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carom  作者: 冴島岐之
1/7

ウタ唄いの憂鬱 * 1

「外さないでよ」


「わりィ、もっかい頼む」


 毎月、第三日曜日はスタジオを借りてライブをやろうって決まってる。この三月も例外なく、明日の十八日にちゃんと予約してあった。

 今月はみんなそれぞれ忙しくて、五人全員が集まって合わせるのにはこの前日しかない、なんて、なんだか危機感の感じる状況。新しい曲だって入れたし、久々にラストを演じられることになったから、みんないつもよりかなり必死になっている。


 それなのに、あの男はまた同じところでコードを外す。そろそろ怒りの限界だ、と思う。


「まあまあ、カヅキ、そう怒んなって」


 中尾雄亮が間に入って私を宥めようとする。目の前で落ち着くようにって手でジェスチャー。顔には苦笑い。御機嫌取りのポーズ。そんなんでこの怒りが消えるんなら苦労しねーよ、という意味を込めて

「チッ」と舌打ちをした。


 それからまたユ−スケを通してあいつを睨みつけながら、握ったマイクをどうやって頭に投げつけてやろうかって考えていた。


「腑抜け。ヤル気ないんだったらいらないから」


「うん、わりィ……」


 ムカツク。こっち見て話せや。

 口に出す前に一回、顔を大きく歪ませて睨むのが私が怒るときの癖だ。本日も例外なく、眉間に皺がよった。口は真一文字に閉じている。


 あいつは、いつも前のめりになってギターを弾く。横目で見ながら、いつかそのまま前転でもするんじゃないかって思うくらい、夢中になってギターを弾いている。

 なのに今は、申し訳程度に首からストラップをかけて、手を添えただけみたいに頼りなくギターを持って、明らかに落ち込みから背中がかくりと曲がっている。情けない。かっこわりィ。

 そんなの、あいつらしくない。


「なんなのあんた、そんなにギター楽しくないわけ? それともこんなことやってんのバカらしくなっちゃった? どっちにしろその態度、マジムカツクんですけど。あんたが誰にフラれようがフろうが裏切られようが、こっちは知ったこっちゃないんだよね。その雰囲気、ここに持ち込まないでくれない?」


 うっかりでもなんでもなく、ズバズバといつもの調子で口を滑らす。いつもだったらあいつに『かわいくねぇ』って毒づかれるところ。でも今日は、


「なによ」


「あー、あー、俺が悪うゴザイマシタっ! 帰るわ」


「はあ? 何それ」


「だって俺がいないほうがいいだろ、じゃーな」


 驚くほどの速さで帰り支度をして、あいつはスタジオから出て行った。アリエナイ。マジでアリエナイ。あいつホント、イかれちゃったんじゃねぇの?


 乱暴に閉められた扉の内側で、沈黙が広がる。


「カーヅキィ、マサト怒っちゃったじゃんか」


「私のせいだっていいたいの、シュン」


 ドラムの賀庄峻一が、手にしたスティックをくるくると回しながら、不満そうに口を尖らせた。こいつはとかく軽い。ぺらぺらぺらぺら喋る。いうなといった話を誰にも喋らないでいられた試しがない。もちろん女の子に対してもそんな感じらしい。できたらこんな知り合いは欲しくない。


「そういうわけじゃないけどさー、もちっと言い方ってもんがあるんじゃねーの?」


「は、言い方ね」


 あたしゃあんたのその口も気に入らんよ。うるっせーんだ。

 シュンとは小学生の頃からの付き合いだ。幼馴染とは違うが、小中高と同じ学校に通う仲。それでも未だにこいつは、私の考えることってのがわかっていないらしい。


「いーじゃん、カヅキは間違ってないし。いってくれて俺はすっきりしてんぜ」


「ジュンタまで……まぁ、確かにあいつもあいつだけどさ」


 私とシュンが喋っている背後で、時任潤はアンプの前にしゃがみこんで手を動かしている。どうやらコードを外そうとしているらしい。


「ジュンタァ? 帰んのか」


「だってこれじゃ今までの練習と変わりないだろ。合わせらんないんじゃ意味ねーよ。カヅキ、お前も」


 コードから解放されたベースを持て余しながらゆっくり視線を私に向けてきた。カラーコンタクトを入れてるジュンタの目は灰色をしてる。ロン毛とはいえないまでも、肩口まで伸びた漆黒の髪が、遠慮がちに揺れた。


「はやく、行くよ」


「……うん」


 またやっちった。ジュンタを見てると、なんかもう全部を忘れちまう。ジュンタの全部が私を魅了して、魅惑して、感じ取る以外の全ての行為を忘れそうになる。ヘンな感じ。


「あらー、どうするユースケ。カヅキとジュンタはデートらしいよ」


「みたいだねー、シュン。ったく、ノンキだなー」


「んなんじゃねーよ」


 くくっとジュンタが渇いた笑いをこぼして、去り際に私の耳元で

「いつものとこ」とだけささやいて出て行った。背筋がぞくぞくとふるえる。敵わない、と思う。


 今日はほとんど役目のなかったキーボードを片付けていると、うしろでシュンとユースケがまた喋っていた。


「なんでジュンタってカヅキなんだろう」


「だよな。カヅキかわいくねーし、ジュンタは前みたいな年上のお姉様の方が似合うよなー」


「そうそう、カヅキって色気の欠片もねーよな」


「……あんたらねぇ」


 普通本人の前でそういうこというか? ホント、こいつらの感覚が掴めない。


「大体ジュンタは私のことなんて好きじゃないよ」


 私だって別に好きなわけじゃない。一方的に憧れてるだけなんだから。同い年なのに、どうやったらあんな落ち着いた雰囲気が出るんだろう。思ったことをすぐ口に出さないで、感情に振り回されないで。

 私とは逆だ。人生を道に例えたら、物事に対する考え方や捉え方を方向で表すなら、私とジュンタはきっと正反対の方向を向いているだろう、と思う。


「じゃあ、明日ね」


「おー、最悪四人でだな」


 シュンはおもしろそうに笑ってるけど、ユースケは私を睨んで手を振っていた。あいつが出て行ったのは、私のせいだといいたいのだろう。否定するわけじゃないけど。


***

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