4-9 殺しの依頼
「騒々しい方ですね……」
「ええ……まあ」
苦笑いしかできない。
いつ詩織と入れ替わるかわからない。時間が限られている状況なので、俺は早速本題に入る。
「さあ美月さん。俺とお話をしましょう」
「ええ、いいですよ。私もあなたとじっくり話がしたい」
俺を見つめる彼女にドキッとする。見た目は詩織だが、雰囲気はやわらかくなった皐月という感じ。
それが少しアンバランスに思えた。
末次とおさきの記憶の中でみた美月さんは、皐月を成長させた感じの美人。もちろん詩織も綺麗だが、ベクトルが違う。皐月と美月さんはどこか人間離れした儚い存在。日本人形のように、非の打ち所がない美術品のような、触れれば崩れてしまいそうな美しさだ。
「その……美月さんは、この町にいた死霊を封印したんですよね?」
「ええ、そうです」
「その死霊たちが、どんどんこの町に現れ始めています」
「そのようですね……」
「もう一度、彼らを封じることはできないですか?」
「それは……できません」
「……なぜ?」
「いまの私は、術を使うことができません。桜花流陰陽師は自らの肉体に刻んだ式を力の源としていますから、霊体となってしまった今の私は無力です。ですから私は死ぬ間際に、自分の霊力を全て依代におさめました。妖魔を封じる力を永遠に維持するためです。例え依代が壊れても、力だけは維持できるように仕掛けたつもりでしたが……」
「依代?」
「ええ、先ほどの退魔師さんが言った脳の役割は、その依代が担っています。その依代に、加賀詩織さんが触れてしまったのでしょう」
「もしかして、壺のなかにあった紙が……」
「そうです。私の依代です。誰も壺を割れないように施したのですが、詩織さんはもともと霊力が強かったのでしょう。壺が割れ、依代に触れただけで、私が宿ってしまいました。迷惑を……かけてしまいました」
「じゃあいまの美月さんの依代は、詩織ということですか?」
「そうです」
「美月さんは依代とやらがあるって理解しましたが、加賀末次はどうやって完璧な記憶と人格を持っているのでしょう?」
「おそらく、末次さんは、霊獣なのでしょう」
「霊獣?」
「ええ。妖怪に近い存在です。死の直前によほどの感情が昂ぶり、霊力を引き出したのでしょう。霊体が脳をつくり出したのです。まあ、それだけではない気がしますが」
「そんなのが可能なんですか?」
「いえ、普通はありえません。理論上では一度、ある人から聞いたのですが、実際にはできませんでした。しかし、霊体化が容易であるこの土地の性質が、成功させたのでしょう。おそらくは不死を望む寺島将権が求めた形です。たしかに末次さんのような霊獣ならば、不老不死と言っていいでしょう」
美月さんは悔しそうに眉間に皺を寄せる。
寺内将権とは、かつての小塙潘における最大の権力者。年老いてからは不老不死を目指す狂人となり、死霊にあふれる国をつくろうと画策。いや、美月さんの言うことが正しければ、寺内将権は霊獣をつくろうとしていたのだろう。その過程で、百体の死霊を生み出した黒幕だ。
「……してください」
「…………え?」
美月さんが何かを言った。耳には入ったが、理解できない。脳には届いていない。
「今、何て言いました?」
だから聞き返す。
美月さんは、あの、畏怖さえ覚える強い眼差しを持って言う。
心の底からの強い言葉。
「加賀末次を……殺してください」
――殺してください。
確かに聞こえた。
「……なぜ?」
美月さんは陰陽師で、死霊の哀れさを誰よりも知っている。だから、自分の夫が死霊になったことに耐えられないのだろうか。可愛そうだと思うのだろうか。
「加賀末次には会わなくてもいいんですか?」
「結構です。今度あの人に会ったときにしっかりと伝えてください。『桜花美月と加賀末次はもはや他人。会う必要は無い』と……」
「ちょ……ちょっと待ってください。末次はあなたに会いたがってますよ? あなたに謝りたいって、それだけがこの世での未練だって……」
「そんなことは知りません。謝っていただく必要もありません」
「それでいいんですか? だって好き合ってたんでしょう? 夫婦でしょう?」
「夫婦だからといって愛し合っているわけではないでしょう? あの時代に恋愛結婚などという言葉はありません。例えば、この娘――詩織さんがあなたに抱いている恋愛感情など、とても成就されない時代でした」
「……はあ? 詩織が、誰を?」
美月さんがふっと頬を緩める。
「あなたですよ、霧島啓介さん。私のせいでこの娘には辛い思いをさせてしまいました。死霊が見えるというだけで、友達や家族から冷遇され、得体の知れない死霊に付き纏われて、心の病気にもかかったことがあるようです。だから、死霊が見える自分を受け入れ、しかも格好良く死霊を退治してくれたあなたを慕っているようです」
「詩織が、俺を?」
「だから、この娘を大切にしてあげてください。この娘の恋心を、無駄にしないであげてください。恋が叶うというのは、女にとっては至福の限りでしょうから……」
「あなたは、恋が叶ったことが無いっていうんですか?」
「……ええ、そうです」
「末次のことも、好きじゃなかった?」
「そうです」
嘘だ。
美月さんの記憶と違う。
だからこれは嘘だ。
なぜ嘘をついてまで、愛する人を殺してくれと願うのか、わからない。
美月さんと末次の関係はそんなに薄っぺらいものなのだろうか?
