第十二節 覗き
足が痛い。
自分は今、堅い床の上に正座をしている。
もちろん、隣にはジークが同じように座っている。
目の前には、鬼が三人。
セリカの周りでは炎の球が浮遊している。
*****
――十分程前。
意気揚々と浴場へと歩み出てしまったジークを止めるために、自分も同行した。
決して、覗きたかったからではない。
いや、その気持ちが微塵もないというと嘘になるが……。
もし見つかりでもしたら、命を落としかねない。
そう思うことで、少しでも気を紛らわす。
「やめましょうよ、ジークさん」
「男として、女性が入っている浴場は覗くのが筋だろう?」
そう言いながら、ジークが牙を輝かせながらニヤつく。
このままだと自分の身も危ういかもしれない。
居間に戻るために振り向こうとしたが、ジークにがっちりと肩を組まれてしまった。
「俺はまだ死にたくないです」
「だからって、逃げるのは無しだよ?」
少しは抵抗してみるが、ジークの腕は解けそうにもない。
こんなに強引に連れられてしまったら、仕方がないよな……。
階段を降り終え、音を立てないように少しずつ浴場への扉へと近づく。
扉の前で耳を澄ますが、何も聞こえない。
もう奥に入ってしまったのかもしれない。
合図をかわし、ジークが先に扉へと突入し、自分も後に続く。
辺りを伺うが、セリカ達の姿は無い。
奥の方へと近づいてみるが、セリカ達の姿は無い。
後ろでギィと音を立てながら扉が閉まった。
――助けてください。
身体の震えが止まらない。
ゆっくり振り向きながら、正座の姿勢へと移行する。
*****
そして、今に至る。
鬼の形相を浮かべる彼女達に抗う術など持ち合わせていない。
とりあえず、今の自分には床に頭を擦りつけることしかできなかった。
「さて、なんで覗こうとしたのかしら?」
リオが腕を組みながら、こちらを見下す。
その眼から殺気のオーラが激流のように刺さる。
「ハル君がどうしても見たいって言って、僕の言う事を聞いてくれなかったんだよ!!」
裏切ったな!!
ど、どうする……。
今何か言ったら、どう考えても逆効果になってしまう。
かといって、黙っていればリオの手からナイフが飛んでくるか、もしくはセリカの炎で焼かれてしまう。
全身を流れる冷汗が止まらない。
ここで自分は死んでしまうのだろうか……。
「まぁ、ハルは許してあげるわよ。ジークに無理やり連れてこられたのは、あんたたちの話を聞いてて分かってるわよ」
助かった!!
リオはやっぱり女神だった!!
――炎球が顔の横を通り過ぎていったのは気のせいだろう。
「そんな笑顔を浮かべてないで、早く出ていってよ。本当はこの部屋に入った時点でほぼ同罪なんだからね?」
とりあえず、喜びを胸の奥にしまい込む。
これ以上喜んだら、本当に焼かれてしまいかねない。
……まずい、足が痺れてうまく立てない。
ジークが羨ましそうにこちらを見つめてくる。
一緒に連れていこうか?
……まだ死にたくないから、さっさと行こう。
痺れる足を引きずりながらも、何とか部屋を後にする。
「やめてくれぇぇぇぇええええ!!」
後ろから悲鳴が聞こえたような気がするが、気にしないでおこう。
ああいうのを自業自得っていうんだよな……。
*****
お許しをもらえたのか、ジークが居間に戻ってきた。
「ただいま、ハル君。まず傷の治癒をしてもらえるかい?」
肩にナイフが刺さっている……。
それに加えて、髪の毛の一部が焦げ、目元には青あざが付いている。
どうもあの三人に容赦は無かったようだ。
とりあえず、刺さっているナイフを抜いてみる。
傷口から血が溢れ出して目も当てられない。
傷口が見えないように、傷口を手で覆い隠す。
「ウィンド・ヒール」
ジークの身体が薄緑色の霧に覆われる。
手中の傷が、みるみる塞がっていく。
目元のあざもだんだん薄れ、焦げてしまった髪の毛も元に戻っていく。
傷の治療は終わったが、まだジークの顔は引きつったままだ。
見た目は完全に元通りになっているのに、何故だろう……。
「ありがとう、ハル君。まだ痛みがあるけど、傷はこれで大丈夫かな」
まだ痛みがある?
確かにこの魔法を使っても、痛みは無くならなかったような気がする。
「痛みの塊が身体から出てくるようにイメージしながら、『ウィンド・リムーブ・ダメージ』って詠唱してくれるかい?」
痛みの塊が身体から出てくるように……。
上手くイメージが湧かない。
「身体から黒い液体みたいなのが出てくるような感じだよ」
身体から黒い液体が出てくるようなイメージ……。
その黒い液体が痛みの元っていう事か。
「ウィンド・リムーブ・ダメージ」
ジークの身体から黒い液体がにじみ出てくる。
空中で留まるそれは、うねうねしながら周りの光を反射させている。
試しにそれに指を突っ込んでみる。
「イッテ……」
思いきり潰されるような感触が指を襲ってきた。
引き抜いて確かめてみるが、特に指に損傷はない。
確かに痛みの塊なのかもしれない。
さて、問題はこれをどこに捨てるか……。
「ふぅ…痛みもなくなって、大分スッキリしたよ。あ、それは外に捨ててくればいいよ。触れたものを痛ませてしまうから、なるべく地面以外には触れないようにね」
これを外へ捨てるために、まずは窓を開けておく。
念のため、窓の外を確認する。
窓の真下は草が生えているだけで、他には何もない。
これなら捨てても大丈夫そうだ。
黒い液体を窓の外へと移動させ、意識を切る。
それは地面へと落下し、ベシャっと地面に飛び散った。
それは徐々に地面に飲み込まれていき、残った後には生えていた草が枯れていた。
治療する度にあんな危険物を扱うのか……。
少しうんざりする気持ちはあるが、もしかしたらあれは攻撃にも使えるのかもしれない。
そんなことを考えながら、そっと窓を閉めた。




