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グレーワールド~僕の戦場~  作者: 皆既月食 雪男
2/18

一歩

(落ち着け、落ち着け…。こういう時こそ冷静になることが肝心なんだ)

 新之助は、まず思いっきり自分の頬を引っ叩いた。

「いてぇ!!畜生…」

(でも、夢でも痛みを感じる時もあるからな…あんまりあてにはならないな…)

 新之助が周囲をよく観察すると、そこは荒廃こそしているが、学校のように思えた。

(壁が無くなっているから、がらんどうに感じたけど…そうだ、突き当たりの先に階段がありそうだ…ってことは、よくあるパターンとしては何千年も先の未来に来ちゃったとか?)

 この場を動くかどうか新之助は迷った。

 動くと現実から…夢の世界から、今見えている非リアルに確実に転送される…そんな恐怖感で体が石のように動かない。

 ゴクリ。

 生唾を飲み込む新之助。

 呼吸が荒くなっていく。

(あはは。そうだよな、夢だよな。一歩踏み出すだけで別世界なんてありえない)

 心の中で笑った新之助だったが、やはり一歩が踏み出せない。

 どのくらいの時間過ぎたのだろうか。一時間?三十分?十分?三分?

 ふいに足元がスポンジを踏んだように、ぐにゃりと揺らいだ。

「あっ!?」

 新之助は、一歩前に進んでいた。

 極度の緊張からバランスを崩したようだった。

「あはっ。あはは」

 新之助は笑った。

「なんだ。やっぱり何にも起きない…」

 しかし何も起きない変わりに、事態も好転しなかった。見えていた通りの荒廃した世界がただそこに広がっていた。

 新之助は、ゆっくりとあたりを見て歩いた。

(やっぱり、学校…もと学校と言ったほうがいいのかな…)

 光の玉が来た方向へ行ってみることにした。廊下。窓にガラスは入っていない。それどころか枠すらない。

 廊下の窓だった場所からは、本来、住宅地や、ちょっとしたコンビニ、誰が管理しているのかわからない畑や公園が見えたが、ここから見えるのは、住宅だったもの、コンビニだったと思われる四角いコンクリートの建造物、草が一本も生えていない石ころだらけの畑だった土地に、枯木に覆われた滑り台。

 滑り台だけが妙に毒々しいほどに、元々の赤色のままで、まるで白黒映画の中に、ワザと色を付けた一コマを見ているようだった。

(もし、この世界に俺が一人だったら…)

 しかし新之助は不思議と、さっきまでの恐怖感や、焦りは感じていなかった。

 より夢の世界を歩いているように感じているのかもしれない。

 ぼんやりと廊下の突き当りまで進み、下を見ると、そこに人影が見えた。

(なんだ、誰かいるじゃん)

 新之助は、もうこれが夢でも現実でもどちらでも良かった。とにかくその人を捕まえて話したいと思った。

「すみませーん」

 人の気配はある。

「すみませーん」

 返事は返ってこない。新之助は使い慣れた階段を駆け下りる。

「すみ…ぐぇっ」

 一階に下りたと思った瞬間、首に二本の縄がかけられ、左右に引っ張られた。

「ぐっくる…苦しい…」

「ぎゃほほほほ」

「げほほほ」

 新之助の首に縄をかけたのは、一人は小柄な男性らしき姿をした生命体。もう一人は背の高い女性らしき姿の生命体だった。

 その姿は限りなく、現実の人間に似ていたし、着ている物も、現代の日本ではあまり見かけないが、人間らしかった。

「げほっげほっ」

 苦しがる新之助を見た、背の高い方が少し縄を緩めた。

 涙と、よだれで顔中がぐしゃぐしゃになる新之助。

「ぎょほほほほ。ぎょぎょぎょ」

 その様子を見て、背の低い方がまた笑い声のようなものを上げる。

 背の高いほうは、灰色のスカートのような物を腰に巻き、赤い花柄のブラウスのような物を着て、頭には三角巾を被っていた。昔のロシアなんかで見かけそうな服装だった。新之助の勝手なイメージだったが。

 だが、それ以上に新之助が驚いたのは、顔が、手が、脛(すね)が、とにかく普通の人間だったら肌であり、肌色の部分が黒いのだ。まるで墨で塗りつぶしたように黒い。それは黒人の太陽の日に焼けた暖かい黒色ではなく、暗闇を彷彿とさせる黒なのだ。なのに、目だけは、その瞳だけはエメラルドのような緑色をしている。

「ひえっ」

 悲鳴を上げた新之助に、また背の低いほうが可笑しな声で笑う。

 背の低い方は、ラクダ色のパンツに、カーキー色のシャツ。同じくラクダ色の帽子を深くかぶり、そのつばの先から見える瞳は、ルビーのような赤色だった。

 背の高い方が、新之助が落ち着いた様子を見て、立ち上がるように、縄を引く。

「やめろよ!犬じゃない!!」

 新之助が抵抗しようとすると、背の低い方が新之助の尻を蹴った。

「っつ、いってぇ!!」

 背の高い方が、低い方をなだめているようだった。

 何を話しているのか、新之助にはまるでわからない言語を使用していたが、今の新之助にはそんなことはどうでも良かった。

(頼む、頼みますから、夢なら覚めて下さい!!)

 新之助は祈った。心から。

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