ラーク
その反抗的な目を、真っ直ぐ見返せないのがイヤだった。最初は、最初の理由は、きっとそれだけだった。
たった、それだけだったんだ。
「カヅキ、ここの音、おかしくないか?」
「イヤ、いんだってこれで。ここは外れてる方が響く」
「そ? 違和感ない?」
「イヤ、一回通してみればわかるから。ね、マサト」
「あ? あ、あぁ……」
「どうしたのー? ぼーっとしちゃってさぁ」
わざわざ腰を屈め、シュンが俺の顔を覗き込んできた。いきなりのドアップに
「うわ、」驚いて一歩ひいた。
「んだよ、俺傷つくー」
シュンは眉を寄せ、唇をとがらせた。俺より五センチくらい背が高いくせに、しかも男のくせに、背中を丸めて上目遣い。そんで確実にわざとだ。
でもそこがシュンの憎めないところで、なんでも女の子には『カワイイ』と、ウケているらしい。でも、俺は特にイイ気持ちはしない。男だし、当たり前か。
「まぁ、とりあえず一回やるか」
はぁ、と大げさに息を吐きながらユースケが仕切る。ばらばらと楽器を手にとって、お互いの顔を見ながら円になるように立った。
雨のせいか、今日はやたらとテンションが低い。
軽音部の練習場所、いわゆる部室棟はみんなそうなのだが、いつもいる校舎からは離れた位置にある。おかげで楽器は濡れるし、この間っからカヅキとユースケはやたらと仲良くなってるし、なんかもう、イタイ。
それでも練習はやるケド。
マイクスタンドをカヅキがその両手で掴む。みんながシュンへ目配せする。シュンは、カヅキを見る。
カッ・カッ・カッ・ダッダダン!
スネアドラムが鳴いた、ギター、ベース、カヅキがシャウトする。すべてが気持ちよ過ぎるほどにぴたりと揃って、音は走り出した。
その唄い方、お前はどこで覚えてきたんだ?
乱暴な感じがするのに、勢いまかせで走っているような気がするのに、どこかで繋がっている。それはひとつの曲だからか? 楽譜にはこんなこと書いてない。
同じ曲を作り上げてんだって、実感する。
あぁ、だけど――息切れしそうなんだ。
「――っ、ぃた」
「マサト?」
なんだってんだ畜生。今日は何もかもうまく行く気がしねぇ。
「弦切れたっ」
「あ、ホントだー。だいじょーぶ?」
ただ、切れただけだ。そういえば、張り替えるの忘れてたな。もう二ヵ月は経ってたかも。今さら思い出したっておせぇんだよ、と自分に向かって毒づく。
イライラした気持ちを抑えるように息を吐く。右の手の平に、痛みとは違う、何かが這うような感覚がした。
「あ、」
「血? って、マサト、大丈夫か?」
なんで血が、そう思って昨日の授業中に、誤って刃の出たカッターを思いっきり握ってしまったことを思い出した。ここ最近、ぼうっとしていると何度いわれただろう。 弦が切れたときに、ちょうど傷口を刺激したのだろう。
それは小さい傷の割りには深く、流れ出した血はなかなか止まらなかった。一時間くらい抑えてやっと止めたのに、またこれでしばらく血が止まらないんだろうか。
「ばーか」
「うっせ」
いつも通りにカヅキは冷たい。
別にやさしくしてもらおうなんて思ったことはない、期待なんてしてるわけがない。
俺も俺でいつものようにつっけんどんな返事をする。その後、カヅキが俺の視界から消えた。正確には、どこかへ歩いていっただけだが。
「はぁ、マジ悪い。止めちまって」
「別にイイけど、お前が弦切るとこ久しぶりに見たな。中学以来じゃん?」
「自分の楽器くらい自分で管理しろよな」
背後からカヅキの声。いつの間に、振り返ったらまた、あの真っ直ぐな目で睨まれた。俺が悪い、カヅキのいってることは正論。だから目を逸らしちまう。思わず、だ。
「手、」
「は?」
突然の単語に、俺は間抜けな返事を返す。一瞬なんのことだかわからなくて、それが体の『手』だと気付くために、次のカヅキの言葉が必要だった。
「手、出せっつってんの」
訳のわからないまま、いわれた通りにカヅキが顎をしゃくって示した右手を出した。小さい傷口と、それに見合わない量の血。結構流れてんな、そう思ったらふわりと覆った淡い黄色のハンカチ。
「ちょ、これっ」
「うっさい、黙ってろ」
端と端が俺の手の甲で結ばれて、俺は右手を解放された。
「ユースケ、あれやろ。今日の練習は中断」
「え、でもあれは、」
「イイよもぅ。どうせこいつのギターダメだもん。チェンジ。マサトはそこのケースの、ショッキングなピンクのギター使え。弾けんだろ? ユースケ、貸して」
どうせ010の方があんたは好きでしょ、指差した先には俺たちがここに来る前から部室に置き去りにされていた誰のかわからないギターケース。
まさか、これはカヅキのギターなのか?
「……ユースケ、ボーカルなの?」
ジュンタの声がして、はっとしてみんながいる方を振り返った。カヅキがユースケのギターを持って、マイクスタンドの前にはユースケ。
「マサト、早く」
ジュンタの質問に、ユースケは苦笑いで答えた。カヅキが俺を急かす。しょうがなくギターケースの中のショッキングなピンクのギターを取り出した。ホント、すげー色だ。
「イイ? いつも通り、ラークをやってくれりゃいいから、」
「え、なんでユースケなの? ってかカヅキ弾けんの?」
シュンが驚いている。いや、俺もジュンタも驚いてるケド。
円になって、マイクを掴んだユースケ。それは、やっぱり妙だ。これはおかしい。
「ぶっつけ本番よりマシだろ?」
「まぁ……ってユースケそれ本番でやるつもりだったの!」
我らがリーダーらしからぬ発言だ。そんな一歩間違ったらすべてを崩しかねないような行動。ユースケは苦笑いを浮かべるだけで答えない。
「いいから、シュン、合図」
みんなが口を噤む。いいや、とりあえず今は自分に与えられた役目だけを考えよう。俺はギターを、ジュンタはベースを、シュンはドラムを。
カヅキと目を合わせた。真っ直ぐ、真っ直ぐ向かってくる。
乾いたスティックの音が耳に入ってくる。深く息を吸い込んだ。
あとは右手が、吐き出してくれる。
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