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傍らで偲び咲く桜の花  作者: 堀口直
第三章 霊夫婦
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3-7 強敵の後の強敵

「終わった……のか?」

 ずたぼろになった古墳の跡を眺め、俺は警戒しながら呟く。

 そして、大丈夫だと安心した瞬間、回復しきれていない足元がガクガクと震えだし、膝から地面につく。そのままゆっくりと横になって、空を仰いだ。闇夜の黒は西に追いやられ、東は陽の光が混ざった紫色に変色している。冷たい芝生が背中に心地よい。

 先生がゆっくりと近づいて来る。

「ここが民家から離れてたいたおかげで、被害は最小限に抑えられたな」

 スーツが少し汚れている。だが傷は負っていないようだ。あれほどの妖怪と戦って無傷ですむ先生の実力は本当に凄まじいものなのだろう。

「遺跡を無惨な姿にしておいて、それはないでしょう?」

「確かにな……」

 先生はニッコリと、はじめて笑顔を見せた。

 その微笑む姿は、世の女性であれば軒並み骨抜きにされるであろう美しさを持っている。

「どうした? 何か言いたげな顔をしているが」

 思わず視線をそらしてしまう。

「いろいろと聞きたいことがあるんですが……」

「まあ、そうだろうな。今なら時間がたっぷりとある。なんでも聞いてくれ」

 ジャラジャラと音を立てて、先生は俺の横に座り込んだ。相当疲れているらしく、その場で大きくため息をついた。

「それじゃあ、遠慮なく。……先生って退魔師ですよね?」

「そうだ。お前と同じように、爺様によって鍛えられた退魔師だ」

「やっぱりそうですか。この町には爺様の指示で来たんですか?」

「そうだ。数年前から、小塙町で死霊が現れたという情報が多く寄せられてな、ここへ赴任してきたのは3年前だ」

「3年間も、この町に……?」

「ああ。出てくるのは弱い死霊ばかりだったが、数が多すぎる。それに、謎も多くてな、こんなにも時間がかかってしまっている」

 先生はポケットから煙草を取り出し、慣れた手つきで火をつけた。

 吐き出された紫煙が俺の顔面にまとわりつき、思わず咳き込んでしまう。

「ゴホッ……な、謎とは?」

「……すまん」

  先生は一瞬だけバツの悪そうな顔をしてから、今度は俺のほうへ煙がいかないように吐き出す。

「まず、この町には大昔から妖怪や死霊に関する資料が多く残されている。この土地の風土記によれば、古墳時代に呪術によって権力を持った豪族が、不老不死を目的とした大規模な儀式に失敗してしまい、以降、この土地で生まれた者は呪いにかかり、死ねば死霊となって永遠にさまようようになったらしい。あるいはそれが、その豪族が願う不老不死の形だったのかもしれない、とある……。だから霊を鎮める寺社が多く建てられた。ちなみにその豪族の墓が、ここの古墳だといわれている。まあ、どこまで本当かはわからないが、もともと死霊が出やすい土地柄なのは間違いないだろう。しかし明治以降、死霊は出現しなくなったらしい。これが謎だ。なぜ死霊が出なくなったのか。さらに、なぜ十年ほど前から再び死霊が現れるようになったか。それと出現する化物についてだが――推測するに江戸時代の人間が多い」

「何百年から存在する死霊っていうのはありえるんですか?」

「いや、ありえない。たしかに書物には、霊魂は永遠にさまようとあったが、死霊は生前の感情が起源となる。そして感情が薄れれば消滅する。どんなに強いものでも何百年と続く感情なんてものはありえない」

