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前略 異世界より  作者: 柊 葵
第二章 新しい仲間とともに
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第五節 不思議な体験

 朝日を写す海の煌めきに目を細める。

 時間はまだ早朝だというのに、街にはもう商人たちの声が響いている。


「さてと……」


 朝日を嫌う目をこすりながら、ベッドから這い出る。


 今まで使っていた弓ではなく、昨日買ったばかりの片手直剣を握る。

 握った感触にはまだ慣れず、まだ片手で支えるだけで精一杯だ。


 剣を腰の鞘に納め、衣装箪笥から鎧を取り出す。


 これもまた、買ったばかりの鎧。

 ガチャガチャと金属音が部屋に響く。

 体が一気に重たくなり、少し動きにくさを感じる。


 身支度を一通り済ませて、部屋を出た。



     *****



 屋敷の玄関を出ると、入り口の段差にジークが座って待っていた。


「おはよう、ハル君」

「おはようございます」

「さてと、ここでは狭いからもう少し広い所へ行こう」


 ジークに連れられ、屋敷の裏手へと回る。

 裏手には少し広めの空き地やちょっとした畑などがあり、畑ではヒュムが野菜を収穫していた。


「おはよう、ヒュム」


 ヒュムもこちらに気付いたようで、言葉を返す代わりに手を振ってきた。


「よし、ここなら大丈夫だろう」


 そう言って、ジークがこちらに向き直した。


「これから君達が倒さなければいけないクラーケンはとても強力な敵だ。 相手をするにはそれなりの覚悟と力が必要になる。 セリカちゃんの魔法の素質は何も申し分はないが、君は力が足りなさすぎる。 そこで、君を鍛えてあげようってことなんだけど……」


