カードと彼女
「へぇ一戸建てかぁ、いいな」
柳が感心して言う。
「築何年?」
新之助は思わず笑ってしまった。
「おっさんみたいな質問」
「悪かったな。建築に興味があるんだよ」
「へぇ…築、何年だろう…俺が小一の時に引っ越してきたから…十年か」
「ほぉ」
「親はまだ大変そうだけどね」
「ローンがな。三十年か、三十五年かな。俺には三十五年間、同じ所で働き続けるって、ちょっと想像つかない」
「だよな。まぁ入れよ。今日も誰もいないけど」
「うぃーっす。お邪魔します」
とことん親父っぽい奴だと新之助はまた笑った。
しかし、本当に特徴が薄い奴だなというのが、新之助の柳に対する感想だった。
例えば、こいつが犯罪者で、指名手配の為に似顔絵を作ろうとする。
そんな時に思い出せそうで思い出せない。そんな感じだ。
(でも、学年一位だもんな…人はわからんもんだな)
新之助はとりあえずゴミ箱を見てみるが、カードは入っていない。
(親が、置きそうな場所は…)
ポケットテッシュや葉書、使いかけの薬のチューブが入っているカゴを見てみる。
(入っていない…)
勝手にダイニングの椅子に腰掛けている柳が、新之助に声をかけた。
「冷蔵庫にマグネットでくっ付いている物入れとかない?その中は?」
「冷蔵庫ね」
新之助は眠い目をこすりながら答える。
「あった…信じられねぇ…なんで、こんな物取って置くんだろう…」
「ふっ、ふふふ」
柳が堪え切れないといった風に笑った。
「どれ、見せてみ」
母親によって綺麗にのばされたカードを、柳に手渡す。
『Vサイン
特別につくりました
先輩から、おいしいねと
電話をもしもらえたらね
そしたら嬉しいです ハートマーク
藍璃_より 090××××△△△△』
「なんだこれ!?」
「何かおかしいか?」
「おかしいことだらけだろ!!すっきりしない文章だし、第一告白の文章ってのはVサインで始まるのか?普通?」
「でも色んな人がいるから」
絶句する柳。そんな柳を横目で見ながら、新之助が独り言のようにつぶやいた。
「そう言うけど、ハートマークだけカード一面に書かれたやつとか、絵文字ばっかりで読みづらいやつとか、理解不能な手紙とかカードはよくあるんだよ。その中じゃ比較的ましな文章だと思うけどな…」
「本当に、よく告白されているんだな…」
「小学生の頃から、よくいただいております」
「はぁ左様で…」
しげしげとカードを見つめる柳。
「突っ込みどころ満載だけどな…それに普通、電話番号じゃなくてアドレスじゃねぇか?」
「うーん、それはそうかも」
「この名前の後のアンダーバーはなんだ?」
「うん?」
カードを覗き込んでくる新之助。
「あぁ本当だ。特に気に留めなかった」
眉間にシワを寄せ、頭をかく柳。
「意味深なカードに思えるけどなぁ…勘ぐり過ぎかな…電話はしてみてないよな。うん。電話してみるぞー。結果はなんとなく想像がつくけど」
そう言うと、柳は側にあった家の電話機を取った。
『おかけになった電話番号は現在使用されておりません………』
「やっぱりだな、つながらない、と」
新之助も柳も、期待で一瞬張り詰めたものがホッと抜けた。
「そうは言っても、手がかりはこれだけだからな。まずは藍璃ちゃんを探してみるか」
柳はそうつぶやいた。