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傍らで偲び咲く桜の花  作者: 堀口直
第7章 殲滅戦開始
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7-3 復活せし魔物

 先生は末次の力量をわかっている。タバコをもみ消しながら「拙いな」と言った。

「あいつは拙い。お姫様、紫の式神は出せないのか?」

「ええ、さっきから何度も試しているのですが、何しろ七年ぶりの術ですからうまくいかなくて」

「言霊は?」

「使えますが、啓介に霊魂を返したばかりで私も消耗している……。言霊に霊力を取られると紫は呼べなくなります。今後の展開を考えても、彼女は必要でしょう?」

「肝心なときに役に立たん姫様だ」

 吐き捨てるように先生が言った。

「何ですって? あなたが何とかしてはどうです?」

 この二人、仲悪いな……。

「先ほど霊力を使いすぎて術はもう使えないよ」

「あなたも役たたずですね?」

「ふん、とりあえず加賀詩織を安全な場所に運ばなくてはならない。私はしばし離脱させてもらう。どっちにしろ、この身体では今日はもう戦えん」

 いつの間にか先生は、ついさっきまで志摩の足元に倒れていたはずの詩織を背中におんぶしていた。

「私はどうにかして紫を出せるようにします。七年の間に啓介の霊魂によって身体の式が崩れていますから、修復しなくてはなりません。少し時間がかかります」

「今動けるのは……」

 二人の眼が同時にこちらを向く。

「啓介……」

「霧島、やれるか?」

 まあ、そうなりますよね……。

「たぶん」

 左手に持っていた加州清光をゆっくりと引き抜く。抜刀された瞬間は、やはり白い光を放った。

「綺麗……」

 霊刀の輝きに見とれていた皐月に鞘をつき出す。

「これ、持っててくれ」

「はい、喜んで」

 両手で大事そうに清光の鞘を抱えた皐月は、嬉しそうに頷いた。

 先生はすでに姿を消している。……あの人は忍者か?

 目尻を末次に向ける。たとえ脇差であっても、彼のレベルともなると凄まじい戦闘力はきっと変わらない。これほどの強敵を前にして微塵も恐怖心を感じないのは、末次に殺気がないからか……あるいは……。

「こんな形になってすまない、啓介」

「いや、仕方ない」

 俺は上段に、末次は片手の平正眼に、それぞれ構えた。

 構えはしたが……戦うことはないだろう、と確信していた。二人とも――少なくとも俺は形だけの構えだ。

 末次と美月。二人の霊魂に触れた俺だからこそわかる。

 まず、末次は美月さんの前では絶対に人を殺せない。それは末次の殺気の希薄さが証明している。

 そして――、

「やめて、お前さま!」

 きっと美月さんがとめてくれる。

 話せるほどの霊力を得たのだろう、美月さんが声の限り「やめて」と叫んでいる。

 末次はまだ構えをおろさない。

「やめて、あなたは殺生など好まぬお方。どうか刀をおさめてください」

 その言葉を聞き、末次はあっさりと剣をひいた。

「ふむ、そう言われてみればそうだ。殺生は好きではない」

 俺にとっては予想通りの展開だったが、納得できないのは志摩蓮介だった。

「待ってくれ末次くん。君は私の霊獣だよ? 命令には従ってもらわなくては困る」

 そう言って美月さんの首根っこをつかみあげ、口を抑えた。

「しかし、妻が言うには、私は殺生を好まぬ人間だそうなので」

 と末次は飄々としている。

「生前、君は私を殺したんだよ? 私の計画を一部狂わせたんだ! またしても邪魔するのかい?」

「そうは言っても、あなたはこうして生きているではありませんか」

「何と言おうと君は私の霊獣だ。私に逆らえば、どうなるかわかるかい?」

「では、あなたを殺せばどうなります?」

 末次の睨みに、志摩が息を飲んでいるのがわかった。

「冗談ですよ、志摩殿。ならばこうしましょう。彼らには邪魔させない。あなたは安心して妖魔どもを復活させ、田淵を蘇らせればよろしい。その後で、妖魔と田淵に彼らを始末させればいいのではないですか?」

「末次くんはどうする?」

「美月と少し話すことができればもう未練はない。殺していただいて結構です。ですから、用がすめば美月は解放してもらいたい」

 志摩は考え込む素振りをみせてから、しばらくして、「よかろう」と言った。

「本当にその退魔師どもは邪魔しないんだろうねぇ?」

「ええ」

「ちょ、ちょっとあなた勝手に……」

 皐月の憤りを、俺は手で制した。

「あっ、ちょっ、啓介、頭をグリグリ、しないで、ください」

 胸の高さにある皐月の頭を軽く撫でてやった。

「大丈夫、なんとかなる」

「なんとかって……」

「大丈夫」

「わ、わかりました」

「いざというときは末次が手伝ってくれる」

「人頼みですか!?」

 そうこう言っている間に、志摩は術式を展開し始めたようだ。美月さんが苦しそうに身をよじっているが、末次は眉一つ動かさない。

「末次、いいのか? 美月さんが苦しそうだけど」

 そう尋ねると、

「心配ない。あれは強い女だ。他人とは違う気を宿した大物だ。だからこそ俺は妻に選んだ」

 と末次は言った。

「へぇ。そう言えば、美月さんがこの町の死霊を封印していたこと、知っていたのか?」

「もちろん、知っていた」

「じゃあ彼女が陰陽師だったことも?」

「いや、何者であるかは知らなかったが、普通ではないことは、はじめて会ったときからわかっていた」

「なるほど」

 辺りの地面が眩い白い光を放ち、続いて、底の見えない大きな穴があいた。光を飲み込んだ暗黒の穴は、巨星を葬るブラックホールに似ている。すべてを飲み込むかと思われた穴から、無数の影が吐き出された。詰まっていたヘドロが噴き出すように、黒い塊があたり一面にまき散らかれる。蓮介は両腕を大きく天に突き出した。

「さあ、蘇生せよ。命を失いし野望の霊よ。肉体を逃れし不純の魂よ。意思を投げた非業の友よ。再び形を与えよう。さあ受け取りたまえ。この大気が君たちの新たな肉体だ」

 影たちはむくむくと膨らみ、やがて異形の姿に凝固していく。その数――約百体。霞丘高校の校舎裏はたちまち化物の巣と化した。


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