卒業ライブ
「――ねぇ、ジュンタ」
「なぁに、カヅキ」
しゃべりかけて、また口を閉じる。最近のカヅキはそういうおかしな態度ばかりだ。原因は、わかっているけれど。
でもだから、ちょっといじめてやりたくなるんだ。
「また、マサトのこと?」
そう、耳元でささやいてみる。できるだけ唇を近づけて。
最近カヅキは髪を染めた。以前は綺麗な黒髪だったのだが、少し青くなっている。腰を覆うほど長く、きっちりそろえられた毛先。
ライブの時だけつける、真っ白なエクステが、俺は好き。今日もつけている。俺はそれを、指先ですくう。
もともと同じ学校の軽音部から始まった俺たちは、先輩たちのため、今日四月二十八日、毎年恒例の卒業ライブで、学校近くのスタジオを貸切にした。
今は長机や椅子を並べて、ライブ中なのに打ち上げ状態だ。飲み食いがメインなのか、演奏を聞くのがメインなのか、わかりゃしない。
卒業ライブとはいっても、要するに部活から引退するだけで、完全に音楽から離れる人もいればもっと本格的にやろうって人もいる。だから、こんなのは騒ぎたいがための口実に過ぎないのだ。
会場のはしっこで傍観していたカヅキを見つけて、先輩たちからうまく逃れてとなりに座ったのはほんの五分前。
すでにジュースで酔っているらしい。
雰囲気に、というべきか。
カヅキは一度上目遣いに俺を見上げると、また視線を落とした。
「アイツ、よくわかんない……」
ぶすっと口をとがらせるカヅキの姿に、俺はくすくすと控えめに笑う。
「またケンカ?」
「今度のはちょーっとちがうっ」
「どこらへんが」
「……いつもの三割増しってカンジ」
それじゃ大したことないな、カヅキの髪に指を通しながら、横目でマサトの姿を探した。またアヤノ先輩に捕まってる。すごい形相で俺のことを睨みつけながら。
やだやだ、嫉妬って。
そう思いながらも、俺はカヅキに近づく。形のいい小さな頭を包むように手をまわす。そうしてまた耳元へ唇を寄せる。
「アヤノ先輩、まだマサトにぞっこんだねぇ」
俺がそういうと、カヅキはがくんとうなだれた。三割増しは嘘じゃないらしい。
「……なんかね」
一度困ったように視線を床で泳がせ、コーラが半分くらい入っていた紙コップの中身を一気に飲み干した。こいつに酒飲ませたら、悪酔いしそうだな、と思う。
「話すなって、特にジュンタとは。半径五メートル以内に近づけるなとかいってんだよ、バカみたい」
「へぇ、じゃあ駄目じゃん。逃げとかなくていいの?」
「別に、意味ないし。いちいちアイツのいうことなんて聞いてらんないよ」
バカにしたようなその言い方に、マサトも気の毒だなと、苦笑いを浮かべた。
でもカヅキに限って、誰かのいったことを素直に聞いて、まして実行するなんて到底思えない。それがカヅキが正しいと判断することでない限り、あり得ないのだ。
この一年間、一緒に演奏して、唄って、ステージで同じスポットライトを浴びてきた、俺たちはそれをよく知っている。
「男はみんな狼なんだーとかいってんの?」
「そうそう、ホント、バカみたい……」
「でも、あんまり無防備にしてると、俺だって襲うかもよ?」
俺がちょっと動けば、キスができるくらい近い。
やわらかそうな白い肌。ふっくらしてうるおいのある唇。
マサトはもう、触れたのだろうか。
「へ、やれるもんならやってみな」
相変わらずだ、俺はやっぱり苦笑いする。
カヅキは誰かと付き合っていたって、全然変わらない。たまに女になるけど、いや、女にさせるけど、それでもたとえばファッションとか、(もともとカヅキとマサトの趣味は似てるけど)付き合いが悪くなったりとか、そういうことはない。デート(つまり二人で出かけること)に誘えば今だって、遠慮することなく付き合ってくれる。
まぁ、そこがマサトにはおもしろくないんだろう。
とりあえず、まだ殴られてはいない。
「お二人さーん、飲んでるかーいっ」
三月でまだまだ寒いはずなのに、半袖の白いTシャツを着た男が近づいてきた。ネルシャツを腰に巻いて、下は着古したジーパン。片手に紙コップと、ペットボトルが二、三本。
「シュンじゃん、ちょうどいい。なんかジュースちょーだい。炭酸じゃないの」
