クラスメイト
「おいっおいっ」
ぼんやりしていた新之助を、現実へ引き戻す声がした。
「寺島新之助!!」
「はっ!はい」
思いっきり立ち上がったせいで、後ろの席の、島の机に椅子がぶつかった。
「テスト前だっていうのにずいぶんと余裕だな寺島。あんまりいい気になるなよ。いいかぁ皆、余裕ぶっていると最後の最後、肝心な大学入試に失敗し、浪人、フリーターと転げ落ちていくんだぞ。あっ寺島がそうなるとは言っていないからな」
数学の地井(ちい)は、なにかと例える時に寺島を標的にしていた。もちろんやり過ぎるとパワハラものだから、何回かに一度は良い例えにも使ったが。
新之助にとっては一言で表現すると毎回「くだらねぇ」出来事だった。
しかしいつもは心の中で舌打ちを仕返すぐらいの新之助だったが、今日はそんな元気すらなく、ダラダラと続く地井の説教も、馬の耳に念仏という感じだった。
「先生」
地井の説教を遮ったのは柳(やなぎ)という少年だった。
「ん?」
「寺島、今日体調悪いんです。保健室へ連れて行っていいですか?」
「あー?」
確かに、今日の新之助の顔色は最悪だった。真っ青を通り越して、真っ白だった。
「じゃ、柳、連れてけ」
「はい」
まだ魂が抜けたように突っ立ている新之助を、柳が多少強引に腕を取って廊下へ連れ出す。
「おい、本当に大丈夫かよ…」
「あぁ…大丈夫だよ、あれ、俺」
「いいから少し休め。死人みたいな顔色だぞ」
「…柳って以外とお節介なんだな。…知らなかった」
柳は新之助の斜め前の席に座っていて、中肉中背で、顔も友達に対しても勉強も、とにかく何事にも平均点といったイメージを新之助は持っていた。
つかみ所のない男で、今までほとんど話もしたことがなかったし、誰かと親しげに話していることも、あまり見かけなかったように新之助は記憶していた。
柳は笑顔を見せると、
「ちょうど良かったよ、地井のかったるい授業から抜け出せて」
新之助も柳と話しているうちに、やっと現実に足が着いたような感じがして、少し笑った。
「本当に保健室がいいか?」
「いや、どっかで休めれば…」
「ならば、と、そうだな体育館の用具室にでも行くか」
用具室と聞いて、新之助は一瞬心臓が飛び出るほど驚いた。
「ん?」
「あっ、いや、なんでもない」
「図書室もなかなかいいぜ」
「でもあそこは…」
「まぁ任せておけって」
そう言うと、柳は新之助を図書室へと連れて行ったのだった。
「あら、サボり?」
金縁眼鏡の図書館司書は、柳の顔を見ると、やけに赤い口紅を塗った唇でニッコリと微笑んだ。
「ここ、馴染みなんだ」
「へぇ…」
(そういえば柳ってたまに授業を欠席していたよな。ここでサボっていたわけか…)
「学年一位とニ位が揃ってお勉強?」
司書はさも、楽しげに二人を交互に見やった。
「えっ!!!!」
「余計なこと言うなよ。違うよ」
「あら、ごめんなさい。てっきり勉強をしにきたのかと思って。友達を連れて来るなんてめずらしいとは思ったんだけど。なら私は席を外すから、どうぞごゆっくり」
司書はそう言うと、神経質そうに眼鏡を上げて図書室から出て行った。
「ちっ、女ってどうして、余計なおしゃべりをするんだろうなぁ」
「いや、男だってそういう奴はいるけど…柳って学年一位なの!?」
「…秘密な」
「てっきり、俺は田崎が学年一位なんだと思っていた…。じゃあ、一番が柳で、二番が俺で、田崎(たざき)が三番?」
「ひとクラスからワン・ツー・スリーって。出来過ぎだろ。ワン・ツーだって出来過ぎなのに。田崎の野郎は五番か六番だよ」
「うわっ、だましくらってた」
新之助は色んなことが一度に頭の中でシャッフルされたような気分になって、いっそう酷くなっためまいに、カウンターにつかまった。
「勝手に思い込んでいただけだろ。いいから休め」
椅子に腰掛け、天井を仰ぎ見る新之助。
(人ってみかけによらねぇ)
柳は、本棚から一冊本を取り出すと、ペラペラとページをめくっていた。
静かな時間…
昨夜から、一番落ち着いた気分で、外を見る。
「何かあったのか…」
低いトーンの、決して差し出がましくない柳の声が聞こえてくる。
「いや、夢がな…」
「夢?」
「悪い夢を連続してみるんだ…良く眠れねぇ」
「それは気の毒だ」
「ああ、気の毒だよ本当に………」
本棚の間から、柳が新之助を見ると、新之助は椅子に座ったまま眠っていた。
「おやまぁ」
気持ち良さそうに寝ている新之助の隣で、柳は本を読み始めた…
「うわっ、またここかよ!!」
一方、新之助は竹箒をばらしながら叫んだのであった。
6日間お付き合いいただきました方、今日始めてご覧になった方、
皆様、読んでいただいてありがとうございました。
次回は6月8日日曜日の15時に『第二バトル』を投稿予定です。
投稿時間が変わりますが、よろしかったら、ぜひ続きもご覧いただ
けましたら嬉しいです。ではまた。