 ジークがこちらをじろじろと見つめてくる。


「まずは、その鎧を脱いでくれるかい? 君にその鎧はまだ早いよ」


 確かに鎧が重すぎて、さっきから身動きが思ったように取れない。

 ジークはそれを完全に見透かしていた。


「そうですね……。 分かりました」


 ジークに言われた通り鎧を脱ぐと、重圧から解放された身体がとても軽く感じた。


「さて、それじゃあまずはどれくらいの力を持ってるか量らせてもらうね」


 そう言いながら、ジークは両手を軽く広げた。


「さぁ、ハル君も構えて」


 そう言われて、やっと腰の剣を構える。

 構えると言っても、どう構えていいのか分からず、結局片手剣を両手で構えてしまった。


「それじゃ、行くよ」


 ジークの掛け声と同時に接近を試みる。


「はぁ?」


 思い切り地面をけり、水平に跳ぶ。


「グランド・プラント」


 ジークが唱えると、地面から植物の蔓のようなものが生え、身体の自由を奪われた。


「何も考えずに突っ込むのは、さすがにどうかと思うよ」


 ジークが意識を解くと、身体を拘束していた蔓は消えていった。


「君はまず、戦い方を学ぶべきだね」


 そう言ったジークにはもう戦う気はないようだった。


「おすすめの本は後でヒュムにでも持って行かせるから読んでみて」


 そう言うと、ジークは軽く伸びをして空を見上げた。


「今日はいい天気だし、僕はちょっと散歩に行ってくるよ。 じゃ、また後でね」


 ジークは畑にいるヒュムに駆け寄り何か話をすると、コウモリの姿になり飛んでいってしまった。


 多少、弓の扱いには自信があるくらいで、魔法も剣もうまく使えるわけでもない。

 戦闘はセリカに頼ってばかりで、自分一人では何もできなかった。


 ジークに核心を突かれ、しばらく立ち尽くしていた。



     ***



 ジークにあまりにもあっけなくやられてしまった。

 自分が思っていたより何倍も早く、無残に。


 何が間違っていたのかを考える。


 まず、片手剣を両手で構えてしまった。

 よくよく考えれば、片手剣を装備すれば必ず左手が空く。

 分かっていたはずなのに、何も買っていなかった自分を悔やむ。


 他にはないか、と思ったところで考えるのをやめた。


 ――駄目だ。 知らないことが多すぎる。


 屋敷の中へ戻ろうとすると、収穫を終えたヒュムがこちらに近づいてきた。


「お疲れ様です、ハル様。 ジークから話は聞きましたよ」


 我が子を見るような穏やかな表情を浮かべ、こちらを見つめる。

 その優しさは今の自分の心にはあまりにももったいなかった。

 そして、惨めになった。


 自分の力の無さをひどく痛感する。


「俺はどうすればいいんだろ」


 つい、弱音が口から零れてしまった。


「ジークにも言われた通り、ハル様は戦い方を学ぶべきです。 書庫にそういった本もあったはずな

ので、一旦書庫へ向かいましょう」


 言われるがまま、屋敷の中へと入る。


 居間のある二階ではなく、一階の右奥の扉に入る。

 そこには自分の背丈の何倍もある本棚が、壁際にびっしりと並んでいた。

 部屋の真ん中には簡素な円卓と椅子が用意されていた。


「どうですか? この本全部、私とジークが月日をかけて集めたんですよ」


 ヒュムは本棚に近づき、ジークに頼まれたらしき本を探す。


「ジークの言っていた本は…これとこれかな……」


 ヒュムは本を抜き出すと、こちらに戻ってきた。


「ジークから渡すように言われているのは、この二冊です。 他にもこの部屋にある本なら全部読んでも大丈夫ですよ」

「ありがとう、とりあえずこの二冊を読んでみるよ」


 ヒュムからいかにも古臭い二冊を受け取る。


「では、私は家事に戻ります。 何か御用があったら何でも言ってくださいね」


 ヒュムが部屋を出ていくと、途端に部屋が静まり返った。


 静寂の中、受け取った本を眺めてみる。


『戦闘術《上》』

『悪魔と戦った英雄』


 先にいかにも戦術が載っていそうな方を開いてみる。

 文字がずらりと並び、読み切るには相当な努力が要りそうだ。


 次にもう片方の本を開いてみる。

 こちらはどうも小説のようで、セインという男の子が英雄になるまでの物語らしい。


「こっちから読んでみるか……」


 今まで本なんてめったに読まなかったので、少し気合を入れ何年かぶりの読書を始めた。



     *****



 光を跳ね返す湖にゆっくりと霧が立ち込める。

 湖上に二人、自分と知らない少年が立っている。


 ここはどこだろう……。


 そう思い辺りを見回そうとするが、思い通りに身体が動かない。

 声を出すこともできず、ただただ吐息を漏らす。

 書庫で読書をしていた、というのが信じられなくなる。


 まるでこちらを見ろと言っているかのように、突如として少年の右手に剣が現れた。

 それに呼応するかのように、新たに黒い影のようなものが現れた。


 少年は右手の片手剣を両手に構え、影に対抗しようと懸命に振るう。

 しかし、簡単に防がれ続け、少年の顔に焦りの色が見える。

 とうとう影は、剣を弾き飛ばした。

 立ち尽くす少年の頬には雫が滴っていた。


 一瞬視界が暗転し、再び光を取り戻すと少年は青年へと変化していた。


 その右手には変わらず片手直剣が握られ、左手には何も持っていなかった。

 しかし、その構え方は先程のように両手に構えるのではなく、剣を右手で水平に持ち左手をその刃に当てている。


「――。 ――。」


 青年が詠唱すると、剣は燃え身体は風に覆われた。

 そんな青年に向け、虚空から無数の影が襲い掛かる。

 青年は影たちを剣で切り、魔法で焼き払っていく。


 ――こんな風に自分も戦えたら。


 そんなことを考えたところで、視界が一気に暗くなった。



     *****



 目を覚ますと、そこは書庫の円卓の上だった。

 どうやら、読書の途中で眠ってしまったらしい。


「だめだ、ちゃんとしないと……」


 一度頬をはたき、もう一方の戦術書を読みだした。

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