カヅキは空になった紙コップを差し出して、早くつげといわんばかりにぐらりと円を描きながらコップを回している。
「あー、オレンジしかねーよ?」
さすがはうちの歌姫だ。
すっかりいいなりのシュン(カヅキがいうには、昔からそうらしい)は、ゴトンと持っていたペットボトルを置くと、ミラーボールとスポットライトくらいしか光源がなくて薄暗い中、目を細めてラベルを読んでいる。
「それでいーよ。さっさとついで」
「へいへい。ったく、ジュンタは?」
「ミツヤサイダー飲みたい」
「あ、残念! 売り切れでーすっ」
「んだよ、じゃあ同じでいーよ」
ステージでは今、三組目のバンドにバトンタッチしているところらしい。内輪のライブだけあって、楽屋は未使用。演奏者もフロアから上がるっていう適当さ。
いっちゃ悪いけど、本番はまだまだだ。
うちの部活は大所帯だけに、当たり外れが激しい。実力のある奴とない奴の差が、それほどはっきりしている。
今日の主役、先輩たちで構成されたバンドは全部で四組あって、当たりはそのうちの一組だけ。いっちゃ悪いが、それ以外なら俺らの方が実力は上だと思う。
ちなみに今も匡人を放さないアヤノ先輩は、我等が部長だったりする。ベーシスト、なかなかの腕前。入りたての頃は結構世話になった。
「つまんねーなぁ」
がたんとでかい音を立ててシュンが俺の隣のパイプ椅子に腰をおろした。
「あぁ、つまんねぇ」
「あ、あれおいしそう」
「どれ?」
「ジュンタの目の前にあるヤツ、バターしょうゆ? 新商品じゃん」
「あー、はいよ」
「あんがと」
カヅキは満足そうにスナック菓子の袋を抱える。一人で食べる気らしい。他の女の子だったら体重がどうのとかいって気にするところだが、そういえばカヅキはそういうことを気にしている素振りを見せたことがない。
「んー、うまっ」
「あ、ついに来たぜ、本命」
アヤノ先輩たちがステージに上がった。まともに目を向けると、ステージってのは結構眩しい。
「――イイ声だなぁ」
「ギターも最高」
「は、ドラムは俺のほうがうめーな」
「バーカ、自意識過剰ってんだよ、それ」
「シュンがナルシィなのは今に始まったことじゃないし」
「うっせ、事実だからって負け惜しみいってんじゃねー」
「負け惜しみじゃねーし」
あははと三人ともが声を上げて笑った。居心地のいい空間。いい音楽。
「おいっ、黒髪少年!」
「お、マサトじゃーん」
後ろから怒鳴っている訳ではないが最大限まで低めた声に殺気めいた気配を感じた。振り向くと睨まれた。そいつの出現に対し、シュンが陽気に応える。
「少年って、俺か?」
「カヅキに触んな」
アヤノ先輩が出番でようやく解放され、俺に文句をいいにとんできたと。まったく、らしいよ。その余裕のなさ加減。
睨みつけるマサトの目を見ながら、俺はやっぱりくすくすと笑った。
「カヅキも、ジュンタは駄目だっつーの!」
「っさいなー、イイじゃん別に」
「よくねえっ」
「嫉妬する男はみにくいよーん」
「シュンは黙ってろ!」
シュンはにやにやと笑いながら一応口を閉じた。カヅキはイラついているらしく、こっちもこっちですごい形相でマサトのことを睨みつけている。
気がついたら口喧嘩の始まり。
「んでおめーはいうこと聞かねんだよっ」
「んであたしがあんたのいうこと聞かなきゃいけないんだよ」
「お前は俺のだろ!」
「何バカいってんの? マジうざい」
束縛したがるマサト。というより、カヅキがそういうことに疎すぎて心配なんだろう。わからなくもない。
微笑ましく思って、二人の言い合う姿を見ながら、少し羨ましくなった。
「かわいーねぇ。シュンくん、そう思わない?」
「うんうん、かわいーねぇ」
うちの歌姫はかわいい顔をしているが口は悪い。白い肌、赤い唇。
「えっ」
「あぁっ!」
シュンがひゅうっと口笛を吹いた。思った通りやわらかいカヅキの頬。
「もぉ、いきなり何よ」
動じないカヅキ。それに対してマサトはといったら、言葉もないといった様でパクパクと口を開けている。
あぁ、この二人、おもしろいよなぁ。
「俺も彼女作ろうかね」
殴られないうちに、逃げておこう。シュンの襟を掴んで、眩しいステージへ向かった。
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