そんなはずはない。
俺は知っている。二人の記憶を覗いた俺はよく知っている。
ふと、ある女の子が頭をよぎった。
それは昔のことだから、あまり覚えていない。名前すら思い出せない。けど……確かに……。
あの頃、あの女の子を、俺は守りたいと思ったはずだ。
誰よりも大切にしようと誓ったはずだ。
そこまで思い出す。ああ、そういえば……。
あの女の子は今、どこで何をしているんだろうか?
「わ……わかりました。でも、とりあえずは封印されている百体の死霊をどうにかしないと……」
「そのことなら大丈夫でしょう」
「どういうことです?」
「まだ全ての封印が解けたわけではありません。多くの死霊は未だに縛り付けられているはずです。そこを叩けばいいでしょう」
「なるほど」
「もともと私が彼らを封印したのは、桜花家の者が封印された死霊を始末してくれると思ったからです。しかし残念ながら、この町の異常に気付く陰陽師はいなかったようです……いえ、それどころか、陰陽師自体、滅んでしまったようですね」
「死霊が封印されている場所というのは?」
「私の遺体です」
「遺体?」
「はい、私は死霊を全て、自分の体内に取り込みました」
「……え? それって……」
質問しようとしたとき、美月さんが急に咳き込み始めた。
「大丈夫ですか?」
俺は彼女の背中をさする。
彼女の身体は、詩織のものだ。
詩織の香りと身体の感触だ……。
苦しんでいる美月さんには悪いが、いかんともしがたいエロスを感じる。
「ん?」
ポケットの中で携帯が振動する。
メールの着信だ。皐月からである。
登録した覚えは一切ないが、アドレスと名前だけでなく、ご丁寧にバイブパターンも設定されている。だから、振動の具合だけで皐月からだとわかった。
『ずいぶん加賀詩織と仲良くなったものですね?』
反射的に、詩織の身体から手を離す。
「み……見ていたのか」
そう呟くと、すぐに返事……いや、返信がきた。
『私はいつでもあなたを見ている、と言ったはずですが?』
「怖ぇよ」
『浮気は絶対に許しませんからね?』
「しねぇよ……」
そういってから、何か引っかかるものを感じた。
別に皐月と付き合ってるわけでもないし、浮気とかもなにも無いだろう。しかも皐月は死霊である。そこにツッコミを入れたかった。が、それとは別に、何か引っかかる。
こういうやり取りを、小さい頃にしたことがあるような気がした。
気のせいかもしれない。
「皐月……」
言ってからしばらくして、返事が来る。
『はい?』
さっきまでしていた、美月さんとの会話は完全に頭から吹き飛んでいる。
ドク、ドク、と心臓が高鳴る。身体が熱い。
「皐月……、俺たちって、昔会ったことある?」
完全なルール違反。皐月に関することは何も聞いてはいけない、という約束を、俺は破った。
しかしどうしても聞きたかった。一種の衝動のようなものだ。
案の定、なんの返信もない。
上体を起こした美月さんが、首をかしげてこっちを見ている。
俺はため息をついて、素直に謝った。
「ごめん」
それでも、何の返信も来ない。