「でも、現に存在してるんでしょ?」

「そう。だから、謎なんだよ……」

 先生は煙草の火を高級そうな革靴の裏でもみ消し、安っぽい携帯灰皿に入れた。

「今日はさらに謎が増えたから困る」

「さっきの妖怪ですか?」

「ああ、しかしあれは妖怪ではない気がする」

「妖怪ではない?」

「妖怪にしては、霊体がしっかりしすぎている。まるで式神のように、依代を持っている可能性がある。だとすれば、依代を与えた人物がいるはずだ」

「依代を与えた人物?」

「しかもあれほど強力な敵は初めてだったぞ」

「え? でも、楽に斃してたじゃないですか」

「楽なものか。やつがお前に気を取られていなかったら、あんな大技の準備はできなかったよ」

「俺は囮だったんですか……」

「いや、もっと役に立たないと思っていたが、実に僥倖だった。助かったぞ」

「ちっとも嬉しくない!」

「まあ、なんにせよ、これらの問題が解けない限りは小塙町での仕事を終えられない。霧島、お前がわかっていることを全て教えろ。期待はしていないから気楽に話せ」

「…………はい」

 何やら軽んじられていることに腹がたったが、この人には適わない。とりあえず俺は自分の知っていることを詳細に話した。夢で見た江戸時代の出来事。美月という女性が百体もの死霊をどこかに封印して、自らの霊魂を壺に閉じ込めたこと。そして、詩織がその壺を壊してしまい、美月の霊魂が体内に入り込んでしまったこと。俺にまとわり憑く皐月という死霊のことは……退魔師としての沽券に関わることなので黙っていよう。

 先生は口を一切挟まずに、静かに煙草を吸いながら聞いていた。

「とまあ、俺の知っている範囲だとこんな感じです」

「……おいおい。そんなもの、よく調べたなあ」

 先生の声に殺気を感じる。何で怒ってんの? 怖いよこの人。

「私の3年間は無駄だったと、そう言いたいのか? あ?」

「は? い、いや、そんなことは言ってない、ですが?」

 ……ため息混じりに煙草の煙を吹きかけるのはやめて欲しいです。

「……はあ〜。死人の記憶を自らの夢として覗くことができる能力……か。たしかにそんな例は世界各地でもある。爺様も人が悪いなあ。これほど使える超能力者がいるなら早く教えてくれればいいものを……。ところで、その話は信憑性があるんだろうな?」

「たぶん。加賀末次と桜花美月には接触しましたし、話もしました。間違いないと思います」

「桜花だとっ!?」

 美月さんの苗字に、先生は強い反応を示した。

「は、はい。桜花流を極めた陰陽師だそうです」

「そんなことがありえるのか……たしかに、桜花流なら依代を何百年と持たせることも、死霊を喰うことも可能……いや、喰ったならなぜ出てくる……?」

 先生はぶつぶつと独り言を呟き始めた。

「どうしました?」

「美月とやらの話しが本当だとすると……さっきのような化物が、あと百体ほど出てくるってことか?」

「……!」

 一瞬にして背筋が凍る。

 あれほど強力な死霊が、あと百体? 考えただけでもおぞましい。

 もし一斉に沸いて出てくれば、俺たち……いや、この町は確実に滅ぶ!

「で、でも……全部が全部、あんなに強いわけじゃないですよね? 商店街に出た死霊は、あまり強くなかったですよ?」

「わからんが……今までこの町に出てきた死霊は、生まれたてのひよっ子というイメージだった。だがさっきの丸っこい奴は違う。抑圧されていたものが、ゆっくりと動き出すような感じがあった。もしかするとあれが、封印を解かれた化物の、記念すべき第一号かもしれない」

「そ、そんな……! やばいですよ! どうするんですか?」

「その陰陽師にもう一度封印してもらうことはできないのか?」

「わかりません」

「いま陰陽師は加賀詩織の中にいるんだったな? クソッ、こんなことなら早く強引にでも加賀を調べればよかった。前々から彼女から妙な気を感じていたのでな」

「ああ、それで加賀さんの身体を調べようとしてたんですか……。でもあれは先生が悪いですよ。あれだと明らかに変態教師です。それに、強引に調べたりしたら犯罪者になりますよ?」

「黙れ小僧」

「う、ウス」

 だから、怖いってばよ。

「しかし、まいった。そうすると、ここにいたら拙いな。早くこの公園から離れるぞ」

「え? なんでです?」

「先ほどの派手な霊気に誘われて化物が集まってくるかもしれない。それと、封印を解かれた死霊は、みんなここに出てくる可能性もある」

「な……! なんで早くそれを早く言わないんですか!」

「いや、一つの町にこれほど強力な死霊が複数いるなんて想像もできなかった。さっきの化物が一番の強敵だと勝手に決め付けていたんだ。出てきても弱い奴だとな……いいから急げ! もう身体は動くんだろう?」

 球体妖怪に受けたダメージは既に全快している。俺は勢いよく立ち上がった。 しかし……。

 目の前に一つの影が浮かび上がる。

「っ……!」

「ああ、遅かったな……」

 髪を後ろに纏めた侍が巍然として立っている。

 その佇まいからは一切の隙が見えない。

 昨夜の完璧な敗北が頭をかすめる。

 あれは……

「加賀……末次……」

 美しい侍が、そこにいた。


 

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