第十節 リベンジ
食事を終えたジークは口元を丁寧に拭っている。
布を机の上に戻し、すっと立ち上がった。
「さて、そろそろ準備をしようか」
「あ、はい!!」
口の中に入れようとしていた新しい大エビフライを大急ぎで食らう。
「うぐっ!!」
しまった。尻尾が喉に…い、息が……。
「大丈夫かい? ほら、水」
水が喉に引っかかっていた尻尾を押し流し、尻尾が食道をゴリゴリ削っていく。
「うぅ……」
急いで食べすぎるとこうなると分かってはいても、この痛みには慣れない。
なんとか胃に到達したようで、痛みが治まっていく。
「それじゃあ、いけるかい?」
少し体を震わせながらも立ち上がる。
「食べ終わったら、居間で待ってるわね」
リオがフォークにステーキを突き刺し、かぶりついている。
――野性的だな。
突然、耳元を数本のフォークがかすめていった。
「変なこと考えてないで、さっさと行きなさい」
リオが右手でステーキを食べながら、左手でフォークを投擲してくる。
「ここはさっさと行くのが吉だよ」
ジークがそそくさと部屋を後にする。
急いでジークの後に続く。
「女子だけのお話をするからゆっくりしてきてね」
次はナイフが投擲され、どんどん頭に近づいてくる。
出口を目指し、急いで走る。
あと少し!!
扉を閉めると、トンッという音を立てナイフの刃が少しこちらを覗いた。
「ひぃっ!!」
「相変らずリオは容赦ないね。本当に困ったものだよ」
そう言いながら、ジークは少し身を縮ませた。
なるほど。経験があるようで……。
圧制された男性陣はなるべく静かに屋敷の外へ出た。
*****
屋敷を出て、今朝と同じように空き地へと向かう。
地面は昼の戦いのせいで、ところどころ抉れている。
「まずはここを綺麗にしないとね」
ジークが指を鳴らすと、地面が波のようにうねり、抉れたところを均していく。
初めて屋敷に来た時にはよく分からなかったが、今は小さな声で『グランド』と詠唱するのが聞こえた。
これなら自分にもできそうだ。
「今の真似してみてもいいですか?」
「難しいよ?」
そう言いながら、ジークは一歩下がってくれた。
深呼吸すると、辺りが一気に静まり返る。
そっと右手を持ち上げ、指を鳴らすと同時に詠唱する。
「ウォータ」
一瞬、水が指の近くに出現するが、すぐに消えてしまった。
「指に集中しすぎだよ。魔法に意識がいってなかった。それにまだまだ声が大きい」
ジークは自分の横を通り過ぎて、空き地の中央へと向かう。
上手くできず悔しいが、ジークの後に続く。
「さて、今朝と同じようにしようか」
振り返ったジークは両手を少し広げた。
早くも臨戦態勢に入ったようだ。
「そんなに戦いたかったんですか?」
こちらも右手で剣を抜き、左手を相手に向ける。
今朝とは違って構えが様になっているせいか、ジークが微笑んだ。
「本当に変わってるようだね。でも、手加減はしないよ」
ジークが静かに目を閉じる。
詠唱をしていないにも関わらず、ジークを中心に少しずつ風が吹き出す。
不自然な風の流れは、魔法特有のものだが……。
「さあ、始めよう…フレイム・ボール!!」
考える暇もなく、炎球がこちらへと迫ってくる。
「フッ!!」
地面を蹴り、出来る限りの低空飛行を決行する。
頭上を炎球が通りすぎていく。
「ウィンド・プロテクト!!」
風が身体に纏わり、地面に落ちないように支える。
「サンダー・ウェポン・スピア!!」
雷の槍を左手に持ち、ジークへと迫る。
不意に左側で何かが動くのを感じ、咄嗟に地面を蹴って後退する。
自分のいたところに炎球が通り過ぎていく。
安心したのも束の間、足元の地面が不自然に沈み込む。
「グランド!!」
急いで沈み込む地面を整えにかかる。
相手の魔法の干渉があるもののどうにか地上へと戻ると、炎の剣を携えたジークが眼前に立っていた。
「ちゃんと感じないとダメだよ」
右手の剣で何とか受け止める。
「いつの間に炎剣の詠唱なんて……」
「詠唱なんて自分が認識できればそれでいいんだよ」
突如、ジークの後ろから雷が発射された。
剣を弾きつつ横に跳ぶが、雷の一つが右のふくらはぎをかすめた。
「くっ……」
痛む右足に気遣いながらも、ほんの少しだけ考える。
――どうして詠唱なしで魔法が使える?
