1-2 退魔師のお仕事
退魔師として小塙町に派遣されてから一ヶ月が経つ。死霊が多数出没するこの地を調査し、鎮める、という仕事内容なのだが、今のところ全く進展がない。そもそも退魔師となって初仕事の俺にとっては荷が重いのではないだろうか。死霊一体を倒せとかならわかるが、町全体をどうにかしなさいなんて気が遠くなりそうだ。しかも半年以内という期間も設けられている。どうも派遣直前に電話で話した爺様の様子が気になる。何か焦っているようだった。
『啓介、お前に初仕事を与える』
久しぶりに聞いた爺様の声は、電話越しであるにもかかわらず俺の身体の芯にまで響き、爺様が目の前にいるのではと思わせる緊張感を放っていた。爺様は俺の育て親であり、退魔師の師匠でもある。死霊に憑かれやすい俺がこれまで生きてこられたのも、この人のおかげだ。山奥での修行は思い出すだけでも吐きそうなものだが、感謝している。
「初任務は、俺が成人してからとの話でしたが?」
『すまん。状況が変わった。加えて事態は急を要する』
「……わかりました。俺一人でしょうか?」
『既に一人派遣しておる。だが其奴のことは飽くまでも補助だと思え。お前の力で退魔師の職を全うせよ』
「はい」
爺様は俺の派遣先の町、学校と住む場所のみを教え、それが俺に与えられる情報の全てだと言った。
「これ……だけですか?」
『そうだ。転校と転居の手続きは既に済ませてある』
……本当に急だ。
「……わかりました」
『それと……だな。話は変わるんだが……』
「はい」
珍しく爺様がどもっている。
『啓介。お前が儂の屋敷にいた頃の事……なんだが』
「ずいぶん昔の話ですね?」
今は山奥の道場に寄宿しているが、幼い頃、俺は爺様の屋敷で暮らしていたことがある。そのころの俺はこの特殊な体質のせいで、心も身体も病気がちであった。そのため、そのときの記憶がほとんどない。
『そのとき、いっしょに暮らしていた女の子を覚えておるか?』
「女の子?」
『覚えておらんか?』
「はぁ、なんとなくいたような気もしますが……それが?」
『う、うむ……あー、それがな』
爺様にしては歯切れが悪い。いつもはハッキリとものを言う人だ。
『……いや、やっぱりやめておこう。まだ姫さまはお前に姿を見せないだろう』
「はぁ、姫さまというのは?」
『なんでもない。このことは忘れてくれ』
「……わかりました」
爺様が忘れろというなら、気にしなくてもいいことなのだろう。
爺様は少しの間沈黙してから、またらしくないことを言った。
『……啓介……強くなれ! 早く強くなれ。でなければわしが困る。お前は死ぬ』
ガラガラ声が胸に響く。
「…………?」
突然言われた言葉に反応できなかった。
『返事はどうした?』
「はい!」
今度は反射的に応えた。
俺はまだまだ弱い。この仕事を完遂することができれば、きっと強くなる。爺様の声は、俺に強い意気込みを植え付けてくれた。しかし同時に、何か焦りのようなものを感じた。
◇
張りのない教師の声、規則正しく黒板に刻むチョークのリズム、そして秋の穏やかで暖かい空気が、少し空いた窓から教室を包み込む。
枕代わりにしていた腕の痺れで目が覚めた。すでに右腕の肘から指先の感覚は希薄だ。俺は一度顔を上げて右腕を小刻みに振る。塞き止められていた血流が動き出し、右腕の感覚が戻っていくのを確認して、今度は左腕を枕にして机に突っ伏した。
なんという体たらく。爺様にもらった強い意気込みは、しばらく休んでもらっている。とにかく疲れが取れない。しっかり寝ているつもりだが、死霊に憑かれ、夢でそいつの記憶を見せつけられれば疲れなど取れるはずもない。
山での修行に比べれば、この学校の授業は眠くなりすぎて困る。日々の疲れも相まって、俺は眠気を抑えることができなかった。
この町にきてからすでに一カ月が経っていた。その間に俺は、指定されていたマンション・学校にそれぞれ入居・入学し、町の探索、調査を進めていた。
確かに死霊は多い。しかし、どの死霊もすぐに退治できるものである。今のところ苦労といえば、朝食と弁当をつくる皐月という死霊だけだ。
――死霊というのはなぜ存在するのか。
その問いに答えるためには「霊」について説明しなければならない。
霊と言っても幽霊や妖怪だけを指すものではない。霊はすべての生物、物質、そして現象にまで宿る、この世に存在するためのエネルギーのことだ。あるものは神と呼ぶ万物の創造主。かつて隆盛を誇った我が国の陰陽師は、木、火、土、金、水の五行が万物の根源であるとしたが、戦後に組織された退魔師は世界に溢れる霊気が根源であるとした。退魔師はこの霊を「建設の意思」だと唱え、世界の仕組みを説明した。
根源である霊(建設の意思)が働き、すべてを創造してきた。生物が地球上で繁殖したのは、この建設の意思がもっとも盛んであるからだ。
この霊気の恩恵を一番に受けているのが、霊長である人間だと言われている。精神活動が発達した人間は心を豊かにすることで、霊力を発揮した。だから、繁栄できた。
現代の人間は肉体や心が自分だと勘違いしているが、それは違う。霊が世界だとすれば、人間も霊だ。肉体や心は霊を使うための媒体に過ぎない。例えば、我々が穴を掘るとする。そのとき、穴を掘るためのスコップが我々の肉体と心である。つまり、肉体と心は霊が活動するための道具と手段にすぎないのだ。そうやって世界は創造されてきた。そして、霊長である人間は、霊が扱う道具としては最高級だ。だから繁栄できたし、世界を変えてこられた。
しかし、弊害もある。
人間の感情というシステムが、霊力を引き出す増幅装置のような役割を持っていて、怒り、憎しみが特に霊力を高める。霊は生命エネルギーでもある。だからもし、人間が強い怒りや憎しみを持ちながら死ねば、有り余った霊力が肉体から離れても残ってしまう。そうしてできるのが死霊だ。昂ぶった感情の記憶を復元して、この世に徘徊する死霊となってしまう。