5-7 熱い復活
瞬間、肩の張った化物を始め、辺りに数十と漂っていた霊獣たちが一斉に燃え上がる。
轟々とたちこめる炎は刹那の出来事でたちまち消え去った。いうまでもなく、そこには虚無が広がるばかりで何もない。
一瞬にして強力な霊獣たちが消え去っていた。
「…………やはり慣れない力はいけませんね」
強く目を閉じ、再び開いた皐月の瞳は、いつものように黒々とした色に戻っていた。
震えが止まらない。
――あの力はなんだ?
見たもの全てを焼き尽くす? いや違う、皐月の視界に入っていないものも攻撃を受けた。それに、もしそうなら皐月の眼をみていた俺も燃えているはずだ。
火の玉を飛ばした? いや違う、あれは――。
「俺と同じ……高温物質……!」
間違いない。皐月は高温物質を霊獣の体内で発生させた。俺とは比べ物にならないほどの大きな力。だけどそれは、俺と全く同じ質の力だ。
「皐月……お前は……いったい……?」
ビリッ、と電撃のような痛みが頭を駆け巡る。
――あれだ! あの力だ!
――あれを奪え! 全て奪え。
――殺せ、殺せ殺せ、女を殺せ。
脳内で言語化された無意識が皐月に殺意を向ける。
それらの意思は間違いなく己のものだ。
もし自分(個性)という存在があるなら、それは意識ではなく無意識にある。哲学やら脳科学なんてものを考えるわけではないが、今まで俺ではない誰かが語りかけていると思っていた意思。皐月を殺そうとする意思は、まぎれもなく俺なのだということに気付いた。頭に響くこの声は……俺の声だった。
俺は本当に――心の底から――皐月を殺したかったようだ。
皐月が近づいてくる。フラフラとした足取りだ。
「啓介、声を出してください。今そっちに行きますから」
「…………お前、目が見えないのか?」
姿勢を低くして、たどたどしくもこっちに近づいてくる。
「ええ、無理な力の使い方をしましたから……。たぶん、一時的なものだとは思いますけど……」
「たぶんって……」
一時的であったとしても、目が見えなくなるなんて、相当の恐怖を感じるに違いない。それも、皐月の言葉からは視力が戻る確実性はないというふうにもとれる。
「お前、何なんだよ、その力、その姿……もう教えてくれたっていいだろう?」
「もっと、声を出してください」
子供をあやすかのように、優しい声。
「何なんだよ……俺は成長したんだ。もう昔の俺じゃない。いつまでもお姉さんぶるなよ」
声が、喉に引っかかってうまく発音できない。
「あっ……。見つけました」
「見つけたってお前、目が見えないんだろう?」
皐月が俺の身体に触れる。小さくて白い手で、俺の頬をぺたぺたと軽く叩いた。
「……啓介? 泣いているのですか?」
「っ…………!」
いつの間にか涙が流れていた。
「何なんだよ、お前。何でこんなに懐かしいんだよ。なんで……」
皐月の首を絞める。
何でこんなにも、殺意がこみ上げてくるのだろう。
「……この前と違って全く力が入ってませんよ、啓介」
「…………」
皐月は俺の頭を抱えて頬ずりをした。猫がじゃれつくように可愛らしい動作だ。
5年……いや、もっと前だ。同じように俺を好きになってくれた少女と、皐月が重なった。そうだ、皐月だ。あのころ俺の傍に居てくれた女の子は皐月だ。全く変わっていない姿かたち。
「あ……」
なんで、忘れていたのだろうか。
「ああ……」
あのときに……。
――あのときに殺した女の子だ。
「ああ、あああああああ!」
思い出した。殺した。俺が殺した。首を絞めて殺した。
いやだ、いやだいやだいやだいやだ!
「ごめん、ごめんごめんごめんなさい。俺が殺した? ああ、殺したんだ。俺のせいだ!」
爺様の家。庭。遊んでいた。二人でいっしょに。楽しく。
小学生だ。でも学校には行ってない。二人で毎日遊んだ。
殺した。首を絞めたら驚いて泣いていた。誰が? 皐月だ!
『落ち着け!』
その言葉が、すとんと座り込むかのように俺の荒れた思考を占める。
皐月が強く俺を抱きしめた。
「言霊を使いましたが、それも一時的な効果しかありません。もう、限界のようです。このままではどっちみち、あなたが壊れてしまう……。私のせいですけれど……ね」
皐月のなめらかな指が俺の顔を這う。その指が唇を撫でて止まった。
「全てをお返ししましょう。この町を救うためにも、あなたは〝本来の力〟を取り戻さなくてはなりません。ただし、決して自分の御霊に負けてはいけません。あなたがこれまで修行してきたのは、この日のためだと思ってください」
唇に、柔らかいものが押し付けられた。
皐月の唇から、何かが流れてくる。
喉が焼ききれるほど熱い。
やがて全身が灼熱の業火に包まれる。
柔らかい感触が唇から離れた。
「あああああ」
急いで身体を検めるが、どこも燃えていない。それでも焔が身体にまわる感覚を強く感じる。
熱い。熱いアツイ。
胸を掻き毟る。掻いても掻いても焦がす胸の痛みは増すばかりだ。
脳が忘れていた記憶を映し出す。それが、もとから自分のものであったかのようにすんなりと、パズルのピースがはまったときのように、綺麗に頭に入り込む。
欠けていた不完全な自分が、やっと自分を取り戻した感覚。
熱い。懐かしい感覚。
幼い頃の自分は、常にこの熱さと戦っていた。それが当たり前だと信じていた。母にそれは異常だと諭されても、この熱さはどうしようもなかった。
やがて狂いはじめた。周りのものが、自然と発火するようになった。度々家材を燃やした。父は匙を投げたが、母は違った。俺を、一生懸命に育ててくれた。ときには厳しかったが、それも俺のために、それこそ命をかけて育ててくれた。決して俺を憎んでいたわけではない。そう思っていたのは、俺の幼い心のせいだった。今ならわかる。母は俺を愛していた。
涙が溢れてくる。
母に会いたい。
ありがとう、と言いたい。
それも、もう遅いだろうか。
夕陽が怖かった。あの燃えるような赤が、家を燃やしてしまったときの恐怖の色に似ていたからだ。得体の知れた恐怖は、もう恐怖ではなくなっている。ここ数日、夕陽を恐れなくなったのは皐月の言霊のおかげだろう。しかし、もう大丈夫だろう。
熱い。熱いアツイ。
身体が溶けてしまいそうだ。
しかし流れ込んできた中に、ひんやりと〝心地のいい異物〟があった。
何年も皐月の中にあった俺の魂は、〝皐月の記憶と感情〟が染み込んでいる。
ゆっくりと目を閉じる。
網膜ではなく脳内に開かれた映像は、桜花皐月の記憶だった――。
(第六章に続く)




