われたが、そんなこと気にしていられない。


「知らないですか? 髪は長くて、色は……」


 髪色?

 思い出せない。

 髪の色どころか、どんな顔だったかも思い出せない。


 頭を掻きむしってみるが、何も思い出せない。

 訳が分からない。

 自分は一体、どうしてしまったんだ。

 そんな自分を見かねて、ゼネが口を開いた。


「なるほど、訳ありっていうことだね」

「まぁ、そういうことになりますね」


 自分でもよくわからないくらいに、訳ありだ。


「良くわからないけど、困っているのはわかったよ」

「申し訳ないです……」

「とりあえず、晩ご飯の支度のためにちょっと出かけるよ」

「あ、はい‼」


 今来たばかりの家を後にし、すぐ隣の道具屋へと入った。

 店に入ると、がっしりとした体格の優しげな男性が居た。


「いらっしゃい、ゼネ。そちらさんは?」

「紹介するわね、道具屋のテルさんよ。こっちはハルで、この妖精はリオよ。実はね、この子達をうちに泊めることになったの。なんだか困ってるみたいでね」

「ほぉ、大変そうだねぇ。んじゃ、今日はおまけしておくね」


 ゼネが銀貨を数枚渡すと、テルが木箱の上に数本のキノコを乗せて渡してきた。


「ありがとう。いつも悪いね」


 どうやら、ゼネと店主のテルは知り合いみたいだ。


「いえいえ、こちらこそいつもごひいきにしてくれてありがとうね」

「それじゃ、帰って支度しないといけないから、今日はこれで帰るわね」

「また来てくださいね」



     ***



 買い物をすべて終え、道具屋を出た。


「何を買ったんですか?」

「森の中で取れるキノコと、森の小川で獲れる川魚よ」

「おぉ、美味しそうですね」


 自分は何も不満はなかったが、どうもリオは不満があるようだ。


「肉は無いの?」

「そんな高価なもの、めったに用意できないわよ」

「リオ、そんなわがままを言うなよ」

「本当になんであんたみたいな妖精が、こんないい子にくっついちゃったのかしら。よく知らないけど、あんまり迷惑かけちゃだめよ」


 まったくその通りだ。


「だから妖精じゃなくて女神よ」

「はいはい」


 ゼネは家に戻ると、せっせと晩ご飯の準備を始めた。

 せっかくなので、準備を手伝うことにした。


「二人はゆっくり座ってていいわよ。全部私がやるから」

「いえいえ、なんか手伝います」

「そうかい? んじゃ、そこのキノコを一口大に切っておいてくれ」

「分かりました」


 ゼネの手伝いを始めると、リオは山のように積まれた本の上にちょこんと座り、居眠りを始めた。


 ――のん気だな。


「リオ、寝ちゃったのか」

「本当になんでこんな妖精と一緒にいるの?」


 こっちが聞きたい。


「話すとややこしくなるんですが、さっき聞いたように母親を探してるんです。あんなのでも、助けられることもあるんですけどね」


 スシンと戦った時、リオがいないと危なかった。

 まぁ、リオがスシンを蹴ったのがきっかけなんだが……。


「ふーん。まぁ、仲良くやってるのであれば良かったよ」

「仲良いのかはよくわかんないですけどね。でも悪い奴じゃないのは確かです」


 その後も、二人で晩御飯を作る中、リオはスース―と寝息を立てていた。



「さてと、こんなもんかね」


 ゼネはそう言うと、三人分の食事を盛りつけ運び始めた。

 リオはまだのん気に寝ている。


「ほら、リオ。いい加減起きないとご飯抜きよ」


 リオが怒られている。

 いい気味だ。


「ん? ああ、できたのね」

「いつまで寝てるつもりだよ」

「いつまでも寝てるつもりよ」

「まったく、もう……」

「ほら、晩ご飯だよ」


 机の上に、料理が並べられる。


 川魚の塩焼や、キノコと川魚の汁物、キノコのソテーなどどれも食欲をそそる。

 ……キノコ料理は昨日食べたような気がするが、気にしないことにした。


「おいしそうね」

「そうでしょ? 腕によりをかけたからね」

「本当にありがとうございます。ゼネ」

「いやいや、こちらこそ手伝ってくれてありがとね」

「泊まらせていただく側ですから当然ですよ」

「んじゃ、食べようかね」


 塩焼きされた川魚は、程よく脂が乗っていて噛むたびにうまみが出てくる。

 汁物は、川魚のうまみとキノコのエキスがにじみ出ている。

 中に入っている団子は、川魚とキノコをすりつぶして作られている。

 これもまたプリプリしていておいしい。

 キノコのソテーはキノコの芳醇な香りとホワイトソースの優しい甘みが絶妙に混ざっている。


