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傍らで偲び咲く桜の花  作者: 堀口直
第六章 桜の花
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6-9 ショッピングモールへお出掛け(過去編)

 バスを降りると、目の前には大きなショッピングモールがそびえ立っていた。

 この市には三つの買い物スポットがある。駅周辺の繁華街、若者向けのファッション街として活性化を始めた商店街、そして最近できたショッピングモールだ。

 八十島邸から近いのは駅前か商店街だが、皐月は学校の連中と絶対に会わないようにするため、わざわざバスで三十分ほど揺られた先にあるショッピングモールを買い物先として選んだ。田んぼ以外になにもなかった土地に建てられたにもかかわらず、多くの人で賑わっている場所だ。服、本、雑貨、食品などはもちろん、映画館やレストランなども四階建ての同じ建物のなかに設けられている。

「でけぇ〜」

 中に入り、最上階まで吹き抜けになった共有スペースを、啓介は感動しながら見上げていた。

 中世ヨーロッパをコンセプトとしたのだろうか、豪奢で美しく、古い町並みを模したかのように、一階は洒落た洋風のレストランや喫茶店などが立ち並んでいる。熱気が立ち込める外を避けて、多くの人が一階の共有スペースで語らっている。

「大げさな……。ちょっと、あまりキョロキョロしないでください。恥ずかしいです」

「なんで敬語になってんの?」

「あたし、きっ、緊張したらこういう言葉遣いになるんです」

「なにそれ……」

「その、なんででしょう、こっちのほうが楽なんです」

「変だね」

「変とか言わないでください」

 啓介に言われると、ちょっと傷つく。

「なんで緊張してんの?」

「お、思った以上に人ごみが苦手になってます。困りました」

 そう言った皐月の様子を見て、啓介はクスクスと笑った。

「なんで笑うんです?」

「え? いやなんか面白いな〜って」

「笑わないでください」

 言っても笑うのをやめない啓介をどうしてくれようかと思案する。

「きゃっ……!」

 考え事をしていたせいで、よく前を見ていなかった。

 大柄の見知らぬ中年男性とぶつかってしまう。

「ご……ごめんなさい!」

 皐月は勢いよく頭を下げた。

 鼓動は勢いよく跳ね上がる。

 自分がとてつもなく悪いことをしてしまったかのように感じた。

 大柄な男性は皐月を睨みつけただけで、なにも言わずに通り過ぎていった。にもかかわらず、皐月はまだ頭を下げ続けている。

「……皐月?」

「啓介……もう帰りましょう」

「なんで!? 来たばっかだよ?」

「だって……人ごみ怖いです」

 まさかここまでとは思っていなかった。少しだけ人嫌いになったかなという程度だった。しかし部屋にこもりっぱなしだった皐月は、ちょっとした悪意や敵意にも耐えられないほど脆弱になってしまっている。むしろ相手に敵意などなくても、自分は嫌われているのだろうという思い込みが強制的に身を凍らせてしまう。

「もう……嫌、帰ります」

 頭を下げたまま、皐月はしゃがみこんでしまった。

「どうしたの? 全然いつもの皐月じゃないよ」

「うぅ……だって、こんなに怖い人がいっぱいいるなんて思わなかったです」

「怖い人? さっきの人? いい人そうだったけど……」

「そんなはずないです。あたしのこと睨んでました」

「え? でも皐月、ぶつかってすぐ頭下げたから顔なんて見てないんじゃあ?」

「……きっと睨んでました」

 自分を睨む同級生たちの顔が浮びあがる。醜い悪意を向ける飯島美瑠久たち。中野建太の恐怖と敵意の眼差し。

 自分を睨む退魔師たちの顔が浮びあがる。危うく殺されかけたという、化物でも見るかのような老人たちの怯えた表情。珍しい生き物でも観察するかのような松島正の不気味なにやけ顔。

 それらの視線が矢のように自身を貫く。四方八方から感じる視線も同様に自分を差しているのだろうと思った。

「嫌だ……」

 泣きそうな声で皐月は呟く。

 その途端、しゃがんでいたはずの身体がふわりと浮き立った。後ろから両脇を抱えられた皐月はなすすべもなく、強制的に立ち上げられた。「高い高〜い」とでも聞こえてきそうな格好をさせられている。

「……えっ?」

 振り向くと、心配そうにこちらを覘く啓介がいる。

「大丈夫?」

 あまりにも近い距離に皐月は慌てふためく。

「なっ、なにしてるんですか! 離してください!」

 啓介の腕を振りほどき、怒鳴りつける。二人の様子を見てクスクスと笑う人がちらほらといる。仲のいい兄弟だと思われたのかもしれない。

「恥ずかしいまねはしないでください」

「その話し方、なんか大人っぽくてかっこいいね」

「は、はぁ?」

「僕、こういうところにくるのは初めてだ。だから、もっといっしょに遊ぼうよ」

「…………」

 全く会話になっていないことに、皐月はあきれてしまう。

「大丈夫。いっしょにいれば怖くないって。ほら、人ごみもこうしてれば安心だよ」

 そう言って啓介は、皐月の手を握り、引っ張った。

 熱い、人間の体温が彼の手のひらから伝わってくる。

「あっ……ちょっと!」

 啓介は駆け出し、皐月は転びそうになりながらも手を引かれてついていく。

 この広いフロアのなかでも、走っているのは二人だけだった。

「馬鹿みたい……」

 多くの人がこちらを見て、にやにやと微笑んでいる。どの表情にも、敵意や悪意などは感じられなかった。

「怖……くない……」

 人ごみはやっぱり苦手だし、こうして走っているのは顔から火が出るほど恥ずかしいけど、さっきよりは怖くない。恥ずかしさが恐怖を上回ったのかな、と皐月は思った。

「でも……」

 手から伝わってきた熱が、今度は胸のあたりを熱くしている。それがなぜかはわからない。

 この熱が愛おしく感じて、啓介の手を強く握った。

 ――ああ。

『だって、皐月ちゃんは化物なんかじゃないし』

 そうだ、啓介は絶対に悪意や敵意を向けたりはしない。あたしと同じくらい超常の力をもつこの少年なら、あたしのことを拒絶しない。あたしを怖がらない。

 この熱はきっと安心感だ、と皐月は納得した。


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