第九節 美食な夜
「さて、ヴァンパイアを追いかけるためにも、クラーケンを倒さないと――」
「――その話なんだけど」
セリカの言葉を遮るように、リオが口を挟んだ。
「色々あったけど、今のハルとセリカならクラーケン程度なら倒せるはずよ」
「へぇ、ハル君の力はそこまで強いのかい?」
どこから取り出したのか、ジークはワイングラスに注がれた液体を口にする。
「あぁ、君達も飲むかい?」
そう言いながらワイングラスをこちらへと傾けてくる。
液体はどうもワインのようで、少しアルコールの匂いがこちらへと向かってきた。
「って、君達はまだ未成年か」
そう言って、ジークを笑みを浮かべた。
――どうして俺達の年が「未成年」だと知っているんだろう。
そんなことを考えるが、知らない間にリオが教えたのかと納得した。
「まぁ、リオが言うのなら大丈夫だと思うけど……。 一応、明日の朝に手合わせしてくれるかい?」
「分かりました」
やられっぱなしじゃ、たとえ強くなっても自信が持てないからな……。
にんまりと笑うジークを見つめながら、そんなことを思う。
ふと、誰かの腹の虫がグゥ…と鳴った。
「ご、ごめん……」
セリカが謝りながら真っ赤になった顔を両手で隠す。
「多分、ヴァンパイアになって体力使ったんですよ。 待っててください。 すぐ準備しますね」
そう言って、ヒュムが部屋を出ていった。
「なんだか申し訳ないなぁ……」
自分がそんなことを口にすると、リオが答えた。
「いいのよ。 ヒュムはああいう家事とか炊事とかが好きだから。 それじゃ、私はご飯ができるまでおやすみ」
リオはソファーに寝転がると、すやすや寝息を立て始めた。
「本当にリオは変わらないね……。 さて、これからどうする?」
どうするも何も、考えていなかったので返答に困る。
「考えて無かったんだったら、こんなのはどうだい?」
ジークは服の中から『トランプ』と書かれた箱を取り出した。
*****
「これはトランプっていうもので、五十四枚のカードで一組のものなんだけど……」
そう言いながら、ジークがトランプを一枚ずつテーブルに並べていく。
「これがエース、それから二から十までの数字のカード、そしてジャック、クイーン、キング」
十三枚のカードがテーブルの上に広げられる。
「そして、それぞれのカードにクラブ、スペード、ハート、ダイヤのマークのどれかが付いている」
ここまでで五十二枚のカードがテーブルに並べられる。
「最後に特殊なカードとして、ジョーカーが二枚」
最後の二枚が並べられ、合計五十四枚。
「この五十四枚を使って色々な遊びができるんだけど、何をしようか」
ジークがテーブルに広がるカードを集めていく。
何をしようと言われてもな……。
トランプを見るのも初めてで、セリカもどうも同じようだった。
「んー、それじゃ簡単なババ抜きでもしようか」
ジークがカードの束から、ジョーカーを一枚だけテーブルの上に置いた。
「それって、どうやってやるんですか?」
セリカが目を輝かせながら、ジークの話に食いついた。
――セリカはこういうのに目がないんだよな。
心でそんなことを呟きながら、自分も説明を求めた。
「ババ抜きって言うのは、配られた手札から同じ数字もしくは同じ記号のカードを二枚合わせてテーブルの上に出すんだ。 例えば……」
そこから簡単な例と詳しいルールを教えてもらった。
「こうやってテーブルに出していって、最後に手札が残っていた人の負け」
ジークはジョーカーをこちらに見せてきた。
なるほど。 ジョーカーだけ二枚組にできないからってことか……。
「さて、やってみるかい?」
ジークに誘われるがまま、やってみることにした。
「まずは手札を配るね」
ジークがカードの束を混ぜ合わせ、一通り混ぜたところで配っていく。
「さてと、一回やってみようか」
三人それぞれがカードを出していく。
結果、ジークは残り五枚、セリカも残り五枚、そして自分の手には九枚。
――自分だけ多くないか。
「それじゃまずはセリカちゃんから」
俺の疑問はジークの開始の合図によって葬られた。
九枚ある自分の手札にジョーカーは無かった。