 母さんの料理よりも何十倍も美味しいな。


「すごいおいしいです」

「そう言われると照れるわね」

「こんなおいしい料理、作っていただきありがとうございます」


 出来るなら、これからも毎日食べたい。


「もう、そんなに褒めても何もでないわよ」

「本当においしいですよ」


 ふと、リオが料理に手を付けていないことに気づいた。


「リオ、食べないのか?」

「私も食べる。でも、その小さいお皿じゃなくて、ちゃんと一人前を用意して」


 リオがそう言うと、光がリオの身体を包んだ。

 自分を包んだ光と同じような、どこか優しい光だ。


 光が消えると、リオは自分よりも少し小さいくらいの女の子の姿になっていた。


「私は神様なんだからね‼」


 リオは姿を変えられるのか。

 思ったよりすごいやつなのかもしれない。

 ゼネも驚いたようだったが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。


「あれまぁ、本当にただの妖精じゃなかったのね。ちょっと待ってなさい」


 そう言うと、ゼネはリオ用に改めて料理を運んできた。

 リオの前に料理が出されると、リオは皿ごと食べる勢いで食べ始めた。

 そして、空になった皿を持って元気よく叫んだ。


「おかわり‼」


 本当に神様なんだろうか。


 そうしてご飯を食べていると、テルが青ざめた顔で家に飛び込んできた。


「ぜ、ゼネさん‼」

「どうしたんだい、そんなに慌てて」

「魔物が村に近づいてきてるんだ‼ ゼネさん達も地下道に逃げて‼」

「ふぅん、魔物ねぇ……」


 リオはニヤッと笑みを浮かべた。


 ――嫌な予感がする。


「ハル、どうにかするわよ」

「はいはい、言うと思ったよ」


 リオと冷静に話していると、ゼネは般若のような顔をした。


「何を馬鹿なことを言ってるの‼ 相手は魔物よ‼ 私達ではどうにかできる訳ないじゃない‼ 逃げるわよ‼」


 とりあえず、家を出た。


 家を出ると、村の入り口辺りに人型の何かがいた。

 しかしそれは、子供くらいの背丈で緑色のブヨブヨの肌を持ち、とても人間には程遠かった。

 それはこちらをまっすぐに見つめている。


 ――これは見つかったな。


「万事休す、ね……」


 ゼネがつぶやいている横で、リオと話し始めた。


「ハル、分かってるわよね?」

「あぁ」


 やらないとまたガミガミと言われるんだろうな。


「あんた達、何するつもり⁉」


 ゼネは、立ち向かおうとする自分達に声を荒げた。


「ゼネさん、下がっていてください」

「あれはゴブリン。あのこん棒に気をつけて。あんたの武器は遠距離戦向きだから、間合いを考えて」

「んな事、言われなくてもわかってる」


 近づかれたら終わりだからな。

 話しているとゼネが口を開いた。


「2人とも、人間は魔物に手を出せないのは知ってるだろう‼」


 ゼネが止めようとしてくるが、聞く気はない。

 魔物を倒せば、少しはゼネへの恩返しになるかもしれない。


「なんだ? 人間がやり合う気か? 面白れぇ、やれるもんならやってみろよ」


 ゴブリンが独り言をつぶやいている。


「相手は1体、間合いが離れてる今がチャンスか」

「んじゃ、行くわよ」


 リオがそう言うと、自分の身体に光が宿る。


「食い殺してやるよ、このくそ野郎が‼」


 ゴブリンがそう言いながら、バカみたいにまっすぐに突進してくる。


 弓に矢をつがえて……放つ‼


 矢が放たれた瞬間、しなりが戻る反動で弓がバキッと折れてしまった。


「ぬぅっ⁉」


 矢はゴブリンの左足に命中しゴブリンは体勢を崩し、目の前まで転がってきた。


「ウゥ……なんで俺の足に、矢が刺さってるんだ?」


 次の矢を手に持ち、矢の先をゴブリンの頭に向けた。


 思ったよりも簡単かもな……。


「残念だったな」

「やめろぉぉぉぉおおおおお」


 それがゴブリンの断末魔の叫びだった。

 手に持った矢をゴブリンの頭に刺す。

 グシャリという感覚が感じながら、ゴブリンの息の根を止めた。

 そして、ゴブリンの身体は金貨と化した。


「な、なんで……」


 ゼネは驚愕の表情を浮かべている。

 リオがいなかったら、自分も戦えないしな。


「どうしてあんた達魔物と戦えるの?」

「だから、言ったでしょ。私は神様だって」


 リオがそう答えても、ゼネはすぐに信じられないようだった。


「そんな、そんな馬鹿な……」

「本当よ」

「そう、なのね……」

 