しかし、ジークが考える暇を与えてくれるはずもなく、こちらに向け次々と雷が発射される。
――詠唱をしなければ、魔法は発動しないはず。
雷を右へ左へと避ける。
避けきれなかった雷が身体をかすめていく。
何かが掴めそうなのに……。
再び飛んできた雷を右へ跳んで避ける。
雷の後ろから、土で出来た球体がこちらへと向かってくる。
――避けられない!?
体に球がめり込み、後ろへと弾き飛ばされる。
剣は手の届かないところまで吹き飛ばされてしまった。
一瞬、地面が遠のく。
空中を舞うことで、考える時間ができた。
気づかれないように詠唱……。
自分が認識できればいい……。
指を鳴らす……。
「そういう事か……」
体が地面へと不時着し、大きく転がる。
幸運にも、手や足を軽く捻っただけで済んだ。
全身傷だらけで所々捻っているものの、何とか立ち上がる。
自分の中に浮かんだ一つの答えに従い、二つの魔法を詠唱した。
*****
「ウォータ・ウェポン・ソード!! フレイム・ウェポン・ソード!!」
右手に水の剣を、左手に炎の剣を握る。
水の剣では炎と風に、炎の剣では地と雷の魔法に打ち勝つことができる。
残りの水属性はできることならば避け、できないなら水の剣で打ち消し合えばいい。
問題はどの魔法が飛んでくるかわからないということ。
多分、あれは詠唱破棄ではなく、口を動かさずに小さな声で詠唱しているのだ。
この轟音が響く中、小声の詠唱を認識している聴力はすごいものだと思う。
すさまじい聴力に驚いている間に、ジークの背後に次々と魔法が展開される。
「マジか……」
以前、セリカに聞いたことがある。
魔法は同時に展開できる数は詠唱者のイメージ力に比例するらしい。
一つ一つの魔法の状態を細かくイメージするので、セリカでも三つの魔法を展開するのが限界だという。
目の前には五属性それぞれの球が浮遊している。
つまり、ジークは五つの魔法を同時に展開しているのだ。
思わぬ手厚い歓迎を受け、剣を握る手に汗が滲む。
一度深呼吸をしようとするが、そんな余裕を与えてもらえるはずがなく、五つの魔球が迫りくる。
落ち着いて右腹を狙う炎球を水の剣で切り、土球の追撃を炎の剣で切る。
左右から同時に迫る雷球と風球を目掛けて、左右の剣を振りぬく。
二つの球が飛散し、残る球は水球。
身体の中心に向けて迫るそれを水の剣の腹で受け止める。
「うぐっ……」
思ったより一撃が重い。
右手だけでは受け止めきれず左手の剣を破棄し、水の剣に全力を注ぐ。
お互いがお互いを打ち消し合い、力が拮抗する。
「ウァァァアアア!!」
迫る水球を何とか受け流し、ジークの喉元に勝利の刃を向ける。
敗北を喫したジークは身体から力を抜き、ゆっくり両手を上げた。
「参ったな。本当に強いよ……」
緊張が切れたせいか、水の剣を破棄すると全身に疲労感が一気に訪れた。
「ジークさん。戻って休みましょう……」
早く眠りたい、と思いつつ屋敷の入口へと向かう。
「まぁまぁ、そんなに急ぐとまたリオにやられるよ」
ジークの言葉にナイフを投げてくる暴食の女神を思い出した。
――まだ死にたくないな。
「ゆっくり一緒にお風呂でも入ろう」
そう言って、いきなりジークが肩を組んできた。
どこまでも行動が読めないが、さっきの詠唱といい、あれだけの戦闘をしたというのにこれだけリラックスしていられるタフさといい、すごい人だと思った。




