ウタ唄いの憂鬱 * 2
薄暗い階段を上って地上へ出る。まだ昼時だ。眩しさに目がちかちかして痛い。
『いつものとこ』
そういってジュンタは先に出て行った。多分、スタバだろう。ジュンタは無類のコーヒー好きで、中でもスタバは一番のお気に入りらしいから。
駅前にあるスタバへ行くと、ジュンタはいつも通り窓際のテーブル席に座っていた。さっきまで見ていたその姿を見つけて、私は思わず固まった。
あいつがいる。
私は咄嗟に帰ろうと決意した、が、そう思って目を逸らそうとしたところで、ばっちりジュンタと目が合う。
ジュンタは微笑んでいたけれど、灰色の目は笑っていなかった。帰ろうとしたことがばれてしまったようだ。
仕方なく、私は店内へ足を踏み入れる。なんか買ってからこいとジュンタにジェスチャーで示され、しぶしぶレジに並んだ。いつもと同じキャラメルマキアートを頼んで、ジュンタとマサトが待つ席へ近づく。
「カヅキ、ここ座って」
そういってジュンタは椅子を引いてくれた。
「ありがと」と小さくいって、カップを先にテーブルへ置く。それから背負いっぱなしだったキーボードを肩から外して、自分が座る椅子へ立てかけるようにして置いた。
「マサト、お前、まーたやってくれたなぁ」
「……かもな」
「そろそろいってもいいんじゃねーの?」
イヤな無言がマサトを中心に生まれる。私は逃げ出したい気分になる。イヤだ。どうして私、ジュンタのいう通りにこんなところへ来たのだろう。やっぱりあのまま帰っておけばよかったのだ。
今さら遅い、だけどまた、マサトの失恋話聞かされるくらいなら。
「あ」
「あのさ、」
マサトがいいかけたところで、私は遮るような大きな声を出した。
「いい加減、そんな話聞きたくねーし、イチイチくよくよされてちゃたまんねーし、私、そういうのジュンタ達みたいに耐えらんねーんだよね。だからさ、」
ヤバイ、心臓がめちゃめちゃだ。うっさいよ、静まれってんだ。あー、音が聞こえない。
「明日で、も、止めていいかな」
ごめん、頭の中で謝罪の言葉が響く。本当はこんなこと理由にする気持ちなんてこれっぽっちもなかった、でもそろそろ限界なんだ。何が、そんなのわからない。だけど限界なのだ。
音楽、こいつらでやるバンドは、なんだかんだいって悪くない。むしろめちゃくちゃ良かった。
知らない大勢の人の前で唄うのが、気持ちよかった。
だけど、自分がおかしくなりそうなんだ。
イライラして、だけど驚くくらいに高揚して、でも胸が痛くて。
きっとスポットライトが私をおかしくしてる。歓声も拍手も聞こえない、ステージの上、ギターを掻き鳴らすあの指が、飛び散る汗が、私をおかしくするから。
もう、見ていられない。胸が痛い、その理由も、本当の本当は気付いているから。
「私いない方がみんな、やりやすいっしょ」
確信も事実もここにある。何より、私は耐えられない。
「ま、マサトの話聞けよ、カヅキ」
そういってジュンタは私の頭をなでた。
ジュンタはこういうことを自然に、誰にでもやるからいけない。干渉し過ぎないやさしさは心地よくて、無条件でドキドキさせられる、自分が女の子なのだと気付かせるような、守られているような、不思議な気分になる。
「……俺、」
マサトはいつもと全然違う、しおらしくなって、伏し目がちになる。何かいぶかしく感じ、ジュンタの方を盗み見ると、私がそうするとわかっていたのかばっちりと目があった。さらにそこには、めったに見せないやわらかい笑顔を浮かべている。だからヤバいって。自分の中の女の子が簡単に顔を出しちまうから。
「――っ、ジュンタ」
「く、わあったよ」
ジュンタはまだ中身の入ったカップを手に持って、私の方に手を置き
「カヅキ、明日ね」と唇を耳にくっつけるようにささやいて席から離れていった。
あぁ、まただ。
心臓は正直にその鼓動を速めてしまう。
「……カヅキ?」
「なにさ」
長すぎず短すぎずの茶髪。耳にあけたピアスが髪の間から見え隠れする。
軽音部で初めて会って、もうすぐ一年になる。その間、いつだってコイツの中にはあの女の子がいて、他の子からの告白だって取り持った。
意味が、わからない。マサトのどこが女の子にもてるんだろうか。
やっぱり、ギターを弾いているから? バンドやってるともてるっていうらしいけど。確かに、ウチのバンドの奴らは全員が彼女持ちってわけじゃないけど、彼女が欲しくて悩んでるなんて聞いたことがない。
あぁ、私も、彼氏がいたら何か変わるかな。なんか、惨めになってくんだ。バンドを無くした私って、さらに。
「……スキ、なんだけど」
スキ、好きねえ。またマサトの恋愛相談でも聞かなきゃいけないのかね、私は。私は、誰かを好きになれるのかね。
ここで、このバンドで過ごしてきた以上に楽しいことなんて、あるのかね。
「ふーん、今度は誰よ」
「……お前、それ本気でいってんの?」
「は?」
なんか聞き逃したかな、としばらく考えてみる。考えゴトはしていたが、話はきちんと聞いていたつもりだ。誰か、なんてマサトはいってないし、誰かを指し示すようなこともしていない。私がいて、マサトがいて、『スキ、なんだけど』そういった。でも、そんなのって、
「何、私が好きだとでもゆーの?」
まさかね。思いながら口に出してみる。
「それ以外何があんだよ」
「は?」
嘘だ、信じらんない。心底呆れた声が口から出る。
私は自慢じゃないが、今まで一度だってそんなこと、所謂告白なんてされたことがない。口だって悪い。
私はマサトがカワイイと口にする女の子のような、一般的な女子にはまるような格好も口調も仕種も、何もできない。
私とマサトはバンド仲間で、私の一番の喧嘩相手で。
「アリエナイ、脳みそ溶けちまったんじゃねーの」
「はぁ……いいよ。今はそれで」
「――った」
視線を下げたマサトを不思議に思って見つめていたら、マサトが顔をあげたのと同時にでこピンをくらった。意外に痛いんだ、これ。
「今日は、悪かったよ。ヤめるなんていうな、caromのボーカルはお前だけなんだから」
痛くて顔をしかめる私を見て、マサトは久しぶりに笑った。
その笑顔に、いつものマサトに戻ったのか、と少しだけ泣きそうになったことは、悔しいから絶対に教えてやらない。
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