 その後、ゼネに寝床を用意してもらった。

 終始、ゼネに変な視線を送られたが、気にせずそのまま倒れるように眠った。



     ***



 翌日、起きた頃には魔物退治の件は村中に知れ渡っていた。


「あんた達、眼覚めたようだね」

「はい、ありがとうございました」


 ゼネは、まだこちらの様子を伺っているみたいだ。


「で、これからどうするんだい?」

「えっと……」

「何も考えてないわよ」


 返答に困っているとリオが答えてしまった。


「この村の東にあるセイリルっていう街に向かいなさい。そこならあんた達と一緒で魔物を倒せる人がいるはずよ。そっちの方が話が通じるんじゃないのかい?」


 同じように魔物が倒せるってことは、同じような境遇の人がいるのかもしれない。


「ありがとうございます‼」


 有益な情報を得ることができたのは本当にありがたかった。

 ゼネはなぜか後ろを向き、こちらに強い口調でこう続けた。


「用が済んだなら、この村からとっとと出ていってくれ」

「え?」


 魔物を倒し、村を救ったはずなのに、なぜか冷たくあしらわれる。


「あんた達が来たことで、子供達が魔物は倒せるって思ってしまった。これから子供達は魔物と戦おうとしてしまうかもしれない。あんた達はそれほどのことをしたんだ」


 ゼネの今までにない真剣な表情に固唾を飲み込む。


 考えてみれば確かにそうだ。

 自分も小さい頃、たまに家に来てた狩人を見て、狩りのやり方を覚えた。

 自分は納得したが、リオは不満そうだ。


「はぁ? 私達が倒さなきゃ危険だったじゃない‼ それなのに、なんで私達がまるで悪者みたいになる訳‼ 意味わかんない‼」

「いいからこの村から出てっておくれ‼ 私達はあんたらみたいに戦いが好きなわけじゃない‼ 逃げてでも、生き延びさえできればそれでいいんだ‼ なのに、あんたらはその邪魔をした‼ 子供達に戦うことを教えた‼ 昨晩泊めてもらっただけありがたいと思え‼」


 ゼネはもう話を聞くつもりは無いようだ。

 仕方ない。

 これからのことは、セイリルについてから考えよう。


「分かりました。僕らは去ります。ご迷惑をかけてすみませんでした。リオ、行くよ」


 そうして、家を出た。


「ちょ、ちょっと‼」


 続いてリオも家を出てきた。


「さて、ゼネが言ってたセイリルっていう街に行くか」

「まったくなんだっていうのよ、この村は。私達が魔物退治したら、喜ぶどころか『この村出ていけ』なんて言うし」


 リオはまだカリカリ怒っている。


「まぁまぁ、それじゃ行こうか」


 早く次の街に行かないと。


「ちょっと待って」


 なぜかリオに止められた。


「何?」


 いつの間にか、リオは平静を取り戻していた。


「セイリルは結構ここから離れてるわ。歩いて向かうなら、何日もかかるわよ」

「マジか……」


 そんなに離れてるのか。


 正直、歩くのには慣れていない。

 何日も歩き続けるなんてやったことがない。

 少しこの先が不安になった。


「気は向かないけど、この村で準備だけはしていくわよ」

「分かった」


 準備のために、道具屋へと向かう。


「いらっしゃいって、お前さん達か」

「どうも」


 ――なんだか気まずいな。


「あぁ、別に俺は買い物してってくれるなら、なんも言わないから安心しろ」


 テルは事の全てを知っているようだ。


「村の連中の言う事も分かるから、君達には申し訳ないけどそういう結論に至ったんだ。ゼネさんも最初は君達に恩返しをしたいって言ってたんだよ。ただ、村の連中は頭の固い奴らばかりでね……」

「ありがとうございます。そのお気持ちだけでうれしいです」


 本当は気持ち以外も欲しい。

 弓も折れて、戦う武器がない。


「そのかわりといっちゃなんだが、ゼネから渡すように言われてるものがあるんだ」


 テルがそう言うと、店の裏部屋から新品の弓と幾本の矢、手のひらより少し大きいくらいのナイフ、そして幾分かの食料を持ってきてくれた。


 まさか心の声が現実になるとは……。

 特に弓はありがたい。


「これを使ってくれ。ゼネと私からの気持ちだ」

「ありがとうございます。この恩、忘れません」

「まぁ、ありがとね」


 珍しく、リオも感謝しているようだ。


「ほんとに、ゼネの言う通り律儀でいい子だね……」

「いえいえ、とんでもないです」

「つらい思いさせてすまんな……」

「いいですよ、これくらい。仕方ないですから」


 そりゃ、あんな風にゴブリンを倒す様子を子供が見たら、真似したくなるもんな。


「んじゃ、僕達はこれで」

「ありがとな」


 店主のその言葉を背に店を出た。


「さて、行こうか」

「そうね」


 そして、セイリルに向けて出発した。

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