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傍らで偲び咲く桜の花  作者: 堀口直
第7章 殲滅戦開始
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7-4 化物の卵

「酷い……ですね」

 皐月は加州清光の鞘をギュッと抱きしめ、地獄絵図となった光景を心底嫌そうな顔をして嘆いている。俺はその光景を見ても、やはり恐怖感はおろか、緊張感すら沸かない。もしかすると、感情のどこかが麻痺しているか、壊れてしまっているのかもしてないと思った。あろうことか、自分の腕を試したいと楽しみにしている。自分は一体どうなってしまったのだろうかという不安感すらない。これが当たり前なのだと受け入れ、納得してしまった。

「さて……ふふ、成功だ。素晴らしい。寺内将権は私が死んだあとも、このような傑作を生み出していたのか。私があの老人を扱いきれなかったのも当然だねぇ。彼は傑物だったよ。邪魔になった私を殺したのは正解だったのかもしれないねぇ」

 志摩は恍惚とした表情で、化物たちに魅入っている。

「志摩蓮介って、一体何者なんだ?」

 独り言のように呟いた俺の疑問に、末次が律儀にも答えてくれた。

「ふむ、俺も詳しくは知らんが、もともとは修験者だったようだ。剣の腕前と霊能力が認められて小塙潘に士官したそうだが、寺内家老と何らかの取引があったのだろう。二人で悪巧みをしていたようだ。しかし仲違いし、寺内家老は俺に志摩殿を殺させた。何を企んでいたかはもうわかるだろう?」

「死霊の国をつくろうとした?」

「寺内家老はそうだったようだ。志摩殿はただ、自分の力を誇示したかっただけだな。これほど詰まらん男だとは見抜けなかった。まあ、殺してしまった俺が言うのも申し訳ないが……」

 そのとき、ある疑問がふと浮かんだ。

 ――寺内将権は一体どうなったんだ?

 俺が見た末次の記憶のなかでは、寺内は自害し、死霊となって末次を殺したはずだ。あの後どうなったのか。それを尋ねようとしたとき、見覚えのある着物を着た一人の侍が、志摩に近づいていくのが見えた。首と左腕がない。俺が切り落としたからだ。この校舎裏に来たときに戦った死霊だ。

「やあ田淵くん、待たせたねえ。約束通り、君に新しい霊体を与えよう。剣士に相応しい脳を与えよう。さあ受け取りたまえ」

 そう言って志摩は、まだヘドロのように真黒の霊獣を五体呼び寄せ、首なしの侍と混ぜ合わせた。合計六体がくっつき合い、巨大な卵のような楕円の泥となり、そのまま沈黙した。

「さて、これはもう少し時間がかかるねぇ。でももうすぐだ。私が夢見た……ひいては犬神統の悲願が果たされるときはもうすぐだ」

 自分に酔いしれる志摩をよそに、自由となった美月さんがのろのろとこちらに近寄ってきた。地面を這うように姿勢を低くしながらも、必死になって歩いている。そしてとうとう崩れかけたとき、末次がしっかりと彼女の身体を受け止めた。

「大丈夫か? 美月」

「は、はい。なんとか」

「すまんな。苦労ばかりさせて」

「いえ、そもそも私がいつも元気であれば、こういうことにはなりませんでした」

「そうだな」

 久しぶりに会ったはずの二人の会話は、ついさっきまで話していたかのように自然なものだった。

「なぜ志摩殿をとめなかったのです? 私の身体のなかには、本当にたくさんの、凶暴な妖が眠っていたのですよ?」

「成り行きだ、仕方がない」

「成り行きって、お前さま」

「いや、何とかなるさ。志摩殿の思惑通りにはならない」

「どうして言い切れるのです?」

「まあ見ておれ」

 しがみついてくる美月さんを持て余しているようで、末次は頬を赤らめながらあたふたしている。今だけは隙だらけのようだ。そういうところに、人間味を感じた。

 ヘドロのようだった化物たちが、それぞれの形を完成させていく。言葉を発するものは一つとしてない。依代がないのであれば仕方のないことだ。脳のない霊体は獣にも劣る。霊獣という名でさえおこがましいように思えた。皐月は焦ってるようで、何度も「紫」と呼びかけている。

「ああ、もう! 式が定まらない。このままだと……」

「このままだとどうなる?」

「間違いなく何かしらの災害が起こります。これだけ霊力が一極に集まれば、まず大地がもちません」

「地震……か?」

「ええ。もしくは、気象も変化するかもしれません。もちろん、霊獣どもが人を食い散らすこともありえます。このような状況は歴史的に見てもないことですから、予想は難しいですが」

「なら、何とかしないとな」

「どうしましょう。とりあえず、片っ端から片付けていくしかありません」

「うん、でも今は邪魔したくないな」

「……? 何をです?」

「あの二人の……」

 そう言って、末次と美月さんを指差した。

「しかしやっと会えたな。長い間さまよった」

「ええ、でもお前さま……」

「なんだ?」

「もうお別れです」

「…………」

「そんな顔しないでください。私はあなたを恨んでいるのですよ?」

「…………」

 末次は静かに美月さんの言葉に耳を傾けている。

「私はただ……あなたに看取られて、死んでいくだけでよかった。たとえ病気で苦しくたって、あなたが傍にいて、それで死ぬなら、それだけでよかった。あなたは私の、最後の望みを奪った。許せない……絶対に許しません」

 美月さんは末次の胸を叩く。

「しかし、それは自分勝手というものだ。残された俺はどうなる? わずかでも助けられる望みがあるのなら、それにかけてみたかった」

「そう、私は自分勝手です。愚かでわがままな女です。だから、死んで欲しくなかった。生きて欲しかった。私がいなくなった後も、お前さまには元気に生きて欲しかった。道場を建てて、子供たちに剣を教えて、育っていく子供たちに、いないはずのあなたと私の子を重ね、そうしてずっと、私を想っていて欲しかった」

「俺が再婚するとは考えないのか?」

「考えません。そういう将来を夢見て死んでいくことが、私の望みでしたから」

 弱々しく語る美月さんの声に、だんだんと震えが混ざっていく。末次を見つめる瞳が揺れ、大粒の涙をこぼした。

「なぜ……なぜ先に逝ったのです?」

 やがて末次の胸にしがみつき、美月さんはとうとう泣き出した。

「なぜ私より先に死んでしまうのです! なぜ私に死に顔を見せるのです! なぜ……なんで……うっ……うああ……!」

 子供のように泣き叫ぶ美月さんを、末次は優しく抱きしめる。「すまない」と、一言だけ呟いた。

「許さない。人を殺してまで……私なんかのために……そんなこと、誰も望んでいなかったのに! ただ私を看取ってくれるだけでよかったのに!」

 美月さんの深い悲しみが伝わってきた。そして、怒りと憎しみに身を焦がした彼女の姿が思い浮かぶ。

 記憶の奔流が一瞬にして俺の霊魂を飲み込んだ――。



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