表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傍らで偲び咲く桜の花  作者: 堀口直
第五章 傍らに咲く花
39/58

5-7 熱い復活

 瞬間、肩の張った化物を始め、辺りに数十と漂っていた霊獣たちが一斉に燃え上がる。

 轟々とたちこめる炎は刹那の出来事でたちまち消え去った。いうまでもなく、そこには虚無が広がるばかりで何もない。

 一瞬にして強力な霊獣たちが消え去っていた。

「…………やはり慣れない力はいけませんね」

 強く目を閉じ、再び開いた皐月の瞳は、いつものように黒々とした色に戻っていた。

 震えが止まらない。

 ――あの力はなんだ?

 見たもの全てを焼き尽くす? いや違う、皐月の視界に入っていないものも攻撃を受けた。それに、もしそうなら皐月の眼をみていた俺も燃えているはずだ。

 火の玉を飛ばした? いや違う、あれは――。

「俺と同じ……高温物質……!」

 間違いない。皐月は高温物質を霊獣の体内で発生させた。俺とは比べ物にならないほどの大きな力。だけどそれは、俺と全く同じ質の力だ。

「皐月……お前は……いったい……?」

 ビリッ、と電撃のような痛みが頭を駆け巡る。

 ――あれだ! あの力だ!

 ――あれを奪え! 全て奪え。

 ――殺せ、殺せ殺せ、女を殺せ。

 脳内で言語化された無意識が皐月に殺意を向ける。

 それらの意思は間違いなく己のものだ。

 もし自分(個性)という存在があるなら、それは意識ではなく無意識にある。哲学やら脳科学なんてものを考えるわけではないが、今まで俺ではない誰かが語りかけていると思っていた意思。皐月を殺そうとする意思は、まぎれもなく俺なのだということに気付いた。頭に響くこの声は……俺の声だった。

 俺は本当に――心の底から――皐月を殺したかったようだ。

 皐月が近づいてくる。フラフラとした足取りだ。

「啓介、声を出してください。今そっちに行きますから」

「…………お前、目が見えないのか?」

 姿勢を低くして、たどたどしくもこっちに近づいてくる。

「ええ、無理な力の使い方をしましたから……。たぶん、一時的なものだとは思いますけど……」

「たぶんって……」

 一時的であったとしても、目が見えなくなるなんて、相当の恐怖を感じるに違いない。それも、皐月の言葉からは視力が戻る確実性はないというふうにもとれる。

「お前、何なんだよ、その力、その姿……もう教えてくれたっていいだろう?」

「もっと、声を出してください」

 子供をあやすかのように、優しい声。

「何なんだよ……俺は成長したんだ。もう昔の俺じゃない。いつまでもお姉さんぶるなよ」

 声が、喉に引っかかってうまく発音できない。

「あっ……。見つけました」

「見つけたってお前、目が見えないんだろう?」

 皐月が俺の身体に触れる。小さくて白い手で、俺の頬をぺたぺたと軽く叩いた。

「……啓介? 泣いているのですか?」

「っ…………!」

 いつの間にか涙が流れていた。

「何なんだよ、お前。何でこんなに懐かしいんだよ。なんで……」

 皐月の首を絞める。

 何でこんなにも、殺意がこみ上げてくるのだろう。

「……この前と違って全く力が入ってませんよ、啓介」

「…………」

 皐月は俺の頭を抱えて頬ずりをした。猫がじゃれつくように可愛らしい動作だ。

 5年……いや、もっと前だ。同じように俺を好きになってくれた少女と、皐月が重なった。そうだ、皐月だ。あのころ俺の傍に居てくれた女の子は皐月だ。全く変わっていない姿かたち。

「あ……」

 なんで、忘れていたのだろうか。

「ああ……」

 あのときに……。

 

 ――あのときに殺した女の子だ。


「ああ、あああああああ!」

 思い出した。殺した。俺が殺した。首を絞めて殺した。

 いやだ、いやだいやだいやだいやだ!

「ごめん、ごめんごめんごめんなさい。俺が殺した? ああ、殺したんだ。俺のせいだ!」

 爺様の家。庭。遊んでいた。二人でいっしょに。楽しく。

 小学生だ。でも学校には行ってない。二人で毎日遊んだ。

 殺した。首を絞めたら驚いて泣いていた。誰が? 皐月だ!

『落ち着け!』

 その言葉が、すとんと座り込むかのように俺の荒れた思考を占める。

 皐月が強く俺を抱きしめた。

「言霊を使いましたが、それも一時的な効果しかありません。もう、限界のようです。このままではどっちみち、あなたが壊れてしまう……。私のせいですけれど……ね」

 皐月のなめらかな指が俺の顔を這う。その指が唇を撫でて止まった。

「全てをお返ししましょう。この町を救うためにも、あなたは〝本来の力〟を取り戻さなくてはなりません。ただし、決して自分の御霊に負けてはいけません。あなたがこれまで修行してきたのは、この日のためだと思ってください」

 唇に、柔らかいものが押し付けられた。

 皐月の唇から、何かが流れてくる。

 喉が焼ききれるほど熱い。

 やがて全身が灼熱の業火に包まれる。

 柔らかい感触が唇から離れた。

「あああああ」

 急いで身体を検めるが、どこも燃えていない。それでも焔が身体にまわる感覚を強く感じる。

 熱い。熱いアツイ。

 胸を掻き毟る。掻いても掻いても焦がす胸の痛みは増すばかりだ。

 脳が忘れていた記憶を映し出す。それが、もとから自分のものであったかのようにすんなりと、パズルのピースがはまったときのように、綺麗に頭に入り込む。

 欠けていた不完全な自分が、やっと自分を取り戻した感覚。

 熱い。懐かしい感覚。

 幼い頃の自分は、常にこの熱さと戦っていた。それが当たり前だと信じていた。母にそれは異常だと諭されても、この熱さはどうしようもなかった。

 やがて狂いはじめた。周りのものが、自然と発火するようになった。度々家材を燃やした。父は匙を投げたが、母は違った。俺を、一生懸命に育ててくれた。ときには厳しかったが、それも俺のために、それこそ命をかけて育ててくれた。決して俺を憎んでいたわけではない。そう思っていたのは、俺の幼い心のせいだった。今ならわかる。母は俺を愛していた。

 涙が溢れてくる。

 母に会いたい。

 ありがとう、と言いたい。

 それも、もう遅いだろうか。

 夕陽が怖かった。あの燃えるような赤が、家を燃やしてしまったときの恐怖の色に似ていたからだ。得体の知れた恐怖は、もう恐怖ではなくなっている。ここ数日、夕陽を恐れなくなったのは皐月の言霊のおかげだろう。しかし、もう大丈夫だろう。

 熱い。熱いアツイ。

 身体が溶けてしまいそうだ。

 しかし流れ込んできた中に、ひんやりと〝心地のいい異物〟があった。

 何年も皐月の中にあった俺の魂は、〝皐月の記憶と感情〟が染み込んでいる。

 ゆっくりと目を閉じる。

 網膜ではなく脳内に開かれた映像は、桜花皐月の記憶だった――。



                (第六章に続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