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傍らで偲び咲く桜の花  作者: 堀口直
第五章 傍らに咲く花
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5-3 夜の校舎

 霞丘高校はその名でわかる通り、小高い丘の上にある。おさきの記憶の中でも、寺内将権の屋敷は丘の上にあった。普通、家老といえば城の近くに居を構えそうなものだが、小塙潘の家老屋敷は少し離れた場所に立地している。先生が調べた記録によると、寺内が強引に建てた屋敷だそうだ。

 寺内将権は、政治家としての腕前は凄まじかったらしい。

 幕末における壊滅的な財政難のなか家老に抜擢された寺内は、当時あまり有名でなかった小塙特有の織物と漆器に眼をつけた。京都から職人を招き入れ、デザインと機能性を高めた小塙染と漆器を江戸・大阪、さらには海外にも売りさばき、当時では他に類を見ない成功(もっとも、直後に起きた大洪水で、文字通り全てが水に流されたが)を収めた。

 日本史の教科書でも、小さくだが紹介されている名執政だ。当然、地元では英雄扱いされている。

 しかし、晩年の寺内がオカルトな知識を求め、その道の知識人を多く招いていたことは、あまり紹介されていない。後年に発見された寺内の日記によると、彼は鬼との交信に成功し、霊の仕組みを解明したという。第2次大戦後、民俗学ブームが起こったころ、多くの民俗学者が小塙の怪奇現象や伝承を調査したが、幕末に起こった大洪水で知識人(寺内将権を含む)や資料のほとんどが消失してしまったため、解明できなかった。

 この幕末の洪水についても、謎が大きく2つ、残されている。

 一つは川の氾濫。小塙潘は降水量が多いのにも関わらず、城下町は大きな二つの川に挟まれた形で築かれている。だから、川の堤防造りには細心の注意を払っていたはずだ。事実、強固に造られた二重の堤防は百年間びくともしなかった。しかし1866年7月、毎年起こっているはずの、特に珍しくもない大雨で、川の堤防が決壊した。しかも、二つの川が同時に氾濫した。城下町は壊滅的なダメージを受けた。なぜ予想していた大雨に、二つの川の堤防が同時に決壊したのかは謎だ。

 もう一つの謎は、死亡者の数である。深夜の災害ということもあるが、それでも、城下町の人口の8割が死亡、または行方不明というのは、多すぎる。これら二つの謎は、未だ解明されていない……。


 

            ◇



 夜の学校は静寂の檻に閉ざされているかのようだ。

 坂の下まではうるさかった虫の声も、丘の上では遠く感じる。耳を澄ませば微かに聞こえる程度だ。裸になった桜の木々は、ごつごつとした幹と奇妙に伸びた枝が異世界を描くかのような演出を魅せている。白いはずの校舎の壁は、電灯からできる桜の木の影で不気味な模様が映し出されていた。

 見上げた空には三日月。ピエロが眼を細めて笑う形で、校舎を薄く照らしている。

「嫌な雰囲気だ」

 現実味が薄れてきている。ここは正常な世界ではない。常世から隔離された異空間だ。

 いまから戦うなど全く想像できない。

 ただぼんやりしているだけで、思考の仕方を忘れ、暗い土の中に放り込まれかのように動けなくなる。それが当然だと思ってしまう。自分は植物になって、この異世界で生きていく。夢のなかにいるかのように、全てが曖昧で、おぼろげで、ぼんやりとしている。

 自分はいま、生きているのだろうか。もしかしたら死んでいるのかもしれない。生きている感覚がまるでしない。

 ここは、危険な場所だ。

 死霊に溢れた危険な場所だ。

 おかしい、夕方までは何も感じなかった。

 いつも通り、下校できたはずだ。

 しかし、直感でわかった。


 ――ここはもう、手遅れだ。


 足が崩れる。もう立つことなどできない。

 遅かった。全てが遅かった。

 もっと早く松島先生に報告すればよかった。早く美月さんから話を聞き出せばよかった。早くこの町に来ればよかった。もっと……もっと早く……。

 寄ってくる。

 死霊どもが周りを囲んでいる。

 剣をがむしゃらに振り回す。

 しかし、足が動かない。

 剣は届かない。

 ここで……死ぬ……。

「なかなか来ないと思えば、こんなところで何をしている?」

 肩を強く叩かれた。痛みが生を感じさせる。

 感覚が戻る。

 周りの死霊たちは一瞬で消え去り、軽くなった足は当然のように動かせるようになった。

「あ……先生」

「なんだその間抜け面は。これほど安い暗示に引っかかる退魔師はお前だけだぞ」

「暗示?」

「おいおい、暗示も知らんのか?」

「は、はあ」

「暗示というのは名前の通りだ。催眠術の一種と考えてもいい。内発的な意識ではなく、外部からの働きかけで意識を動かされることだ。肉体をもたない死霊はこの方法で生ける者を動かす。または殺す」