「それじゃあ、これ!!」
セリカがちょうど真ん中にあるクラブのキングを引き抜く。
「やった!!」
セリカがハートのキングとクラブのキングをテーブルの上へと出す。
残り四枚。
何か細工でもされてるんじゃないかと疑う。
しかし、そんな疑念もすぐに解消された。
「どれにしようかな~」
ジークの右手が四枚の手札の上をうろつく。
すると、なぜか一番左端のカードの上に手が行った時にセリカの目が輝く。
なるほど、あれがジョーカーなのか……。
そこから、ゲームが進むのは早かった。
まず手札の少なかったジークが一番に抜け、セリカとの一騎打ちになった。
その時点でセリカが四枚、自分が三枚。
そこからお互いが二枚ずつ出し、こちらの手札はスペードのエースのみとなった。
目の前に出された二枚のカード。
セリカは右のカードを引こうとすると嬉しそうな顔になり、左だと泣きそうな顔になる。
迷わず左のカードを引き抜く。
「あ……」
セリカの力ない声が裏付けるように、引いたカードはダイヤのエースだった。
「セリカは顔に出しすぎだよ」
落ち込むセリカに声をかける。
「次は負けないんだから」
思ったよりすぐに気を取り戻し、いつものセリカに戻った。
そんなところで部屋の扉が開いた。
「ご飯できましたよ~」
ヒュムがこちらに一声かけたと思うと、すぐに扉を閉めた。
「さて、そろそろ行こうか」
ジークはカードを箱の中へと戻し、服の中へと片付けた。
*****
二階の居間から、一階のダイニングへと移動する。
先を歩くセリカの姿は相変らず愛らしいが、どこか寂しげだ。
やっぱりヴァンパイアになって辛いのかな……。
「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だよ。 少しは慣れてきたし……」
答えたセリカは淡々と階段を下りていく。
セリカの顔は以前として、進行方向を向いている。
金色に輝く部屋を見まわしてみるが、離れた場所でも使える程の大きな鏡などはない。
「ヴァンパイアになってから、周りがよく見えるようになったんだよね」
セリカは水色の髪を翻し、こちらに振り返った。
顔と体はこちら側を向いているのに、器用に階段を下りていく。
「残念なのは、少し魔法が使えなくなったことかな」
セリカは前に向き直し、階段を降りていく。
つまり、セリカは背中にも目が付いたってことか……。
少し身を縮ませながらセリカに続く。
セリカが少し笑ったような気がしたが、気のせいだと信じよう。
*****
「今日はいろいろ用意してみました」
自身満々のヒュムの前には、煮魚や焼き魚、鶏のから揚げやステーキなど本当に様々な料理が並べられていた。
「なんだ、これ……」
自分の目の前におかれた料理は、一見するとエビフライのように見えるが、あまりにも身が大きすぎる。
「これ、腕くらいあるよ……」
大エビフライにむしゃぶりついてみるが、少し先っぽをかじり取ることができたくらいだった。
しかし、それでも――。
「美味い!!」
サクッという衣とプリッという身の食感が、香ばしい衣と旨甘い身が、歯と舌を楽しませる。
気づくと尻尾以外食べきっていた。
「尻尾にも栄養はあるらしいからね。 食べておくことをお勧めするよ」
そう言ったジークは肉汁滴る牛のステーキを程よい大きさに切って、口へと運んでいた。
次はあの肉を食べようと思いながら、尻尾を口の中へと放り込む。
エビの風味が口の中を占拠し、噛む度にカリッカリッと音を立てる。
これはこれでありかもしれない。
「さて次は……」
尻尾を飲み込んで、次の獲物を探す。
先ほどジークが食べていたステーキが乗っている皿が目に入り、こちらへと近づける。
肉が自らナイフを受け入れたかのように軽く切ることができた。
一口サイズに切り、口へと運ぶ。
口に入ったそれはもはや肉ではなかった。
噛むことを必要とせず、そのままでも飲み込んでしまいそうになる。
出来るだけ味わうように食す。
肉から甘い肉汁がとめどなくあふれ出し、口の中から全身を蕩けさせる。
全身脱力しながらも、次の料理へと旅立つ。
そんな美食な夜は少しずつ更けていった。




