5-2 昔のゲーム
――疲れた。
保健室で急に眠ってしまい、動かなくなった美月さん(あるいは詩織)を、あとから入ってきた保健の先生に任せ、俺は一人で帰った。
もし詩織が起きだして、いっしょに帰ることになったら、どうやって接すればいいかわからなくなったからだ。
『この娘を大切にしてあげてください。この娘の恋心を、無駄にしないであげてください。恋が叶うというのは、女にとっては至福の限りでしょうから……』
美月さんはそう言っていた。信じられないが、彼女の身体を共有している美月さんが言うならば……嘘でないならば……そうなのだろう。
正直、詩織が俺のことを好きだというのは一時的なものだと思う。死霊を退治した俺を、かっこいいと勘違いしていて、美月さんが過大解釈している可能性が高い。それに、実際の俺は何の役にもたってないのに、ヒーローのように思われるのは嫌だ。
学校の坂を降りてから、美月さんの話を松島先生に報告していないことに気がついた。でもまあ、あとでいいか、と思いつくと、それでもいいや、という気持ちが膨らんで結局そのまま帰ることにした。
部屋に入り、電気をつけ、浴室に向かった。シャワーを浴びて出てくると、晩飯が用意されている。鯖の塩焼きが美味しそうに湯気を出していた。
「ありがとう、いただきます」
一言お礼を述べてから食べ始める。
粗めに削られた大根おろしが、塩辛い鯖によく合う。せっかく大根おろしがあるなら納豆が欲しい。冷蔵庫にあったはずだと思い、立ち上がると、冷蔵庫が開いて納豆が運ばれてきた。
「ありがとう」
またお礼をいって、醤油とおろしをいれて納豆をかき混ぜる。
かき混ぜながら、思う。
――この生活にも慣れたな。
死霊にお世話してもらっている退魔師。
このことを松島先生にいえば怒られるかもしれない。あの人は純粋な退魔師。死霊を消すためだけに訓練された人だ。
――しばらくは黙っていよう。
だってどうしようもない。この死霊には敵わないから、追い出すことはできない。それになにより、俺がこの生活を気に入ってしまっている。
そういえば、皐月も『霊獣』なのだろうか? そもそも俺にみえない死霊っておかしくないだろうか……。これでも一応退魔師だ。美月さんには見えていたから、存在することは間違いない。他の人に会わせてみようか? ……松島先生はダメだな。怒られるし、下手したら消される。詩織……もダメだな、不用意に女をこの部屋に招いたら、俺が殺される。……まあ、やっぱりしばらくこのままでいいや。
「ごちそうさまでした」
食器を洗い、部屋に入ると、テレビゲームがつけっぱなしだった。いや、いまつけたばかりなのだろうか、スタート画面だ。
「お前、ほんとRPG好きだな」
古い機体であるSFCにセットされているのはクロノ・トリガー。
ある日偶然、時間を移動できる手段を見つけた主人公が、荒廃した未来に行き着く。その未来を救うため、主人公たちが時空を超えて戦うという物語。恐竜人と原始人が種の存続をかけて戦う原始時代。魔法という不思議な力を駆使していた古代。人々が魔王の存在に怯える中世。平和を謳歌する現代。そして地球が死の星と化した未来。時代を巡り、様々な謎を解き明かしていく……。
末次と美月……そして志摩蓮介やおさきのことを考える。俺にこのゲームの主人公たちのような、時間を移動できる力があるなら、時代を遡って救いたいと思う。寺内将権の馬鹿な考えを止めたい。でも当然、そんなことはできない。俺にできるのは、現代の小塙町を救うこと。出現する妖怪……いや霊獣を斃すことだけだ。もっとも、今の実力ではまともに仕事できるとは思わないけど……。
画面を覗くと、皐月はまだストーリーの序盤のようだ。まだ主人公は、滅んだ世界を知らない。ただ知り合った女の子を助けるために、時空のゲートに迷い込む。その世界が400年も昔であることを、主人公は全く知らない。
皐月があまりにも見当違いなところに進むものだから、少しアドバイスしてやった。
「そいつな、その時代の姫じゃないんだよ。入れ替わってるだけだから、本物を探さないと……」
皐月はぐるぐると主人公たちを回す。ぐるぐる、ぐるぐる……何かの催促か?
「どこへいけばいいのかくらい、自分で見つけろよ? RPGの醍醐味だろ」
言われて、主人公は動き出す。
「また懐かしいゲーム引っ張り出してきたな?」
同級生でこれをやっているやつはあまりいないだろう。それくらい古い。小さい頃、俺が引き取られた爺様の本宅は、なぜか古いゲーム機がたくさんあった。クロノ・トリガーはそのときに熱中したゲームの一つだ。
そうだ、そのときに……だれかといっしょにこのゲームをしていた記憶がある。母親でも、爺様でもない。同年代の女の子だ。
あれは一体だれだったのか……。
名前も顔も思い出せない。
「まあ、いいか……」
思い出せないのは異常なことではない。小学校のころの記憶なんて、曖昧なのが普通だろう。ましてや、しばらくの間いっしょに遊んだだけの相手ならば、なおさらだ。
しかし……。
絶対に忘れてはいけない存在だった……ような気がする。
古臭いRPGの音楽に耳を傾けていると、邪魔をするかのように電話が鳴った。とはいえ、学校で鳴ると拙いから、俺の携帯は常にマナーモードにしている。だから、バイブの音が微かに聞こえる程度の音量だ。
「先生だ……」
報告しなかったことを怒っているのかもしれない。
皐月はゲームに熱中しているようだ。画面の中ではボス戦が繰り広げられている。
気を使って、外に出てから電話に出る。
「もしもし……」
『松島だ……何かわかったか?』
「ええ……まあ」
『簡潔に説明しろ』
「……はい」
十月終わりの気温は複雑だ。昼間は日差しで暑くても、夜は冷え込む。喋るたびに白い煙が出る。
説明は五分くらいで終わった。松島先生はずっと無言だったため少し不安になったが、しっかりと聞いていたようだ。
『つまり、いま行動すれば敵は殲滅できる可能性が高いということだな?』
「そうみたいです」
『ならばなぜ早く報告しない? ああ、言い訳はしなくていい。どうせ明日でもいいと思ったとか言うつもりだろう。……それで、場所は?』
「場所は、旧家老屋敷……つまり寺内将権の屋敷跡です」
『だから、それはそこだと聞いている。……ちょっと待て、旧家老屋敷だと?』
「はい。……今の霞丘高校です」
『灯台下暗しもいいとこだな……』
「先生って、どれくらい霞丘高校に勤務しているんでしたっけ?」
『黙れ小僧。早く準備しろ。今すぐ向かうぞ』
「え? 今からですか?」
『当たり前だ。早いほうがいいだろう?』
「いや、まだ心の準備が……」
『だから早く準備しろと言っている……』
「そんな早くできるわけ……って……」
もう電話切れてるし……。
「まじすか……」
ぞくり、と背筋が凍る。悪い予感がする。
「しかたない……か」
これも仕事だ。
ドアを少しだけ開けると、ゲームの音が微かに聞こえた。
今日死ぬかもしれない。
今まで死ななかったのが不思議なくらいだ。
だから、自ずと言葉に力がこもる。
「行ってきます」
言ってから、俺は学校へと歩きだす。
歩きながら、皐月の顔を思い出そうとする。
しかし、全く思い出すことができない。
学校に着くまで必死になって思い出そうとするが、結局浮かんではこなかった。
それがなぜか、ひどく悲しかった。