「なるほど……」

「まったく……爺様は何を考えている? 術に対する知識も対策も持たない半人前を現場に寄越すなど、殺そうとしているとしか思えん」

 俺も、本当にそう思います。

「あの……やっぱり俺、先生の足手まといになるだけなんじゃあ……?」

「いや、そうでもない。ここまで調査を進められたのはお前の功績だ。それは誇ってもいい」

「でもそれは、戦いでは役に立たないんじゃあ?」

「役には立たないかもしれんが、参加はしてもらう。爺様はお前の成長を望んでいるようだからな」

「…………参加しようにも、どうやって戦えばいいかわからないんですよ」

「今までの戦い方でいい。その自慢の剣術が、霧島啓介が持つ最大の武器だろう?」

「それは……でも、末次には負けましたし、強い妖怪には歯が立ちません」

「……もうしゃべるな、ヘタレが移る。逃げたいなら逃げろ。今のお前は足手まといだ」

「…………」

「一つ言っておく。我々を動かしているのは脳か? 身体か? 意識か? 全て正解だが、そのどれもが二次的な要素でしかない。全ての大元は霊……つまり『気』だ。この世を……宇宙を作り出し、存在を維持している気。森羅万象あらゆるものは気から派生している。神と呼んでもいい。『生きる』というのは、気を扱う一つの表現だ。逆にいえば、霊気を感じることができないやつは生きることさえ難しい。弱気になり、塞ぎ込み、自殺する者もいる。いいか? 強い人間というのは気の扱い方を熟知している。当然だな。気を扱うということは、宇宙を味方につけるのと同義だ。ヘタレでいることに何のメリットもない」

「…………」

「わかったか?」

「…………」

 話はよくわからないが……。

 松島先生も、先生らしいところあるじゃないか。

 少しだけど、前向きに考えられそうだ。

「とはいえ……正直、お前は逃げた方がいいかもしれんな」

「ええっ?」

「ここの霊気は異常だ。ついさっきまでは正常だったが、ほんの一足遅れたらしい」

「それって、つまり……」

「ああ、封印が解ける」

「拙いじゃないですか」

「拙いさ。急がなくてはな。お前は戦えるのか?」

「戦います」

「先日の球体妖怪のような奴らが、百体出てくるかもしれんぞ?」

「やります」

「……ふ。若いのはいいことだ。思想でさえも吸収しやすい。いい眼になっている。よし、では早速始めよう。まずはゴミ掃除だな」

 先生が膝を地面につけ、何かを呟く。

 呪文のようなものだろう。

 その声は脳内でエコーがかかったかのように響く。

 死霊が集まってきた。多くは凡庸な人間と変わらない姿。しかし明らかに異形の……霊獣らしき者もいくつかある。数は目測で二十程度。そのどれもが強力な化物だ。

「よくもまあ、つい先ほどまで馴染みだった場所がここまで……。まるで地獄でも見ているようだな」

 ふ、と笑った先生は、懐からナイフとメモ帳を取り出す。

「何するんですか?」

「まあ見てろ。いいか? いまから私が声を出すまで、一切口を開くな。死ぬぞ」

 俺がコクリ、と頷くのをみて、先生はちぎったメモ帳の紙を地面に置き、それをナイフで突き刺した。

 途端、化物たちの様子がおかしくなる。

 まるで俺と先生の姿が見えなくなったかのように、キョロキョロと何かを探している。

 リラックスして、座り出すものまでいる。

 ヒュン、と音がした。聞き覚えのある風きり音。ヒュッ、ヒュッ、と一つずつ、一定の間隔をあけて、鉛玉が化物を破壊していく。一発で、一匹を確実にしとめていく。仲間が目の前で斃されても、全く気付かない。何の警戒もなく葬られていく。

 最後の一匹が、脳天にパチンコ弾を撃たれて声もなく消滅した。

「よし、いいぞ」

「何をしたんですか……?」

「ん? まあ、これも暗示の一つだ。妖怪どもに、私たちを認識できないようにした。つまり、我々の気を一時的に隠したということだ」

「そ……そんなことができるんですか?」

 なぜ、そういう便利な術を教えてくれなかったんだ、爺様。

「相手の気、または自らの気を紛らわせるのは退魔師の基本だ。ただ今のはかなり高度な暗示だから、お前には無理だろう。それに当然だが、強力な妖怪や人間には効かない」

「そういえば、なんであいつら、仲間が斃されても何も反応しなかったんですかね?」

「それはわからん。術も効きやすかったところをみると、連中、たいしたことはないらしい。少なくとも、加賀末次や球体妖怪のように強力な死霊はいないだろう。案外楽な仕事になりそうだな」

「だといいですね」

「そうとわかれば早く終わらせてしまおう。この件が片付けば三年ぶりに家へ帰れる」

「三年も家に帰ってないんですか? もしかして、いまはホームレスとか?」

「馬鹿か。いまは単身赴任という形でアパート暮しだ。静岡の家には妻と娘がいる」

「ええ!? 先生、既婚者だったんですか?」

「ああ。二日前に妻から電話が来てな、いい加減に帰らないと浮気するぞと脅されてしまった……」

「娘さんはいくつです?」

「おい貴様、その期待の眼差しはなんだ」

「い……いえ、ただの好奇心旺盛な学生の顔です」

「ふん、まあいい。たしか、今年で七歳だったかな」

「そうですか、幼女には興味ありませんので結構です」

「手を出したら殺すぞ?」

「……ひいっ!」

 こ……怖ぇ。

 いままでで一番怖い顔だったよこの人。

「くだらん話はここまでだ。行くぞ」

「はい」

「早く終わらせるぞ」

「はい」

 先生は校舎にむかって歩き始める……が、すぐに立ち止まり、こちらに振り返った。

「ところで、死霊どもが封じられているのはどこだ?」

 この人、やっぱりどこか抜けている。



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